愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと

文字の大きさ
上 下
9 / 57

9.別れ③

しおりを挟む
「…何もいりません。ただ離縁出来ればそれで良いんです。
誰も悪くなんてないのだから。
待ち続けた私も、記憶を失ったあなたも、親切からあなたを助け恋に落ちたラミアも。
それに生まれてきたケビンにも罪はない。

誰にも悪意なんてなかった。
そこにあったのはそれぞれの想いだけだわ。
そうでしょう?エド。

不幸な事故と不運が重なって運命に翻弄されてしまっただけ。
今回のことで責任を負う必要は誰にもないし、負って欲しくもありません」


これは偽りのない気持ちだった。

だって誰も悪い人はいないのだから。
みんな自分からこんな運命を望んだわけではない。
それはそれぞれの立場になって考えれば分かることで、ある意味みんな避けられない運命の被害者だった。

それが分かっていながら誰が誰を責められると言うんだろう。


この運命を肯定はしない、でも断罪するべき人もいない。もし誰かをと言われたら私は…残酷な試練を与えた愚かな神に怒りをぶつけたい。





「…マリア……」


何かを言いたそうな表情の彼にあえて気づかないふりをする。
彼が何を言いたいのかは分からないけれども、このまま聞かないほうがいい。
優しくされたら縋ってしまうかもしれない。

…それでは駄目だ。



こんな風に二人だけでいて、名を呼ばれるの最後になるだろう。私の名を呼ぶ彼の声音を心に刻みつける。

『さあ、一歩前へ』弱い自分の背中を自分自身でそっと押してあげる。


「だから私が去るのをあなたは黙って見送ってくれませんか。
少しだけでいいから私の幸せを願いながら。

それが私からの最後のお願いです。
……叶えてくれますか?エド」

「……あ…あぁ、叶えるよ。マリア」


彼は声を詰まらせながら『是』と返事をしてくれた。


 ありがとう…エド。
 これでいい、これで私は進める。
 …離れられる、ここから。


「あなたを愛したことは後悔していません。
かけがえのない時間をありがとう。

あなたから離れて私は前に進みます。

私も幸せになろうと思います。
新しい幸せをこれから探してみせます。
だから笑って別れましょう。

……エドワード、あなたもお幸せに……」


涙を流すことなく彼のことを真っ直ぐ見つめ、偽りのない言葉を紡いでいく。

私は上手に微笑んでいるだろうか。
彼には泣き顔ではなく私の笑顔を覚えておいて欲しい。
そして彼の笑顔を目に焼き付けておきたい。

だって幸せだった短い結婚生活では私達はいつでも笑い合っていたから。


 ねえ…笑って、前のように。
 あなたの笑顔を見ると幸せになれるから。



決別の言葉を口にし、私は後戻りする道を自ら断った。


「…本当にすまない、そして有り難う。
私も君の幸せをどんな時も祈っているよ、マリア」


微笑んでいる彼の言葉にも偽りはない。




今度は彼でなく私がこの部屋から先に出ていく。

彼はもう何も声を掛けてくることはない。きっと約束を守って彼は心のなかで私の幸せを祈ってくれているのだろう。



それでいい、…それだけでいい。


 ……エド、あ…いして…くれてありがとう。
 あなたを愛せて、よかった。
 あり、がと…う……っ、うう……。


私は振り返ることなく屋敷を去っていく。

使用人達はみな涙を流しがら見送ってくれ、そこにはラミアの姿もあった。
彼女は涙を流してはいないけれども、私に向かって詫びるように頭を下げ続けていた。

そう彼女はいつも謙虚で正妻の私を気遣うことを忘れないそんな女性だった。

きっとこんな出会いでなければ私と彼女は友人になれていたかもしれない。

そう思えるほど夫が愛している彼女は素敵な人だった。

でも私と彼女が友人になることはない、私だってそこまで良い人でなんていられない。だから彼女には言葉を掛けることはなかった。




こうして私とエドワード・ダイソンは正式に離縁し、私は実家であるクーガー伯爵家へ戻りマリア・クーガーに戻った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

カメリア――彷徨う夫の恋心

来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。 ※この作品は他サイト様にも掲載しています。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

どうかこの偽りがいつまでも続きますように…

矢野りと
恋愛
ある日突然『魅了』の罪で捕らえられてしまった。でも誤解はすぐに解けるはずと思っていた、だって私は魅了なんて使っていないのだから…。 それなのに真実は闇に葬り去られ、残ったのは周囲からの冷たい眼差しだけ。 もう誰も私を信じてはくれない。 昨日までは『絶対に君を信じている』と言っていた婚約者さえも憎悪を向けてくる。 まるで人が変わったかのように…。 *設定はゆるいです。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...