愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと

文字の大きさ
上 下
16 / 57

16.待ち受けていた真実②〜ラミア視点〜

しおりを挟む
受け入れがたい現実のなかエディの言葉に縋ることでなんとか自分を保っていた。

言い争う声が続いていたが、心が拒絶しているのか聞こえているのに頭にはちゃんと入ってこない。
前を向いて目を開けているけれど、ちゃんと視てはいない。

ただ時間が過ぎるのを待つだけで精一杯だった。


そんな私の耳に聞き流せない言葉が飛び込んできた。


それは義母が話の途中で声を詰まらせながら紡いだ言葉。
『…ァ…ィア…』

最初は自分のことを名で呼んで貰えたと錯覚してしまったほど、その響きは私の名と似ていた。

だが義母が紡いだのは正妻の名だった。

この混乱で今まで気づかなかったが、不明瞭な言い方では聞き間違えてしまうほどの相似。

実際に私は聞き間違えた『ラミア』と。

それは私だけなのだろうか?
それとも……。

嫌な考えが頭に浮かぶ。


 マ・リ・アとラ・ミ・ア。
 あの晩の『……ィア…』ってまさかっ。
 そんな…う…そ、うそ、嘘…よ。


不明瞭な叫び、彼への好意、そして私の手を握りしめる彼。『ラミア』と聞こえてしまう条件が全て揃っていた。
そこに悪意なんてなかった、あったのはだけ。

 
 はっは…、私の一方的な想いだけだったの?
 私が勝手に勘違いしただけ…?
 それなら彼が呼んだのは…。
 

偽りのない真実だと思っていた『私と彼の愛』が根底から崩れていく。


私は自分の犯した過ちを悟った。


彼が夢の中でも渇望していたのは私ではなかった。
彼が呼んでいたのはきっと…愛する『マリア』。
記憶を失ってもなお求めていたのは相思相愛で結ばれたという正妻。


私は彼の不安な心に無理矢理入り込み、本当の愛を壊した愚かな女だった。


知らなければ良かった、今更知っても時を戻すことなんて出来ないのに。


彼と私の間にある愛?
それは本当に…愛と言えるのだろうか…。
始まりから間違っていたのに。

混乱・喪失・恐怖に襲われる。
心がぐちゃぐちゃでわけが分からない。


 あのときの彼もこんな気持ち…だったのかな。
 だから間違えてしまったの?
 ラミア愛する人マリアを…。
 そうよね、こんなに苦しかったら間違えてしまうわ。
 

記憶喪失の彼の誤解を私が肯定したことで、結果的に彼の心を操ってしまったのだろうか。
あれがなければどうなっていたのか。

きっと今、私とケビンはここにいない…。



胸が苦しくて、何かに縋らなければ息も出来ない。


『大丈夫かい、ラミア?ごめんな、こんなことになって…』と私に詫びるエディ。

彼は悪くない、本当に悪いのはあの日聞きたい言葉を聞いてしまった私のこの耳。

私は彼に言葉を返すことはなかった。何も言わなかった。その温かい彼の身体に優しさに縋りつき、ただ泣き続けた。







私は今、妾としてダイソン伯爵家の屋敷に住んでいる。
何不自由ない暮らしでエディもケビンも側にいる。

正妻のマリア様も私達親子を気に掛けてくれ、意地悪なども一切されない。
妾である私をよく思わない使用人達にも注意してくれたお陰で、表立って不敬な態度を取られることもなくなった。
男爵家出身の私に足りない知識も学べるように手配もしてくれた。


…私は本当に恵まれている。

それなのに私の心は満たされない。


マリア様の優しさ、気遣い、仕草、…それに彼を見つめる眼差し。その全てから彼女がどれほど素晴らしい女性か伝わってくる。

エディを訪ねてくる友人達が『目を覚ませ、あとで絶対に後悔するぞ。君が本当に愛しているのはマリアだ』と彼に忠告をしているのも知っている。


そして彼もマリア様の人柄を知れば知るほど苦しんでいる。それを隠しているつもりだけど、彼だけを見ている私には分かる。

『君だけを愛している』という言葉を囁く彼はその言葉に囚われているのか、本当に今もそう思っているのか…。

怖くて聞くことは出来ない。




マリア様は誰からも愛されている。

『彼が本当に…愛していた人』


マリア様が悲しそうに微笑んでいる姿を見ると苦しくなる。


エディも私を気遣って彼女とはわざと距離を置いているが、彼はそんな状況に苦悩している。
きっと正妻である彼女をこんな辛い立場に追いやっているのが心苦しいのだろう。

でも彼は頑なにマリア様に歩み寄ろうとはしない。それは事実婚とはいえ妻である私への最大限の配慮から。彼は誠実だけど器用な人ではない。




邪魔者は私だ。


きっと私がここからいなくなれば、エディは記憶が戻らなくても彼女に惹かれて愛するようになるだろう。それとももう彼女への想いを思い出しているのだろうか。

聞くことなんてしない。


 エディ…、エディ…。
 愛している、愛してしまったの。
 もう戻れないわ。
 ごめんなさいエディ……そしてマリア様。



私は今日も何も言わず、何も気づかないふりをして幸せなそうに笑っている。

『息子ケビンの為に』と言いながら自分勝手な醜い心から目を背ける。


 この愛はもう偽りなんかじゃないわよね?
 月日とともに本物になっていったはず…。
 …きっとそう……エディそうよね?


自分にそう言い聞かせ、不安を拭おうとする。

同じことを繰り返す愚かな私。


のなかで私への愛は本物だから、これでいい。私さえ何も言わなかったら全てがこのまま上手くいくはず。


それなのに『ズキンッ…』と心が痛む。
この痛みに慣れることはない。

それでもいい、狡い私はこの痛みとともに生きていくから。


どうか神様、彼を今のままでいさせてください。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

処理中です...