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64.下っ端王宮侍女
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あんなに頑なだった父からなぜか条件付きで王宮侍女になることが許された。
その条件も難しいものではなく『困った事があったら一人で我慢せずに家族を頼ること』という簡単なものだった。
えっ…、本当にこれだけ?
木に登るなじゃないの?
二度と道路に飛び出すなでもないの?
なにか裏があるのかと思い何度もこれだけでいいのかと確認した。父からは『それが大切なことなんだ』と言われて、母とトム兄とミンも大きく頷いている。
こんな当たり前のことでいいのかな?
お互いに家族は助け合い頼るものだ、それが普通の家族なんだから。
それを『大切なこと』と照れずに言い切る父はなんだかいつもより格好よく見えてくる。
『有り難う!』と言って抱き着くと、父だけでなく家族全員が私を抱き締めてくる。
その瞬間『あっ、これは…』と思ったが、もう遅かった。
グエッとなって…一瞬あの世を垣間見た、5年前のように。
‥‥その後のことは…思い出したくない。
そんなこともあったがなんとか笑い話になり、数か月後には無事に学校も卒業できた。そして慌ただしく荷造りをして家族や友人達と涙の別れをしてから盛大に見送られ王都へと生きて旅立つことが出来たのだ。
そして今、憧れだった王宮で新入り侍女として毎日働いている。
最初は田舎から出てきた私に都会で暮らす王宮の人達は冷たいかと構えていたけど、ふたを開けてみればそんな事はなかった。
みんな気さくで優しくて、丁寧に仕事を教えてくれる。
なんか親戚のおばさんやおじさんみたいだな。
なんでそんな風に感じるのかな。
ふふふ、おかしいな~。
最初にみんなの前で『アンです、よろしくお願いします!』と自己紹介した時なんて綺麗で優秀な一部の先輩達は目に涙を浮かべて歓迎してくれていた。
それを見て、私は『王宮には性格が良い美人さんがたくさんいるな…』と感動したものだ。
それに新人の私にとっては雲の上の存在である侍女長様まで『つ、…アン…と言うのですね。これから頑張ってください』とわざわざ挨拶に来てくれた。
うわぁぁ、丁寧に挨拶してくれた。
こんな下っ端に!
『偉い人なのになんて腰が低い良い人なの』と私は心の中で思っていたら、それがうっかり声に出ていたようで『つ、…アンは素直ですね』と苦笑いをされてしまった。
あっ、声に出しちゃった…。
‥‥不味い。
もう首かと思い冷や汗を垂らしていたが、侍女長様は寛大な人だったようで『つ‥アン、大丈夫ですよ』と言って微笑んでくれた。
危なかったな…これから気を付けよう。
でもどうして私の名を呼ぶ時に必ず『つ…』が入るのかな?
『つ‥アン』?
うーん‥‥、なんでかな。
あっ、あれだ。それしか考えられないよね。
私は失敗からちゃんと学んだ。
侍女長様の好物はきっと『つぶあん』なのだと。上司の好みを事前に把握しておくことは重要だ、何かあった時に的確に賄賂を贈ることが出来るから。
そして数日後には王宮に勤める優秀な先輩達の好みも早々に気づくことが出来た。なぜか王宮の偉い人達はみな嗜好が同じだった、きっと長く一緒にいると似てくるのだろう。
こうして気持ちの良いスタートを切った私は毎日楽しく元気いっぱいに働いている。
私は侍女と言っても下っ端なので様々な雑用をこなしている。洗濯ものを集めたり、掃除をしたり、色々な場所に書類を届けたり、味見という名のつまみ食いをしたり…まぁそこそこ忙しい。
でも忙しいけど充実しているし、色々なところで色々な人に会えて勉強にもなるので楽しくて仕方がない。
下っ端侍女って役得だな。
みんなに可愛がられて、お菓子も貰えちゃう。
それにとっておきの秘密の話も教えてもらえるんだよね♪
そんな風にして順調に王宮にも馴染んでいき勤め出してから三ヶ月が過ぎた頃、王宮七不思議なるものを庭師の爺様から教えてもらった。
「王宮には七不思議と言われている場所があるんじゃ。まず一つ目は王宮の奥にあるトイレだ……」
爺様が恐ろしげに話すそれはいわゆるどこにでもある定番の話の王宮バージョンだったが、最後のひとつだけは違った、聞いたことがない話だったのだ。
「七つ目は離宮だ。あのちょっと離れた場所にある建物が見えるだろう、あれのことじゃ。
あそこは幻の番様が亡くなられた5年前から立ち入り禁止になっておる。誰もいないはずなのに人影が見えたり声が聞こえたりするときがあるんじゃ。
近づいた者は引きずり込まれて誰も戻っては来ない。アンよ、幽霊に連れて行かれないように気を付けなされ」
「……う、うん。き、気を付ける!」
爺様の話し方が上手かったせいもあるが、身体が小刻みに震えてしまう。
離宮には侍女長様からも絶対に近づいてはいけないと最初に言われていた。その時は理由を知らなかったので『はい!』と元気よく返事をしていたけど、まさかこんな裏事情があるなんて知らなかった。
…まさか、これが噂の新人虐めなのか。真実をあえて教えないとは!
侍女長様~、こんな大事なことは最初に教えてくださいよ。
幻の番様の幽霊?なにそれ‥‥怖い。
絶対に会いたくない、私そういうの駄目なの…。
私は自分でも言うのもなんだけど、とても素直だ。ちゃんと爺様の言うことを聞き、幽霊と接触しないように気を付けていた。
それ以降決して離宮には近寄らないように細心の注意を払い、仕事で離宮の近くを通ったほうが早い時でも決してその道は通らずわざわざ遠回りをしていた。
安全第一、幽霊退散!
離宮は危険、近寄らない!
だから私は安全だった…はずなのに。
ある日の夕方、仕事が終わり寮に帰ろうと歩いていると一匹の子犬が『キャンキャン』と楽し気に蝶々を追いかけながら立ち入り禁止の離宮に入って行くのを目撃してしまったのである。
その条件も難しいものではなく『困った事があったら一人で我慢せずに家族を頼ること』という簡単なものだった。
えっ…、本当にこれだけ?
木に登るなじゃないの?
二度と道路に飛び出すなでもないの?
なにか裏があるのかと思い何度もこれだけでいいのかと確認した。父からは『それが大切なことなんだ』と言われて、母とトム兄とミンも大きく頷いている。
こんな当たり前のことでいいのかな?
お互いに家族は助け合い頼るものだ、それが普通の家族なんだから。
それを『大切なこと』と照れずに言い切る父はなんだかいつもより格好よく見えてくる。
『有り難う!』と言って抱き着くと、父だけでなく家族全員が私を抱き締めてくる。
その瞬間『あっ、これは…』と思ったが、もう遅かった。
グエッとなって…一瞬あの世を垣間見た、5年前のように。
‥‥その後のことは…思い出したくない。
そんなこともあったがなんとか笑い話になり、数か月後には無事に学校も卒業できた。そして慌ただしく荷造りをして家族や友人達と涙の別れをしてから盛大に見送られ王都へと生きて旅立つことが出来たのだ。
そして今、憧れだった王宮で新入り侍女として毎日働いている。
最初は田舎から出てきた私に都会で暮らす王宮の人達は冷たいかと構えていたけど、ふたを開けてみればそんな事はなかった。
みんな気さくで優しくて、丁寧に仕事を教えてくれる。
なんか親戚のおばさんやおじさんみたいだな。
なんでそんな風に感じるのかな。
ふふふ、おかしいな~。
最初にみんなの前で『アンです、よろしくお願いします!』と自己紹介した時なんて綺麗で優秀な一部の先輩達は目に涙を浮かべて歓迎してくれていた。
それを見て、私は『王宮には性格が良い美人さんがたくさんいるな…』と感動したものだ。
それに新人の私にとっては雲の上の存在である侍女長様まで『つ、…アン…と言うのですね。これから頑張ってください』とわざわざ挨拶に来てくれた。
うわぁぁ、丁寧に挨拶してくれた。
こんな下っ端に!
『偉い人なのになんて腰が低い良い人なの』と私は心の中で思っていたら、それがうっかり声に出ていたようで『つ、…アンは素直ですね』と苦笑いをされてしまった。
あっ、声に出しちゃった…。
‥‥不味い。
もう首かと思い冷や汗を垂らしていたが、侍女長様は寛大な人だったようで『つ‥アン、大丈夫ですよ』と言って微笑んでくれた。
危なかったな…これから気を付けよう。
でもどうして私の名を呼ぶ時に必ず『つ…』が入るのかな?
『つ‥アン』?
うーん‥‥、なんでかな。
あっ、あれだ。それしか考えられないよね。
私は失敗からちゃんと学んだ。
侍女長様の好物はきっと『つぶあん』なのだと。上司の好みを事前に把握しておくことは重要だ、何かあった時に的確に賄賂を贈ることが出来るから。
そして数日後には王宮に勤める優秀な先輩達の好みも早々に気づくことが出来た。なぜか王宮の偉い人達はみな嗜好が同じだった、きっと長く一緒にいると似てくるのだろう。
こうして気持ちの良いスタートを切った私は毎日楽しく元気いっぱいに働いている。
私は侍女と言っても下っ端なので様々な雑用をこなしている。洗濯ものを集めたり、掃除をしたり、色々な場所に書類を届けたり、味見という名のつまみ食いをしたり…まぁそこそこ忙しい。
でも忙しいけど充実しているし、色々なところで色々な人に会えて勉強にもなるので楽しくて仕方がない。
下っ端侍女って役得だな。
みんなに可愛がられて、お菓子も貰えちゃう。
それにとっておきの秘密の話も教えてもらえるんだよね♪
そんな風にして順調に王宮にも馴染んでいき勤め出してから三ヶ月が過ぎた頃、王宮七不思議なるものを庭師の爺様から教えてもらった。
「王宮には七不思議と言われている場所があるんじゃ。まず一つ目は王宮の奥にあるトイレだ……」
爺様が恐ろしげに話すそれはいわゆるどこにでもある定番の話の王宮バージョンだったが、最後のひとつだけは違った、聞いたことがない話だったのだ。
「七つ目は離宮だ。あのちょっと離れた場所にある建物が見えるだろう、あれのことじゃ。
あそこは幻の番様が亡くなられた5年前から立ち入り禁止になっておる。誰もいないはずなのに人影が見えたり声が聞こえたりするときがあるんじゃ。
近づいた者は引きずり込まれて誰も戻っては来ない。アンよ、幽霊に連れて行かれないように気を付けなされ」
「……う、うん。き、気を付ける!」
爺様の話し方が上手かったせいもあるが、身体が小刻みに震えてしまう。
離宮には侍女長様からも絶対に近づいてはいけないと最初に言われていた。その時は理由を知らなかったので『はい!』と元気よく返事をしていたけど、まさかこんな裏事情があるなんて知らなかった。
…まさか、これが噂の新人虐めなのか。真実をあえて教えないとは!
侍女長様~、こんな大事なことは最初に教えてくださいよ。
幻の番様の幽霊?なにそれ‥‥怖い。
絶対に会いたくない、私そういうの駄目なの…。
私は自分でも言うのもなんだけど、とても素直だ。ちゃんと爺様の言うことを聞き、幽霊と接触しないように気を付けていた。
それ以降決して離宮には近寄らないように細心の注意を払い、仕事で離宮の近くを通ったほうが早い時でも決してその道は通らずわざわざ遠回りをしていた。
安全第一、幽霊退散!
離宮は危険、近寄らない!
だから私は安全だった…はずなのに。
ある日の夕方、仕事が終わり寮に帰ろうと歩いていると一匹の子犬が『キャンキャン』と楽し気に蝶々を追いかけながら立ち入り禁止の離宮に入って行くのを目撃してしまったのである。
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