8 / 57
8.別れ②
しおりを挟む
私は義家族との別れを済ませたあと、話があるからとエドを応接室に呼び出した。
「待たせてすまない、マリア。それで話ってなんだい?」
「こちらこそ急に呼び出してごめんさないね。まずは座ってちょうだい、エド」
立ったままの彼に座ることを促す。
「ああそうだね、座って聞こう」
彼が座ったのは私の向かいのソファで、やはり空いている私の隣には座らなかった。
記憶を失う前は当たり前のように私の隣りに座っていたけれども、帰ってきてからはそれもなくなっていた。
彼が座ると同時に私は別れを切り出す。
「……私と離縁してください。正妻として全てを受け入れるつもりだったけれど、私には無理だったわ。エドやラミアが気を使ってくれているのは分かっているの。でも愛し合う二人を見続けるのは耐えられなかった。それにどんどん嫌な感情に自分が支配されていくのも辛くて仕方がないの。
このままここにいたら、私はあなた達を傷つけてしまうかもしれないし、私自身が壊れてしまう気がする。だから私はここを去ります。エドワード、…いいわよね?」
彼に許可を求めているわけではない、これはもう私のなかでは決まっていること。
私の言葉を聞いていた彼の目には少しの驚きと安堵が入り混じっている。
驚きが少ないのはきっと彼も遅かれ早かれこうなると思っていたからだろう。周囲の言う通り最初から無理があったのだから。
安堵は…やはり彼も離縁を心のなかでは望んでいたからだろう。
離縁された貴族女性の行く末を案じて彼は離縁を求める言葉を口にはしなかったけれど、本心では愛する人を妾のままにしておきたくはなかったはずだ。
でも彼は優しい人だから、私の立場を考え離縁をしたいと決して言わないでいてくれた。
私には隠しているつもりだったけど、時折見せる苦悶の表情が彼の胸中を物語っていた。
それでも彼は他人のような正妻にもいつでも優しい人だった。
愛そうとはしなかったけれど、彼はできる限り尽くしてくれた。
だから彼を恨んではいない。
彼は今、なにを考えているのだろう。
少しは私との離縁を戸惑ってくれているだろうか。
少しでいいから動揺して欲しいとを思ってしまう私は…愚かだろうか。
「分かった、君の言う通りに別れよう。
私に落ち度があったのだから慰謝料も払うし、できる限りのことはさせてもらうよ。
…こんな結果になってしまって本当にすまなかった、マリア。謝っても許されることではないが謝りたい。記憶を取り戻せずに君を苦しめ本当に申し訳なかった」
離縁を受け入れ真摯に謝り続ける夫。
そこに離縁への喜びはなく、心からの謝罪だと伝わってくる。
だけど彼の口から私を引き止める言葉は出てこない。『待ってくれ』とは言ってくれない。
それは想像していた通りの反応なのに、この期に及んで寂しいと思ってしまう。
そうよね…、出てくるはずないわ。
だって彼は安堵としているじゃない。
私ったら…なにを期待していたの。
…駄目ね……本当に…。
捨てたはずの淡い期待がまだ心の奥に残っていたのに気づく。
だがそれに縋る気力は私にはもう残っていなかった。
「待たせてすまない、マリア。それで話ってなんだい?」
「こちらこそ急に呼び出してごめんさないね。まずは座ってちょうだい、エド」
立ったままの彼に座ることを促す。
「ああそうだね、座って聞こう」
彼が座ったのは私の向かいのソファで、やはり空いている私の隣には座らなかった。
記憶を失う前は当たり前のように私の隣りに座っていたけれども、帰ってきてからはそれもなくなっていた。
彼が座ると同時に私は別れを切り出す。
「……私と離縁してください。正妻として全てを受け入れるつもりだったけれど、私には無理だったわ。エドやラミアが気を使ってくれているのは分かっているの。でも愛し合う二人を見続けるのは耐えられなかった。それにどんどん嫌な感情に自分が支配されていくのも辛くて仕方がないの。
このままここにいたら、私はあなた達を傷つけてしまうかもしれないし、私自身が壊れてしまう気がする。だから私はここを去ります。エドワード、…いいわよね?」
彼に許可を求めているわけではない、これはもう私のなかでは決まっていること。
私の言葉を聞いていた彼の目には少しの驚きと安堵が入り混じっている。
驚きが少ないのはきっと彼も遅かれ早かれこうなると思っていたからだろう。周囲の言う通り最初から無理があったのだから。
安堵は…やはり彼も離縁を心のなかでは望んでいたからだろう。
離縁された貴族女性の行く末を案じて彼は離縁を求める言葉を口にはしなかったけれど、本心では愛する人を妾のままにしておきたくはなかったはずだ。
でも彼は優しい人だから、私の立場を考え離縁をしたいと決して言わないでいてくれた。
私には隠しているつもりだったけど、時折見せる苦悶の表情が彼の胸中を物語っていた。
それでも彼は他人のような正妻にもいつでも優しい人だった。
愛そうとはしなかったけれど、彼はできる限り尽くしてくれた。
だから彼を恨んではいない。
彼は今、なにを考えているのだろう。
少しは私との離縁を戸惑ってくれているだろうか。
少しでいいから動揺して欲しいとを思ってしまう私は…愚かだろうか。
「分かった、君の言う通りに別れよう。
私に落ち度があったのだから慰謝料も払うし、できる限りのことはさせてもらうよ。
…こんな結果になってしまって本当にすまなかった、マリア。謝っても許されることではないが謝りたい。記憶を取り戻せずに君を苦しめ本当に申し訳なかった」
離縁を受け入れ真摯に謝り続ける夫。
そこに離縁への喜びはなく、心からの謝罪だと伝わってくる。
だけど彼の口から私を引き止める言葉は出てこない。『待ってくれ』とは言ってくれない。
それは想像していた通りの反応なのに、この期に及んで寂しいと思ってしまう。
そうよね…、出てくるはずないわ。
だって彼は安堵としているじゃない。
私ったら…なにを期待していたの。
…駄目ね……本当に…。
捨てたはずの淡い期待がまだ心の奥に残っていたのに気づく。
だがそれに縋る気力は私にはもう残っていなかった。
146
お気に入りに追加
6,915
あなたにおすすめの小説

氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした
カレイ
恋愛
「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」
それが両親の口癖でした。
ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。
ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。
ですから私決めました!
王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。

【完結】内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜
たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。
でもわたしは利用価値のない人間。
手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか?
少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。
生きることを諦めた女の子の話です
★異世界のゆるい設定です

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる