幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

文字の大きさ
上 下
59 / 85

59.迷える進路

しおりを挟む
「キャッシー、おはよう!」

「おはよう、アン。今日も遅刻ギリギリでお兄さんに送ってもらったの?いいなぁ、優しいお兄さんがいて。私の意地悪で足が臭い兄と交換して欲しいよー。ああ、私はなんて不幸な妹なの~」

大げさに嘆いている見せるキャッシーは同級生だ。年は16歳で私より5歳年下だけど、何でも話せる親友でもある。
二人で授業前の他愛もない会話が続けていると、ふと真面目な顔をしてキャッシーが聞いてくる。


「ねえアン。進路決めた?この前迷っているって言っていたでしょう?そろそろ締め切りも近いんだから、迷ってないで応募しちゃいなよ。アンなら受かるかもよ。
だってさ平民なのにアンってなんか動作がいちいち優雅なんだよね、本当に不思議。
まあ長く喋ったらすぐに化けの皮が剥がれちゃうけど、とりあえず面接だけなら誤魔化せるよ、きっと。その優雅な仕草と可愛い顔は短時間なら有効だからね、あっはっは」

褒めているのか貶しているのか微妙なところだ。友よ、ここは褒め一択でも良かったのではないだろうか…。


私とキャッシーは最終学年なので、今周りは進路を決めている真っ最中だ。キャッシーは家の花屋を継ぐのが決まっている。

私はというと…迷っている。

実は先日王宮の下っ端侍女の募集があった。希望者はみんな面接を受け、合格したら王宮で働けるのだ。それに寮も完備しているのも気に入った。学校の卒業と同時に家を出て自立したい私にぴったりだった。

21歳小姑がいつまでも家にいると兄の結婚はきっと遠のく。優しい兄には早く結婚して貰いたいと切実に願っている。

 …まあ、私だけの責任じゃないけど。
 99%はトム兄になにかある…はずだ。
 応援するけど、ぜひ自分でも頑張って欲しいな…。


条件も良いし、王宮で働くのも憧れていたのすぐにでも応募したかった。だけどこの話を両親に伝えたら『駄目だ、王都は危ない』の一言で却下されてしまったのだ。子供の意見を頭ごなしに否定することがない両親なのにこの時だけは取り付く島もなかった。

だから応募していないのだ、本当は挑戦したいのに。


「うーん、両親がなぜか反対するんだよね。言い働き口なのに…。それに受かるかどうかも分からないのに応募もするなって…」

私が腕を組み悩んでいると、キャッシーがケラケラと笑いながら話してくる。

「何言ってるのよ、アン。親の言うことを素直に聞くの?!この前だって、確かおじさんから『やるな』って言われていたことしていなかったけ?あっはっは、してたよね。5メートルの木に登って子猫を助けていたじゃない」

確かに一週間前、私は子猫を助けていた。それは間違いないけど…。


「あ、あれは犬じゃないし…子猫だし。それに『飛び出しと犬』はセットだけど『木登りと猫』はセットで注意されていなかったし。…木登りはまあ駄目だったかな~、はっはは…」

駄目な言い訳をしている私に彼女はにやりと笑いながら耳元で囁いてくる。

「こっそり応募してみれば記念になるよ、ふふふ」

「……うーん。でも心配かけたくないしな」

10年間の記憶を失うという失敗をして心配を掛けた私はこれ以上心配させたくないのは本心だった。


「そうね、仕方がないか。あっはは、それなら木登りもこれからはしちゃ駄目だね」

「そ、それはどうか内密に~、キャシー様」

「ふむふむ、承知した」

最後はお決まりの笑いで楽しく話を終了した。
それ以降具体的に進路について話さなかったので彼女は私が応募を諦めたと思っていたようだ。

…だが私はというと、こっそりと応募していた。

 だって目の前に美味しそうな林檎があって、どうぞって言われたら食べるよね?
 食べないのも失礼だし…それと同じだもん。
 まあきっと、受からないだろうしね。
 


そんな軽い気持ちで応募をし面接を受け、結果のことなどすっかり忘れていたら…なんと数日後合格の連絡が学校に来た。

『やったー』と飛び跳ねながら喜び、親友のキャッシーに合格を伝えると

「アン、おめでとう!でもよくおじさんたちが許してくれたねー」

と自分のことのように喜んでいる彼女が言ってきた。

「……あっ!」

受かるとは思っていなくて家族には何も伝えてない事を思い出し、『ぎゃー、どうしよう』と言いながらキャッシーに縋りついてしまった。
彼女に相談したら『兎に角、すぐに家族に伝えること!』と叱られたあと『本当に残念過ぎる21歳だ』ととどめを刺された。

もちろん反論なんて一ミリも出来ない、事実だったから…。

 でも『残念過ぎる』ってあんまりじゃないかな。
 せめて『ちょっと惜しい』にして欲しかった…。
 でも受かったからいいもんね。
 気にしてない…から。 

いや、かなり気にしていてその日の午後の授業は散々だった。…思いだしたくもない。



そして私はその晩、合格通知を手に勇気を出して家族に『王宮の下っ端侍女として働きます!』と前置きもなく伝えたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ
恋愛
 伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。  けれど。 「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」  他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました

柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》  最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。  そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す

MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。 卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。 二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。 私は何もしていないのに。 そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。 ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。 お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。 ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

処理中です...