愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと

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8.別れ②

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私は義家族との別れを済ませたあと、話があるからとエドを応接室に呼び出した。


「待たせてすまない、マリア。それで話ってなんだい?」

「こちらこそ急に呼び出してごめんさないね。まずは座ってちょうだい、エド」

立ったままの彼に座ることを促す。

「ああそうだね、座って聞こう」

彼が座ったのは私の向かいのソファで、やはり空いている私の隣には座らなかった。
記憶を失う前は当たり前のように私の隣りに座っていたけれども、帰ってきてからはそれもなくなっていた。

彼が座ると同時に私は別れを切り出す。


「……私と離縁してください。正妻として全てを受け入れるつもりだったけれど、私には無理だったわ。エドやラミアが気を使ってくれているのは分かっているの。でも愛し合う二人を見続けるのは耐えられなかった。それにどんどん嫌な感情に自分が支配されていくのも辛くて仕方がないの。

このままここにいたら、私はあなた達を傷つけてしまうかもしれないし、私自身が壊れてしまう気がする。だから私はここを去ります。エドワード、…いいわよね?」

彼に許可を求めているわけではない、これはもう私のなかでは決まっていること。


私の言葉を聞いていた彼の目には少しの驚きと安堵が入り混じっている。
驚きが少ないのはきっと彼も遅かれ早かれこうなると思っていたからだろう。周囲の言う通り最初から無理があったのだから。

安堵は…やはり彼も離縁を心のなかでは望んでいたからだろう。

離縁された貴族女性の行く末を案じて彼は離縁を求める言葉を口にはしなかったけれど、本心では愛する人を妾のままにしておきたくはなかったはずだ。

でも彼は優しい人だから、私の立場を考え離縁をしたいと決して言わないでいてくれた。

私には隠しているつもりだったけど、時折見せる苦悶の表情が彼の胸中を物語っていた。


それでも彼は他人のような正妻にもいつでも優しい人だった。

愛そうとはしなかったけれど、彼はできる限り尽くしてくれた。

だから彼を恨んではいない。



彼は今、なにを考えているのだろう。

少しは私との離縁を戸惑ってくれているだろうか。
少しでいいから動揺して欲しいとを思ってしまう私は…愚かだろうか。


「分かった、君の言う通りに別れよう。
私に落ち度があったのだから慰謝料も払うし、できる限りのことはさせてもらうよ。
…こんな結果になってしまって本当にすまなかった、マリア。謝っても許されることではないが謝りたい。記憶を取り戻せずに君を苦しめ本当に申し訳なかった」


離縁を受け入れ真摯に謝り続ける夫。
そこに離縁への喜びはなく、心からの謝罪だと伝わってくる。

だけど彼の口から私を引き止める言葉は出てこない。『待ってくれ』とは言ってくれない。

それは想像していた通りの反応なのに、この期に及んで寂しいと思ってしまう。


 そうよね…、出てくるはずないわ。
 だって彼は安堵としているじゃない。
 私ったら…なにを期待していたの。
 …駄目ね……本当に…。


捨てたはずの淡い期待がまだ心の奥に残っていたのに気づく。
だがそれに縋る気力は私にはもう残っていなかった。


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