8 / 21
8.選ぶ
しおりを挟む
僕が父さんが浮気していることを知った日以降も父さんの様子は全く変わらなかった。
家では相変わらず妻である母さんに愛の言葉を囁き大切にしているふりをしている。家族を『俺の宝物だ』と平気な顔で嘘を吐く。
全部嘘のくせに…。
僕は知ってるけど、母さんは父さんの裏切りをまだ知らないから明るく笑っている。
嘘つきな父さんを信じ切っている母さんを見ているのは辛かった。
僕は父さんに今までと同じように接するなんて本当は嫌だった。話したくないし抱き締められたくなんてない。
でもそんな態度をとったら母さんが訝しむ。
『どうしたの?』って母さんは心配そうに必ず聞いてくる。
きっと父さんも『どうしたんだライ?』って平気な顔して聞いてくるだろう。
だって知られているなんて思ってもいないから。
悪いのは全部父さんなのに馬鹿みたいに幸せそうに笑っているのを見ていると『全部父さんのせいだろうっ!』と罵ってすべてをぶちまけてしまいそうになる。
あの日見たことすべてを…。
父さんの反応なんてどうでもいい。
ばれて慌てようがそんなこと知ったことではない。
でも優しい母さんのことを考えるとそれは出来ない。すべてを知ったら母さんから笑顔は消えてしまう。それだけは避けたかった。
だから無理をした。以前と同じように父さんを慕っているふりをして笑っていた。
…自分の心を殺して。
僕も父さんと同じ嘘つきになってしまった。
嘘で塗り固めた生活を続けていたある日、久しぶりに父さんの同僚を招いて食事会をすることになった。
大人だけの食事会だから僕は参加はしないけど、その様子を部屋の窓から何気なしに見ていた。
するとその場にいるべきでない人の姿が目に飛び込んできた。
えっ…どうして…なんでここのいるんだっ。
ここは母さんや僕がいるのに。
家族の場所なのに!
どうしてお前が平気な顔しているんだっ!
大勢の大人達に混じって父さんの浮気相手である女性騎士がいた。
あのときと同じ騎士服を身に纏い楽しそうな顔をして参加している。母さんが昨日の晩から仕込んでいた手料理を遠慮なく食べて、母さん自慢のお手製果実酒を美味しそうに飲んでいる。
そして他の騎士達と笑いながら話していて、その中にはいつものように笑っている父さんの姿もあった。
遠くて僕がいる部屋までは声は聞こえてこない。
だけど頭の中ではあの時聞いた二人の嫌な声が繰り返されていた。
うっうう…。
こみ上げる吐き気が抑えられずに慌てて洗面所に駆け込んだ。
ウッ、ゴッボ…ゴボ…。
勢いよく昼食をすべて戻してしまう。
胃の中のものをすべて吐いても気持ち悪いのは治まらない。ふらふらと立ち上がると鏡には涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔が映っていた。
それは今の自分の心を表しているようだった。
もう嫌だ、駄目だ。
あんな父さん見たくないっ。
…いらないっ!
僕が必死になって守ろうとしているものを父さんは大切にしていない。
それどころか壊そうとしている。
だから浮気相手を平気で家に招いて家族の大切な場所を汚した。
僕は決めた。
母さんを守ることを、父さんを捨てることを。
僕の中で少しだけ残っていた父さんへの想いが完全に消えていった。
…父さんはもう家族じゃない。
家族ではなく浮気相手を選んだのは父さんだ。最初に家族を捨てたのは父さんなのだから僕が父さんを捨ててもいいはずだ。
僕はこれから僕が大切にしたい家族だけを守る。
…そこに父さんはいない。
これからどうするか、どうしたいかを考え続けた。子供の僕が出来ることはなんだろう。
まずは母さんに正直に話そうと決めた。でもその後どうすればいいのか分からない。
僕に何ができるだろう?
子供だからお金はないし…。
まだ働けない。
でも母さんには笑っていて欲しい。
どうすれば笑っていられるのかな…。
母さんの幸せはなんだろう?
僕は母さんさえいればいいけど…。
何日も何日も一生懸命考えた、そしてたどり着いた答えを母さんに伝えることにした。
母さんと二人きりになった時に意を決して全てを話す。あの日見た裏切り、僕が嘘つきだったこと、食事会に招かれていた浮気相手、とにかくたくさんのことがあったから上手く言えているか分からないけど自分の気持ちも含めて本当のことを話した。
もう嘘はやめた。
母さんは優しく頷きながら最後まで聞いてくれていた。
そして最後に一番大切なことを泣きながら伝えた。
『僕がそばいるから大丈夫だよ、母さん』
子供の僕では頼りにならないのは分かっていた。でもこれだけは伝えたかった『母さんを愛している、一人じゃないからね』と。
泣かないで母さん。
不安にならないで。
僕は子供でなにもできないけど…。
でもね、いつだって僕はそばにいるから。
寂しくないようにいるからね。
想いを込めた短い言葉がどうか母さんに伝わりますように。
ただ祈るしかなかった。
『有り難う、大好きよライ。…今まで辛い思いをさせてごめんね』
そう言ってくれた母さんは泣いてなかった。僕を優しく抱き寄せながら微笑んでくれていた。そして僕に辛い思いをさせたと謝りながら『もう大丈夫よ。大丈夫よ、ライ』と何度も僕の背中を優しく撫でてくれる。
僕は母さんの胸にしがみつき号泣していた。
母さんが泣いてない、僕ももう嘘を吐かなくていいと分かって、僕はやっと声を上げて泣くことができた。
家では相変わらず妻である母さんに愛の言葉を囁き大切にしているふりをしている。家族を『俺の宝物だ』と平気な顔で嘘を吐く。
全部嘘のくせに…。
僕は知ってるけど、母さんは父さんの裏切りをまだ知らないから明るく笑っている。
嘘つきな父さんを信じ切っている母さんを見ているのは辛かった。
僕は父さんに今までと同じように接するなんて本当は嫌だった。話したくないし抱き締められたくなんてない。
でもそんな態度をとったら母さんが訝しむ。
『どうしたの?』って母さんは心配そうに必ず聞いてくる。
きっと父さんも『どうしたんだライ?』って平気な顔して聞いてくるだろう。
だって知られているなんて思ってもいないから。
悪いのは全部父さんなのに馬鹿みたいに幸せそうに笑っているのを見ていると『全部父さんのせいだろうっ!』と罵ってすべてをぶちまけてしまいそうになる。
あの日見たことすべてを…。
父さんの反応なんてどうでもいい。
ばれて慌てようがそんなこと知ったことではない。
でも優しい母さんのことを考えるとそれは出来ない。すべてを知ったら母さんから笑顔は消えてしまう。それだけは避けたかった。
だから無理をした。以前と同じように父さんを慕っているふりをして笑っていた。
…自分の心を殺して。
僕も父さんと同じ嘘つきになってしまった。
嘘で塗り固めた生活を続けていたある日、久しぶりに父さんの同僚を招いて食事会をすることになった。
大人だけの食事会だから僕は参加はしないけど、その様子を部屋の窓から何気なしに見ていた。
するとその場にいるべきでない人の姿が目に飛び込んできた。
えっ…どうして…なんでここのいるんだっ。
ここは母さんや僕がいるのに。
家族の場所なのに!
どうしてお前が平気な顔しているんだっ!
大勢の大人達に混じって父さんの浮気相手である女性騎士がいた。
あのときと同じ騎士服を身に纏い楽しそうな顔をして参加している。母さんが昨日の晩から仕込んでいた手料理を遠慮なく食べて、母さん自慢のお手製果実酒を美味しそうに飲んでいる。
そして他の騎士達と笑いながら話していて、その中にはいつものように笑っている父さんの姿もあった。
遠くて僕がいる部屋までは声は聞こえてこない。
だけど頭の中ではあの時聞いた二人の嫌な声が繰り返されていた。
うっうう…。
こみ上げる吐き気が抑えられずに慌てて洗面所に駆け込んだ。
ウッ、ゴッボ…ゴボ…。
勢いよく昼食をすべて戻してしまう。
胃の中のものをすべて吐いても気持ち悪いのは治まらない。ふらふらと立ち上がると鏡には涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔が映っていた。
それは今の自分の心を表しているようだった。
もう嫌だ、駄目だ。
あんな父さん見たくないっ。
…いらないっ!
僕が必死になって守ろうとしているものを父さんは大切にしていない。
それどころか壊そうとしている。
だから浮気相手を平気で家に招いて家族の大切な場所を汚した。
僕は決めた。
母さんを守ることを、父さんを捨てることを。
僕の中で少しだけ残っていた父さんへの想いが完全に消えていった。
…父さんはもう家族じゃない。
家族ではなく浮気相手を選んだのは父さんだ。最初に家族を捨てたのは父さんなのだから僕が父さんを捨ててもいいはずだ。
僕はこれから僕が大切にしたい家族だけを守る。
…そこに父さんはいない。
これからどうするか、どうしたいかを考え続けた。子供の僕が出来ることはなんだろう。
まずは母さんに正直に話そうと決めた。でもその後どうすればいいのか分からない。
僕に何ができるだろう?
子供だからお金はないし…。
まだ働けない。
でも母さんには笑っていて欲しい。
どうすれば笑っていられるのかな…。
母さんの幸せはなんだろう?
僕は母さんさえいればいいけど…。
何日も何日も一生懸命考えた、そしてたどり着いた答えを母さんに伝えることにした。
母さんと二人きりになった時に意を決して全てを話す。あの日見た裏切り、僕が嘘つきだったこと、食事会に招かれていた浮気相手、とにかくたくさんのことがあったから上手く言えているか分からないけど自分の気持ちも含めて本当のことを話した。
もう嘘はやめた。
母さんは優しく頷きながら最後まで聞いてくれていた。
そして最後に一番大切なことを泣きながら伝えた。
『僕がそばいるから大丈夫だよ、母さん』
子供の僕では頼りにならないのは分かっていた。でもこれだけは伝えたかった『母さんを愛している、一人じゃないからね』と。
泣かないで母さん。
不安にならないで。
僕は子供でなにもできないけど…。
でもね、いつだって僕はそばにいるから。
寂しくないようにいるからね。
想いを込めた短い言葉がどうか母さんに伝わりますように。
ただ祈るしかなかった。
『有り難う、大好きよライ。…今まで辛い思いをさせてごめんね』
そう言ってくれた母さんは泣いてなかった。僕を優しく抱き寄せながら微笑んでくれていた。そして僕に辛い思いをさせたと謝りながら『もう大丈夫よ。大丈夫よ、ライ』と何度も僕の背中を優しく撫でてくれる。
僕は母さんの胸にしがみつき号泣していた。
母さんが泣いてない、僕ももう嘘を吐かなくていいと分かって、僕はやっと声を上げて泣くことができた。
131
お気に入りに追加
6,112
あなたにおすすめの小説
旦那様に離縁をつきつけたら
cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。
仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。
突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。
我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。
※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。
※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。
【完結】婚約者と幼馴染があまりにも仲良しなので喜んで身を引きます。
天歌
恋愛
「あーーん!ダンテェ!ちょっと聞いてよっ!」
甘えた声でそう言いながら来たかと思えば、私の婚約者ダンテに寄り添うこの女性は、ダンテの幼馴染アリエラ様。
「ちょ、ちょっとアリエラ…。シャティアが見ているぞ」
ダンテはアリエラ様を軽く手で制止しつつも、私の方をチラチラと見ながら満更でも無いようだ。
「あ、シャティア様もいたんですね〜。そんな事よりもダンテッ…あのね…」
この距離で私が見えなければ医者を全力でお勧めしたい。
そして完全に2人の世界に入っていく婚約者とその幼馴染…。
いつもこうなのだ。
いつも私がダンテと過ごしていると必ずと言って良いほどアリエラ様が現れ2人の世界へ旅立たれる。
私も想い合う2人を引き離すような悪女ではありませんよ?
喜んで、身を引かせていただきます!
短編予定です。
設定緩いかもしれません。お許しください。
感想欄、返す自信が無く閉じています
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。
田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。
結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。
だからもう離婚を考えてもいいと思う。
夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
真実の愛だからと平民女性を連れて堂々とパーティーに参加した元婚約者が大恥をかいたようです。
田太 優
恋愛
婚約者が平民女性と浮気していたことが明らかになった。
責めても本気だと言い謝罪もなし。
あまりにも酷い態度に制裁することを決意する。
浮気して平民女性を選んだことがどういう結果をもたらすのか、パーティーの場で明らかになる。
旦那様は私に隠れて他の人と子供を育てていました
榎夜
恋愛
旦那様が怪しいんです。
私と旦那様は結婚して4年目になります。
可愛い2人の子供にも恵まれて、幸せな日々送っていました。
でも旦那様は.........
貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。
もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」
隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。
「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」
三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。
ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。
妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。
本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。
随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。
拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる