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36.開かれた心①

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彼に連れられドイル公爵家が用意した王太子殿下の為の休憩室にやってきた。
控えていた侍女に傷の手当をしてもらい、そのまま部屋で休ませてもらっている。
家族への連絡や事情の説明の手配もすべてヒューイが行ってくれていた。

侍女は二人分の紅茶をテーブルに用意すると、扉を開けた続き部屋に下がっていった。




私は何もせずにただ椅子に座っている。
ヒューイは私の前の椅子に座り、ただ私を見つめてくる。

静かだけれども気まずい雰囲気ではなかった。一緒にいるのが彼だからだろう。

何も言ってこない、何も聞いてこない。
ただ寄り添ってくれようとする。

それが私の望んでいることだとなぜ彼は分かるのだろう。
何も言っていないのに…。




「ヒューイ、ごめんなさい。折角の夜会を台無しにしてしまったわね」

暫くしてから私はやっと彼に謝ることができた。
こんな手ではもう踊れない。あんなことの後に包帯を巻いた手で目立ってしまったら、折角殿下が騒動を鎮めてくれたのに新たな噂を提供するようなものだ。

「いいや、俺は今も君との時間を楽しんでいる。台無しなんて思っていないから、謝る必要はない。それよりもマリアの話を聞かせてくれないか」

「話し…?なにを聞きたいの?」

彼はもしかしてダイソン伯爵夫人との詳細なやり取りを知りたがっているのだろうか。
それは…言いたくない。
だから聞かないで欲しいと思ってしまう。

でも彼が望んでいたのはそんなことではなかった。

「マリアの心のなかの声を聞きたい。
君は一人で頑張りすぎだ。自分では気づいていないだろうが、その手のひらがその証拠だ。もう君の心は悲鳴を上げているんだ、これ以上抱え込まないで欲しい。その声を誰かに話せばきっとなにかが変わるはずだ。
マリア、は俺では駄目か…。
俺では心を開くことは出来ないか…?」


ヒューイにすべてを見透かされている気がした。
どうして彼はいつも私が欲しい言葉をくれるのだろう。


 どうして分かってくれるの?
 でも…言えないわ。
 嫌われたくないから…。


聞いて欲しい、楽になりたい、でも言いたくない。
言ったら彼との関係が壊れてしまう。
私の手に生温い雫が落ちてくる。

「ありがとう、ヒュー…イ。でも言えないわ、聞けばあなたは私を嫌いになる。
嫌われたくはないの、…あなたにだけは」


 だからもう聞かないで。
 お願い…。
 あなたの前ではきれいな私のままでいさせて。


ヒューイはいつもは強引ではない、でも今日の彼は引いてはくれなかった。

「君の願いでもそれは聞けない。
どんな君も嫌うことなんてない。だから話して欲しい、その心の奥にあるものすべてを。
このままではマリアが一人で苦しみ続けるだけだ。それだけは絶対に

彼の言葉に圧を感じる。でもそれは包み込むような温かさを纏っていて、私を傷つけるものではない。
逃げられないと思ってしまう。
彼は容赦なく私をその大きな心で包みこんでくる。


「ずるいわ…」
 
 あなたにだけは話したくないのに…。


私は首を横に振り抵抗する。
そんな私に彼は言葉を続ける。

「そうだな、俺はずるい男なんだ。君が知らない汚い部分だってたくさんある。聞いてくれるか、君が知らない俺を…。いいや、話しておきたい」

彼の顔には悲愴感が漂っている。一体何を話すつもりなんだろう。
彼のことだったら何だって知りたいから、私は静かに頷いた。




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