愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと

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5.夫からの言葉②

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「君が正妻であることを否定する気はない。
だがすまない、私は…君を愛していない。これから愛することもない。
私にとって愛する人は助けてくれた彼女だけなんだ、今もこれから先も」

「………」


彼は自分の気持ちを偽ることなく私に伝え続ける。その言葉に迷いはなく、その目からは私への愛情は完全に消え失せていた。

彼の目に宿っている愛は一年前は私に向けられていたけれども、今はあの女性のものだった。

 
 もう私を愛してくれないの?
 どうしても愛せないの……エド。


心のなかで縋る言葉を呟きながら、私には答えが分かっていた。


彼は同時に二人の人を愛するような人ではない。真っ直ぐな愛を捧げる誠実な人だから。

それは愛されていた私が一番分かっている。

分かってしまうから辛くなる。

…気づかないふりなんて出来ない。


 エド…エド…エド、エドワード…。


声を出すことなく彼の名を呼び続ける。だが彼に私の想い叫びは届かない。

何も言わずにいる私に彼は頭を下げてくる。


「正式な妻である君を追い出すつもりはない。私から離縁を望むこともしない。

だが愛する人と子供は私にとって大切な家族なんだ。だから離れたくはない、いつでも傍で守ってあげたい。
妾という形で彼女がこの屋敷で暮らすことを許して欲しい。私の子も跡継ぎとして認めて欲しい」


勝手な言い分だった。

確かに正妻の許可があれば妾の子も跡継ぎとして認められる。
だが妾は外で囲うもので、肩身が狭い存在として扱われるものだ。
それなのに彼は屋敷に住まわせたいと言う。

つまり彼は愛する人とその子に今出来る最高の待遇を正妻である私に求めている。

そこには私に対する負の感情があるわけではなく、愛する家族を必死で守ろうとする思いしか感じられない。


「自分勝手だとは分かっているし、君にも済まないとは思っている。だがこの出会いをなかったことになど出来ないし、するつもりもない。私にとって大切な人だから。

君のことは愛せないけど…、正妻としての君を蔑ろにしたりもしない、何不自由ない生活を約束しよう。
だから私の愛する家族の存在を認めてくれないだろうか。頼む、この通りだ!」


彼の必死で懇願する様子は『彼にとって家族は彼らであって、もう私ではないのだ』と言う事実を思い知らされる。



離縁された貴族女性に明るい未来は難しいのも分かっているから、彼は私に離縁を望むことをしないのだろう。

それは彼の優しさゆえなのだろうけど、それが残酷なことだとはエドはきっと分かっていない。

だってエドは『私が彼を心から愛している』のを忘れてしまっているから、仲睦まじい姿を見せつけられて私がどんな風に思うかなんて分からない。

きっと私の愛を彼は誤解している。
『愛しているわ』といっても貴族夫婦の取り繕った上辺だけものだと思っているのだろう。


だからあんなことを平気で言うのだろう。


 エド、酷い…人ね。
 どうして思い出す努力もしてくれないの?
 どうして妻である私に歩み寄ろうとしてくれないの?



彼は私の名が『マリア』だと聞いているはずなのに、一度だってその名を呼ばない。
私は『正妻』であって、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。

ここで私が彼の大切な家族の存在を拒絶したら、彼はここを出ていこうとするだろう。

彼ならばきっとそうする。

エドワード・ダイソンという人は愛する人を見捨てたりしない、その手で守り続ける。


 嫌よ、エド…いなくならないで。

彼がまた私から離れていくなんて考えたくない。
彼を愛している私にとってそれは何よりも耐え難いこと。



『彼の愛する人を認めるか彼が去っていくのを黙って見ているか』

彼は残酷な選択を私に迫ってくる。でも彼はそれがどんなに残酷なことなのか…知らない。
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