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69.暗転

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それから二人で子犬をどうするか話し合い、私が寮暮らしで犬を飼えないのでエドが飼ってくれることになった。どうやら彼は仕事場に犬を飼える場所があるらしい。

詳しく話したがらないから聞かなかったけど、彼はきっと騎士だから馬小屋で犬を飼ってもいいのだろう。


それから私は子犬に会いたいからといってエドと定期的に会う約束を取り付けることに成功した。
彼は最初は困った顔をして『アン、それは…』と抵抗していた。けれども『この子は私の腕の中で用を足せるほど懐いているんだよ!』と私が力説したら、残念な子を見るような顔をして『‥‥懐い…ていて良かったな』と最終的には頷いてくれた。

 やったー!
 子犬に好かれていて良かった~。
 有り難う子犬様、あなたは幸せを呼ぶ福の犬だよ! 

 でも、なぜにエドは最後にあの表情だったのかな…。
 うーん、エドは奥深い人だな。



子犬には私が『ワン』と名付けた。それを聞いたエドが『ワンなのか…、くっくっく』と初めて声を出して笑った。

犬らしい立派な名前を付けたのに笑われるのは納得いかないが、彼の笑い声は素敵で怒ることも忘れてしまった。


「エド、笑ってる顔も素敵だね。もっと笑えばいいのに。そうだ、これから私とワンがエドのことを笑わせてあげるね」

「‥‥笑っていた、のか…、私は。いいのか…笑って…も」

エドが呟くように誰かに問い掛けている。
これは自分自身に問い掛けているのか、または違う誰かになのか…。

 私にじゃないよね…。

 エドは笑っちゃいけないのかな?
 そんなのおかしい。
 …誰がそんなことを言ったの?
 エドを苦しめているのは誰?それともなにか?


分からないけど、今彼の目の前にいるのは私だ。
他の誰でもない私だけ。
だから私が『笑っていいんだよ、私が許すから大丈夫』と笑いながら言う。

 エドも一緒に笑おう。
 いつでも笑っていいんだから。
 ねっ、笑うと幸せになれるから。


エドの目に涙が溢れてくるが、見ないふりをする。

人には触れて欲しくないこともあるはずだ。
きっとエドにも何か辛いことがあったのだろう。

それを勝手に暴くのはしてはいけない、そんなことをしても意味はない。


それに今の私にはエドの過去は関係ない。
だって私は今のエドに惹かれている。いろいろあった今の彼のすべてを愛おしく感じるのだ。

 これが恋なんだな。
 不思議、なんだか温かい気持ちがどんどん膨らんでいくみたい。
  


本当はこの気持ちをすぐにでも伝えたかったけどまだ早い気がしたので、伝えなかった。

少しづつ、少しづつエドに私を受け入れて貰えたらいい。
ゆっくりと言葉を惜しまずに伝えていこうと思える。

 なぜだろう、焦ってはいけない気がする。
 




それから私はゆっくりとエドとの距離を縮めていった。
近づいては逃げられ、まためげずに近づく。

警戒されないように下心を巧みに隠して、子犬を出しに笑いながらじわりじわりと追い詰めていく。

‥‥気分は狩人だ。

敵もさる者だったが、21歳初恋を侮って貰っては困る。負けやしない、こっちは崖っぷちなんだから。

気づけば彼も自然と隣で笑ってくれるようになっていた。
そしてさらりと彼に対する好意を言葉にして伝えても逃げられなくなっていた。ちょっと困ったような顔はするけど、見なかったことにしているので問題ない。


 ふふふ、ミンの教え『押して駄目なら更に押してみよう!』が役に立ったな。
 流石は我が妹だ。
 トム兄にも伝授しておこう。


彼の口から同じ言葉が出てくることはまだないけれど、それでも彼が私を見る目の奥底には同じ思いを感じることが出来ていたので待つことが出来る。

きっと彼は究極の照れ屋さんなんだ。


 いつかきっと愛しているって言わせて見せる!
 フンガァッ、頑張るぞ!


やる気溢れる日々で楽しかった。
彼もそうだと思っていた‥‥思っていたのに…。


それなのに終わりは突然やって来てしまった。

ある日いつもの様に離宮で待っていると、やって来たエドから『もう会えない』と言われてしまったのだ。
それは完全なる拒絶を表す言葉だった。

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