英雄の平凡な妻

矢野りと

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16.夜会③

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周囲の注目は私ではなく王女とエディが仲睦まじく踊る姿に移っている。私から周囲の気がそれた事に少しホッとし、それでいて複雑な気持ちで一人壁際に佇みながらエディの姿だけを目で追いかけていた。周りや王女のことは視界に入っているが見ないようにする。

---エディ、それはどういうこと…。

夫であるエディの態度について考えていると、いきなり隣から話し掛けられた。

「よぉ!キャサリン、夜会楽しんでいるかー」

「キャッ!いきなり話し掛けてびっくりさせないでちょうだい、お兄様。心臓が止まるかと思ったわ」

「ハハハ、すまんすまん。誰かさんに夢中になっていてお前が優しい兄に気づかないからつい驚かしたくなってな。そう怒るなよ、可愛い顔が台無しだぞ。それに夫婦と言えどもストーカーは駄目だぞ」

「怒ってないわよ。そしてストーカーなんてしていませんからね!
それに…可愛くなんてないから私は」

そう言って同じ色のドレスで優雅に踊っている王女の方をちらりと横目で見る。言動は兎も角アイラ王女は可憐で華やかだ、そんな人が私と全く同じ色のドレスを身に纏い同じ会場に居たら嫌でも比べられる。

そうなると私は完全にアイラ王女の引き立て役でしかない、…悔しいがそれが現実だ。もう『はぁ~』とため息しか出てこない。

グリグリグリ、兄が拳で私のこめかみを遠慮なしで押してくる。

「い、痛いわ。止めてお兄様!髪型が崩れてしまうじゃない」

「おいおい、お前は世界一可愛い自慢の俺の妹なんだぞ。勝手に馬鹿なことを考えて落ち込むなよ。
それに穴が開くほどエドを見ていたのだから、もうお前には分かっているんだろう?うん?」

口角を上げ楽しそうな顔をしている兄。『ほらどうだ!』と言わんばかりだ。

「…ええ、そうね。お兄様の助言通り彼のことだけを見たらちゃんと分かったわ、彼の本当の気持ちが」

「クックック。見ろよあのエドの顔、久しぶりに見たな~。融通が利かない脳筋のあいつにしては本当に頑張っているじゃないか」

面白がっている兄が視線をやる先にはアイラ王女と楽し気に踊るエディの姿があった。いつも女性には不愛想だと評されるその顔には珍しく笑顔が浮かんでいる。

そんなエディの表情を見て周囲は勝手に『やはりあの噂は本当だったのか』とざわつき、私に同情を寄せている。確かにエディが女性に対してあんな顔をすることはほとんどない。だからみんなあの表情をプラスの意味に誤解している。

けれども兄や私は幼い頃からエディをよく知っているので、あの表情の本当の意味が分かってしまう。

エディがあの表情を作っている時はことから早く逃げたい時だ。
昔親戚のおば様方に囲まれて不愛想にしていた彼に兄が教えたのだ。
『おい本当に嫌な時は嘘でもいいから笑っておけ。その方が周りは自分に都合よく解釈してくれるんだ。結果として嫌な時間も短くなるんだぞ、だいたいな~』

エディは今、アイラ王女と一緒に居るのを心底嫌がっている。これだけは絶対だ。

---エディは変わってなかった。
王女を愛しているどころか嫌悪しているわ。
本当に良かった…。
ふっ、でもちっとも子供の頃からあの無理して笑顔を作るのは変わっていないのね。…まったくいつまでも経っても子供みたいで可愛い人なんだから。


彼をちゃんと見ればすぐに正しい真実が分かった。なぜエディがこんな事を続けているのかは分からないままだけど、彼の気持ちが全く変わっていない事が分かっただけで今はいい。

かなり遠回りしてしまったけれども、これは大きな一歩だ。

私はアイラ王女と踊り終わったエディを見つめ、一瞬目が合った時ににっこりと微笑んで見せた。それを見た彼が一瞬嬉しそうに目を細めたのはきっと見間違いではないはずだ。
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