38 / 44
30.ネリーの罠②
しおりを挟む はなやかに装った貴族たちが笑いさざめき行き交う様子を眺めながら、王太子ベルナルドは上機嫌だった。
――今日こそはあの疫病神を追い払ってやる。
ほくそ笑む彼の腕に、一人の少女が甘えかかって自分の腕を絡める。本来こうした場でエスコートするべき婚約者ではない。ふわふわしたピンクブロンドが目をひく可憐な少女ビビアナは、婚約者の異母妹にあたる。
ベルナルドの婚約者であるクロエは異母妹のビビアナとまるで似ていなかった。ベルナルドの二歳下の十七才にしては生気に欠けている。老婆のようにぱさついた白い髪をしてがりがりに痩せこけ、陰鬱で幽鬼のような娘だ。その卑屈な作り笑いを見るたびにベルナルドは苛立った。
そんなクロエと婚約させられたのは、彼女が侯爵令嬢であるだけでなく、神殿に聖女として選ばれたからだ。息子に甘い父王もこの婚約については譲らなかった。
そこでベルナルドは、強行策に出ることにした。外賓も少なくないこの夜会で、クロエとの婚約破棄を宣言して既成事実としてしまうつもりだ。そうすれば可愛いビビアナと晴れて結ばれることができる。彼女も侯爵令嬢であり、姉妹の父である侯爵はむしろ彼女をこそ偏愛していると言っていい。自分の後ろ盾に変わりはない。似非聖女などかび臭い神殿にこもって祈っていれば良いのだ。
貴族たちのざわめきが妙に熱を帯びるのを感じて、ふと目をやると、少女が一人たたずんでいた。流れる銀髪はつややかで、異国のものだろうか、見たことのないつくりの青いドレスが優美な肢体を引き立てている。はっと目を奪われるほど美しい令嬢だった。
「ベルナルド様、どうしたの?」
恋人に腕を強く引かれて、我に返る。初めて見る美人のことはいったん頭から追いのけた。父王が姿を見せる前に厄介払いを済ませておかなければならない。
「クロエ・サムディオ侯爵令嬢、前に出よ!申し渡すことがある」
ベルナルドが呼ばわると、貴族たちの多くは見世物が始まった、と言わんばかりの浮ついた表情で王太子に注目した。その衆目の中、静かな足取りで進み出たのはあの青いドレスの少女だった。
みすぼらしい婚約者と目の前の少女とがベルナルドの頭の中では結びつかない。用意していた台詞も忘れて呆けていると
「王太子殿下。あなたとの婚約を破棄します」
相手の方が口火を切った。クロエは扇をぱちりと閉じると、剣を手にしているかのように王太子にぴたりと向け
「品性がない、理性もない、知性もない。そんな男と結婚するなんて、死んでも嫌!」
きっぱりと言い放って、ドレスの裾を翻し婚約者『だった』男に背を向ける。そして、衆人環視の中、少女の姿は煙のように消え失せた。
――今日こそはあの疫病神を追い払ってやる。
ほくそ笑む彼の腕に、一人の少女が甘えかかって自分の腕を絡める。本来こうした場でエスコートするべき婚約者ではない。ふわふわしたピンクブロンドが目をひく可憐な少女ビビアナは、婚約者の異母妹にあたる。
ベルナルドの婚約者であるクロエは異母妹のビビアナとまるで似ていなかった。ベルナルドの二歳下の十七才にしては生気に欠けている。老婆のようにぱさついた白い髪をしてがりがりに痩せこけ、陰鬱で幽鬼のような娘だ。その卑屈な作り笑いを見るたびにベルナルドは苛立った。
そんなクロエと婚約させられたのは、彼女が侯爵令嬢であるだけでなく、神殿に聖女として選ばれたからだ。息子に甘い父王もこの婚約については譲らなかった。
そこでベルナルドは、強行策に出ることにした。外賓も少なくないこの夜会で、クロエとの婚約破棄を宣言して既成事実としてしまうつもりだ。そうすれば可愛いビビアナと晴れて結ばれることができる。彼女も侯爵令嬢であり、姉妹の父である侯爵はむしろ彼女をこそ偏愛していると言っていい。自分の後ろ盾に変わりはない。似非聖女などかび臭い神殿にこもって祈っていれば良いのだ。
貴族たちのざわめきが妙に熱を帯びるのを感じて、ふと目をやると、少女が一人たたずんでいた。流れる銀髪はつややかで、異国のものだろうか、見たことのないつくりの青いドレスが優美な肢体を引き立てている。はっと目を奪われるほど美しい令嬢だった。
「ベルナルド様、どうしたの?」
恋人に腕を強く引かれて、我に返る。初めて見る美人のことはいったん頭から追いのけた。父王が姿を見せる前に厄介払いを済ませておかなければならない。
「クロエ・サムディオ侯爵令嬢、前に出よ!申し渡すことがある」
ベルナルドが呼ばわると、貴族たちの多くは見世物が始まった、と言わんばかりの浮ついた表情で王太子に注目した。その衆目の中、静かな足取りで進み出たのはあの青いドレスの少女だった。
みすぼらしい婚約者と目の前の少女とがベルナルドの頭の中では結びつかない。用意していた台詞も忘れて呆けていると
「王太子殿下。あなたとの婚約を破棄します」
相手の方が口火を切った。クロエは扇をぱちりと閉じると、剣を手にしているかのように王太子にぴたりと向け
「品性がない、理性もない、知性もない。そんな男と結婚するなんて、死んでも嫌!」
きっぱりと言い放って、ドレスの裾を翻し婚約者『だった』男に背を向ける。そして、衆人環視の中、少女の姿は煙のように消え失せた。
83
お気に入りに追加
4,490
あなたにおすすめの小説

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

本日はお日柄も良く、白い結婚おめでとうございます。
待鳥園子
恋愛
とある誤解から、白い結婚を二年続け別れてしまうはずだった夫婦。
しかし、別れる直前だったある日、夫の態度が豹変してしまう出来事が起こった。
※両片思い夫婦の誤解が解けるさまを、にやにやしながら読むだけの短編です。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています

婚約者の不倫相手は妹で?
岡暁舟
恋愛
公爵令嬢マリーの婚約者は第一王子のエルヴィンであった。しかし、エルヴィンが本当に愛していたのはマリーの妹であるアンナで…。一方、マリーは幼馴染のアランと親しくなり…。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる