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守れなかった約束(賢者視点)
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私――アルドガルが王都の外れにあるルトの家に着いたのは、早朝よりも少し前で、まだ辺りは薄暗かった。
治療師は『気力・体力がある騎士ならば朝まで大丈夫だと思います』と言っていた。薬が十分に間に合う時間に到着したことに安堵する。
家の明かりはついておらず、人の気配を感じない。
もしかしたらルトはここにいないのだろうか。
彼の妻は数ヶ月前に亡くなっていた。……不幸な事故だったという。
馬車に積んであった大量の荷が崩れ落ち、近くにいた人が巻き込まれた。負傷者はたくさんいたが、亡くなったのはルトの妻だけだったらしい。
みな勇者にも当然伝わっていると思い込んでいた。
――死別を乗り越え、勇敢に戦った勇者。
そんなふうに思われていたのだろうか。新たな幸せを掴もうとしている彼にみな気を遣って、祝福の言葉を送っていたのかもしれない。
……そんなこと、今はどうでもいい。
どうして悲報が伝わっていなかったとか、噂の真偽なんて、今の彼が知っても意味はない。
ルトは家に着く前に誰かから妻の死を知らされ、酒場で酔い潰れているのかもしれない、と思いながら足を進める。
それならいい。誰かがそばにいるということだから。
けれども、なんだか胸騒ぎがした。
――『ギギィ……』
手で押すと玄関の扉は簡単に開いた。中に入ると、消えているけれど暖炉に火を入れた形跡に気づく。外よりはましだけど、部屋の中も冷え切っていた。
「ルト、いますか?」
薄暗い室内に慣れてきて部屋の中が見えてくる。広くないけれど、手作りらしい家具が置かれて居心地の良さそうな部屋だった。
……い…た……。
最後に見た服装のままの彼が、壁を背にして床に一人で座っていた。
「……ルト」
返事はない。
彼の前に膝をつきその顔に手を伸ばす。……冷たかった。暖炉が消えてたからではない。
「起きてください、ルト。風邪を引きますよ。治療師から預かった薬を持ってきました。さあ、急いで飲んでください」
声を張り上げるように告げたが、返事は返ってこなかった。
――もう死んでいるから。
「ルト、どうして笑っているんですか? なにを抱いているんですか?」
彼はとても幸せそうな顔をしていた。それは私に妻への愛を語っている時と同じ。
彼は座りながら、大切な人を抱きしめているような姿勢をしていた。だが、その腕の中にはなにもない。
――とても穏やかな顔だった。
『なあ、アルドガル。無事に戻れたら、俺の家で一緒に飯を食べよう。自慢じゃないけれど、俺の奥さんの手料理は世界一なんだ』
『立派な自慢です』
『はっはは、そうだな。だけど、本当なんだ』
魔物討伐で心が折れそうになっている私に、彼は未来の話をしてくれた。
頑張れという叱咤激励ではなく、私が生き残る未来をさらりと口にしてくれたのが嬉しかった。
『嬉しいお誘いですが、私なんかがお邪魔したらご迷惑じゃ……』
『大切な友人だから妻に紹介したいんだ』
『必ずお邪魔します、ルト』
この約束があったから、私は頑張ることができ、生きて帰ってこれた。
約束は守るつもりだった。
口下手な私は、当日失礼があってはいけないと、彼の妻の手料理に対する賛辞を前もって考えてもいた。
なのに、なのにっ……。
「ねえ、ルト。約束を守ってください。私、楽しみにしていたんですよ。人から食事に招かれるのは初めてだったんです。……お願いですから、起きてくだ…さ、……い。ルト、その腕に抱いているのは自慢の奥様……ですよね? それでは挨拶をさせください。初めまして、私はアルドガルっ……と申し……っ、……ます。彼の友人で、あなたに会えるのを楽しみに…っ……しておりました」
もう声は届かないと分かっていても、私は馬鹿みたいに一人で喋り続けた。
この家で彼の身に何が起こったのか分からない。でも、奇跡が起こったのだと思いたい。
ルト、あなたは奥さんに会えたのですよね? だからこんなにも幸せそうな顔をしているのですよね……。
そして、ただ一つだけはっきりしていることがある。
――私はたった一人の友を救えなかった。
治療師は『気力・体力がある騎士ならば朝まで大丈夫だと思います』と言っていた。薬が十分に間に合う時間に到着したことに安堵する。
家の明かりはついておらず、人の気配を感じない。
もしかしたらルトはここにいないのだろうか。
彼の妻は数ヶ月前に亡くなっていた。……不幸な事故だったという。
馬車に積んであった大量の荷が崩れ落ち、近くにいた人が巻き込まれた。負傷者はたくさんいたが、亡くなったのはルトの妻だけだったらしい。
みな勇者にも当然伝わっていると思い込んでいた。
――死別を乗り越え、勇敢に戦った勇者。
そんなふうに思われていたのだろうか。新たな幸せを掴もうとしている彼にみな気を遣って、祝福の言葉を送っていたのかもしれない。
……そんなこと、今はどうでもいい。
どうして悲報が伝わっていなかったとか、噂の真偽なんて、今の彼が知っても意味はない。
ルトは家に着く前に誰かから妻の死を知らされ、酒場で酔い潰れているのかもしれない、と思いながら足を進める。
それならいい。誰かがそばにいるということだから。
けれども、なんだか胸騒ぎがした。
――『ギギィ……』
手で押すと玄関の扉は簡単に開いた。中に入ると、消えているけれど暖炉に火を入れた形跡に気づく。外よりはましだけど、部屋の中も冷え切っていた。
「ルト、いますか?」
薄暗い室内に慣れてきて部屋の中が見えてくる。広くないけれど、手作りらしい家具が置かれて居心地の良さそうな部屋だった。
……い…た……。
最後に見た服装のままの彼が、壁を背にして床に一人で座っていた。
「……ルト」
返事はない。
彼の前に膝をつきその顔に手を伸ばす。……冷たかった。暖炉が消えてたからではない。
「起きてください、ルト。風邪を引きますよ。治療師から預かった薬を持ってきました。さあ、急いで飲んでください」
声を張り上げるように告げたが、返事は返ってこなかった。
――もう死んでいるから。
「ルト、どうして笑っているんですか? なにを抱いているんですか?」
彼はとても幸せそうな顔をしていた。それは私に妻への愛を語っている時と同じ。
彼は座りながら、大切な人を抱きしめているような姿勢をしていた。だが、その腕の中にはなにもない。
――とても穏やかな顔だった。
『なあ、アルドガル。無事に戻れたら、俺の家で一緒に飯を食べよう。自慢じゃないけれど、俺の奥さんの手料理は世界一なんだ』
『立派な自慢です』
『はっはは、そうだな。だけど、本当なんだ』
魔物討伐で心が折れそうになっている私に、彼は未来の話をしてくれた。
頑張れという叱咤激励ではなく、私が生き残る未来をさらりと口にしてくれたのが嬉しかった。
『嬉しいお誘いですが、私なんかがお邪魔したらご迷惑じゃ……』
『大切な友人だから妻に紹介したいんだ』
『必ずお邪魔します、ルト』
この約束があったから、私は頑張ることができ、生きて帰ってこれた。
約束は守るつもりだった。
口下手な私は、当日失礼があってはいけないと、彼の妻の手料理に対する賛辞を前もって考えてもいた。
なのに、なのにっ……。
「ねえ、ルト。約束を守ってください。私、楽しみにしていたんですよ。人から食事に招かれるのは初めてだったんです。……お願いですから、起きてくだ…さ、……い。ルト、その腕に抱いているのは自慢の奥様……ですよね? それでは挨拶をさせください。初めまして、私はアルドガルっ……と申し……っ、……ます。彼の友人で、あなたに会えるのを楽しみに…っ……しておりました」
もう声は届かないと分かっていても、私は馬鹿みたいに一人で喋り続けた。
この家で彼の身に何が起こったのか分からない。でも、奇跡が起こったのだと思いたい。
ルト、あなたは奥さんに会えたのですよね? だからこんなにも幸せそうな顔をしているのですよね……。
そして、ただ一つだけはっきりしていることがある。
――私はたった一人の友を救えなかった。
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