65 / 85
64.下っ端王宮侍女
しおりを挟む
あんなに頑なだった父からなぜか条件付きで王宮侍女になることが許された。
その条件も難しいものではなく『困った事があったら一人で我慢せずに家族を頼ること』という簡単なものだった。
えっ…、本当にこれだけ?
木に登るなじゃないの?
二度と道路に飛び出すなでもないの?
なにか裏があるのかと思い何度もこれだけでいいのかと確認した。父からは『それが大切なことなんだ』と言われて、母とトム兄とミンも大きく頷いている。
こんな当たり前のことでいいのかな?
お互いに家族は助け合い頼るものだ、それが普通の家族なんだから。
それを『大切なこと』と照れずに言い切る父はなんだかいつもより格好よく見えてくる。
『有り難う!』と言って抱き着くと、父だけでなく家族全員が私を抱き締めてくる。
その瞬間『あっ、これは…』と思ったが、もう遅かった。
グエッとなって…一瞬あの世を垣間見た、5年前のように。
‥‥その後のことは…思い出したくない。
そんなこともあったがなんとか笑い話になり、数か月後には無事に学校も卒業できた。そして慌ただしく荷造りをして家族や友人達と涙の別れをしてから盛大に見送られ王都へと生きて旅立つことが出来たのだ。
そして今、憧れだった王宮で新入り侍女として毎日働いている。
最初は田舎から出てきた私に都会で暮らす王宮の人達は冷たいかと構えていたけど、ふたを開けてみればそんな事はなかった。
みんな気さくで優しくて、丁寧に仕事を教えてくれる。
なんか親戚のおばさんやおじさんみたいだな。
なんでそんな風に感じるのかな。
ふふふ、おかしいな~。
最初にみんなの前で『アンです、よろしくお願いします!』と自己紹介した時なんて綺麗で優秀な一部の先輩達は目に涙を浮かべて歓迎してくれていた。
それを見て、私は『王宮には性格が良い美人さんがたくさんいるな…』と感動したものだ。
それに新人の私にとっては雲の上の存在である侍女長様まで『つ、…アン…と言うのですね。これから頑張ってください』とわざわざ挨拶に来てくれた。
うわぁぁ、丁寧に挨拶してくれた。
こんな下っ端に!
『偉い人なのになんて腰が低い良い人なの』と私は心の中で思っていたら、それがうっかり声に出ていたようで『つ、…アンは素直ですね』と苦笑いをされてしまった。
あっ、声に出しちゃった…。
‥‥不味い。
もう首かと思い冷や汗を垂らしていたが、侍女長様は寛大な人だったようで『つ‥アン、大丈夫ですよ』と言って微笑んでくれた。
危なかったな…これから気を付けよう。
でもどうして私の名を呼ぶ時に必ず『つ…』が入るのかな?
『つ‥アン』?
うーん‥‥、なんでかな。
あっ、あれだ。それしか考えられないよね。
私は失敗からちゃんと学んだ。
侍女長様の好物はきっと『つぶあん』なのだと。上司の好みを事前に把握しておくことは重要だ、何かあった時に的確に賄賂を贈ることが出来るから。
そして数日後には王宮に勤める優秀な先輩達の好みも早々に気づくことが出来た。なぜか王宮の偉い人達はみな嗜好が同じだった、きっと長く一緒にいると似てくるのだろう。
こうして気持ちの良いスタートを切った私は毎日楽しく元気いっぱいに働いている。
私は侍女と言っても下っ端なので様々な雑用をこなしている。洗濯ものを集めたり、掃除をしたり、色々な場所に書類を届けたり、味見という名のつまみ食いをしたり…まぁそこそこ忙しい。
でも忙しいけど充実しているし、色々なところで色々な人に会えて勉強にもなるので楽しくて仕方がない。
下っ端侍女って役得だな。
みんなに可愛がられて、お菓子も貰えちゃう。
それにとっておきの秘密の話も教えてもらえるんだよね♪
そんな風にして順調に王宮にも馴染んでいき勤め出してから三ヶ月が過ぎた頃、王宮七不思議なるものを庭師の爺様から教えてもらった。
「王宮には七不思議と言われている場所があるんじゃ。まず一つ目は王宮の奥にあるトイレだ……」
爺様が恐ろしげに話すそれはいわゆるどこにでもある定番の話の王宮バージョンだったが、最後のひとつだけは違った、聞いたことがない話だったのだ。
「七つ目は離宮だ。あのちょっと離れた場所にある建物が見えるだろう、あれのことじゃ。
あそこは幻の番様が亡くなられた5年前から立ち入り禁止になっておる。誰もいないはずなのに人影が見えたり声が聞こえたりするときがあるんじゃ。
近づいた者は引きずり込まれて誰も戻っては来ない。アンよ、幽霊に連れて行かれないように気を付けなされ」
「……う、うん。き、気を付ける!」
爺様の話し方が上手かったせいもあるが、身体が小刻みに震えてしまう。
離宮には侍女長様からも絶対に近づいてはいけないと最初に言われていた。その時は理由を知らなかったので『はい!』と元気よく返事をしていたけど、まさかこんな裏事情があるなんて知らなかった。
…まさか、これが噂の新人虐めなのか。真実をあえて教えないとは!
侍女長様~、こんな大事なことは最初に教えてくださいよ。
幻の番様の幽霊?なにそれ‥‥怖い。
絶対に会いたくない、私そういうの駄目なの…。
私は自分でも言うのもなんだけど、とても素直だ。ちゃんと爺様の言うことを聞き、幽霊と接触しないように気を付けていた。
それ以降決して離宮には近寄らないように細心の注意を払い、仕事で離宮の近くを通ったほうが早い時でも決してその道は通らずわざわざ遠回りをしていた。
安全第一、幽霊退散!
離宮は危険、近寄らない!
だから私は安全だった…はずなのに。
ある日の夕方、仕事が終わり寮に帰ろうと歩いていると一匹の子犬が『キャンキャン』と楽し気に蝶々を追いかけながら立ち入り禁止の離宮に入って行くのを目撃してしまったのである。
その条件も難しいものではなく『困った事があったら一人で我慢せずに家族を頼ること』という簡単なものだった。
えっ…、本当にこれだけ?
木に登るなじゃないの?
二度と道路に飛び出すなでもないの?
なにか裏があるのかと思い何度もこれだけでいいのかと確認した。父からは『それが大切なことなんだ』と言われて、母とトム兄とミンも大きく頷いている。
こんな当たり前のことでいいのかな?
お互いに家族は助け合い頼るものだ、それが普通の家族なんだから。
それを『大切なこと』と照れずに言い切る父はなんだかいつもより格好よく見えてくる。
『有り難う!』と言って抱き着くと、父だけでなく家族全員が私を抱き締めてくる。
その瞬間『あっ、これは…』と思ったが、もう遅かった。
グエッとなって…一瞬あの世を垣間見た、5年前のように。
‥‥その後のことは…思い出したくない。
そんなこともあったがなんとか笑い話になり、数か月後には無事に学校も卒業できた。そして慌ただしく荷造りをして家族や友人達と涙の別れをしてから盛大に見送られ王都へと生きて旅立つことが出来たのだ。
そして今、憧れだった王宮で新入り侍女として毎日働いている。
最初は田舎から出てきた私に都会で暮らす王宮の人達は冷たいかと構えていたけど、ふたを開けてみればそんな事はなかった。
みんな気さくで優しくて、丁寧に仕事を教えてくれる。
なんか親戚のおばさんやおじさんみたいだな。
なんでそんな風に感じるのかな。
ふふふ、おかしいな~。
最初にみんなの前で『アンです、よろしくお願いします!』と自己紹介した時なんて綺麗で優秀な一部の先輩達は目に涙を浮かべて歓迎してくれていた。
それを見て、私は『王宮には性格が良い美人さんがたくさんいるな…』と感動したものだ。
それに新人の私にとっては雲の上の存在である侍女長様まで『つ、…アン…と言うのですね。これから頑張ってください』とわざわざ挨拶に来てくれた。
うわぁぁ、丁寧に挨拶してくれた。
こんな下っ端に!
『偉い人なのになんて腰が低い良い人なの』と私は心の中で思っていたら、それがうっかり声に出ていたようで『つ、…アンは素直ですね』と苦笑いをされてしまった。
あっ、声に出しちゃった…。
‥‥不味い。
もう首かと思い冷や汗を垂らしていたが、侍女長様は寛大な人だったようで『つ‥アン、大丈夫ですよ』と言って微笑んでくれた。
危なかったな…これから気を付けよう。
でもどうして私の名を呼ぶ時に必ず『つ…』が入るのかな?
『つ‥アン』?
うーん‥‥、なんでかな。
あっ、あれだ。それしか考えられないよね。
私は失敗からちゃんと学んだ。
侍女長様の好物はきっと『つぶあん』なのだと。上司の好みを事前に把握しておくことは重要だ、何かあった時に的確に賄賂を贈ることが出来るから。
そして数日後には王宮に勤める優秀な先輩達の好みも早々に気づくことが出来た。なぜか王宮の偉い人達はみな嗜好が同じだった、きっと長く一緒にいると似てくるのだろう。
こうして気持ちの良いスタートを切った私は毎日楽しく元気いっぱいに働いている。
私は侍女と言っても下っ端なので様々な雑用をこなしている。洗濯ものを集めたり、掃除をしたり、色々な場所に書類を届けたり、味見という名のつまみ食いをしたり…まぁそこそこ忙しい。
でも忙しいけど充実しているし、色々なところで色々な人に会えて勉強にもなるので楽しくて仕方がない。
下っ端侍女って役得だな。
みんなに可愛がられて、お菓子も貰えちゃう。
それにとっておきの秘密の話も教えてもらえるんだよね♪
そんな風にして順調に王宮にも馴染んでいき勤め出してから三ヶ月が過ぎた頃、王宮七不思議なるものを庭師の爺様から教えてもらった。
「王宮には七不思議と言われている場所があるんじゃ。まず一つ目は王宮の奥にあるトイレだ……」
爺様が恐ろしげに話すそれはいわゆるどこにでもある定番の話の王宮バージョンだったが、最後のひとつだけは違った、聞いたことがない話だったのだ。
「七つ目は離宮だ。あのちょっと離れた場所にある建物が見えるだろう、あれのことじゃ。
あそこは幻の番様が亡くなられた5年前から立ち入り禁止になっておる。誰もいないはずなのに人影が見えたり声が聞こえたりするときがあるんじゃ。
近づいた者は引きずり込まれて誰も戻っては来ない。アンよ、幽霊に連れて行かれないように気を付けなされ」
「……う、うん。き、気を付ける!」
爺様の話し方が上手かったせいもあるが、身体が小刻みに震えてしまう。
離宮には侍女長様からも絶対に近づいてはいけないと最初に言われていた。その時は理由を知らなかったので『はい!』と元気よく返事をしていたけど、まさかこんな裏事情があるなんて知らなかった。
…まさか、これが噂の新人虐めなのか。真実をあえて教えないとは!
侍女長様~、こんな大事なことは最初に教えてくださいよ。
幻の番様の幽霊?なにそれ‥‥怖い。
絶対に会いたくない、私そういうの駄目なの…。
私は自分でも言うのもなんだけど、とても素直だ。ちゃんと爺様の言うことを聞き、幽霊と接触しないように気を付けていた。
それ以降決して離宮には近寄らないように細心の注意を払い、仕事で離宮の近くを通ったほうが早い時でも決してその道は通らずわざわざ遠回りをしていた。
安全第一、幽霊退散!
離宮は危険、近寄らない!
だから私は安全だった…はずなのに。
ある日の夕方、仕事が終わり寮に帰ろうと歩いていると一匹の子犬が『キャンキャン』と楽し気に蝶々を追いかけながら立ち入り禁止の離宮に入って行くのを目撃してしまったのである。
68
お気に入りに追加
5,116
あなたにおすすめの小説
ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
くたばれ番
あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。
「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。
これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。
────────────────────────
主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです
不定期更新
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
竜帝陛下と私の攻防戦
えっちゃん
恋愛
彼氏だと思っていた相手にフラれた最悪な日、傷心の佳穂は考古学者の叔父の部屋で不思議な本を見付けた。
開いた本のページに浮き出てきた文字を口にした瞬間、突然背後に現れた男によって襲われてしまう。
恐怖で震える佳穂へ男は告げる。
「どうやら、お前と俺の心臓が繋がってしまったようだ」とー。
不思議な本の力により、異世界から召喚された冷酷無比な竜帝陛下と心臓が繋がってしまい、不本意ながら共に暮らすことになった佳穂。
運命共同体となった、物騒な思考をする見目麗しい竜帝陛下といたって平凡な女子学生。
相反する二人は、徐々に心を通わせていく。
✱話によって視点が変わります。
✱以前、掲載していた作品を改稿加筆しました。違う展開になっています。
✱表紙絵は洋菓子様作です。
今度は絶対死なないように
溯蓮
恋愛
「ごめんなぁ、お嬢。でもよ、やっぱ一国の王子の方が金払いが良いんだよ。わかってくれよな。」
嫉妬に狂ったせいで誰からも見放された末、昔自分が拾った従者によって殺されたアリアは気が付くと、件の発端である、平民の少女リリー・マグガーデンとで婚約者であるヴィルヘルム・オズワルドが出会う15歳の秋に時を遡っていた。
しかし、一回目の人生ですでに絶望しきっていたアリアは今度こそは死なない事だけを理念に自分の人生を改める。すると、一回目では利害関係でしかなかった従者の様子が変わってきて…?
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる