10 / 57
10.記憶の喪失①〜エドワード視点〜
しおりを挟む
ゴッボ、ゴッホゲホ…。
咳き込んだとともに大量の水を吐き出す。
身体が痛い、どこが痛いのか分からないくらい全身を殴りつけられたような痛みに襲われる。
いったい…俺はどうしたんだ…。
なぜ水を吐き出している?
どうして体が痛いんだ?
ここは…どこだ…、それに…。
疑問は次々浮かび上がるが、その答えはいくら待っても出てこない。
何も分からないのはこの酷い痛みのせいだろうか。
正確に言うとこの時の俺は何が分かっていないのかも実際には分かっていなかった。
目を開けているはずなのに何も見えず、目の前に広がるのはぼんやりとした闇だけだった。
不安と痛みに襲われながら懸命に声を上げようとする。
「…た…たすけっ、ゲホッ…だれ…かっ、」
出てきた声はかすれた小さな声だけ。
くそっ…、これじゃ誰にも聞こえない。
だれか…誰か…!
何人かの足音と『なにか聞こえたぞ』『こっちからだ』という会話が近づいてくる。
誰にも届かないと思っていた声は幸運なことに近くを通りかかった人の耳に届いていたようだ。
すぐ側まで来てくれたことは気配で分かった。
これで助けてもらえると思ったが、彼らの目的は助けることではなかった。
動けずにいる俺から身に着けていたものを次々と乱暴に剥ぎ取っていく。抵抗しようにもそんな力はなく、無様にもされるがままだった。
「はっはっは、これはいいな。きっと金になるぞ」
「とにかく早く取れるものは全部取れ。誰かに見つかると厄介だから、急げ!」
彼らの目的は救助ではなく弱っている俺から身に付けているものを盗むことだった。
容赦ない扱いに痛む身体が悲鳴を上げる。
「…うっうう…、やめろ…」
出てきたのはうめき声と拒絶。
だがそれに対する答えは汚い言葉と暴行だった。
「この死にぞこないがっ、くたばっちまえっ!」
「何言ってるんだよっ。俺達に抵抗すらできずにいるくせにさ、あっはっは」
ボコッ、ボキッ…!!
笑いながら殴られ、俺は意識が遠のいていく。
「おいコイツどうする?生かしておいたらまずいんじゃないか?」
「このままほっといたらすぐに死ぬさ。俺たちが殺したんじゃ目覚めが悪いが勝手に死ぬんなら関係ねぇ。それともお前が息の根を止めるか?
俺はやだぜ、盗みはやるが殺しはごめんだ。
さぁ、これで旨いものでも食おうぜ!」
そんな言葉とともに遠ざかって行く足音を聞きながら俺は死を意識する。
ここで……死ぬのか俺は。
……一人で…。
そう考える俺の頭には誰の顔も浮かんでこない。
死ぬ間際に見るという走馬灯は嘘だったのか…。
そう思いながら意識を手放していった。
キツイ消毒液の匂いが鼻について目覚める。俺は生きているのだろうか。
身体を動かそうとすると痛みで顔が歪み、自分がまだ生きていることを実感する。
ここが温かいベットのうえなのは感触で分かるがどうしてここに自分がいるのだろう。
ここがどこか確かめたくて目を開けようとするが、目が何かで覆われていて瞼を開けることすらできない。
いったいなんだこれは?
布が巻かれているのか?
自分の目元に手をやりそれを取ろうとすると誰かが声を上げた。
「だめ、だめよ!その包帯を取ってはいけないわ。
お医者様の許可がおりてからでないと、完全に視力を失ってしまうから」
「そうだぞ。お前さんは身体中打撲と擦り傷があるが、それより目が一番厄介な状態なんだ。体の傷は痛むだろうが重傷ではない。だがな目はかなり傷ついているから暫くは絶対に包帯が必要だ」
女性の慌てた声と年配の男性の落ち着いた声。
あんな目にあった俺は警戒心を顕にして訊ねる。
「…誰ですか…?それにここは…?」
「ああ、すまんかったな。まずはそこからちゃんと話さないと目が見えないお前さんには何も分からんな。
儂は医者のマイクだ。お前さんは川岸で裸の状態で発見された。
怪我の具合から見て、流されてここに流れ着いたんだろう。全裸だったのは、誰かに身ぐるみを剥がされたんだろうな。ここら辺には貧しさからそんな真似をする馬鹿な奴等もいるんだ。
まあ、あの激流で死なずにここに流れ着いたのも奇跡だし、目以外は打撲と擦り傷で済んだのも有り得ないくらいの奇跡なんだ。
この川に流れてきた者は殆ど土左衛門になっているし、辛うじて生きていても酷い怪我を負っているものだ。
本当に幸運な奴だな、お前さんって男は。目だってちゃんと朝晩薬をつけ半年ほど使わなかったら元に戻る見立てだ。
とにかく神様とお前さんを見つけて看病している男爵家の者達に感謝することだな。今だってこの家の三女が面倒を見てくれているんだ」
どうやら俺は親切な人に助けられたようだ。不幸中の幸いにホッとする。
「助けていただいて有り難うございます」
どちらを向いて話したらいいのか分からないので前を向いたまま礼を伝える。
「いいえ、当たり前のことをしただけですから。それよりあなたの名前と家の場所を教えてくれませんか?ここにあなたがいることをご家族に連絡をしますから。きっと川に流されたあなたを心配しているわ」
そう言ったのは若い女性の声で、きっと男爵家の三女なのだろう。
「ああ…そうですね、よろしくお願いします。俺の名前、…なまえは……」
簡単な質問に答えるだけなのに、なぜかその先が続かなかった。
咳き込んだとともに大量の水を吐き出す。
身体が痛い、どこが痛いのか分からないくらい全身を殴りつけられたような痛みに襲われる。
いったい…俺はどうしたんだ…。
なぜ水を吐き出している?
どうして体が痛いんだ?
ここは…どこだ…、それに…。
疑問は次々浮かび上がるが、その答えはいくら待っても出てこない。
何も分からないのはこの酷い痛みのせいだろうか。
正確に言うとこの時の俺は何が分かっていないのかも実際には分かっていなかった。
目を開けているはずなのに何も見えず、目の前に広がるのはぼんやりとした闇だけだった。
不安と痛みに襲われながら懸命に声を上げようとする。
「…た…たすけっ、ゲホッ…だれ…かっ、」
出てきた声はかすれた小さな声だけ。
くそっ…、これじゃ誰にも聞こえない。
だれか…誰か…!
何人かの足音と『なにか聞こえたぞ』『こっちからだ』という会話が近づいてくる。
誰にも届かないと思っていた声は幸運なことに近くを通りかかった人の耳に届いていたようだ。
すぐ側まで来てくれたことは気配で分かった。
これで助けてもらえると思ったが、彼らの目的は助けることではなかった。
動けずにいる俺から身に着けていたものを次々と乱暴に剥ぎ取っていく。抵抗しようにもそんな力はなく、無様にもされるがままだった。
「はっはっは、これはいいな。きっと金になるぞ」
「とにかく早く取れるものは全部取れ。誰かに見つかると厄介だから、急げ!」
彼らの目的は救助ではなく弱っている俺から身に付けているものを盗むことだった。
容赦ない扱いに痛む身体が悲鳴を上げる。
「…うっうう…、やめろ…」
出てきたのはうめき声と拒絶。
だがそれに対する答えは汚い言葉と暴行だった。
「この死にぞこないがっ、くたばっちまえっ!」
「何言ってるんだよっ。俺達に抵抗すらできずにいるくせにさ、あっはっは」
ボコッ、ボキッ…!!
笑いながら殴られ、俺は意識が遠のいていく。
「おいコイツどうする?生かしておいたらまずいんじゃないか?」
「このままほっといたらすぐに死ぬさ。俺たちが殺したんじゃ目覚めが悪いが勝手に死ぬんなら関係ねぇ。それともお前が息の根を止めるか?
俺はやだぜ、盗みはやるが殺しはごめんだ。
さぁ、これで旨いものでも食おうぜ!」
そんな言葉とともに遠ざかって行く足音を聞きながら俺は死を意識する。
ここで……死ぬのか俺は。
……一人で…。
そう考える俺の頭には誰の顔も浮かんでこない。
死ぬ間際に見るという走馬灯は嘘だったのか…。
そう思いながら意識を手放していった。
キツイ消毒液の匂いが鼻について目覚める。俺は生きているのだろうか。
身体を動かそうとすると痛みで顔が歪み、自分がまだ生きていることを実感する。
ここが温かいベットのうえなのは感触で分かるがどうしてここに自分がいるのだろう。
ここがどこか確かめたくて目を開けようとするが、目が何かで覆われていて瞼を開けることすらできない。
いったいなんだこれは?
布が巻かれているのか?
自分の目元に手をやりそれを取ろうとすると誰かが声を上げた。
「だめ、だめよ!その包帯を取ってはいけないわ。
お医者様の許可がおりてからでないと、完全に視力を失ってしまうから」
「そうだぞ。お前さんは身体中打撲と擦り傷があるが、それより目が一番厄介な状態なんだ。体の傷は痛むだろうが重傷ではない。だがな目はかなり傷ついているから暫くは絶対に包帯が必要だ」
女性の慌てた声と年配の男性の落ち着いた声。
あんな目にあった俺は警戒心を顕にして訊ねる。
「…誰ですか…?それにここは…?」
「ああ、すまんかったな。まずはそこからちゃんと話さないと目が見えないお前さんには何も分からんな。
儂は医者のマイクだ。お前さんは川岸で裸の状態で発見された。
怪我の具合から見て、流されてここに流れ着いたんだろう。全裸だったのは、誰かに身ぐるみを剥がされたんだろうな。ここら辺には貧しさからそんな真似をする馬鹿な奴等もいるんだ。
まあ、あの激流で死なずにここに流れ着いたのも奇跡だし、目以外は打撲と擦り傷で済んだのも有り得ないくらいの奇跡なんだ。
この川に流れてきた者は殆ど土左衛門になっているし、辛うじて生きていても酷い怪我を負っているものだ。
本当に幸運な奴だな、お前さんって男は。目だってちゃんと朝晩薬をつけ半年ほど使わなかったら元に戻る見立てだ。
とにかく神様とお前さんを見つけて看病している男爵家の者達に感謝することだな。今だってこの家の三女が面倒を見てくれているんだ」
どうやら俺は親切な人に助けられたようだ。不幸中の幸いにホッとする。
「助けていただいて有り難うございます」
どちらを向いて話したらいいのか分からないので前を向いたまま礼を伝える。
「いいえ、当たり前のことをしただけですから。それよりあなたの名前と家の場所を教えてくれませんか?ここにあなたがいることをご家族に連絡をしますから。きっと川に流されたあなたを心配しているわ」
そう言ったのは若い女性の声で、きっと男爵家の三女なのだろう。
「ああ…そうですね、よろしくお願いします。俺の名前、…なまえは……」
簡単な質問に答えるだけなのに、なぜかその先が続かなかった。
119
お気に入りに追加
6,930
あなたにおすすめの小説

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい
高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。
だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。
クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。
ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。
【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結


【完結】貴方の傍に幸せがないのなら
なか
恋愛
「みすぼらしいな……」
戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。
彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。
彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。
望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。
なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。
妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。
そこにはもう、私の居場所はない。
なら、それならば。
貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。
◇◇◇◇◇◇
設定ゆるめです。
よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる