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1巻

1-2

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「説明があとになって腹が立っているんだよね? 俺の顔を思いっきり殴っていいよ。さあ、どうぞ」
「嫌です」

 ルイトエリンは綺麗な顔を惜しげもなく差し出してくる。
 それなら遠慮なくと、本当は一発殴りたいところだけれど我慢した。めてもらっては困る。理性はしっかりと持ち合わせている。もう同じ手は食いませんから! 

「やっぱりバレちゃった?」
「ばればれです」
「どうしてもだめかな?」

 悪びれることなく、上目遣いでお願いしてくるルイトエリン。自分の顔を最大限に有効活用してくるが、私はほだされない。
 見た目よりも中身のほうが重要だと知っている。
 一見優しそうな人がとんでもなく醜悪しゅうあくな性格をしていることだってあるのだ。容姿の優劣なんてパーツの配置と皮の張り具合の微妙な差に過ぎず、一皮けばみな同じである。

「お断りします」
「連続の即答とは見事だね。気に入った、芯がしっかりしている子は好きだよ」
「私は軽い人が嫌いです」

 軽い人とは、もちろん私の目の前にいる彼を指している。ルイトエリンも気づいているだろうが、怒った様子はなく、なぜかとてもうれしそうに見えた。
 ……被虐ひぎゃく嗜好しこうなのかしら? 
 それなら理解し合えないのは納得だ。

「流されないところが、またいいね」

 彼はそう言いながら片目をつぶって親指を立てる。嫌味な感じではないけれど言動が軽すぎる。
 私は無愛想な声で言い返す。

「勝手にあなたの中で、いいねを増やさないでください」
「ほんと、オリヴィアちゃんは最高だね」
「あなたの言葉は紙よりも軽いです」
「はっはは。それ、なぜかよく言われる」

 無駄な会話を続けていると、テオドルがいきなり土下座をしてきた。
 騎士が一介の平民にする態度ではない。私は驚きのあまり固まってしまう。

「実はその聖女が自分が同行するのだから薬師は不要だと言っているのです、私には治癒の力があると。たしかに奇跡の力で病がえたという証人はいます。しかし、騎士団の者たちは半信半疑です。薬師不在では助かる命が助からないのではないか、と不安を抱いています。薬師様、どうお力をお貸しください!」
「……テ、テオドル様、どうか頭を上げてください!」

 彼の切羽せっぱつまった姿を前にして、ルイトエリンが強引な手段を使った理由がやっとわかった。
 できれば断りたい。
 でも、困っている人を見捨てられるほど非情になれない自分もいた。
 それに、目の前のテオドルが、記憶にある前世の弟と重なった。
 あの子のことを私は『テオ』と呼んでいた。それが愛称なのか、本当の名なのかは思い出せない。覚えているのは、今の私には得られなかった温かい記憶だけ。

『テオ、またつまみ食いしたわね! こらっ、待ちなさい』
『待てと言われて待つわけないじゃーん。姉ちゃんの唐揚げ最高だったよ。いいお嫁さんになれるね。でも、相手がいないから無理かー』
『もうっ、生意気なことばかり言って! テオ、待ちなさいってば』
『姉ちゃん、いろいろと頑張れー』

 生意気だけど可愛い弟。抱きしめたくなるほど愛しい存在だったと前世の記憶が教えてくれた。
 真面目な騎士テオドルとやんちゃな弟は、顔も雰囲気も全然似ていない。共通点は名前が同じだということだけ。それなのに、心が揺れてしまうから不思議だ。
 歯を食いしばって辛そうな顔をしているテオドルを前にして、今度はこんな顔はさせたくないという思いが一瞬浮かんだ。
 ズキンッとかすかに頭が痛む。
 ……「今度」とはなんだろうかと、私は首をかしげる。彼とは今日が初対面だ。
 たまにこういうことがある。
 不完全な前世の記憶と関係しているのだろうけど、今まで深く考えないようにしてきた。とらわれたら、オリヴィア・ホワイトでなくなってしまう気がするから。
 今は目の前のことを優先させるべきだと、軽く頭を横に振って余計なことを消し去ると、痛みも消えた。
 私はテオドルの前にひざまずき、顔を上げてくださいともう一度頼む。

「私でお役に立てるかわかりませんが、行くだけは行ってみます。ですが、ほかの薬師が気が変わって引き受けたら帰らせてもらいます。いいですか?」

 騎士団の臨時お抱え薬師になるのは、流されたわけではない。……いや、流されているかな。
 でも、そう思うのはしゃくだから、情けは人のためならずということにする。何ごとも前向きに捉えることが大切。

「ありがとうございます! 薬師様。もちろん、そのときは僕が責任を持って森までお送りします。本当に、本当にありがとうございます!」

 頭を上げたテオドルの表情を見て無性にうれしくなる。
 えくぼが出るその笑い方が、記憶にある弟とそっくりだったからかもしれない。共通点は名前だけじゃなかった。

「それと、様はやめてください。騎士になりたてのテオドル様より私のほうが歳上ですけど、呼び捨てでかまいませんから」
「えっ?」

 テオドルの笑みがぎこちなく固まる。
 私はただの平民で、彼は立派な騎士。
 立場を考えたら、私を呼び捨てにしてもおかしくないはずだ。なんでそんなに驚くのだろうかと首をひねる。
 そんな私たちをルイトエリンは交互に見ながら、くすりと笑う。

「オリヴィアちゃん、何歳? ちなみにテオは二十歳で、騎士になって四年経つかな」
「……えっ……!!」

 今度は私が固まる番だった。
 まさかの年上だった。童顔にもほどがある。
 テオドルが固まった理由がわかり、私は焦る。

「テオドル様、すみません。私のほうが二歳も下のくせに生意気なことを言って」
「いいえ、よくあることですから。それに僕のことはテオと呼んでください。騎士団でそう呼ばれていますから」

 苦笑いするテオドルに、私は丁寧に頭を下げる。

「あっ、俺もルイトでいいからね。ちなみに二十二歳だからオリヴィアちゃんよりも四歳上。好きな食べ物は肉で、嫌いなものは特になし。副団長をやってるけど出世に興味はないかな」
「では、テオ様とルイト様と呼ばせていただきますね」

 ルイトエリンは求めていない情報まで言うが、必要のない情報なので聞き流した。
 彼はこぶしを口元にあてながら、くくっと笑っている。

「見事に俺の個人情報はスルーしたね、オリヴィアちゃん。たいがいの女の子は目をキラキラさせながら『若いのに副団長なんてすごいですね!』とか言ってくれるのに」

 ……残念ながら私は例外です。
 でも、このあとの付き合いを円滑にするために必要な言葉は告げておくことにする。

「ワァー、スゴイデスネ」
「まさかの棒読みですね……」
「その言葉がこんなに心に響いたのは初めてだよ、オリヴィアちゃん」

 唖然あぜんとするテオドルの隣でルイトエリンはお腹を抱えて笑っている。
 出だしはまずまずといったところで一安心だ。人生において人間関係が一番難しいから、これ以上複雑にはしたくない。

「では、これからよろしくお願いします。オリヴィアさん」
「ヴィアちゃん、よろしく。無理を聞いてもらったんだから、俺たちにできることがあればなんでもするから遠慮なく言ってね」

 テオドルはやはり真面目な性格らしく、年下とわかっても『さん付け』で呼んできた。
 一方、ルイトエリンはれしい。ヴィアちゃんなんて愛称で呼ばれたのは初めてだ。誰に対してもこんなふうに接しているのだろうから気にしないことにした。
 ここで反論しても不毛な会話しか生まれない気がする。

「では早速お願いしたいことがあります」
「うんうん、なんでも言って」

 上機嫌で返事をするルイトエリンを横目に、外套がいとうの下で不敵な笑みを浮かべた。
 彼の言質げんちは取った、証人は会話を聞いていたテオドルだ。騎士たる者二言はないはずですよね?

「それではお言葉に甘えさせていただきます。一発殴らせてください。あ、ルイト様限定です」

 一応はお願いする立場なのでペコリと頭を下げた。どんな場合も礼儀を守っておいて損はない。ルイトエリンは綺麗な目をこれでもかというくらい見開く。

「ん? ヴィアちゃん、どういうことかな……」
「ルイト様は、最初私をはめました。そして、またはめようとしましたよね? 二度目は私が自力で回避しましたが、結局王都へ行くことになりました。だったら、あのときに殴るのを我慢したのはもったいないなと思うんです」
「いやいや、全然もったいなくないよ! ヴィアちゃん」
「ルイト先輩、約束は約束です。それに僕ももったいないと思います。こういう機会は滅多にないですし」

 真顔でそう告げるテオドルに、よくぞ言ってくれましたと、心の中でお礼を言っておく。私は自分が怪我けがしないように、適当な布を右手にくるくると巻きつける。

「はぁっ? テオ、お前――」
「ルイト様、いきます!」
「えっえぇーーーー」

 じりじりと後ずさりしようとするルイトエリンを止めたのはせまい部屋の壁だった。

「ルイト様、怪我けがしないように歯を食いしばってください」

 口の中を切っては大変だから、私はこぶしを構えながら注意する。
 彼は頬を引きつらせながら、私の親切な忠告をさっそく無視して口を開く。

「それなら、やめにしたほうがいいんじゃないかな……」
「喋ってはだめです。舌を噛んでしまいますから」
「……ヴィアちゃん、優しいね。でもその優しさの使い方、ちょっと間違ってないか――」
「口を閉じてください、ルイト様」
「……」

 一発のはずだったけれど、勢い余って二発もお見舞いしてしまった。
 しかし、流石さすがは騎士である。思いっきり殴ったのに彼はびくともしなかった。まあ、顔がれ上がっているから、よしとしよう。
 慣れないパンチに、私の右手はじんじんとしびれているし。

「改めまして、これからよろしくお願いします」
「はっは……は……よろしくね。手、大丈夫? 怪我けがさせてごめんね」

 ルイトエリンは少しだけ痛そうに顔をゆがめながら、私の心配をしてくる。
 そういえば、彼は避けようとしなかった。それどころか長身の彼はわざわざかがんで、私のパンチを顔面で受け止めていた。
 殴ったことは後悔していないけれど、彼は案外いい人かもしれないと少しだけ見直す。……チャラいけどね。
 続けて私は本来のお願いを口にする。

「あと、衣食住の保証をお願いします。それと、命の保証も。その令嬢の嫌がらせは気にしませんが、実害があって命を落とすことになったら本気で恨みます。私、忘れないたちなので化けて出る自信しかないです」
「……ヴィアちゃんならやれそうな気がするね」
「……僕もオリヴィアさんなら有言実行だと思います。保証しますから安心してください」

 最初が肝心とばかりに釘を刺しておく。化けて出るとかはハッタリだけど、ここは強気で言っておいたほうが私の覚悟が伝わるというものだ。
 ルイトエリンたちは揃って口元を引きつらせながら器用に笑っている。
 彼らといい意味で距離が縮まったところで、私たちは夕食をとるために外出することにした。
 宿の人に教えてもらった店に三人で歩いて向かう。その道すがらルイトエリンは女性を見ると、誰彼かまわず『可愛いね』と気安く声をかけていた。……たんぽぽの綿毛よりも軽いヤツめ。
 ただ、女性に悪さをしている様子はないので、よしとしている。私と道徳観は合わないけれど、誰にも迷惑をかけていないのならばいいだろう。
 それに、女性のほうがぐいぐい来ると「君みたいな素敵な人のことを高嶺たかねの花って言うんだよ。もっと自分を大切にしなね。安売りなんてしちゃだめだよ、お姫様」と歯が浮くような台詞せりふを言ってお断りしている。
 理想がものすごく高いのか、それとも好みではなかったのか。
 本人に聞いてみたら「理想? とりあえず人だったらいいかな」と答えた。男女問わないらしい。彼はとても綺麗な人だから、なんだか納得だった。

「騎士団は男社会ですから選び放題ですね」
「ん? ヴィアちゃん、それってどういう意味かな……なんか誤解してない?」
「大丈夫です。理解はバッチリです」
「いや、絶対に間違っているからね……」

 私は理不尽な差別はしないと心に誓っているのだ。
 彼は何か言いたげだったけど、大丈夫ですという意味を込めて親指を立てて見せたら、それ以上は何も言わなかった。安心したのだろう。
 歩きながらテオドルも気さくに話しかけてくれる。見た目からして真面目そのものの彼は、中身も同じで、謙虚な姿勢を崩さない。きっと彼は上から可愛がられるタイプだ。
 現に、彼らのやり取りを見ていると、とても仲がいいんだなとわかる。先輩後輩の間柄らしいけど、いい関係を築いていてうらやましいなと思う。
 育った環境ゆえ、私に友達はいない。あの孤児院で暮らす子どもたちは友達ではなくライバルだった。
 養子を探している人に気に入られ引き取ってもらいたい。
 料理人と仲良くなって、一口でも多くおかずをもらいたい。
 世話人にいい子だと思われて、なるべくボロボロでない古着を渡されたい、と必死で奪いあう関係だった。
 孤児院を出たあとも、私は人付き合いを避けていたので、友達と呼べる人はいないのだ。
 ……大切なものはいらないから、これでいい。
 並んで歩くふたりをぼうっと見ていると、ルイトエリンが「ヴィアちゃん、可愛いね」と黒一色の私に笑いかけてくる。女性に声をかけ続けないと死んでしまう病気なのだろうか。

「黒い服がですか?」
「ううん、黒い手袋がだよ」
「気に入ったなら差し上げましょうか? 同じものを持ってますから」
「……気持ちだけで十分かな」

 生産性のない会話をしていると目的の場所に到着した。
 有名なお店らしく中に入るとにぎわっている。空いている席を見つけて座ると、テオドルが見やすいようにメニューをテーブルの上に広げる。

「オリヴィアさん、何を食べますか?」
「知らない料理ばかりなので、テオ様と同じものをお願いします」
「それは責任重大ですね。もしオリヴィアさんの口に合わなかったら……」

 テオドルは腕を組んで真剣に考え始める。真面目な彼を悩ませたら申し訳ないので、私は適当でいいですと告げる。

「うーん、適当が一番難しいですね」
「では、これでお願いします」

 私が適当にメニューを指さしたら、しばらくして豚の丸焼きが出てきた。
 ……適当って本当に難しいですね、テオ様。
 黙々と三時間かけて三人で食べ切った。これからは適当に選ぶことは絶対にしない。もし次に牛の丸焼きが出てきたら食べきれないから。
 そのあと、私たちはふらふらしながら、なんとか宿に戻ったのだった。


   ◆ ◆ ◆


 オリヴィアが部屋に入るのを見届けてから、僕――テオドルはルイト先輩と一緒に自分たちが今晩泊まる部屋へ向かう。常識的に考えて女性と同じ部屋には泊まれないので、二部屋取っていたのだ。

「これは明日には青痣あおあざになるな……」

 部屋に入るなり、壁にかけてある鏡に映った自分の顔を見ながらルイト先輩はつぶやいた。
 真っ赤にれ上がった右頬は痛そうだ。
 でも、彼の口元はうれしそうに上がっている。きっと、パンチを受ける直前のやり取りを思い出しているのだろう。
 あの会話は傑作だったと、僕も思い出して笑みをこぼす。
 殴られる側だけでなく、殴る側も手を怪我けがすることがある。鍛えていないなら尚更だ。
 だから、先輩は身長差のある彼女の手が顔に当たるように調整した。鍛えている騎士の体ははがねのように硬いし、騎士服には金属の留め具も付いているので、柔らかい頬を殴ったほうが怪我けがする可能性が低い。
 ――ルイト先輩がやることには意味がある。
 今まで無駄なことなんて何ひとつなかった。
 オリヴィアは手加減なしのパンチに続き、化けて出る宣言をした。その後の彼女からはやりきった感が漂っていて、強引な連行と僕の泣き落としのような交渉がしこりにならずに済んだとわかって安堵あんどした。……まあ、彼女の前向きな性格に助けられた部分も大きいが。

「今回はありがとうございました。オリヴィアさんが引き受けてくれたのは、ルイト先輩がいてくれたお陰です」
「俺はたまたまこっちに遊びに来ていただけ。彼女の心を動かしたのはテオ、お前の言葉だよ」
「ですが、先輩がいなかったら――」
「お前の手柄だ、テオ」

 ルイト先輩はそう言いながら、僕の背中をトンッと軽く叩いた。
 僕とルイト先輩の付き合いは、貴族の子弟が通う学園からだ。だから、今も先輩と呼んでいる。
 本来なら彼は、僕と同じ騎士団に所属する身分ではない。
 ふたつの騎士団にどちらが上とかはないが、誰かが上位貴族に忖度そんたくしているらしく、第二のほうが危険な仕事が多く割り当てられる。
 不祥事を起こして第二に異動することはごくまれにあるが、ルイト先輩は最初から第二騎士団に配属された。
 ライカン侯爵は息子が死んでもかまわない、いや、きっと息子の死を願って、裏で手を回しルイト先輩を第二騎士団に入れたのだと思う。……実の親の考えることじゃない。
 ルイト先輩の右頬には古傷があるが、その体にはもっと深い傷が刻まれている。
 とある事件をきっかけに、激昂げっこうしたライカン侯爵によって六年前につけられたものだ。
 侯爵家の家令によると、ライカン侯爵は正気を失ったように息子を殴り続けたらしい。そのことを知っているのはライカン侯爵夫妻――今は離縁しているが――と侯爵家の家令と、死にかけたルイト先輩を一時的に預かっていた我が家だけ。
 ガードナー子爵家は、ライカン侯爵家の援助を受けてギリギリ成り立っているような家だった。
 だから、侯爵は『死んだら連絡をくれ』とひどい傷を負った息子を、最低限の手当てしか施せない我が家に預けた。いや、放置したというほうが正しい。
 仮に目を覚ました息子が事情を話しても、我が家なら外に漏らすことはないとわかっていたのだ。
 だが、事情を話したのはルイト先輩ではなく侯爵家の家令だった。たぶん、事実をひとりで抱えることに耐えられなかったのだろう。
 奇跡的に回復したルイト先輩は、父親の所業をおおやけにすることを望まなかった。彼には弟がいて、不祥事がその未来に影響を及ぼすのを危惧きぐしたのだ。
『……どうか黙っていてくれ』と頭を下げたルイト先輩。
 固く握られたその手は耐えるように震えていた。信頼している人に裏切られ、誰よりも辛いのは彼自身だとわかっているから、僕は何も言えなかった。
 それから先輩は変わった。
 軽い口調と軽薄な笑みで本音を隠し、心を見せない。図々しく思えるほど誰に対しても気安く接しつつ、自分のふところには誰も入れなくなった。
 周囲は事情を知らないから、侯爵家と絶縁状態にある彼を『遊び回っているから見限られたんだ』と勝手なことを言っていた。
 違う、そうじゃないんだ!

『ルイト先輩。僕ではなんの力にもなれないかもしれませんが、話を聞くことはできます。無理して笑ってないで吐き出してください。そうすれば少しは楽になれ――』
『あいかわらず真面目なヤツだな。俺はなーにも考えてないだけ。一度きりの人生なんだから、どうせなら気楽に生きたほうが楽しいだろ? お綺麗な顔を有効活用して遊ぶのは最高だって、早めに気づいて本当によかったよ』

 僕にも胸の内を明かしてくれなかった。これまで散々お世話になったから、少しでも役に立ちたいと思うけれど、僕は何もできずにいた。
 第二騎士団のみんなは変わってからの彼しか知らない。仕事はできるが、遊び歩いている軽い男と認知されている。本当は違うのに……
 今回の薬師探しは本当に厄介だった。
 聖女のせいで、随伴ずいはんする薬師が見つからない。みんなで手分けして、手当たり次第に依頼したが断られ、もう辺鄙へんぴな森に住んでいる黒き薬師しか残っていなかった。
 その説得を任されたのが、運悪く順番が回ってきた僕だったのだ。
 責任の重さに押しつぶされそうだった。交渉ごとは苦手だが、特別扱いはない。騎士団では泣き言を言うヤツは信用を失う。
 不安を抱えて黒き薬師のもとに向かった僕を待ちかまえていたのは、気だるげに木に寄りかかっていたルイト先輩だった。

『よおっ、奇遇だな。テオ』
『ルイト先輩、どうしてここに……』

 たしか先輩は有給休暇を取っていたはずだ。

『可愛い女の子に振られちゃって、暇してたから、ぶらぶらしてた。そしたら、なんと偶然お前に会った。ここがあの黒き薬師が住んでいる森か?』

 彼は素知らぬ顔をしてこう告げてきたが、偶然なんてありえない。
 第二の団長から黒き薬師を説得するように命じられた僕に、この森を地図で教えてくれたのはほかでもないルイト先輩だ。
 この森は王都から馬を飛ばしても数日掛かるだけでなく、黒き薬師しか住んでいない。……先回りして、僕のことを待っていたのは明らかだった。

『……ありがとうございます』
『偶然だって言ってるだろ。さあ、さっさと行けよ。俺もたまたまそっちに行きたい気分だけどな。気が合うな。テオ』
『はい!』 

 涙声で返事をした。


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