幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

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59.迷える進路

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「キャッシー、おはよう!」

「おはよう、アン。今日も遅刻ギリギリでお兄さんに送ってもらったの?いいなぁ、優しいお兄さんがいて。私の意地悪で足が臭い兄と交換して欲しいよー。ああ、私はなんて不幸な妹なの~」

大げさに嘆いている見せるキャッシーは同級生だ。年は16歳で私より5歳年下だけど、何でも話せる親友でもある。
二人で授業前の他愛もない会話が続けていると、ふと真面目な顔をしてキャッシーが聞いてくる。


「ねえアン。進路決めた?この前迷っているって言っていたでしょう?そろそろ締め切りも近いんだから、迷ってないで応募しちゃいなよ。アンなら受かるかもよ。
だってさ平民なのにアンってなんか動作がいちいち優雅なんだよね、本当に不思議。
まあ長く喋ったらすぐに化けの皮が剥がれちゃうけど、とりあえず面接だけなら誤魔化せるよ、きっと。その優雅な仕草と可愛い顔は短時間なら有効だからね、あっはっは」

褒めているのか貶しているのか微妙なところだ。友よ、ここは褒め一択でも良かったのではないだろうか…。


私とキャッシーは最終学年なので、今周りは進路を決めている真っ最中だ。キャッシーは家の花屋を継ぐのが決まっている。

私はというと…迷っている。

実は先日王宮の下っ端侍女の募集があった。希望者はみんな面接を受け、合格したら王宮で働けるのだ。それに寮も完備しているのも気に入った。学校の卒業と同時に家を出て自立したい私にぴったりだった。

21歳小姑がいつまでも家にいると兄の結婚はきっと遠のく。優しい兄には早く結婚して貰いたいと切実に願っている。

 …まあ、私だけの責任じゃないけど。
 99%はトム兄になにかある…はずだ。
 応援するけど、ぜひ自分でも頑張って欲しいな…。


条件も良いし、王宮で働くのも憧れていたのすぐにでも応募したかった。だけどこの話を両親に伝えたら『駄目だ、王都は危ない』の一言で却下されてしまったのだ。子供の意見を頭ごなしに否定することがない両親なのにこの時だけは取り付く島もなかった。

だから応募していないのだ、本当は挑戦したいのに。


「うーん、両親がなぜか反対するんだよね。言い働き口なのに…。それに受かるかどうかも分からないのに応募もするなって…」

私が腕を組み悩んでいると、キャッシーがケラケラと笑いながら話してくる。

「何言ってるのよ、アン。親の言うことを素直に聞くの?!この前だって、確かおじさんから『やるな』って言われていたことしていなかったけ?あっはっは、してたよね。5メートルの木に登って子猫を助けていたじゃない」

確かに一週間前、私は子猫を助けていた。それは間違いないけど…。


「あ、あれは犬じゃないし…子猫だし。それに『飛び出しと犬』はセットだけど『木登りと猫』はセットで注意されていなかったし。…木登りはまあ駄目だったかな~、はっはは…」

駄目な言い訳をしている私に彼女はにやりと笑いながら耳元で囁いてくる。

「こっそり応募してみれば記念になるよ、ふふふ」

「……うーん。でも心配かけたくないしな」

10年間の記憶を失うという失敗をして心配を掛けた私はこれ以上心配させたくないのは本心だった。


「そうね、仕方がないか。あっはは、それなら木登りもこれからはしちゃ駄目だね」

「そ、それはどうか内密に~、キャシー様」

「ふむふむ、承知した」

最後はお決まりの笑いで楽しく話を終了した。
それ以降具体的に進路について話さなかったので彼女は私が応募を諦めたと思っていたようだ。

…だが私はというと、こっそりと応募していた。

 だって目の前に美味しそうな林檎があって、どうぞって言われたら食べるよね?
 食べないのも失礼だし…それと同じだもん。
 まあきっと、受からないだろうしね。
 


そんな軽い気持ちで応募をし面接を受け、結果のことなどすっかり忘れていたら…なんと数日後合格の連絡が学校に来た。

『やったー』と飛び跳ねながら喜び、親友のキャッシーに合格を伝えると

「アン、おめでとう!でもよくおじさんたちが許してくれたねー」

と自分のことのように喜んでいる彼女が言ってきた。

「……あっ!」

受かるとは思っていなくて家族には何も伝えてない事を思い出し、『ぎゃー、どうしよう』と言いながらキャッシーに縋りついてしまった。
彼女に相談したら『兎に角、すぐに家族に伝えること!』と叱られたあと『本当に残念過ぎる21歳だ』ととどめを刺された。

もちろん反論なんて一ミリも出来ない、事実だったから…。

 でも『残念過ぎる』ってあんまりじゃないかな。
 せめて『ちょっと惜しい』にして欲しかった…。
 でも受かったからいいもんね。
 気にしてない…から。 

いや、かなり気にしていてその日の午後の授業は散々だった。…思いだしたくもない。



そして私はその晩、合格通知を手に勇気を出して家族に『王宮の下っ端侍女として働きます!』と前置きもなく伝えたのだった。
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