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30.ネリーの罠②

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倒れたシルビアの周りに侍女達が素早く駆け寄ってくる。専属侍女であるサーサは一番に駆けつけ、シルビアの身体を下向きにして背中を叩き、口にしたものを吐き出させようとする。

「シルビア様、しっかりしてください!」

泣きながら必死に手当てをするが、シルビアの反応はない。ダイが剣に手を掛けながら、ネリー妃に詰め寄る。

「どういう事だ!シルビア様に何をした!」
「わ、私はただ一緒にお茶をしていただけよ。シルビア様がマカロンを食べたらいきなり倒れたの。何も知らないわ」

声を震わせ目には涙を浮かべるネリーの名演技に、後宮の侍女達はすっかり騙されている。『ネリー様大丈夫ですか、お気を確かに』と優しく声を掛け、惨劇の目撃者を労わっている。
サーサとダイだけは、ネリーが何かしたに違いないと殺さんばかりに睨み続ける。
意識の戻らないシルビアを安易に動かすことが出来ず、微妙な空気が流れるまま医者の到着を待っていると、医者ではなく国王ギルアが前触れもなく突然現れた。

「これはどういう事だ」

最愛のシルビアが倒れているのを見て、怒り狂ってもおかしくない場面なのに、ギルアは静かな声で淡々と尋ねる。この状況に心が追い付いていないのか、すっかり表情は抜け落ちている。

「ギルア様、私にも訳が分からないのです。いきなりシルビア様が倒れて。きっとなにか持病があったのかもしれませんね。ニギ国に問い合わせをしてみましょう、何か分かるかもしれません」

ネリーが饒舌に話し始める。人払いをしていたから誰にも会話を聞かれていないので誤魔化し通す自信はある。しかし覇気を纏ったギルアを前にすると落ち着かず、何か話さなければ噓が見抜かれてしまう気がするのだ。

「ガロン、ネリーはこう言ってるがどうだ、本当か?」

ギルアがここにはいないはずの側近ガロンの名前を出すと、少し離れた木の上から何かがパッと飛び降りてきた。
ガロンである、その表情はいつもの豪快な笑顔ではなく、鋭利なものだった。

「事実とは違います。ネリー妃が人質をとってシルビア様を脅し、毒入りマカロンを食べさせ毒殺しようとしたのが真実です、ギルア様」
「嘘よ嘘!話しを聞いたっておかしいじゃない。周りには誰もいなかったしガロン様も近くにはいなかったくせに、噓を吐かないで」
「ガロンは優秀な側近だ。離れた木の上からでも読唇術で会話を読み取ることが出来る。ネリー言い逃れは出来んぞ」
「離れた場所から読唇術?ガロン様が噓をついている可能性だってあります!」
「はぁーまだ認めんか。シルビア、ドーマは無事保護したぞ、安心しろ」

ギルアの言葉にネリーは茫然とする。
(なぜドーマを知っている?シルビア、安心しろってどういう事?だって、シルビア様は死んで…)

「「「ギャー!!」」」

後宮の侍女達と騒ぎを聞いて駆けつけていた臣下達が一斉に叫び声をあげた。中には腰を抜かして、ハイハイで逃げようとしている者もいる。
それもそのはず、さっきまで死にかけていたシルビアが口から血を垂らしたまま、むっくりと起き上がっているのだ。まさにB級ホラーである。

「ドーマの保護有り難うございます、ギルア様。私の迫真の演技どうでした♪」

嬉しそうに立ち上がってギルアに駆け寄るシルビア、口から血を垂らしながらなので不気味である。

「嘘、マカロンを食べたのにどうして無事なの!」
「今日のお茶会には準備万端で臨んでいます。毒入りマカロンは事前に回収済みで、美味しいマカロンとすり替えていました。私は、ドーマの安全が確認出来るまで迫真の演技を続けていただけですよ♪」
「いえいえ、シルビア様の演技はダメダメでした!私が駆けつけた時、口から血を垂らして笑いかけていたじゃないですか。慌てて下向きにしてお顔を隠したんですよ~」

迫真の演技だと自画自賛しているシルビアに厳しい採点を下すサーサ、周りは啞然として見ている。さっきまで正妃毒殺の修羅場かと思っていたのに、実はコメディだったとは…。

「なんで上手くいかないの。すべてシルビア様がいけないのよ!私の場所をなくすから、私は悪くない。そうよ、悪いのはギルア様だわ。私を利用するだけして切り捨てるからいけないのよ!」

ネリーが髪を振り乱しヒステリックに喚き始める。周囲にいる者達の存在も忘れてしまったのか、取り繕う事もしない。いつの間にか王宮騎士がネリーを取り囲んでいる。

「ネリー妃、正妃暗殺未遂の現行犯だ。これから牢に入り、取り調べだ」

ギルアから温情など一切感じさせない冷たい言葉がネリーに浴びせられる。ネリーは取り乱して王宮騎士に抵抗するが、あっけなく捕縛され連行されていく。その後ろ姿にシルビアは話し掛けた。

「ネリー様、身分や環境を選んで生まれることは誰も出来ないわ。みんな平等なんて有り得ないのが現実。でも何が幸せであるか決めるのは自分自身で出来るのよ。そして、大人になれば要らないしがらみ家族を自分から捨てることも可能なの。他人のせいにするのは、自分の幸せを捨てることになるのよ、よく考えて」



----ネリー捕縛から七日後----
ネリーは捕まった後は憑き物が落ちたように大人しくなり、ニギ国の王妃との関係なども隠すことなく話し調べに素直に応じていた。
本来であれば、正妃毒殺未遂でネリーは死刑を免れない。だが今回は後宮という愚策から起こった事でもあるし、黒幕はニギ国王妃なのははっきりしていたので、一生監視付きの流刑に決定した。
流刑地は、温情で故郷である狐族の領地にしようとしたがネリーは拒絶した。流刑地の選定に悩んでいると、パトアの件で恩を感じているルーガンが自ら名乗りを上げてくれ牛族の領地に決定し、監視も牛族で担ってくれる事になった。
全ての処遇が決まり、ネリーが王宮を去る日が来た。屈強な王宮騎士4名が流刑地である牛族の領地まで連行する事になっている。

「ネリー、今日付けで其方を側妃から外す。これから牛族の領地で監視の元一生暮らすことになる。それが其方に科せられた刑である」
「はい、分かりました」

ネリーは、澄んだ目をして前にいるギルアとシルビアを見つめている。その目にはもう憎悪はない。
ただ前を向いて生きていこうとする一人の狐獣人の女性がいるだけだ。
牢いにる間、シルビアの言葉について考えた、まだ答えはでない。
だが一つだけ決めた事がある、『これからは自分で決めて生きていく』





******************************



----ネリー捕縛後の後宮庭園----

「シルビア様、あれが演技だったとは…。なぜ俺には事前に教えてくれなかったんですか!」
「だって、ダイは真面目だから演技は無理でしょう。あの場面にはリアルが必要だったからダイはリアル担当にしたのよ」
「ではサーサは?どうしてリアル担当ではなかったんですか、ずるいです!」
「本当はサーサにも秘密の予定だったの。でもこっそり回収した毒入りマカロンを見つけて食べようとするもんだから、成り行きで話すことになったの。言うなれば事故ね…」
「ではギルア様は!ギルア様も演技担当でずるいではないですか」
「えー、ギルア様は演技なしよ。今回の計画はもちろん知っていたけど、トト爺に演技の練習を見せたら『ギル坊に演技は許さん!表情筋を一ミリも動かすな~』て怒られていたもの」

ギルアの『すっかり表情は抜け落ちて』は、表情筋を一ミリも動かさなかった結果であった…。
名演技とは時として奥深いものである。



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