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42.大切なもの①〜エドワード視点〜
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マイル侯爵子息ヒューイとクーガー伯爵令嬢マリアの結婚式の招待状がダイソン伯爵家に送られてきた。
それを見た時驚きはしなかった。夜会でヒューイが彼女の隣りに立っている姿を見た時からこうなる予感はしていた。
従兄弟のヒューイは侯爵家の次期当主かつ王太子の側近という誰もが羨む立場だ。口数が少ないから女性からすれば取っ付きにくいと思われていたようだが、それでも結婚相手に困ることはなかった。
けれども群がる女性達に辟易していた彼は俺の記憶にある限り、女性を近づけない雰囲気を常に纏って相手にしていなかった。
その彼があの夜会では違っていた。
ラミアと俺がマリア嬢に無礼な態度だったのだ原因だが、それにしても彼はいつになく辛辣だった。
仕事での彼は冷静で容赦がないけれども、それを個人的な対人関係で発揮するのは見たことがない。
そんな必要はないというか、彼をそこまで熱くさせるようなことは日常生活で起こらなかったのだろう。
いつでも冷静で優秀な従兄弟が初めて見せた熱い想い。それは俺の元妻に対してだった。
誰からも見てもお似合いの二人で、その姿に安堵と戸惑いを覚えた。
自分でもどうしてそう思ったのか分からない。
安堵は分かる、あんな形で離縁したけれども彼女には幸せになって欲しいと心から願っていたからだろう。
ではなんで俺は戸惑っているのだろうか…。
俺が戸惑う必要も理由もないのに。
それに胸の奥がざわついて嫌な感じがした。
なんなんだっ…いったいこの感覚は。
それが何かは分からない、だが俺に縋ってくる愛しい妻の存在に目を向けると、そのざわつきはいつの間にか自然に消えていた。
だからそれ以上考えることはなかった。それにその時はラミアと自分自身の失態でそれどころでなくなっていた。
そして今、送られてきた招待状を手に取り眺めているが、あのとき感じたざわつきは感じない。
きっと気のせいだったのだろう、あの夜会ではいろいろなことがあったから。
離縁した妻が幸せになる道を見つけられたので、俺の中でも区切りをつけることにした。
記憶を失った俺を支え続けてくれたマリアが離縁して出ていった後も彼女が使っていた部屋はそのままにしておいた。
彼女は出て行く時に使用人達にすぐさま片付けるようにと指示を出していたようだが、それは俺が止めた。
『彼女が片付けるように言った部屋はそのままにしておくように』
『ですが、エドワード様。マリア様からすぐに全て片付けるようにと言われておりますので!』
『いいんだ、そのままで。片付けることは許さない』
『……承知致しました』
彼女が幸せになるまであの部屋は取っておいたほうがいい気がした。
記憶を失う前の俺と彼女の部屋。
彼女にとっては大切な思い出が詰まった場所のはず。
たとえその可能性がゼロに近くとも、彼女が思い出に浸りたいと望めばそれが出来るようにしてあげたかった。些細なことだが出来ることはしたかった。
だから彼女の意に反してそのままにしておいた。
だがもういいだろう。
彼女は『以前の俺』にもう囚われてはいない、新たな幸せを手に入れている。
もうあの部屋が必要になることは絶対にない。
従兄弟のヒューイは寡黙だが素晴らしい人物だ、彼なら絶対に彼女を幸せにする。
それは確信だった。
使用人に片付けを命じる前に何か大切なものを彼女が残していないか確認するべきだと思った。
俺は『彼女と以前の俺の部屋』に近づくことはこれまで一度もなかった。
今の俺にとってそこは他人の場所であり、犯してはいけない領域でしかなかった。だから勝手に入るのは当主でも違う気がしたからだ。
使用人に確認を頼もうかと思ったが、記憶を失う前の自分が使っていた部屋に対する興味から一人でその場所に足を運んでしまった。
深く考えもせずに…。
当主夫妻の部屋は屋敷で一番良い場所にあったが、今は使われずに閉め切ったままだ。
しっかり鍵も掛けて彼女が出て行った時から誰も入っていない。
俺は屋敷の部屋の親鍵でその部屋を開ける。
ギッギギッギ…ギ……。
久しぶりに開けられた扉はぎこちない音を立てて、まるで入ろうとするのを拒んでいるかのようだった。
カーテンが閉められ薄暗いが、部屋の様子は分かる。
派手すぎず品がある部屋の装飾は元妻マリアを感じさせた。彼女に渡すべき物は見当たらず、夫婦の寝室に続くだろう中扉を開いてみる。
そこは彼女の部屋より装飾は落ち着いていて俺の好みそのもの。
懐かしいとは感じなかったが、自分がここで暮らしていたことに違和感も感じない。
…ここで俺は暮らしていたのか。
だが何も思い出さないな。
その後も続く扉を開け、自分が使っていただろう部屋を見たがなんの感情も湧いてこなかった。ただ部屋の趣味を見て自分らしい部屋だと思っただけ。
なんだかほっとした、何も思い出さない自分に。
今の選択が間違っていないからこそ思い出さないのだろう。
そう思うと心が軽くなった。
愛するラミアとの結婚生活は順調とは言えない。
周りとの関係の変化は覚悟していたが、それよりもラミア自身が不安定になることに悩んでいた。
俺の気持ちを何度伝えても『本当に…私を愛している?』と不安げな表情を浮かべることが多くなっていく。
きっと慣れない環境がそうさせているのだろう。
何があろうと俺は愛する妻子が大切なのは変わらないのに。
失った記憶を取り戻さないのは、取り戻す必要がないから。それを彼女に伝えたらきっと彼女は安心するだろう。
それに俺はこのままでいいと認められた気がして、ここに来て良かったと思っていた。
手早く部屋のなかを見て回ったが、特に大切なものは見つからなかった。
使用人に片付けを命じようと部屋を出ると、なぜかその隣の部屋の存在が気になった。
どうしたというのか…。
気づけば吸い寄せられるように扉の取手に俺は手をかけていた。
*******************
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執筆の励みにさせて頂いております( ꈍᴗꈍ)
安眠妨害とも言える時間帯の更新で失礼いたします(´ε` )
それを見た時驚きはしなかった。夜会でヒューイが彼女の隣りに立っている姿を見た時からこうなる予感はしていた。
従兄弟のヒューイは侯爵家の次期当主かつ王太子の側近という誰もが羨む立場だ。口数が少ないから女性からすれば取っ付きにくいと思われていたようだが、それでも結婚相手に困ることはなかった。
けれども群がる女性達に辟易していた彼は俺の記憶にある限り、女性を近づけない雰囲気を常に纏って相手にしていなかった。
その彼があの夜会では違っていた。
ラミアと俺がマリア嬢に無礼な態度だったのだ原因だが、それにしても彼はいつになく辛辣だった。
仕事での彼は冷静で容赦がないけれども、それを個人的な対人関係で発揮するのは見たことがない。
そんな必要はないというか、彼をそこまで熱くさせるようなことは日常生活で起こらなかったのだろう。
いつでも冷静で優秀な従兄弟が初めて見せた熱い想い。それは俺の元妻に対してだった。
誰からも見てもお似合いの二人で、その姿に安堵と戸惑いを覚えた。
自分でもどうしてそう思ったのか分からない。
安堵は分かる、あんな形で離縁したけれども彼女には幸せになって欲しいと心から願っていたからだろう。
ではなんで俺は戸惑っているのだろうか…。
俺が戸惑う必要も理由もないのに。
それに胸の奥がざわついて嫌な感じがした。
なんなんだっ…いったいこの感覚は。
それが何かは分からない、だが俺に縋ってくる愛しい妻の存在に目を向けると、そのざわつきはいつの間にか自然に消えていた。
だからそれ以上考えることはなかった。それにその時はラミアと自分自身の失態でそれどころでなくなっていた。
そして今、送られてきた招待状を手に取り眺めているが、あのとき感じたざわつきは感じない。
きっと気のせいだったのだろう、あの夜会ではいろいろなことがあったから。
離縁した妻が幸せになる道を見つけられたので、俺の中でも区切りをつけることにした。
記憶を失った俺を支え続けてくれたマリアが離縁して出ていった後も彼女が使っていた部屋はそのままにしておいた。
彼女は出て行く時に使用人達にすぐさま片付けるようにと指示を出していたようだが、それは俺が止めた。
『彼女が片付けるように言った部屋はそのままにしておくように』
『ですが、エドワード様。マリア様からすぐに全て片付けるようにと言われておりますので!』
『いいんだ、そのままで。片付けることは許さない』
『……承知致しました』
彼女が幸せになるまであの部屋は取っておいたほうがいい気がした。
記憶を失う前の俺と彼女の部屋。
彼女にとっては大切な思い出が詰まった場所のはず。
たとえその可能性がゼロに近くとも、彼女が思い出に浸りたいと望めばそれが出来るようにしてあげたかった。些細なことだが出来ることはしたかった。
だから彼女の意に反してそのままにしておいた。
だがもういいだろう。
彼女は『以前の俺』にもう囚われてはいない、新たな幸せを手に入れている。
もうあの部屋が必要になることは絶対にない。
従兄弟のヒューイは寡黙だが素晴らしい人物だ、彼なら絶対に彼女を幸せにする。
それは確信だった。
使用人に片付けを命じる前に何か大切なものを彼女が残していないか確認するべきだと思った。
俺は『彼女と以前の俺の部屋』に近づくことはこれまで一度もなかった。
今の俺にとってそこは他人の場所であり、犯してはいけない領域でしかなかった。だから勝手に入るのは当主でも違う気がしたからだ。
使用人に確認を頼もうかと思ったが、記憶を失う前の自分が使っていた部屋に対する興味から一人でその場所に足を運んでしまった。
深く考えもせずに…。
当主夫妻の部屋は屋敷で一番良い場所にあったが、今は使われずに閉め切ったままだ。
しっかり鍵も掛けて彼女が出て行った時から誰も入っていない。
俺は屋敷の部屋の親鍵でその部屋を開ける。
ギッギギッギ…ギ……。
久しぶりに開けられた扉はぎこちない音を立てて、まるで入ろうとするのを拒んでいるかのようだった。
カーテンが閉められ薄暗いが、部屋の様子は分かる。
派手すぎず品がある部屋の装飾は元妻マリアを感じさせた。彼女に渡すべき物は見当たらず、夫婦の寝室に続くだろう中扉を開いてみる。
そこは彼女の部屋より装飾は落ち着いていて俺の好みそのもの。
懐かしいとは感じなかったが、自分がここで暮らしていたことに違和感も感じない。
…ここで俺は暮らしていたのか。
だが何も思い出さないな。
その後も続く扉を開け、自分が使っていただろう部屋を見たがなんの感情も湧いてこなかった。ただ部屋の趣味を見て自分らしい部屋だと思っただけ。
なんだかほっとした、何も思い出さない自分に。
今の選択が間違っていないからこそ思い出さないのだろう。
そう思うと心が軽くなった。
愛するラミアとの結婚生活は順調とは言えない。
周りとの関係の変化は覚悟していたが、それよりもラミア自身が不安定になることに悩んでいた。
俺の気持ちを何度伝えても『本当に…私を愛している?』と不安げな表情を浮かべることが多くなっていく。
きっと慣れない環境がそうさせているのだろう。
何があろうと俺は愛する妻子が大切なのは変わらないのに。
失った記憶を取り戻さないのは、取り戻す必要がないから。それを彼女に伝えたらきっと彼女は安心するだろう。
それに俺はこのままでいいと認められた気がして、ここに来て良かったと思っていた。
手早く部屋のなかを見て回ったが、特に大切なものは見つからなかった。
使用人に片付けを命じようと部屋を出ると、なぜかその隣の部屋の存在が気になった。
どうしたというのか…。
気づけば吸い寄せられるように扉の取手に俺は手をかけていた。
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