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3.夫の異変①〜妻視点〜
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夫のトウイとはお互いに初恋だった。田舎育ちで純情だった17歳の私達は愛し合っているという理由だけで結婚することに迷いはなかった。
爵位もない騎士の彼との生活は楽とは言えなかったけど、それでもお金では買うことが出来ない幸せだけは溢れるほどあった。
息子ライにも恵まれ穏やかだけど充実した日々。
どんな苦労だって明るく笑い飛ばせた。家族三人でいる時を思い返すと笑っていない時などなかった。
確かな絆がそこにはあった。
私はこの幸せが壊れるはずはないと思い込んでいた。
だがそれは幻想だったと知ったのは一年ほど前のことだっただろうか…。
夫は27歳の時に騎士としての活躍を評価され男爵位を賜った。生活は楽になったが、実直な彼の生活態度は特に変化はなかった。驕ることなく今まで通りに真面目に仕事をして家庭では良き夫、良き父として過ごす。
そんな彼に『頑張ってくれているんだから、少しくらい贅沢してね』と上質な生地を使って新しい上着を作れば『ありがとう、エラ。一生大切に着るよ』と抱きしめてくれた。
変わらない彼が愛おしかった。
そして私の彼への愛情も驚くくらい、初恋の頃から変わってなかった。
それなのに彼だけが変わってしまった。
最初は変化ともいえないものだった。帰りが遅い日が少しずつ増えていっただけ。
騎士という仕事は仲間同士の付き合いもある。仕事帰りに飲んでくることあるし、家に招かれ飲んだりもする。だから帰宅が遅くなるときも当然ある。けれども今までは事前に予定を教えてくれていた。
それなのに連絡がなく遅くなる日が出来た。
そういう日に彼は必ず謝ってくれる。『いいのよ、そういう時もあるわ』と最初の頃は笑っていた。
ただの付き合いだと信じていたから。
でもいつの頃からか『急に予定が入って遅くなった…』と謝る彼からはいつも同じ香りが漂っていることに気づいた。
きっと彼は気づいていない。
移り香とは移った本人は分かりづらいものだ。
それにその香りは妻である私がぎりぎり気づけるほどの微かな香りだった。
どうして…。
気にはなったが夫に聞くことは出来なかった。
家にはちゃんと帰ってくる。
それに家庭では愛妻家で子煩悩な父親なのは変わっていない。
…でも家族で過ごす時間は少しづつ減っていた。
まるで計算し尽くされた様に少しづつだから夫はそんな自分の変化に気づかないし、私が気づいてることすら分かっていない。
きっと分かっているのはそう仕向けている誰かがいるのなら…その人だけだろう。
だが本当にそんな人はいるのか。
…分からなかった。
愛している夫を疑っている自分も嫌だった。
正直、私は混乱していた。
トウイとの仲は以前とまったく同じだった。愛されていると思うし愛している。なんの変化もないのだ。
もし彼が浮気をしているのなら夫婦仲に変化があるものではないだろうか。
彼が分からないわ。
行動は明らかに怪しいけど…。
でも私への愛は変わっていない。
愛していると耳元で囁いてくれるもの。
いつものように大切だと抱きしめてくれるわ。
それなら、やっぱり私の勘違い…よね?
そう信じていいわよね…。
…信じたい。
一人になると考えてしまう。そして無理矢理に望む答えに縋って、また苦しくなる。
夫を信じたい自分と疑う自分がいる。
『気にし過ぎよ、偶然が重なっているだけ彼が裏切るはずはないわ』と信じたい自分は呟く。
『あれは浮気だわ、問い詰めるべき!』と疑う自分は叫ぶ。
気持ちは日々揺れ動いていた。
どうしていい分からずにいつも通りに振る舞っていた。
本当は疑う自分が正しいと分かって来ていたが、問い詰めるという行動に移すことは出来なかった。
なんでかと言われても答えられない。
でも怖かったのだと思う。
幼い頃から隣りにいる彼が私を裏切っている事実を知ってしまうのが。
知りたくないわけでも許していたわけでもなかった。
ただ怖かった、彼を愛していたから。
…だから気づかないふりをして待っていた。
彼を信じているふりをしていつも笑っていた。
いつかあの香りが消えてなくなることを願って。
だがそんな淡い期待はすぐに粉々に砕け散った。
私の目の前に彼の浮気相手が現実として現れたのだ。
爵位もない騎士の彼との生活は楽とは言えなかったけど、それでもお金では買うことが出来ない幸せだけは溢れるほどあった。
息子ライにも恵まれ穏やかだけど充実した日々。
どんな苦労だって明るく笑い飛ばせた。家族三人でいる時を思い返すと笑っていない時などなかった。
確かな絆がそこにはあった。
私はこの幸せが壊れるはずはないと思い込んでいた。
だがそれは幻想だったと知ったのは一年ほど前のことだっただろうか…。
夫は27歳の時に騎士としての活躍を評価され男爵位を賜った。生活は楽になったが、実直な彼の生活態度は特に変化はなかった。驕ることなく今まで通りに真面目に仕事をして家庭では良き夫、良き父として過ごす。
そんな彼に『頑張ってくれているんだから、少しくらい贅沢してね』と上質な生地を使って新しい上着を作れば『ありがとう、エラ。一生大切に着るよ』と抱きしめてくれた。
変わらない彼が愛おしかった。
そして私の彼への愛情も驚くくらい、初恋の頃から変わってなかった。
それなのに彼だけが変わってしまった。
最初は変化ともいえないものだった。帰りが遅い日が少しずつ増えていっただけ。
騎士という仕事は仲間同士の付き合いもある。仕事帰りに飲んでくることあるし、家に招かれ飲んだりもする。だから帰宅が遅くなるときも当然ある。けれども今までは事前に予定を教えてくれていた。
それなのに連絡がなく遅くなる日が出来た。
そういう日に彼は必ず謝ってくれる。『いいのよ、そういう時もあるわ』と最初の頃は笑っていた。
ただの付き合いだと信じていたから。
でもいつの頃からか『急に予定が入って遅くなった…』と謝る彼からはいつも同じ香りが漂っていることに気づいた。
きっと彼は気づいていない。
移り香とは移った本人は分かりづらいものだ。
それにその香りは妻である私がぎりぎり気づけるほどの微かな香りだった。
どうして…。
気にはなったが夫に聞くことは出来なかった。
家にはちゃんと帰ってくる。
それに家庭では愛妻家で子煩悩な父親なのは変わっていない。
…でも家族で過ごす時間は少しづつ減っていた。
まるで計算し尽くされた様に少しづつだから夫はそんな自分の変化に気づかないし、私が気づいてることすら分かっていない。
きっと分かっているのはそう仕向けている誰かがいるのなら…その人だけだろう。
だが本当にそんな人はいるのか。
…分からなかった。
愛している夫を疑っている自分も嫌だった。
正直、私は混乱していた。
トウイとの仲は以前とまったく同じだった。愛されていると思うし愛している。なんの変化もないのだ。
もし彼が浮気をしているのなら夫婦仲に変化があるものではないだろうか。
彼が分からないわ。
行動は明らかに怪しいけど…。
でも私への愛は変わっていない。
愛していると耳元で囁いてくれるもの。
いつものように大切だと抱きしめてくれるわ。
それなら、やっぱり私の勘違い…よね?
そう信じていいわよね…。
…信じたい。
一人になると考えてしまう。そして無理矢理に望む答えに縋って、また苦しくなる。
夫を信じたい自分と疑う自分がいる。
『気にし過ぎよ、偶然が重なっているだけ彼が裏切るはずはないわ』と信じたい自分は呟く。
『あれは浮気だわ、問い詰めるべき!』と疑う自分は叫ぶ。
気持ちは日々揺れ動いていた。
どうしていい分からずにいつも通りに振る舞っていた。
本当は疑う自分が正しいと分かって来ていたが、問い詰めるという行動に移すことは出来なかった。
なんでかと言われても答えられない。
でも怖かったのだと思う。
幼い頃から隣りにいる彼が私を裏切っている事実を知ってしまうのが。
知りたくないわけでも許していたわけでもなかった。
ただ怖かった、彼を愛していたから。
…だから気づかないふりをして待っていた。
彼を信じているふりをしていつも笑っていた。
いつかあの香りが消えてなくなることを願って。
だがそんな淡い期待はすぐに粉々に砕け散った。
私の目の前に彼の浮気相手が現実として現れたのだ。
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