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9.混乱する

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妻と息子が出ていった後、俺は使用人達に二人の居場所を知らないかと問いただした。

「誰でもいい、知っていることがあったら教えてくれ!」

懇願のような叫びだった。

13年間も連れ添ったエラのことを信じたいが、それでもこの状況から悪いほうに考えがいってしまう。

もしかしてライは無理矢理離籍をさせられたのではないか、これから一人で暮らす母の願いを断れなかったのではないかと息子の苦しい立場を想像し辛くなる。

どうにかしてあげたい、助けてあげたいと。

矛盾など都合よく忘れていた。


俺の問いに三人いる使用人のうち年配の庭師と通いで来ている掃除メイドは首を横に振り憐れむような顔を向けて『なにも知りません』と言って仕事に戻っていった。

ただ侍女だけは何も言わなかったが首を横に振ってもいなかった。


「リーゼ、なにか知っているのか!
何でもいい、知っていることを教えてくれ!」


侍女のリーゼは普段からエラと仲が良かったので彼女ならなにかしらの事情を知っているのではないかと思った。

リーゼは雇い主である俺に冷めた目を向けて淡々と答える。

「お二人の居場所は知りません。
ただ出ていくお二人のご様子はお伝え出来ます。
お二人とも迷いがない清々しい表情を浮かべていました。悲壮感は一切なく、新たな門出を喜んでいるという感じでした」

「はっ………?」


何を言っているんだと思った、侍女の言葉が理解できなかった。


 エラは愛する俺の顔を見るのが辛くて出ていったんではないのか?愛しているからこそ潔く身を引いたのではないのか…。

 俺に迷惑をかけたくなくて。

 ライは母に頼まれて仕方がなくついて行ったのではないのか?優しい子だから母を一人に出来なかっただけでは…。

 いや、でもそれでは離籍届の書類の用意の説明がつかない…。
 


侍女の言葉で辻褄が合わない状況を思い出す。俺の考えた状況では現実に起こっていることが説明できない。
どう考えても納得がいかないことが多すぎる。

嫌な考えが頭をよぎる。
必死になって『そんなはずはない!』と馬鹿な考えを否定するように頭を振った。



そんな俺に構わずに侍女は話しを続けた。

「旦那様はいろいろと誤解しているようですから言わせて頂きます。
知られていないと思っていたようですが完全にお二人は旦那様の不貞をご存知でした。奥様とライ様はご自分の意志でいろいろと準備を進めておりました。
旦那様は別れを切り出したのはご自分だと思っているようですが、私から見てお二人の準備が終わったところに丁度良く旦那様の言葉があったというところではないでしょうか。
離縁したい旦那さまと離縁の用意をしていた奥様。
つまりただの利害の一致ですね。

旦那様はずいぶんと都合よくお考えのようですが現実はかなり違うかと…」

「はっ…、し・っ・て・い・た?
い、いつから…エラとライは知っていたんだ…」

そんなはずはないと思った。二人の態度は全く変わっていなかった、もし浮気をしていると知っていたのなら愛する夫と大好きな父親が自分達から離れていくのを黙って見ているはずはない。


 取り戻したくて絶対になにか言ってくるはずだ。
 そうだ、そうに決まっている。
 家族なんだから!


俺はこれは侍女の勘違いだと思い込もうとするが…、彼女の態度は勘違いとは程遠い冷静なものだった。



「いつからはご存知かは知りません。
ただ昨日ではないのは確かです。
色々と忙しそうにしていた様子から見てだいぶ前ではないでしょうか。
奥様とライ様は旦那様の浮気を吹聴するような方ではありませんから、あくまでも私の想像ですが。

まあ、今更知ったところで意味がないことだと思います。

それと奥様は少し前に『これを使いたくなったらあなたの判断で好きな時に使いなさい』と言って渡してくださいました」

そう言って彼女が差し出して見せた物はエラが書いた紹介状だった。
それは離職する時に新たな仕事先がスムーズに見つかるようにと用意されたものだった。


俺はリーゼを解雇するつもりなんてなかった。
妻がアマンダに変わってもエラと仲が良かったからといって理不尽に解雇せず雇い続けるつもりだった。


「リーゼ、心配するな。俺は君を解雇するつもりはない」

クビになるかもしれないと不安がっている彼女を安心させる為にそう言ったが、リーゼからは思ってもみない言葉が返ってきた。

「旦那様、私は今日限りで辞めさせて頂きます。今までお世話になりました、では失礼いたします」

「えっ…」

リーゼは迷うことなくそう言うと唖然としている俺に向かって丁寧に頭を下げたあと、すぐに予め用意していた鞄を持って屋敷から出ていってしまった。


その後ろ姿を見ていた俺はふらふらと近くにあったソファに座り込み頭を抱えた。

突きつけられた現実に頭と心が追いつかず混乱している。



妻と息子が自分が離縁を切り出す前から離縁と離籍の準備を進めていたことを侍女の言葉で知らされた。
有り得ないと思いながらも、そうだったら全ての辻褄が合うことに気がついた。

離縁を切り出した時、妻も息子も驚くくらいすんなりと受け入れた。
そして翌日には全ての手続きを終え身一つで出ていった。エラだけでなく息子のライまで離籍という縁切りをして。
それに侍女リーゼへの紹介状まで予め用意していた。

それはスキの無い完璧な行動だった。
その行動に俺の為という要素は一切ない。

…そんなはずはないのに。


息が出来ないような気がして、ゴクリと唾を飲み込む。

 
 エラは俺のことを愛しているから出ていったんじゃないのか?
 ライは父である俺の決断を尊重してくれたのではなかったのか?
 
 全部違ったのか…。
 ただの勘違いだったのか…。

 俺は自ら別れたのではなくて…も、もしかして見捨てられたのか…。
 まさか、そんなこと…。
 

次々と出てくる疑問に当てはまる答えは俺が信じていた答えとは違った。
『俺の宝物』である家族は形が変わっても変わらずに俺を愛し続けてくれはずだったのに…。

自分の信じていたものが足元から崩れていく恐怖に襲われる。

俺の夢見た未来はこれからどうなってしまうのだろうと考えずにはいられなかった。


 
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