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おまけの話

おまけの話【生きろ】〜リアテオル視点〜

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自分が乗っている馬車がどこに向かっているのか知らないし、尋ねる気もなかった。

 ……興味なんてない。


僕――リアテオルは、今は坊主と呼ばれている。その前はジュルドフで、その前はライガで、……その前はもう覚えていない。


家族が死んでから、僕はいろんな人達によって生かされている。名前も身分もその度に変わっていた――僕を守るためだ。

大好きな姉ちゃんは偽聖女として処刑された。その家族も同罪だとされ、僕以外はみんな死んだ。

国では生き残りである僕を必死で探しているのだろうか。たぶん、探しているのだろう。

だから、こんな遠くに僕はいる。


でも、僕にそんな価値はない。



 ……だって、僕はみんなを見捨てた。






「……坊主、おいっ、坊主。ちゃんと食え」

僕の前に肉が載った皿が無造作に置かれた。置いたのは、旅芸人の一座の座長だ――名前は知らない。

僕は二週間ほど前からこの旅団に預けられた。十人ほどの小さな一座でみな僕に親切だ。でも、誰も名前を名乗ったりはしない。


『お前のことは今日から坊主って呼ぶ。俺らのことはおじさん、おばさんと呼べばいい。みんな、坊主よりも歳上だし、男と女しかいないからな』
『座長、怪しい奴もいまっせー』
『そういう奴はちゃんと自分から呼び方を指定しとけよ。あっはは』

座長が笑うと、他の人達も大口を開けて笑っていた。でも、僕だけは笑わなかった。
家族が死んでから笑えなくなっていた。

何度も死にたいと思った。でも死ぬ勇気もなくて、……ただ生きている。 


「……いただきます」

僕は礼を告げてから、もそもそと食べ始める。お腹なんて空いていなかったけど、座長が僕のことをじっと見ているから仕方なく食べた。

最近は空腹を感じることもなくなっていた。ズボンもぶかぶかになったので、ずり落ちないように紐で縛っていた。

 ……もっと痩せたらいいのにな。

このまま衰弱して死んだらいいなと思っていた。

――そうしたら、家族にまた会える。



「坊主、馬鹿なことを考えるんじゃないぞ」
「なにも考えていません……」

僕は嘘を吐いた。嘘は駄目だって家族は言っていたけど、もう家族はこの世にいないから。
……僕を叱ってくれる人は誰もいない。


「嘘つくな。子供のくせに、死んでも構わないという目をしやがって。つまらないことを考えるなよ。せっかく助かった命なんだ。大切にしろ」

座長の言っていることは間違っていない。でも、そんな正論なんて聞きたくない。家族を目の前で殺され、一人生き残った僕の気持ちなんて誰にも分かるはずがない。

なにを食べても味なんてしない。
なにを聞いても、見ても、笑えない。

ただ毎日が苦しいだけ……。

寝ているときだけ夢の中で家族に会えるけど、目覚めたら一人ぼっちという残酷な現実が待っている。


――卑怯者だけが生き残った。


「大切にして意味がありますかっ! 家族を見捨てた僕に価値がありますかっ! ……僕は、家族が死んでいくのをただ見てました。幼い妹が泣いているのに、名前も呼んであげられなかった。周りの人達が大好きな姉ちゃんを偽聖女だって罵倒しているのに、違うって言えなかった……」

家族は僕が群衆の中にいるのに気づいていた。父さんも母さんも兄ちゃんも妹も姉ちゃんも、僕と目があったんだから……。きっと弱虫な僕にがっかりした。

 もしかしたら、僕はもう死んでも家族として迎え入れてもらえないかもしれないな……。




「処刑台の上から家族は、坊主の名前を呼ばなかった」


座長はいきなり叫んだ僕を怒ることなく、淡々とした口調で残酷な事実を突きつけてくる。


……そんなの知っている。家族は卑怯者の僕を嫌いになったんだ。

もう聞きたくなくて僕が耳を塞ぐと、座長は僕の手を掴んで耳から離す。


「みながお前を守ったんだ。呼んだらお前まで捕まると分かっていたから。最期の一瞬までお前を全力で守り抜いた。その家族が必死で守ったものをお前が否定するな!」
「……っ、……家族は僕を嫌っていなぃ……?」

――嫌わないで欲しい。

座長は僕の肩を掴んで、力強く答える。

「そんなことは絶対にない。大切だったからこそ、誰もお前の名を呼ばなかったんだ。もし、お前のことを卑怯者だと蔑んでいたなら、お前の名を叫んでいたはずだ。だが、お前の家族は誰も言わなかった。歯を食いしばって耐えたんだ。それはな、大切な息子、可愛い弟、大好きな兄に生きていて欲しかったからだ。、坊主。大好きな家族の最期の望みを叶えてやれ」
「……うぅぅっ……、うわぁーん……」

僕は食べながら泣き続けた。

寝ていないのに、父さんが母さんが兄ちゃんが妹が、そして姉ちゃんの姿が焚き火の向こうに見える。みんな、ほっとしたような顔をして、ぐちゃぐちゃな顔で泣いている僕に手を振っている。


『テオ、強くなれ』
 ……うん、父さんみたいに強くなるよ。

『無理しないで、テオ。体に気をつけてね』
 ……母さん、心配しないで大丈夫だから。

『テオ、ちゃんと食って大きくなれよ』
 ……兄ちゃんみたいに、これからはたくさん食べるよ。

『テオ兄ちゃん、泣いてばかりいると目が溶けちゃうんでしょ?』

僕が泣き虫な妹によく言っていた言葉を、妹は真似する。
 ……兄ちゃんはもう泣かないから。




――『テオ、絶対に幸せになってね』


そして、最後に姉ちゃんが笑いながらそう言うとみんなの姿は消えていた。



 


◇ ◇ ◇


そのあと俺はまた何度も名前を変えて『アルソート・ヤルダ』となった。
ヤルダ伯爵夫妻は我が子のように俺のことを可愛がってくれた。
俺は飯をたくさん食べ、剣の稽古に励み、体調管理に気をつけ、泣いたりせずにむしゃらに生きた。それが天国にいる家族の願いだから……。


いつしか俺は笑みを取り戻していたが、それは心からの笑みではなかった。
心のどこかで、幸せになるのを恐れている自分がいたのだろう。


そして、俺はハンナという素晴らしい女性と出会い恋に落ちた。だが、俺だけが幸せになって良いのだろうかと思うと、踏み出すことが出来なかった。

 縁がなかったということだな……。 

そう思って諦めようとしていると、ある晩、久しぶりに夢を見た。

『リアテオル、さっさと幸せになりなさい!』

夢の中の姉ちゃんの姿はあの頃のままで、大人になった俺を叱っていた。図体が大きくなった俺を正座させてお説教をしてくる。

無理に怖い顔を作り、手には使う気なんてさらさらない箒を持って、弟の為に怒っているふりをする。それは記憶にある懐かしい光景そのもの。


『姉ちゃん、俺だけ幸せになってもいいのかな……』
『当たり前でしょ。うじうじしていないで、さっさと告白しなさい。あんな素敵な人を逃したら駄目よ』
『有り難う、姉ちゃん』

俺がこう言うと、姉ちゃんの姿がだんだんと揺らいでくる。現実の俺が目覚めようとしているのだ。

『頑張って、テオ。……また会……ぇる……から……』
『ごめん、最後がよく聞こえなかった。もう一度言って、姉ちゃん!』 
『……また、会……』


結局、最後の言葉は聞こえなかった。でも、凄く嬉しそうな笑顔を俺の心の中に残してくれた。


 姉ちゃん、俺、幸せになるよ。




 
――そしてこの何十年後、聞こえなかった言葉の意味に俺は辿り着くことになる。


















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