上 下
5 / 21

5.愛が消える

しおりを挟む
『ああそうなのね…』と思った。

ただそう思っただけ。

そこに負の感情は一切浮かんでこない。

不思議と怒りも湧いてこないし、悲しいとも思わない。彼を呼び止めたいとも、罵倒したいとも思わなかった。
あれほど夫を愛したいるからこそ悩み苦しんでいたのが嘘のようだった。


 なんだろう、この気持ちは…。
 絶望なんてない。
 悔しくもない。
 …なんて言えばいいのだろう?
 
 そうか…私『どうでもいい』って思っている。
 


愛する夫が一瞬で『どうでもいい存在』になる。自分でも不思議な感覚だった。




長年連れ添った妻の言葉を最後まで聞かずに知り合って間もない新人を守ろうとしている。
それもただの新人ではなく、のことを…。
私にバレていないと思っている彼にとっては大切な同僚を守っただけかもしれないが。


今日も浮気相手を屋敷に平然と招いて何も知らない妻である私にもてなさせていた。
当たり前のように…、笑いながら…。
『今日はみんな喜んでいたよ、また頼むな』って見送りながら言っていた夫。そのみんなの中に浮気相手もいるのに悪びれている様子は一切なかった。


 どうしてあなたは笑っていられたの?
 いつもと変わらずに…。
 罪悪感はなかったの?
 こんな真似をして。
 良心が痛まなかったの…。
 
 妻である私のことを少しも考えなかったの?
 それとも私に向ける気遣いは必要ないのかしら…。
 どうせお気楽な妻だから。

 
私にはなにもバレていないと思っている夫。
だから平気で浮気相手を同僚として呼ぶし、仲間として庇う。

すべてが分かるとその行動は気持ち悪かった。

ただ気持ちが悪いだけ。

その感覚が、その行動が、全てが…。
人としてありえないと思ってしまう。でもそこには夫への想いはもはやなかった。

どうなのかという思いだけ。



彼の気持ちは理解出来ないし、理解したいとも思わない。
ああ…でも彼の気持ちで私にも一つだけ理解できることがあった。


それは人の気持ちは簡単に変わることが出来るということだ。



私の気持ちも一瞬で変わった。




今までは私の夫への愛情は永遠だと信じていた。
だからこそ夫の異変に戸惑い悩み必死に信じようとしていた。
どんなに彼に対して疑念を持っていた時も愛がなくなることはなかった。

そんなこと考えたこともなかった。
彼への愛はあって当たり前のもの、幼い時から築いてきた絆は永遠だった。

私にとっては…。


それが夫の発言を聞いた後、一瞬で消え去ってしまった。自分でも驚くほどあっけなかった。あれほどの絆、想いがこうも簡単に崩れ去っていくなんて…。

今の感情を上手く言葉では表せない。


 逃げているわけではない。
 本当にさっきまであったものが突然消えただけ。
 喪失感もなければ未練もない。

 この感覚は…不思議と辛くない。
   
 


だから彼を罵ることも責めることもしなかった。

それらをするということは少しでも愛情が残っているからこそできる行動だろう。
私にはもうその愛情がない。
だからする必要のない、いや出来ない行動だった。


夫を見る目が冷めてくるのが分かった。
あれほど夫を愛していたゆえにぐちゃぐちゃだった心が嘘のように静まっていく。


愛という想いが消えれば楽になった。
もう私は彼をどんな風に愛していたのかさえ分からない。


夫を愛する気持ちが一瞬でなくなり、夫の心変わりが理解できるとは皮肉なものだ。
なんだかおかしくて笑ってしまう。


人の心は些細なきっかけでこんなにも変われるものなんだと知った。
それなら彼が他に愛する人を見つけたのも仕方がないことなのかもしれない。

…素直にそう思えた。


もう何も悩むことはない。

ただこれからのことを考えて行動していこう。
考えるべきことは大切な息子ライと自分のことだけでいい。
それ以外はどうでもいいだろう。


もう私は夫トウイを大切にしなくてもいい、浮気相手が大切にするだろうから。

彼が今の幸せを自ら捨てたのだから、これから私がこの偽りの幸せを捨てても問題はないだろう。




私はこれからの為に自分が出来ることを始めることにした。息子と二人で幸せになる道を進んでいく為にやらなければならないことはたくさんある。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

愛する貴方はいつもあの子の元へと駆け付けてしまう~私を愛しているというのは嘘だったの?~

恋愛
熱烈なアプローチを受け、アッシュと付き合う事になったシェリー。 今日もアッシュとのデートのはずが、待ち合わせに現れたのはアッシュと幼馴染のミレル。 いつもそうよ。 アッシュ。あんなに私を愛していると言ってくれたのは嘘だったの?

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

婚約者に初恋の従姉妹といつも比べられて来ましたが、そんなに彼女が良いならどうぞ彼女とお幸せに。

天歌
恋愛
「シャティならもっと気の利いたことを言ったのに」 「お前といると本当に退屈だ。シャティといればいつでも心躍るのに」 「シャティの髪は綺麗な金色で花も霞んでしまう程なのに、お前の髪は本当に地味だな」 「シャティは本当に優しくて美しいんだ。それに比べてお前は氷のように冷たいな!」 私の婚約者であるエルカルト・ルーツベットは、毎度毎度顔を合わせる度に私をこのように彼の初恋の相手である彼の従姉妹のシャティ様と比べては私を卑下するような事ばかり言う。 家の為の結婚とは言え、毎度このように言われては我慢の限界を迎えつつあったある日。 「あーあ。私は本当はシャティと結婚したかったのに!お前のせいで思い合う二人が引き裂かれた!!悪魔のようなやつめ!!」 そこまで言うならばお好きにどうぞ? ただし…どうなっても知りませんよ…?

私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。

田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。 結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。 だからもう離婚を考えてもいいと思う。 夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。

裏切りを知った私は強くなります【完結】

恋愛
あなたの裏切りを知り私は強く生まれ変われました。 _____さようなら_____ ※2話完結です

【完結】これからはあなたに何も望みません

春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。 でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。 結婚して三年が過ぎ。 このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。 リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。 ※完結まで作成済み。11/22完結。 ※完結後におまけが数話あります。 ※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

処理中です...