上 下
77 / 85

76.突撃

しおりを挟む
国で一番偉い人である竜王の執務室は王宮の中心部にある。侍女としては当然場所は把握している。だけど下っ端侍女の私はそこに行ったことは一度だってないし、用がないのに近づくことは許されていない。

王宮一警備が厳しいところにただの下っ端侍女である私が仕事でもないのに行くことは難しい。

でも私は持っている人脈を生かしてあの場所まで辿り着いてみせる。

 よしっ、やるぞ!
 

私は大量のお土産を手に持って、隠れることなく堂々と王宮の中心部目指して進んで行く。
まずは最初の関門が見えてきた、王宮を警護している巡回中の騎士だ。彼らは怪しい動きをしている者やここに居るべきではない者を排除するのが仕事だ。つまり今の私は排除対象で間違いない。


「こんにちは。お仕事お疲れ様です!」

挙動不審にならないようにに明るく挨拶をする。怪しい素振りなんて一切しない、完璧な対応だ。

「あれ、アンちゃんじゃないか?行方不明じゃなかったっけ‥‥。確かそう聞いたけどな…」


 …行方不明、一体何のことかしら?
 

意味の分からない事を言う騎士に首を傾げながら言葉を返す。

「ふふふ、何を言っているんですか、私はちゃんとここにいますよ。確かにしばらくの間有給休暇を取っていましたけど、ちゃんと上に連絡もしてましたからそれは私のことではないですよ。はぁ~、王宮で働いている人の中にも困った人もいるんですね…びっくりですよ。
あっ、これ郷里のお土産です。良かったら食べてください」

私はすかさず騎士にお土産賄賂を差し出した。彼は嬉しそうに受け取り『気を使って貰って悪いな』とその場からすぐに立ち去ってくれた。

もちろん私に職務質問を掛けなかったし、行き先も訊ねてこなかった。これは彼の職務怠慢ではなく私の努力の賜物だ。エドに振られてから一か月間、無駄に過ごしていたわけではない。

私なりに出来ることをコツコツと取り組んだ結果、今のスルーパス状態を手に入れたのだ。自分で自分を褒めてあげた、『偉いぞ、アン』と。


 しめしめ、誰も私の動きを怪しまないわ。
 食いしん坊の汚名を着せられても耐え忍んで、色々なところに顔を出しまくった甲斐があったな~。



勢いづいた私は向かうところ敵なしだった。『食いしん坊アンちゃん』を怪しむ者など誰もいない。
会った人すべてにお土産賄賂を渡しながら着実に目的地へと近づいて行った。

あと少しで執務室というところで最後の難関、『執務室前を守る専属護衛騎士』が立ちはだかる。彼らは今までとは違かった。

ここまでは以前に辿り着いたことがなかったので、誰とも顔馴染みになっていなかったのだ。立ちはだかり無言で圧を掛けてくる騎士達に果敢に挑む。ここで負ける訳にはいかない。

「こんにちは、お仕事お疲れ様です。これ私の郷里で有名なお菓子なんです、良かったら召し上がってください」

にっこりと微笑みながら元気よくお菓子を差し出してみるが、誰も受け取ってくれない。それどころか腰に差している剣に手を掛け始めている。

‥‥残念ながらこの人達は立派な騎士のようだ。今までの作戦は通用しない。


 うむむ‥‥、困った。
 もう切り札がない…。
 
お土産賄賂と人脈で乗り切れると思っていた私は今崖っぷちに立っている。

とりあえず斬られたくはないのでヘラヘラと笑いながら誤魔化していると、容赦なくじりじりと間合いを詰めてくる。どうやらめでたく怪しい者認定されたらしい。残念なことに彼らは優秀な騎士達だったようだ。

 うっ…不味い、非常にまずい‥‥。


絶体絶命かと思ったその時『キャンキャン』と鳴きながらワンが私に向かって突進してきた。それを追うように一人のお偉いさんも姿を現した。

 あらっ、ワンじゃない。
 一ヶ月で大きくなって…ぐっすん。

竜王が飼っている子犬が懐いている人物なら怪しい人じゃないと分かってもらえるはずだ。私は両手を広げ胸に飛び込んでくるワンを待っていた。
 

 さぁ来い、ワン!
 私との感動の再会を披露するのよ。
 ほら、立派な騎士達ちゃんと見ててね!

犬と私の感動的な場面を見せる準備は万端だった…はずなのに。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています

柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。 領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。 しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。 幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。 「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」 「お、畏れ多いので結構です!」 「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」 「もっと重い提案がきた?!」 果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。 さくっとお読みいただけますと嬉しいです。

くたばれ番

あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。 「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。 これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。 ──────────────────────── 主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです 不定期更新

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

竜帝陛下と私の攻防戦

えっちゃん
恋愛
彼氏だと思っていた相手にフラれた最悪な日、傷心の佳穂は考古学者の叔父の部屋で不思議な本を見付けた。 開いた本のページに浮き出てきた文字を口にした瞬間、突然背後に現れた男によって襲われてしまう。 恐怖で震える佳穂へ男は告げる。 「どうやら、お前と俺の心臓が繋がってしまったようだ」とー。 不思議な本の力により、異世界から召喚された冷酷無比な竜帝陛下と心臓が繋がってしまい、不本意ながら共に暮らすことになった佳穂。 運命共同体となった、物騒な思考をする見目麗しい竜帝陛下といたって平凡な女子学生。 相反する二人は、徐々に心を通わせていく。 ✱話によって視点が変わります。 ✱以前、掲載していた作品を改稿加筆しました。違う展開になっています。 ✱表紙絵は洋菓子様作です。

今度は絶対死なないように

溯蓮
恋愛
「ごめんなぁ、お嬢。でもよ、やっぱ一国の王子の方が金払いが良いんだよ。わかってくれよな。」  嫉妬に狂ったせいで誰からも見放された末、昔自分が拾った従者によって殺されたアリアは気が付くと、件の発端である、平民の少女リリー・マグガーデンとで婚約者であるヴィルヘルム・オズワルドが出会う15歳の秋に時を遡っていた。  しかし、一回目の人生ですでに絶望しきっていたアリアは今度こそは死なない事だけを理念に自分の人生を改める。すると、一回目では利害関係でしかなかった従者の様子が変わってきて…?

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

処理中です...