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12.新たな生活①
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女性騎士は貴重で辞職を願い出ても引き止められることも多いがアマンダの場合は本人の強い希望もあった為か、すんなりと退団が認められた。
そして俺との幸せな結婚生活が慌ただしく始まった。
もともと三人しか使用人がいなかったのに侍女が辞めてしまったので、今は庭師と通いの掃除メイドしかいない。これでは屋敷を管理するアマンダも大変だろうと新たな使用人を雇うように勧めた。
「侍女がいないのでは何かと大変だろう。
屋敷のことは君にすべて任せるから良い人がいたら君の一存で雇ってくれ」
「有り難う、トウイ。色々と大変だから新しい使用人を雇いたいと思っていたのよ。
女主人として良い使用人を急いで手配するわ」
アマンダは嬉しそうにそう言って俺に抱きついてきた。若いのに女主人として頑張ろうとする健気な彼女を見て、再婚は間違いではなかったとしみじみ思った。
きっと侍女を一人くらい雇うんだろうと思っていたので、俺から細かい条件を出したりすることはなかった。
アマンダを信頼していたからだ。
元妻エラは使用人は三人で十分だと言っていたし、実際にその人数で屋敷内のことは上手く回っていたからアマンダもそうだと思っていた。
だが三日後には新たな使用人が五人も増えており、わけが分からずにアマンダに訊ねてみた。
「これは一体どういうことなんだ。使用人の試用期間中でこの中から一人選ぶことになっているのか?」
「いいえ違うわ、全員正式に雇ったのよ。
だってこの広さの屋敷を維持するには最低でもこれだけの人手が必要だもの」
微笑みながらそういう彼女は『女主人として初仕事だから気合を入れて選んだわ』と得意げに言ってくる。
笑えない冗談だと思った。
使用人が七人なんていくらなんでも多すぎる。
確かにアマンダに任せるとは言ったが常識というものがあるだろう。
騎士で男爵でしかない俺が雇えるはずがない。それは同じく騎士だった彼女も分かっているはずなのに…一体何を考えているのか。
「さすがに五人も増やせない。
五人も雇って何をさせるつもりなんだ?
そんなに仕事はないはずだが…」
嫌味で言ったのでなかった。本当に我が家にそんなに仕事があるとは思えない。今までは元妻と三人の使用人だけで十分手は足りていたのだから。
「あら仕事なら山ほどあるわ。
だって今の掃除メイドは今まで屋敷の半分くらいしか担当していなかったからそれ以上は無理だと言うのよ。だからもう半分をやって貰う掃除メイドを一人追加したの。
料理人だって絶対に必要でしょう、だって私達は毎日食事するのだから。それに私とトウイの専属侍女と雑用を任せる侍女だっていなくては。これは必要最低限の人数よ、本当はもっと雇いたいくらいだわ」
アマンダはこれくらい当然だと言って一歩も引かない。
屋敷の大きさや求める生活の質は変わっていないのに倍以上の人手を要求してくる。
ため息を吐きたかった。
今までは女主人である元妻が当然のように料理をし掃除も手伝っていた。侍女だっていたけど個人に仕えるのではなく家の雑用をして貰っていたから一人で十分足りていた。
出来ない筈は無いのに出来ないと言い張る新妻に頭を抱えるしかなかった。
俺の給金では五人は無理だ、どう頑張っても二人を新たに雇うのが精一杯だろう。
譲らないアマンダに諭すように優しく我が家の財政事情を正直に伝えた。
「俺は男爵だが領地はないし財産もない。収入は騎士団からだけだ、君も知っての通り騎士の給金は多くはない。だから新しく雇うのは二人が精一杯だよ。
少しづつでいいから君も屋敷のことを出来る様にしていって欲しい」
「………っ嘘…、そんなことって…」
俺の言葉を聞いていた彼女はみるみる間に顔色は青ざめていき、わなわなと小刻みに震えている。
きっと伯爵家出身の彼女は屋敷のことをやったことがなかったのだろう。
でも大丈夫だ、誰だって最初は初めてだが慣れたらすぐに出来ることだ。エラだって若い時から俺の為に頑張ってくれていた。
…愛があれば乗り越えられる。
エラにできて頑張り屋のアマンダにできない筈は無い。エラがやってきたことは特別なことではなく当たり前のことばかりだ。
だがここで元妻と比べることをしてはいけないことぐらい俺だって承知している。だからアマンダが安心できるように優しく声を掛ける。
「大丈夫だよ、焦ることはないからな。
俺は君を愛しているから結婚したんだ。
どんな君だって受け入れるよ。
二人のペースで新しい生活をゆっくり築いていこう。
とりあえず侍女一人と料理人だけを雇おう。他の三人には俺から断りを入れるから心配は無用だ」
そう言ってから彼女を優しく抱き寄せていた俺には腕の中にいる彼女がどんな顔をしていたのか知らなかった。
だから分かってくれたと、頑張ってくれると思いそこで話を終わらせた。
だが数日経っても数週間経っても彼女は屋敷の仕事を頑張ることはなかった。
いや違う、本人は『私は一生懸命にやっているわ!』と言っている。だがその言葉を信じることは到底できない有様だった。
日に日に薄汚れてくる屋敷。
ほつれても繕われずにみすぼらしくなっていく服。
山積みになっていく雑用。
何もかも少しづつ状況が悪化していく。本当に一生懸命にやっているなら少しは改善されている事があるはずなのになにもない…。
別に特別なことを頼んでいるわけではない。アマンダには妻としての仕事だけをしてもらっているだけだ。
それも元妻よりも負担は格段に少ないはず…。
ずっと我慢をして何も言わなかった。きっとあと少しで慣れるだろうと。
だがいくら待っても酷くなるばかり。
最近は屋敷に帰っても休める気がしない。
汚れていく屋敷にともに怒りっぽくなっていくアマンダ。
…休めるはずがない。
それとなく注意をしても逆ギレしてくる。
「何言っているのよ!だったらトウイがやってみなさいよ。こんなに沢山のこと出来るわけないわ。どうして女主人である私に使用人の真似をさせるの。
そんな話は結婚前に聞いてなかった…。
こんな生活だなんて詐欺だわ。上等な服も高級な刺繍が入った小物もお金がなくて買えないじゃない」
叫ぶように不満をぶつけてくるアマンダに対して言いたいことは山ほどあったが元妻の名前を出すことになるので言えない。
使用人の仕事だと…?
違う、騎士の妻ならやって当たり前のことだ。
聞いていないって、話すほどのことじゃないだろう。
詐欺ってなんだよ?!
服も小物もエラが全部作っていたんだ。
上等な生地を使って、刺繍を刺して。
工夫して作るのが普通だろう…。
どうして自分でやらないんだっ。
それくらいやればいいだろう!
ただ黙っている俺にキーキーとがなり続ける妻。
か弱くて俺が守らなければいけない頑張り屋の彼女とは同一人物とは思えなかった。
目の前いるのは我儘で自分は不幸だと嘆いてばかりの愚かな女性だった。
結婚当初はエラもそうだっただろうか…?
ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。
俺達の新婚生活は楽ではなかった、寝る間も惜しんで内職していたエラ。
やはり怒っていただろうか…?
だが思い出すのは笑っている顔だけだった。
どんな状況でも笑い飛ばす元妻に自分がどれほど癒やされていたか思い出す。
比較してはいけないと思いながら比較せずにはいられなかった。
…どうして違うんだ。
あの時よりも格段に良い生活なのに、アマンダが満足してくれることはない。
俺の愛した女性はこんな人だったのだろうか。
何がいけなかったんだろうか…。
日に日に夫婦の会話は減っていき、一人で酒を飲んで気を紛らわすことが増えていった。
そして俺との幸せな結婚生活が慌ただしく始まった。
もともと三人しか使用人がいなかったのに侍女が辞めてしまったので、今は庭師と通いの掃除メイドしかいない。これでは屋敷を管理するアマンダも大変だろうと新たな使用人を雇うように勧めた。
「侍女がいないのでは何かと大変だろう。
屋敷のことは君にすべて任せるから良い人がいたら君の一存で雇ってくれ」
「有り難う、トウイ。色々と大変だから新しい使用人を雇いたいと思っていたのよ。
女主人として良い使用人を急いで手配するわ」
アマンダは嬉しそうにそう言って俺に抱きついてきた。若いのに女主人として頑張ろうとする健気な彼女を見て、再婚は間違いではなかったとしみじみ思った。
きっと侍女を一人くらい雇うんだろうと思っていたので、俺から細かい条件を出したりすることはなかった。
アマンダを信頼していたからだ。
元妻エラは使用人は三人で十分だと言っていたし、実際にその人数で屋敷内のことは上手く回っていたからアマンダもそうだと思っていた。
だが三日後には新たな使用人が五人も増えており、わけが分からずにアマンダに訊ねてみた。
「これは一体どういうことなんだ。使用人の試用期間中でこの中から一人選ぶことになっているのか?」
「いいえ違うわ、全員正式に雇ったのよ。
だってこの広さの屋敷を維持するには最低でもこれだけの人手が必要だもの」
微笑みながらそういう彼女は『女主人として初仕事だから気合を入れて選んだわ』と得意げに言ってくる。
笑えない冗談だと思った。
使用人が七人なんていくらなんでも多すぎる。
確かにアマンダに任せるとは言ったが常識というものがあるだろう。
騎士で男爵でしかない俺が雇えるはずがない。それは同じく騎士だった彼女も分かっているはずなのに…一体何を考えているのか。
「さすがに五人も増やせない。
五人も雇って何をさせるつもりなんだ?
そんなに仕事はないはずだが…」
嫌味で言ったのでなかった。本当に我が家にそんなに仕事があるとは思えない。今までは元妻と三人の使用人だけで十分手は足りていたのだから。
「あら仕事なら山ほどあるわ。
だって今の掃除メイドは今まで屋敷の半分くらいしか担当していなかったからそれ以上は無理だと言うのよ。だからもう半分をやって貰う掃除メイドを一人追加したの。
料理人だって絶対に必要でしょう、だって私達は毎日食事するのだから。それに私とトウイの専属侍女と雑用を任せる侍女だっていなくては。これは必要最低限の人数よ、本当はもっと雇いたいくらいだわ」
アマンダはこれくらい当然だと言って一歩も引かない。
屋敷の大きさや求める生活の質は変わっていないのに倍以上の人手を要求してくる。
ため息を吐きたかった。
今までは女主人である元妻が当然のように料理をし掃除も手伝っていた。侍女だっていたけど個人に仕えるのではなく家の雑用をして貰っていたから一人で十分足りていた。
出来ない筈は無いのに出来ないと言い張る新妻に頭を抱えるしかなかった。
俺の給金では五人は無理だ、どう頑張っても二人を新たに雇うのが精一杯だろう。
譲らないアマンダに諭すように優しく我が家の財政事情を正直に伝えた。
「俺は男爵だが領地はないし財産もない。収入は騎士団からだけだ、君も知っての通り騎士の給金は多くはない。だから新しく雇うのは二人が精一杯だよ。
少しづつでいいから君も屋敷のことを出来る様にしていって欲しい」
「………っ嘘…、そんなことって…」
俺の言葉を聞いていた彼女はみるみる間に顔色は青ざめていき、わなわなと小刻みに震えている。
きっと伯爵家出身の彼女は屋敷のことをやったことがなかったのだろう。
でも大丈夫だ、誰だって最初は初めてだが慣れたらすぐに出来ることだ。エラだって若い時から俺の為に頑張ってくれていた。
…愛があれば乗り越えられる。
エラにできて頑張り屋のアマンダにできない筈は無い。エラがやってきたことは特別なことではなく当たり前のことばかりだ。
だがここで元妻と比べることをしてはいけないことぐらい俺だって承知している。だからアマンダが安心できるように優しく声を掛ける。
「大丈夫だよ、焦ることはないからな。
俺は君を愛しているから結婚したんだ。
どんな君だって受け入れるよ。
二人のペースで新しい生活をゆっくり築いていこう。
とりあえず侍女一人と料理人だけを雇おう。他の三人には俺から断りを入れるから心配は無用だ」
そう言ってから彼女を優しく抱き寄せていた俺には腕の中にいる彼女がどんな顔をしていたのか知らなかった。
だから分かってくれたと、頑張ってくれると思いそこで話を終わらせた。
だが数日経っても数週間経っても彼女は屋敷の仕事を頑張ることはなかった。
いや違う、本人は『私は一生懸命にやっているわ!』と言っている。だがその言葉を信じることは到底できない有様だった。
日に日に薄汚れてくる屋敷。
ほつれても繕われずにみすぼらしくなっていく服。
山積みになっていく雑用。
何もかも少しづつ状況が悪化していく。本当に一生懸命にやっているなら少しは改善されている事があるはずなのになにもない…。
別に特別なことを頼んでいるわけではない。アマンダには妻としての仕事だけをしてもらっているだけだ。
それも元妻よりも負担は格段に少ないはず…。
ずっと我慢をして何も言わなかった。きっとあと少しで慣れるだろうと。
だがいくら待っても酷くなるばかり。
最近は屋敷に帰っても休める気がしない。
汚れていく屋敷にともに怒りっぽくなっていくアマンダ。
…休めるはずがない。
それとなく注意をしても逆ギレしてくる。
「何言っているのよ!だったらトウイがやってみなさいよ。こんなに沢山のこと出来るわけないわ。どうして女主人である私に使用人の真似をさせるの。
そんな話は結婚前に聞いてなかった…。
こんな生活だなんて詐欺だわ。上等な服も高級な刺繍が入った小物もお金がなくて買えないじゃない」
叫ぶように不満をぶつけてくるアマンダに対して言いたいことは山ほどあったが元妻の名前を出すことになるので言えない。
使用人の仕事だと…?
違う、騎士の妻ならやって当たり前のことだ。
聞いていないって、話すほどのことじゃないだろう。
詐欺ってなんだよ?!
服も小物もエラが全部作っていたんだ。
上等な生地を使って、刺繍を刺して。
工夫して作るのが普通だろう…。
どうして自分でやらないんだっ。
それくらいやればいいだろう!
ただ黙っている俺にキーキーとがなり続ける妻。
か弱くて俺が守らなければいけない頑張り屋の彼女とは同一人物とは思えなかった。
目の前いるのは我儘で自分は不幸だと嘆いてばかりの愚かな女性だった。
結婚当初はエラもそうだっただろうか…?
ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。
俺達の新婚生活は楽ではなかった、寝る間も惜しんで内職していたエラ。
やはり怒っていただろうか…?
だが思い出すのは笑っている顔だけだった。
どんな状況でも笑い飛ばす元妻に自分がどれほど癒やされていたか思い出す。
比較してはいけないと思いながら比較せずにはいられなかった。
…どうして違うんだ。
あの時よりも格段に良い生活なのに、アマンダが満足してくれることはない。
俺の愛した女性はこんな人だったのだろうか。
何がいけなかったんだろうか…。
日に日に夫婦の会話は減っていき、一人で酒を飲んで気を紛らわすことが増えていった。
応援ありがとうございます!
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