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16.その後のドエイン商会
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イザベラとの離縁を従業員達に告げた日から、職場の雰囲気がガラリと変わってしまった。みんな以前と同じく一生懸命働いてくれているが、和気あいあいとした明るい職場ではなくなり少しギスギスとした居心地の悪い職場になった気がする。
(そういえばイザベラは従業員達の私的な相談にも乗り、人間関係が円滑にいくように気を配っていたな…)
イザベラ一人がいないだけでこんなに変わるものかと驚きもしたが、自分もその一人なので人間関係を拗らせている者達に注意も出来ないでいる。
どうやら一部の従業員達は口にこそ出してはいないが、俺とイザベラの離縁の理由に気づいているようだった。そのせいか俺に対して余所余所しくなった従業員が数人いた。
その筆頭がイザベラの抜けた穴をフォローしているダリアだった。
「ダリア、この前頼んだ注文書は出来ているかい?出来れば今日中に欲しいんだが」
「無理です。私は通常業務+若奥様の仕事の一部をしているので、今日中には出来ません。そんなに急いでいるなら暇なミーシャさんにやらせてください」
「あっ…、いや、やっぱり自分でやるから大丈夫だ」
俺はそそくさとダリアから離れ、自分の机に向かった。あれからミーシャとは関係を持っていないが、『職場で居場所がなくなった、責任を取って』と迫られている。
今のドエイン商会にミーシャの居場所はない。
俺の離縁理由にミーシャが関係していると感づいた一部の勘の鋭いベテラン従業員達から仕事を回されなくなり、自然と他の従業員達もミーシャから距離を置くようになった。今彼女の相手をするのは鼻の下を伸ばした馬鹿な奴だけで、完全に職場で孤立するようになっている。
イザベラは誰に対しても腰が低く、どんな仕事も笑顔で取り組んでいたので従業員から慕われていた。そんな若奥様を離縁に追い込んだミーシャが嫌われるのは当然の成り行きだった。
もちろん俺も同じく嫌われ始めているが、若旦那という立場が辛うじて俺を守ってくれている。
ドエイン商会は従業員の結束力が自慢だったのに、今は全体的にぎくしゃくして業績も悪化している。
約束通り子爵家からの圧力は一切行われていないが、貴族と縁が切れたドエイン商会を見限る者達は次々と出てきている。ベラが手紙で言っていた通りだった。
それ以上に影響を及ぼしているのは【あんな素敵な嫁を追い出した商会】という噂だった。事実なので違うと言えないところが辛かった。
それに追い打ちをかけるように、ドエイン商会の新商品の製作が滞るようになっている。あれほど新商品を次々に考えついていたのに、最近の俺はアイディアが全く浮かばないスランプ状態だった。
今日も執務室に呼び出され父から新商品を催促されている。
「トーマス、新しい商品はどうなんだ。少しは形になっているのか?業績回復の起爆剤になるようなヒット商品を頼むぞ」
「ああ、頑張っているんだけど。最近全然アイディアが浮かんでこなくって…」
そう離縁以降俺は新商品を出していない。次々と新商品を生み出しドエイン商会に若旦那ありと言われていたのが嘘のようだった。
今まで俺はどうやって新商品を考えていたんだろう…?そうだ、夜夫婦でお酒を飲みながら話すと自然とアイディアが浮かんできたんだ。
ベラがあれが流行りそうだとか、今女性達の間でこれが人気になりつつあると楽しそうに話してくれていたっけ。そうか…俺が考えたんじゃなく、ベラの考えを俺が自分のアイディアとして得意げに発表していただけだった。
ベラが『トーマスはいつも凄いわね。天才だわ』と褒めてくれていたから、自分の手柄だと思い込んでいた。
(イザベラがいないと俺は新商品すら考え付かないのか…)
その後もなんとか考えた新商品は全然売れず、赤字経営が続いている。
町一番の商会で他の商会から羨ましがられるほど活気があったのに、ここ数年で平凡な商会に成り下がっていた。優秀な従業員達はドエイン商会の未来に見切りをつけて辞めていき、今は全盛期の半分ほどの従業員しかいない。
俺に迫っていたあのミーシャもいつの間にか辞めていた。どうやら色仕掛けでどこかの後妻に納まったはいいが、【商会での俺との不倫の噂】を親切な誰かが婚家に告げたようで、夫との仲も上手くいかず、生活は針の筵らしい。
(軽い気持ちで浮気をした俺とミーシャは、笑っちゃうほど不幸になっているんだな…。お互い自業自得だな)
息子のリチャードも一ヶ月後には我が家から出て行く事になっている。
本当は後継ぎであるリチャードを家から出すつもりはなかった。だが14歳になったリチャード自身が隣国に留学して商売を学ぶことを望んだ為、認めるしかなかった。
【子供の意思を尊重し邪魔はしない】と約束した為、この留学を認めなければ子爵家からどんな報復を受けるか分からないので苦渋の決断をしたのだ。
隣国への留学の手続きや準備は全て子爵家が後ろ盾になり行い、ドエイン家が関われることは一切なかった。父親なのに完全に蚊帳の外に置かれ口を出すことは許されなかった。
もしかしたらリチャードはもう我が家に戻ってこないつもりなのかもしれない。
先日珍しくリチャードから話し掛けてくれたと喜んでいたら『僕がここにいなくても、もういいよね』と言っていたから。
跡継ぎである孫息子まで出て行くと知り両親もかなり気落ちしていたが、慰める言葉も思いつかなかった。
(あと数年したらドエイン商会自体が無くなっているかもしれない…)
俺はそんな事を考えながら、毎日生活の為に精一杯働いている。…幸せを感じる余裕はない。
(そういえばイザベラは従業員達の私的な相談にも乗り、人間関係が円滑にいくように気を配っていたな…)
イザベラ一人がいないだけでこんなに変わるものかと驚きもしたが、自分もその一人なので人間関係を拗らせている者達に注意も出来ないでいる。
どうやら一部の従業員達は口にこそ出してはいないが、俺とイザベラの離縁の理由に気づいているようだった。そのせいか俺に対して余所余所しくなった従業員が数人いた。
その筆頭がイザベラの抜けた穴をフォローしているダリアだった。
「ダリア、この前頼んだ注文書は出来ているかい?出来れば今日中に欲しいんだが」
「無理です。私は通常業務+若奥様の仕事の一部をしているので、今日中には出来ません。そんなに急いでいるなら暇なミーシャさんにやらせてください」
「あっ…、いや、やっぱり自分でやるから大丈夫だ」
俺はそそくさとダリアから離れ、自分の机に向かった。あれからミーシャとは関係を持っていないが、『職場で居場所がなくなった、責任を取って』と迫られている。
今のドエイン商会にミーシャの居場所はない。
俺の離縁理由にミーシャが関係していると感づいた一部の勘の鋭いベテラン従業員達から仕事を回されなくなり、自然と他の従業員達もミーシャから距離を置くようになった。今彼女の相手をするのは鼻の下を伸ばした馬鹿な奴だけで、完全に職場で孤立するようになっている。
イザベラは誰に対しても腰が低く、どんな仕事も笑顔で取り組んでいたので従業員から慕われていた。そんな若奥様を離縁に追い込んだミーシャが嫌われるのは当然の成り行きだった。
もちろん俺も同じく嫌われ始めているが、若旦那という立場が辛うじて俺を守ってくれている。
ドエイン商会は従業員の結束力が自慢だったのに、今は全体的にぎくしゃくして業績も悪化している。
約束通り子爵家からの圧力は一切行われていないが、貴族と縁が切れたドエイン商会を見限る者達は次々と出てきている。ベラが手紙で言っていた通りだった。
それ以上に影響を及ぼしているのは【あんな素敵な嫁を追い出した商会】という噂だった。事実なので違うと言えないところが辛かった。
それに追い打ちをかけるように、ドエイン商会の新商品の製作が滞るようになっている。あれほど新商品を次々に考えついていたのに、最近の俺はアイディアが全く浮かばないスランプ状態だった。
今日も執務室に呼び出され父から新商品を催促されている。
「トーマス、新しい商品はどうなんだ。少しは形になっているのか?業績回復の起爆剤になるようなヒット商品を頼むぞ」
「ああ、頑張っているんだけど。最近全然アイディアが浮かんでこなくって…」
そう離縁以降俺は新商品を出していない。次々と新商品を生み出しドエイン商会に若旦那ありと言われていたのが嘘のようだった。
今まで俺はどうやって新商品を考えていたんだろう…?そうだ、夜夫婦でお酒を飲みながら話すと自然とアイディアが浮かんできたんだ。
ベラがあれが流行りそうだとか、今女性達の間でこれが人気になりつつあると楽しそうに話してくれていたっけ。そうか…俺が考えたんじゃなく、ベラの考えを俺が自分のアイディアとして得意げに発表していただけだった。
ベラが『トーマスはいつも凄いわね。天才だわ』と褒めてくれていたから、自分の手柄だと思い込んでいた。
(イザベラがいないと俺は新商品すら考え付かないのか…)
その後もなんとか考えた新商品は全然売れず、赤字経営が続いている。
町一番の商会で他の商会から羨ましがられるほど活気があったのに、ここ数年で平凡な商会に成り下がっていた。優秀な従業員達はドエイン商会の未来に見切りをつけて辞めていき、今は全盛期の半分ほどの従業員しかいない。
俺に迫っていたあのミーシャもいつの間にか辞めていた。どうやら色仕掛けでどこかの後妻に納まったはいいが、【商会での俺との不倫の噂】を親切な誰かが婚家に告げたようで、夫との仲も上手くいかず、生活は針の筵らしい。
(軽い気持ちで浮気をした俺とミーシャは、笑っちゃうほど不幸になっているんだな…。お互い自業自得だな)
息子のリチャードも一ヶ月後には我が家から出て行く事になっている。
本当は後継ぎであるリチャードを家から出すつもりはなかった。だが14歳になったリチャード自身が隣国に留学して商売を学ぶことを望んだ為、認めるしかなかった。
【子供の意思を尊重し邪魔はしない】と約束した為、この留学を認めなければ子爵家からどんな報復を受けるか分からないので苦渋の決断をしたのだ。
隣国への留学の手続きや準備は全て子爵家が後ろ盾になり行い、ドエイン家が関われることは一切なかった。父親なのに完全に蚊帳の外に置かれ口を出すことは許されなかった。
もしかしたらリチャードはもう我が家に戻ってこないつもりなのかもしれない。
先日珍しくリチャードから話し掛けてくれたと喜んでいたら『僕がここにいなくても、もういいよね』と言っていたから。
跡継ぎである孫息子まで出て行くと知り両親もかなり気落ちしていたが、慰める言葉も思いつかなかった。
(あと数年したらドエイン商会自体が無くなっているかもしれない…)
俺はそんな事を考えながら、毎日生活の為に精一杯働いている。…幸せを感じる余裕はない。
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