幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

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58.前向きに

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‥‥もう一度言う、本当に馬鹿である。

そして恩知らずな犬に心から叫びたい。
『私を置いて一匹で逃げるな馬鹿犬がっ!』と。



最初は戸惑った。
目覚めたときに傍にいた格好いいお兄さんに連れられ家族の元に行けば、そこにいた家族は私が知っている家族ではなかったから。
両親と兄はいきなり歳を取っているし、見たこともない可愛い10の妹までいた。

『『アンー!!』』

『………っえ?』

喜び叫ぶ家族を前にして、私は首を傾げながら三歩後ろに下がっしまった。

固まる家族に警戒する私。

記憶を失って身体は16歳だけど中身は6歳のままなんて、まさに絵に描いたような悲劇だ。

そのあと自分の置かれた状況を説明されて、夢かと思い笑いながら頬っぺをつねってみたが…ただ痛いだけだった。


そして『これ、現実なんだ…』と啞然とした。

妹は確かに欲しかったけど、いきなりの登場は求めていない。『かわいい妹!』と赤ちゃんの頃からお世話して可愛がる予定だったのだ。

となれば……この後の私の正しい反応は現実の拒絶だった。


だがそうはならなかった。


16歳の自分がどうだったかは知らないが、6歳の私はな性格だった。
それが幸いし、10年間の記憶の欠如に驚くほど早く順応した。自分でもそんな自分にびっくりだ。周りは私以上に驚いていたが…。

 うーん、確か悩んだのは20分くらいだったかな。
 今思い返しても…短すぎる。
 でもないものを嘆いても仕方ないもの。
 …よく言えば前向き、悪く言えば単純かな、はっ、はは…。




だから『精神年齢が私よりうえの妹なんていらないっ!』とはならなかった。

だって妹は妹だ。

記憶にはないけど、それは私の怪我のせいであって目の前にいる妹のせいではない。
それに私に似て凄く可愛いからとりあえず良しだ。

 うんうん、問題ない。
 しっかりした妹、どーんと来いだ!



単純な性格がこんなところで役に立つとは誰も予想しなかったことだろう。

ケッロっとしながら『こまったな~、えへへ』と笑っている私。心が6歳なのに身体は16歳なので表情や動作がちぐはぐで少し気持ちが悪かったはずだ。

ちょっと引いてしまうような場面だが、家族は涙を流しながらそんな私を迷うことなく受け入れ号泣していた。
心配かけたのは『悪かったなー』と反省したけど、あの時の家族の熱い抱擁はとにかく凄かった。

あれを抱擁と言っていいのか…。

 今でも思いだすのも恐ろしい…。
 死ぬかと思った、…本気で。
 家族4人からギューギューと抱き締められて。
 グェッと蛙のような声が出たな…。
  
 事故から奇跡的に助かって、そのあと感動の再会で圧死なんて…。
 ありえない、笑えない。
 …いや、逆にかなり笑えるかな?
 


あれから5年が過ぎ、なんとか見た目と心のバランスが取れてきた。

けれども私は家族からまだなにかと心配されている。
家族曰く『事故が原因じゃない、アンのその性格が心配なんだ!』って笑って言われているけど。

私だってあれから色々と成長した。もう薄情な犬を助けに飛び出したりはしないはずだ、…たぶん。


それに、この前向きな性格を気に入っているから全然問題ない。

 ふふふ、この性格じゃなかったら今頃私は悲劇の主人公よ。
 そんなの窮屈だもの。
 これでいいの、いいの~。


 
10年間の空白のため学校の同級生はみんな年下で、私は21歳だけど妹と同じ学校にまだ通っている。
世の中は16歳で成人だから、かなり浮いている存在だ。
だが事情を知っている周りの人々は『大変だったね』と優しく受け入れてくれている。

最初の頃は意地悪な子が『アン婆』とか言ってきたけど、数日後にはちゃんと礼儀正しい子になっていた。

『なぜに…?』と首傾げていたら、『アンお姉ちゃんは気にしなくていいの』とミンから言われた。

どうやら裏できついお仕置きをしたらしい。逞しい血は私だけではなく妹にも確実に流れていた。

 …うむむ、流石私の妹だわ。
 負けてはいられない。


あの穏やかな両親からなぜ私とミンが生まれたのか謎だが、人生は謎があるほど面白いのだろう。





「ほら、アンとミン行くぞ。早く馬車に乗れ」

結局遅刻ギリギリとなりトム兄の馬車に乗せてもらって学校に行くことになった。

「「はーい!ありがとう、トム兄」」

私とミンは急いで馬車の荷台に乗り、見送ってくれている父と母に元気よく手を振る。

最初の頃は目に涙を浮かべて見送っていた母だけど、今は大きく口を開けて笑いながら見送ってくれている。

父は相変わらず『何かあったらすぐに逃げろ』と言ってくる。『何があっても飛び出すな』が正しいと思うけど…?

 まあ、いい…かな?
 うん、細かいことは気にしない。


そう、細かいことを気にしても仕方がない。
薬師なのに父はいつも腰に短剣を差している。『薬師なのになんで?』と訊ねても『好きだから』と言うだけで止めることはない。

人にはそれぞれ事情やがあるのだから、他人がとやかく言っては傷つけてしまう。だから口が裂けても『似合わない』とは言わないでいる。
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