36 / 36
35.平凡な幸せ
しおりを挟む
あれからエディは数週間の特別休暇を与えられたので、私達は自然豊かな領地に戻りゆっくりと過ごしている。
ルイも最初こそ人見知りをしていたが、すぐに父親の事を思い出し『ダーダー』と毎日エディに甘えている。
そんな息子が可愛くて仕方がない彼は、まだ一歳のルイの為にいつの間にか馬まで内緒で用意していた。
そして今、目の前には見事な黒毛の仔馬が一頭いる。
「エディ、これは何かしら?」
「…仔馬だな」
「それは見れば分かるわ。その仔馬がなんで我が家の馬小屋にいるのか聞いているのよ?」
「この前買いに行った」
確か一週間前にエディはちょっと出かけてくると言って一人でどこかに行っていた。あの事件からひと時も私とルイから離れようとしない彼がおかしいなと思っていたが…まさかこっそり仔馬を買いに行っていたなんて思ってもみなかった。
---はぁ~、ルイはまだ一歳よ。
いくらなんでも早過ぎるでしょう…。
「エディ、ルイはまだハイハイしか出来ないのに馬なんて早いわ。謝って返して来てちょうだい」
「……嫌だ」
「駄目よ、返してきなさいね!」
我が家だって伯爵家なのだから馬の一頭ぐらい購入は出来る。だがそういう問題ではないのだ、無駄使いは言語道断、贅沢は駄目!
私は腕を組み、ルイを抱っこしているエディをジト目で睨みつけている。
こういう私を前にすればエディの方が折れるのに今日は譲る気はないらしい。
「絶対に返さないぞ。この前、義兄上がまだ字を読めないルイに百科事典全集を買い与えていたじゃないか。それは良くてなんで馬は駄目なんだ。
ルイもそれを見て義兄上を『ジイージー』と何度も喜んで呼んでいた。俺もたくさん呼ばれたい!
それにあの嬉しそうな義兄上の顔がむかつく。
ズルいぞ。
俺が父親なんだから、俺の方がルイを喜ばしたい!その権利を奪うのか!」
---はぁ~、そういうことね……。
エディはむきになって反論しているが、その認識はだいぶ間違っている。
まずルイは『キャッキャッ』と確かに喜んでいたが、その立派な百科事典の紙を破って遊んで喜んでいたのだ。
---エディは悔しくて、それすら気づいていなかったのかしらね。
それに『ジイージー』と何度も呼んでいたけど兄は笑いながら心で泣いていたはず。
帰り際にポツリと『俺はまだじいじじゃないよな…?』と私に聞いていたのだから間違いない。
まったく親バカに伯父バカ、二人揃って見事にルイを溺愛している。
---これは何をエディに言っても無駄ね…。
「分かったわ、じゃあこの仔馬にちゃんと名前をつけましょう。いつまでも名前がないままでは可哀想だわ」
私の許可が下りるとすぐさまエディはルイを抱っこしたまま仔馬に近づき、
「ルイ、お前の馬だぞ。そうか嬉しいのか!名前を一緒に考えるぞ」
「ダー、うぶぅ、キャー!」
「そうかそうか『ウル』にするのか。良い名前を付けたな!流石俺の可愛い息子だ」
二人で楽しそうに名付けをするとルイは『うぶぅー』と言いながら馬の鼻を撫でて喜んでいる。
「なんでエディもお兄様もルイに激甘なのかしらね。確かにルイは可愛い息子だけど、男親は息子に厳しく娘に甘いのかと思っていたわ」
「ああ確かに男は息子に厳しく娘に甘いと聞くな」
「そうでしょう!なんでエディとお兄様は例外なのかしら、不思議よね?」
「そんな簡単な事も分からないのかい?俺も義兄上もキャッシーのことを心から愛しているから、君が産んでくれたルイも愛おしくて仕方がないのさ」
---えっ?そういう理由なの!
私はエディの言葉を聞いて顔が真っ赤になる。最近の彼は口数も増えてきたけど、面と向かってこういうことを言われると、免疫のない私は嬉しいけれど同時に恥ずかしくなってしまう。
そんな私を更に困らせたいのかエディは近づいてきてそっと耳元で囁く。
『そろそろルイに可愛い妹か弟を作ってあげないか』
私は更に耳まで赤くし、嬉しさを隠しながらもはっきりと頷き彼と見つめ合う。愛おしい存在が近くにいるという幸せはとても贅沢なものだ。
それから一年後にはコウノトリが可愛い女の子と男の子の双子を私達の元に運んできてくれた。我が家はますます賑やかになり慌ただしいけど幸せな毎日を送っている。
今でも社交界で新しい話題がない時には思いだした様に『英雄と平凡な妻』のことが陰で揶揄られているようだ。
だが誰が何と言おうともう気にしないし、気にならない。周りの評価や噂よりも『自分達がどうあるか』それが一番大切なのが分かっているから、もう迷うことはないだろう。
私達が自分の手で築いた平凡な幸せはもう揺らぐことは決してない。
(完)
**************************
これにて完結です。
最後まで読んでいただき有り難うございました。
ルイも最初こそ人見知りをしていたが、すぐに父親の事を思い出し『ダーダー』と毎日エディに甘えている。
そんな息子が可愛くて仕方がない彼は、まだ一歳のルイの為にいつの間にか馬まで内緒で用意していた。
そして今、目の前には見事な黒毛の仔馬が一頭いる。
「エディ、これは何かしら?」
「…仔馬だな」
「それは見れば分かるわ。その仔馬がなんで我が家の馬小屋にいるのか聞いているのよ?」
「この前買いに行った」
確か一週間前にエディはちょっと出かけてくると言って一人でどこかに行っていた。あの事件からひと時も私とルイから離れようとしない彼がおかしいなと思っていたが…まさかこっそり仔馬を買いに行っていたなんて思ってもみなかった。
---はぁ~、ルイはまだ一歳よ。
いくらなんでも早過ぎるでしょう…。
「エディ、ルイはまだハイハイしか出来ないのに馬なんて早いわ。謝って返して来てちょうだい」
「……嫌だ」
「駄目よ、返してきなさいね!」
我が家だって伯爵家なのだから馬の一頭ぐらい購入は出来る。だがそういう問題ではないのだ、無駄使いは言語道断、贅沢は駄目!
私は腕を組み、ルイを抱っこしているエディをジト目で睨みつけている。
こういう私を前にすればエディの方が折れるのに今日は譲る気はないらしい。
「絶対に返さないぞ。この前、義兄上がまだ字を読めないルイに百科事典全集を買い与えていたじゃないか。それは良くてなんで馬は駄目なんだ。
ルイもそれを見て義兄上を『ジイージー』と何度も喜んで呼んでいた。俺もたくさん呼ばれたい!
それにあの嬉しそうな義兄上の顔がむかつく。
ズルいぞ。
俺が父親なんだから、俺の方がルイを喜ばしたい!その権利を奪うのか!」
---はぁ~、そういうことね……。
エディはむきになって反論しているが、その認識はだいぶ間違っている。
まずルイは『キャッキャッ』と確かに喜んでいたが、その立派な百科事典の紙を破って遊んで喜んでいたのだ。
---エディは悔しくて、それすら気づいていなかったのかしらね。
それに『ジイージー』と何度も呼んでいたけど兄は笑いながら心で泣いていたはず。
帰り際にポツリと『俺はまだじいじじゃないよな…?』と私に聞いていたのだから間違いない。
まったく親バカに伯父バカ、二人揃って見事にルイを溺愛している。
---これは何をエディに言っても無駄ね…。
「分かったわ、じゃあこの仔馬にちゃんと名前をつけましょう。いつまでも名前がないままでは可哀想だわ」
私の許可が下りるとすぐさまエディはルイを抱っこしたまま仔馬に近づき、
「ルイ、お前の馬だぞ。そうか嬉しいのか!名前を一緒に考えるぞ」
「ダー、うぶぅ、キャー!」
「そうかそうか『ウル』にするのか。良い名前を付けたな!流石俺の可愛い息子だ」
二人で楽しそうに名付けをするとルイは『うぶぅー』と言いながら馬の鼻を撫でて喜んでいる。
「なんでエディもお兄様もルイに激甘なのかしらね。確かにルイは可愛い息子だけど、男親は息子に厳しく娘に甘いのかと思っていたわ」
「ああ確かに男は息子に厳しく娘に甘いと聞くな」
「そうでしょう!なんでエディとお兄様は例外なのかしら、不思議よね?」
「そんな簡単な事も分からないのかい?俺も義兄上もキャッシーのことを心から愛しているから、君が産んでくれたルイも愛おしくて仕方がないのさ」
---えっ?そういう理由なの!
私はエディの言葉を聞いて顔が真っ赤になる。最近の彼は口数も増えてきたけど、面と向かってこういうことを言われると、免疫のない私は嬉しいけれど同時に恥ずかしくなってしまう。
そんな私を更に困らせたいのかエディは近づいてきてそっと耳元で囁く。
『そろそろルイに可愛い妹か弟を作ってあげないか』
私は更に耳まで赤くし、嬉しさを隠しながらもはっきりと頷き彼と見つめ合う。愛おしい存在が近くにいるという幸せはとても贅沢なものだ。
それから一年後にはコウノトリが可愛い女の子と男の子の双子を私達の元に運んできてくれた。我が家はますます賑やかになり慌ただしいけど幸せな毎日を送っている。
今でも社交界で新しい話題がない時には思いだした様に『英雄と平凡な妻』のことが陰で揶揄られているようだ。
だが誰が何と言おうともう気にしないし、気にならない。周りの評価や噂よりも『自分達がどうあるか』それが一番大切なのが分かっているから、もう迷うことはないだろう。
私達が自分の手で築いた平凡な幸せはもう揺らぐことは決してない。
(完)
**************************
これにて完結です。
最後まで読んでいただき有り難うございました。
187
お気に入りに追加
2,612
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
騎士の妻ではいられない
Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
おしどり夫婦の茶番
Rj
恋愛
夫がまた口紅をつけて帰ってきた。お互い初恋の相手でおしどり夫婦として知られるナタリアとブライアン。
おしどり夫婦にも人にはいえない事情がある。
一話完結。『一番でなくとも』に登場したナタリアの話です。未読でも問題なく読んでいただけます。
王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。
これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。
しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。
それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。
事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。
妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。
故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
可愛い姉より、地味なわたしを選んでくれた王子様。と思っていたら、単に姉と間違えただけのようです。
ふまさ
恋愛
小さくて、可愛くて、庇護欲をそそられる姉。対し、身長も高くて、地味顔の妹のリネット。
ある日。愛らしい顔立ちで有名な第二王子に婚約を申し込まれ、舞い上がるリネットだったが──。
「あれ? きみ、誰?」
第二王子であるヒューゴーは、リネットを見ながら不思議そうに首を傾げるのだった。
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
【完結】婚約相手は私を愛してくれてはいますが病弱の幼馴染を大事にするので、私も婚約者のことを改めて考えてみることにします
よどら文鳥
恋愛
私とバズドド様は政略結婚へ向けての婚約関係でありながら、恋愛結婚だとも思っています。それほどに愛し合っているのです。
このことは私たちが通う学園でも有名な話ではありますが、私に応援と同情をいただいてしまいます。この婚約を良く思ってはいないのでしょう。
ですが、バズドド様の幼馴染が遠くの地から王都へ帰ってきてからというもの、私たちの恋仲関係も変化してきました。
ある日、馬車内での出来事をきっかけに、私は本当にバズドド様のことを愛しているのか真剣に考えることになります。
その結果、私の考え方が大きく変わることになりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる