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おまけの話
おまけの話【悲痛な咆哮】〜ルイリア視点〜
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「ルイリア、好き嫌いせずにたくさん食べるのよ」
「……ガゥ」
僕――ルイリアの目の前にお皿いっぱいに盛られたご飯が置かれた。僕はオリヴィアの手作りご飯が大好きだけど、野菜は好きじゃない。特に、赤い色した人参という野菜は、色も食感も臭いもすべてが大嫌いだ。でも、彼女は『健康に良いからね』と入れてくることがある。
そして、今日のご飯にはチラホラと赤い人参が入っていた。
……チッ、人参野郎め。
僕がもの凄い怖い顔をして睨みつけても、人参は減らなかった。
普通は僕らはお邪魔のようですねと、自ら気を利かせて出ていくべきだろう。こういう空気を読まないところも嫌いだ。
ちらっとオリヴィアの様子を窺うと、『残しちゃ駄目よ』とその顔には書いてあった。
残したら叱られるのは経験から分かっている。そして、僕は叱られたくない。
僕は人参を器用によけて食べながら、どうすればいいのか真剣に考える。
そうだ、落とせばいいんだ!
サイヤルトとミイナルーナはまだ四歳だから床にご飯を落としてしまうことがある。そういう時、オリヴィアは『気をつけて食べましょうね』と優しく言い聞かせ、落ちた食べ物はゴミ箱に捨てていた。
僕は二人よりも少しだけお兄さんだけど、育ての親であるオリヴィアからすれば子供同然だ。
つまり、僕も間違って人参だけを床に落とせばいいのだ。
ぐふっ、僕って頭いいな♪
僕は早速計画を実行に移す。バレないように慎重に、赤いやつだけを食べこぼしていく。
――パクパクッ、……ポトリ。パクッ……ポト。
空になったお皿の周りには見事に人参だけが落ちていた。これぞ、完全犯罪だと心の中で盛大に自分を褒めていると、サイヤルトがしゃがんで、じっと僕の顔を覗き込んでいた。
「ルイリア、人参を残しちゃ駄目だよ。栄養が満点なんだからね」
彼は母親であるオリヴィアと同じことを言ってくる。
サイヤルトは賢いからか、時々こんなふうにお兄ちゃん振るのだ。でも、全然生意気な感じではなくて、凄く可愛いからいいのだけど。
残してないもん、落ちちゃっただけだもーん。
僕は余裕の表情を浮かべながら、オリヴィアの言葉を待った。きっと『残したんじゃなくて、落ちたから食べなかったのよ。ルイリアはお行儀が良いわね』と言ってくれるはずだから。
「サイヤ、ルイリアが落とした人参をお皿に入れてあげてくれる?」
「はーい、お母さん。ほら全部食べようね、ルイリア」
僕のお皿の上にはまた人参が戻ってきた。
……なんでだ……?
子供達は落とした物を食べなさいなんて言われたことはないのに。同じことをしたのに、僕だけ、僕だけ……。
――「ガウー!(熊差別だー)」
僕の悲痛な咆哮が部屋に響き渡る。近所迷惑になるのでお家の中で叫んではいけないと言われていた。でも、こんな仕打ちを受けて叫ばずにいられようか!
……僕は悪くないもんっ。
結局、僕は大きな声を出したことでも叱られた。僕が拗ねてお皿に背を向けると、小さな手が僕の背中を撫でる。
「ルイリア、応援してあげるから食べようね」
サイヤルトの小さな手のひらには、大嫌いな人参が載っていた。
本当は食べたくない、こんなもの兎に食べさせたらいいんだ。でも残念なことに、ここに兎はいない。いるのは熊だけだ。
僕がくるっと回ってまた背を向けると、サイヤルトもぐるっと回って、また僕の前でしゃがむ。
「頑張れ、ルイリア。頑張れ、ルイリア」
「…………」
一生懸命に応援してくる弟分を無視するなんて僕には出来なかった。
仕方がないので一口食べてあげると、いつもよりも不味くなかった。
……あれ? なんでかな?
臭いも食感も色もいつもと同じなのに、なぜか甘く感じたのだ。
不思議だなと思いながら食べていると、僕は人参を完食できた。サイヤルトの手にはなにか仕込まれているのだろうか。
もう人参が載っていない彼の手をぺろぺろと舐めてみるけど、特に変わった味はしない。
「ガウ?(なにか盛った?)」
「全部食べて偉かったね、ルイリア。でも、今度からはわざと落としちゃ駄目だよ」
――バレていた。
けれど、僕は何のことか分かりませんという態度を貫いた。だって僕にしか聞こえない小さな声で言っていたから。
もしここで僕が大騒ぎしたら、僕の完全犯罪を黙認しているサイヤルトも共犯だとバレて叱られてしまう。それは可哀想だ。
僕って弟分思いの良い熊だもんねー。
短い尻尾を振って、僕の気持ちをサイヤルトに伝えておく。
「ガガゥ? (で、なにを盛ったの?)
「……少しは反省しようね、ルイリア」
サイヤルトはなにも教えてくれなかった。
でも、僕はなんとなく分かった。サイヤルトはきっと魔法使いなんだと思う。でなければ、あんなに不味いものを一瞬で美味しくなんて出来やしない。
そして、それは誰にも知られてはいけない秘密なんだ。
任せて! 僕、口は硬いから。
翌日、僕は口がムズムズして隣の猫だけに秘密を話した。この猫は僕の親友で、僕同様に口の硬い猫だった。もちろん、ただ話しただけでなく『絶対に誰にも言わないでね!』とちゃんと前置きはしておいた。
念には念をというやつだ。
その一週間後。
王都に住む動物達の話題は『小さな魔法使い』一色になっていた。
僕は焦って泣き喚いた。だって、サイヤルトにお喋りな熊だと思われたら嫌われちゃうと思ったから。
でも、すぐに大丈夫だと気づく。なぜなら、人間は動物の言葉を理解出来ないからだ。
良かったー。人間が僕みたいに賢くなくって♪
そう思って安心していたが、意外な落とし穴が待っていた。
「チュー、チュー」
「キャー、また鼠がいるわ!」
話題の魔法使いを一目見ようと連日、鼠が我が家に押しかけたのだ。箒を持って鼠と格闘するオリヴィアに、心の中で『たぶん、僕のせい。ごめんなさーい』と謝ってから逃げた。
……だって、僕は鼠が苦手な熊なんだもん。
「……ガゥ」
僕――ルイリアの目の前にお皿いっぱいに盛られたご飯が置かれた。僕はオリヴィアの手作りご飯が大好きだけど、野菜は好きじゃない。特に、赤い色した人参という野菜は、色も食感も臭いもすべてが大嫌いだ。でも、彼女は『健康に良いからね』と入れてくることがある。
そして、今日のご飯にはチラホラと赤い人参が入っていた。
……チッ、人参野郎め。
僕がもの凄い怖い顔をして睨みつけても、人参は減らなかった。
普通は僕らはお邪魔のようですねと、自ら気を利かせて出ていくべきだろう。こういう空気を読まないところも嫌いだ。
ちらっとオリヴィアの様子を窺うと、『残しちゃ駄目よ』とその顔には書いてあった。
残したら叱られるのは経験から分かっている。そして、僕は叱られたくない。
僕は人参を器用によけて食べながら、どうすればいいのか真剣に考える。
そうだ、落とせばいいんだ!
サイヤルトとミイナルーナはまだ四歳だから床にご飯を落としてしまうことがある。そういう時、オリヴィアは『気をつけて食べましょうね』と優しく言い聞かせ、落ちた食べ物はゴミ箱に捨てていた。
僕は二人よりも少しだけお兄さんだけど、育ての親であるオリヴィアからすれば子供同然だ。
つまり、僕も間違って人参だけを床に落とせばいいのだ。
ぐふっ、僕って頭いいな♪
僕は早速計画を実行に移す。バレないように慎重に、赤いやつだけを食べこぼしていく。
――パクパクッ、……ポトリ。パクッ……ポト。
空になったお皿の周りには見事に人参だけが落ちていた。これぞ、完全犯罪だと心の中で盛大に自分を褒めていると、サイヤルトがしゃがんで、じっと僕の顔を覗き込んでいた。
「ルイリア、人参を残しちゃ駄目だよ。栄養が満点なんだからね」
彼は母親であるオリヴィアと同じことを言ってくる。
サイヤルトは賢いからか、時々こんなふうにお兄ちゃん振るのだ。でも、全然生意気な感じではなくて、凄く可愛いからいいのだけど。
残してないもん、落ちちゃっただけだもーん。
僕は余裕の表情を浮かべながら、オリヴィアの言葉を待った。きっと『残したんじゃなくて、落ちたから食べなかったのよ。ルイリアはお行儀が良いわね』と言ってくれるはずだから。
「サイヤ、ルイリアが落とした人参をお皿に入れてあげてくれる?」
「はーい、お母さん。ほら全部食べようね、ルイリア」
僕のお皿の上にはまた人参が戻ってきた。
……なんでだ……?
子供達は落とした物を食べなさいなんて言われたことはないのに。同じことをしたのに、僕だけ、僕だけ……。
――「ガウー!(熊差別だー)」
僕の悲痛な咆哮が部屋に響き渡る。近所迷惑になるのでお家の中で叫んではいけないと言われていた。でも、こんな仕打ちを受けて叫ばずにいられようか!
……僕は悪くないもんっ。
結局、僕は大きな声を出したことでも叱られた。僕が拗ねてお皿に背を向けると、小さな手が僕の背中を撫でる。
「ルイリア、応援してあげるから食べようね」
サイヤルトの小さな手のひらには、大嫌いな人参が載っていた。
本当は食べたくない、こんなもの兎に食べさせたらいいんだ。でも残念なことに、ここに兎はいない。いるのは熊だけだ。
僕がくるっと回ってまた背を向けると、サイヤルトもぐるっと回って、また僕の前でしゃがむ。
「頑張れ、ルイリア。頑張れ、ルイリア」
「…………」
一生懸命に応援してくる弟分を無視するなんて僕には出来なかった。
仕方がないので一口食べてあげると、いつもよりも不味くなかった。
……あれ? なんでかな?
臭いも食感も色もいつもと同じなのに、なぜか甘く感じたのだ。
不思議だなと思いながら食べていると、僕は人参を完食できた。サイヤルトの手にはなにか仕込まれているのだろうか。
もう人参が載っていない彼の手をぺろぺろと舐めてみるけど、特に変わった味はしない。
「ガウ?(なにか盛った?)」
「全部食べて偉かったね、ルイリア。でも、今度からはわざと落としちゃ駄目だよ」
――バレていた。
けれど、僕は何のことか分かりませんという態度を貫いた。だって僕にしか聞こえない小さな声で言っていたから。
もしここで僕が大騒ぎしたら、僕の完全犯罪を黙認しているサイヤルトも共犯だとバレて叱られてしまう。それは可哀想だ。
僕って弟分思いの良い熊だもんねー。
短い尻尾を振って、僕の気持ちをサイヤルトに伝えておく。
「ガガゥ? (で、なにを盛ったの?)
「……少しは反省しようね、ルイリア」
サイヤルトはなにも教えてくれなかった。
でも、僕はなんとなく分かった。サイヤルトはきっと魔法使いなんだと思う。でなければ、あんなに不味いものを一瞬で美味しくなんて出来やしない。
そして、それは誰にも知られてはいけない秘密なんだ。
任せて! 僕、口は硬いから。
翌日、僕は口がムズムズして隣の猫だけに秘密を話した。この猫は僕の親友で、僕同様に口の硬い猫だった。もちろん、ただ話しただけでなく『絶対に誰にも言わないでね!』とちゃんと前置きはしておいた。
念には念をというやつだ。
その一週間後。
王都に住む動物達の話題は『小さな魔法使い』一色になっていた。
僕は焦って泣き喚いた。だって、サイヤルトにお喋りな熊だと思われたら嫌われちゃうと思ったから。
でも、すぐに大丈夫だと気づく。なぜなら、人間は動物の言葉を理解出来ないからだ。
良かったー。人間が僕みたいに賢くなくって♪
そう思って安心していたが、意外な落とし穴が待っていた。
「チュー、チュー」
「キャー、また鼠がいるわ!」
話題の魔法使いを一目見ようと連日、鼠が我が家に押しかけたのだ。箒を持って鼠と格闘するオリヴィアに、心の中で『たぶん、僕のせい。ごめんなさーい』と謝ってから逃げた。
……だって、僕は鼠が苦手な熊なんだもん。
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