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71.束の間の夢②
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ここでアンがなにかを答えたら、すぐにでもこの場から離れるつもりだった。だがアンは返事もせずに俯いたままだった。
体調が悪いのか心配になりまた声を掛けてしまう。
やっと返ってきた返事とアンの口から出てきた話は…予想もしないものだった。
それに初対面の私を真剣に心配しはっきりと物を言うその様は私が知っていた番のアンとは掛け離れていた。
アンがこの5年間をどんなふうに過ごしていたか感じさせる。
…そうか、アンは今は幸せなんだな。
ちゃんと向き合っていたら…、アンは前もきっとこんな感じになっていたんだな。
私が壊さなければ、こんな風に笑って…くれていたのか。
これ以上傍にいては惹かれるままにアンの手を取ってしまうだろう。
その場を離れようとした時、ふいにアンから名前を聞かれた。本当は答えてはいけなかった、私との接点は持たない方がいい。
だがアンの甘い声に答えずにはいられず『‥‥エド』と偽名を名乗る。それ以上の何かを望んでいたわけではない、ただアンが望んでくれたことだから答えたかった。
番だった時のアンは一度たりとも私の名を呼ばなかった。いや、最後のあの時だけ『エドガ』と呼んでくれたな…。
今のアンは迷うことなく『エド!』と元気な声でその口から私の名を紡いでくれる。
夢にまで見た場面、聞きたかったその言葉に涙が自然と零れた。
ア‥ン…、名を呼んでくれるのか…。
私の名を、そんな風に…嬉しそ、に…。
これは‥夢か‥‥。
自分を押さえられる自信がなくなり、アンを振り払うようにその場を去るしかなかった。
王宮にある私室に戻りその扉を閉じると同時に、その場に両膝を着くように崩れ落ちた。
『うぁあああーー。…ア…ンーーーーーー』
とにかく叫ばずにはいられなかった、喉から血が出るまで叫び続けた。
アンを求めているのか、それとも許されない自分の存在が憎いのか‥‥。
‥‥分からない。
無になっていたはずの感情が一気に暴れ出し、なにが私を叫ばせているのかさえ考えられない。だが叫ぶことが唯一出来ることだった。
暫く放心していた。
だが落ち着きを取り戻すとひとつだけは分かった。もうアンとは会ってはいけないことだけは分かってしまっていた。
その後、アンが『エド』を探しているのを知ったが、私は離宮には行かなかった。
きっと私の周りで働いている宰相や侍女長は『エド』が私だと気づいていたのだろう、何かを言いたげな視線を向けてくる。
だが私が動く気配がないのを察するとそれについて触れてくることはなかった。
『キャン、キャキャン!』私の足元であの子犬がじゃれついてくる。最近執務室に入り込み、思いのままに遊んで寛いでいるのだ。
私の言うことは聞かない勝手気ままな子犬のせいで仕事の手が何度も止まってしまう。
『宰相、この犬を摘まみ出せ』
『これはまだ子犬です、放置したら死んでしまうかもしれません。親犬か飼い主の元に連れて行かないといけませんね、竜王様はどちらかをご存じですか』
宰相が至極真っ当なことを言うので、摘まみ出せとは言えなくなった。親犬は知らないが飼い主は知っている…だがそれがアンだと言えるはずもない。
『この犬はこのままでいい』とその場は誤魔化し、子犬を連れてアンがいるだろう離宮へと足を向けた。
この犬を渡すだけだ。
渡したら何も話さず戻ってくればいい。
それだけだったはずなのに‥‥なぜかアンと普通に会話をし『アン』と名を呼ぶことを彼女から許された。
婚姻の儀の前のことを思い出す。あの時はアンの名を呼ぶことを望んだが許しの言葉はもらえなかった。聞こえていなかったからだが、もし聞こえていたら許されたのだろうか…?どちらにしろ許されなかったんではないかと思えてしまう。
それなのに今のアンは自ら呼んでと言ってくれている。
‥‥望んでいたことが現実になる。
‥‥君の名を呼ぶことを許してくれるのか。
私なんかが呼んでもいいのだろうか…。
こんな私が君の名を呼べるなんて。
あ、りがと…う…。
一音に心を込めて大切にその名を口にする。
『………ア、…ン……』
嬉しくてそれでいてどうしようもなく苦しくて、上手く表情を作ることすら出来ない。
その後はアンに心配を掛けてしまったが、アンはそんな私に『いいよ』とすべてを受け入れてくれるように笑ってくれた。
体調が悪いのか心配になりまた声を掛けてしまう。
やっと返ってきた返事とアンの口から出てきた話は…予想もしないものだった。
それに初対面の私を真剣に心配しはっきりと物を言うその様は私が知っていた番のアンとは掛け離れていた。
アンがこの5年間をどんなふうに過ごしていたか感じさせる。
…そうか、アンは今は幸せなんだな。
ちゃんと向き合っていたら…、アンは前もきっとこんな感じになっていたんだな。
私が壊さなければ、こんな風に笑って…くれていたのか。
これ以上傍にいては惹かれるままにアンの手を取ってしまうだろう。
その場を離れようとした時、ふいにアンから名前を聞かれた。本当は答えてはいけなかった、私との接点は持たない方がいい。
だがアンの甘い声に答えずにはいられず『‥‥エド』と偽名を名乗る。それ以上の何かを望んでいたわけではない、ただアンが望んでくれたことだから答えたかった。
番だった時のアンは一度たりとも私の名を呼ばなかった。いや、最後のあの時だけ『エドガ』と呼んでくれたな…。
今のアンは迷うことなく『エド!』と元気な声でその口から私の名を紡いでくれる。
夢にまで見た場面、聞きたかったその言葉に涙が自然と零れた。
ア‥ン…、名を呼んでくれるのか…。
私の名を、そんな風に…嬉しそ、に…。
これは‥夢か‥‥。
自分を押さえられる自信がなくなり、アンを振り払うようにその場を去るしかなかった。
王宮にある私室に戻りその扉を閉じると同時に、その場に両膝を着くように崩れ落ちた。
『うぁあああーー。…ア…ンーーーーーー』
とにかく叫ばずにはいられなかった、喉から血が出るまで叫び続けた。
アンを求めているのか、それとも許されない自分の存在が憎いのか‥‥。
‥‥分からない。
無になっていたはずの感情が一気に暴れ出し、なにが私を叫ばせているのかさえ考えられない。だが叫ぶことが唯一出来ることだった。
暫く放心していた。
だが落ち着きを取り戻すとひとつだけは分かった。もうアンとは会ってはいけないことだけは分かってしまっていた。
その後、アンが『エド』を探しているのを知ったが、私は離宮には行かなかった。
きっと私の周りで働いている宰相や侍女長は『エド』が私だと気づいていたのだろう、何かを言いたげな視線を向けてくる。
だが私が動く気配がないのを察するとそれについて触れてくることはなかった。
『キャン、キャキャン!』私の足元であの子犬がじゃれついてくる。最近執務室に入り込み、思いのままに遊んで寛いでいるのだ。
私の言うことは聞かない勝手気ままな子犬のせいで仕事の手が何度も止まってしまう。
『宰相、この犬を摘まみ出せ』
『これはまだ子犬です、放置したら死んでしまうかもしれません。親犬か飼い主の元に連れて行かないといけませんね、竜王様はどちらかをご存じですか』
宰相が至極真っ当なことを言うので、摘まみ出せとは言えなくなった。親犬は知らないが飼い主は知っている…だがそれがアンだと言えるはずもない。
『この犬はこのままでいい』とその場は誤魔化し、子犬を連れてアンがいるだろう離宮へと足を向けた。
この犬を渡すだけだ。
渡したら何も話さず戻ってくればいい。
それだけだったはずなのに‥‥なぜかアンと普通に会話をし『アン』と名を呼ぶことを彼女から許された。
婚姻の儀の前のことを思い出す。あの時はアンの名を呼ぶことを望んだが許しの言葉はもらえなかった。聞こえていなかったからだが、もし聞こえていたら許されたのだろうか…?どちらにしろ許されなかったんではないかと思えてしまう。
それなのに今のアンは自ら呼んでと言ってくれている。
‥‥望んでいたことが現実になる。
‥‥君の名を呼ぶことを許してくれるのか。
私なんかが呼んでもいいのだろうか…。
こんな私が君の名を呼べるなんて。
あ、りがと…う…。
一音に心を込めて大切にその名を口にする。
『………ア、…ン……』
嬉しくてそれでいてどうしようもなく苦しくて、上手く表情を作ることすら出来ない。
その後はアンに心配を掛けてしまったが、アンはそんな私に『いいよ』とすべてを受け入れてくれるように笑ってくれた。
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