64 / 85
63.許されぬ想い
しおりを挟む
「竜王様、あのお方が王宮で侍女として働くことになりました。数日後には彼の地から王都に来る予定になっております」
その報告は予期せぬものだった。
宰相がいつものように連絡事項を報告していると最後にそのことが伝えられたのだ。
私の反応を窺うようにこちらを見る宰相の表情はいつもと違う、暗くはない。
アンが侍女に応募していると事前に聞いていたが、家族がアンが王宮に来ることを許さないと思っていた。来ることはないだろうと。
だからこの報告を聞いた時はまさかという気持ちだった。
どうしてだ……?
アンを大切にしている彼らが侍女になることをなぜ許した?
ここには私がいる、アンを壊した元凶が…。
私を許すはずはないし、憎んでいるはず。
私が微かに眉を顰めたのを見て、宰相は私の考えを察したのだろう。私が訊ねる前に聞きたいことを告げてくる。
「あのお方が王宮侍女になることをご家族は了承しております。あの方の意思を尊重しているようです。しかし竜王様が番としてあの方に近づく事があれば…、許さないと言っておられました。
あのお方はなにも知らないままなので、くれぐれも『5年前のこと』や『番として生きてきた10年間』を知られないようにして、ただの新入り王宮侍女として扱って欲しいと連絡が来ております」
宰相の言葉が耳に入ってくるが、現実だと思えない。
二度と会えないと思っていた。
私は会うことも見守ることも許されないことをアンにしてしまったから。
そう…アンの心を壊した、そして記憶を奪った。
いま私が心を殺して生きているのは贖罪であり、当然の報いでもあった。
殺してではない…か。
…何も感じなくなっただけだ。
あるのは『無』だけだった。
宰相から聞いたアンの存在を感じられる言葉に凍っていた心が軋みだす。
もう二度と番として求めないと誓った。
番を求めてやまない心を押さえ込み、アンに会わないと約束した。
‥‥破るつもりはない。
だが気配を感じられるほどアンが近くにくると思うと封印していた感情が甦ってくる。
……いいのだろうか。
罪を背負って生きなければならないのに、喜ぶ心を取り戻して…。
番として求めないと誓える。
…もう傷つけたくないから。
だがその存在を感じて生きる糧にしていいのだろうか…。
罪を犯した私にそれが許されるか…。
心を捨てたつもりだった。
…でもそうではなかった。
番を手離した喪失感と求める想いが入り混じり無だった心に感情が揺らぎ始める。
「…アンのことをよろしく頼む。くれぐれもあの事を知られないようにしてくれ。
家族に言われなくても、もう自分からアンに近づくことはしない」
「はい承知いたしました、竜王様」
いつもと違い宰相の声はどこか嬉しそうだった。
どうやら私がアンの存在によってまた感情を取り戻したことを喜んでいるようだ。
確かにアンによって私はまた心を持った。
それが果たして良いことなのか…。
アンの存在を感じられるそれだけでいい。
‥‥嘘ではない、だが…。
手が届くのに手を伸ばせない。
そんな状況に喪失感は増すだろう。
耐えがたい想いに駆られ、どうなる?
その先に何があるというのか‥。
ああ、これは私への新たな罰なのか。
それとも……。
馬鹿なことを一瞬でも考えた愚かな自分に『やめろ、同じ過ちを犯すなっ』と心のなかで罵声を浴びせる。
そうだ、これはアンの人生であって私にはもう関係がない。
竜王と侍女それ以上でも以下でもない。
‥‥もうアンの未来に番はいない。
部屋から出て行こうとする宰相の背に向け声を掛ける。
「新入りを決して竜王に近づけるな。私の傍で働く者に新入りは要らない」
「……はい、竜王様」
それだけ告げるとまた書類を手に取り仕事に取り掛かる。なにも変わらない、このまま一生私はただの王でしかないのだ。
……これが私が選んだ人生だ。
その報告は予期せぬものだった。
宰相がいつものように連絡事項を報告していると最後にそのことが伝えられたのだ。
私の反応を窺うようにこちらを見る宰相の表情はいつもと違う、暗くはない。
アンが侍女に応募していると事前に聞いていたが、家族がアンが王宮に来ることを許さないと思っていた。来ることはないだろうと。
だからこの報告を聞いた時はまさかという気持ちだった。
どうしてだ……?
アンを大切にしている彼らが侍女になることをなぜ許した?
ここには私がいる、アンを壊した元凶が…。
私を許すはずはないし、憎んでいるはず。
私が微かに眉を顰めたのを見て、宰相は私の考えを察したのだろう。私が訊ねる前に聞きたいことを告げてくる。
「あのお方が王宮侍女になることをご家族は了承しております。あの方の意思を尊重しているようです。しかし竜王様が番としてあの方に近づく事があれば…、許さないと言っておられました。
あのお方はなにも知らないままなので、くれぐれも『5年前のこと』や『番として生きてきた10年間』を知られないようにして、ただの新入り王宮侍女として扱って欲しいと連絡が来ております」
宰相の言葉が耳に入ってくるが、現実だと思えない。
二度と会えないと思っていた。
私は会うことも見守ることも許されないことをアンにしてしまったから。
そう…アンの心を壊した、そして記憶を奪った。
いま私が心を殺して生きているのは贖罪であり、当然の報いでもあった。
殺してではない…か。
…何も感じなくなっただけだ。
あるのは『無』だけだった。
宰相から聞いたアンの存在を感じられる言葉に凍っていた心が軋みだす。
もう二度と番として求めないと誓った。
番を求めてやまない心を押さえ込み、アンに会わないと約束した。
‥‥破るつもりはない。
だが気配を感じられるほどアンが近くにくると思うと封印していた感情が甦ってくる。
……いいのだろうか。
罪を背負って生きなければならないのに、喜ぶ心を取り戻して…。
番として求めないと誓える。
…もう傷つけたくないから。
だがその存在を感じて生きる糧にしていいのだろうか…。
罪を犯した私にそれが許されるか…。
心を捨てたつもりだった。
…でもそうではなかった。
番を手離した喪失感と求める想いが入り混じり無だった心に感情が揺らぎ始める。
「…アンのことをよろしく頼む。くれぐれもあの事を知られないようにしてくれ。
家族に言われなくても、もう自分からアンに近づくことはしない」
「はい承知いたしました、竜王様」
いつもと違い宰相の声はどこか嬉しそうだった。
どうやら私がアンの存在によってまた感情を取り戻したことを喜んでいるようだ。
確かにアンによって私はまた心を持った。
それが果たして良いことなのか…。
アンの存在を感じられるそれだけでいい。
‥‥嘘ではない、だが…。
手が届くのに手を伸ばせない。
そんな状況に喪失感は増すだろう。
耐えがたい想いに駆られ、どうなる?
その先に何があるというのか‥。
ああ、これは私への新たな罰なのか。
それとも……。
馬鹿なことを一瞬でも考えた愚かな自分に『やめろ、同じ過ちを犯すなっ』と心のなかで罵声を浴びせる。
そうだ、これはアンの人生であって私にはもう関係がない。
竜王と侍女それ以上でも以下でもない。
‥‥もうアンの未来に番はいない。
部屋から出て行こうとする宰相の背に向け声を掛ける。
「新入りを決して竜王に近づけるな。私の傍で働く者に新入りは要らない」
「……はい、竜王様」
それだけ告げるとまた書類を手に取り仕事に取り掛かる。なにも変わらない、このまま一生私はただの王でしかないのだ。
……これが私が選んだ人生だ。
170
お気に入りに追加
5,229
あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング

【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。
水無月あん
恋愛
本編完結済み。
6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。
王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。
私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。
※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!

【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!
なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」
信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。
私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。
「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」
「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」
「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」
妹と両親が、好き勝手に私を責める。
昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。
まるで、妹の召使のような半生だった。
ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。
彼を愛して、支え続けてきたのに……
「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」
夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。
もう、いいです。
「それなら、私が出て行きます」
……
「「「……え?」」」
予想をしていなかったのか、皆が固まっている。
でも、もう私の考えは変わらない。
撤回はしない、決意は固めた。
私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。
だから皆さん、もう関わらないでくださいね。
◇◇◇◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す
MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。
卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。
二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。
私は何もしていないのに。
そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。
ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。
お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。
ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる