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54.決断④
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「出来る出来ないではない、アンの為にその選択肢しかないのならやるだけだ。
番の幸せが何よりも大切だから…。
私にとって一番大切なことはアンが笑っている未来だ。私だけが満足する未来じゃない。
番の幸せが私の幸せなんだ。
…っふ、未練がましい言い方だな、もうすぐ番でなくなるのに。
だから耐えられる、どんなことをしても耐えて見せる…必ず。
それに一回目で成功しなければ更に竜眼を贄にしてやるだけだ、目は二つあるのだからな」
私の返事を聞いたあと、父親は腕を組んだまま考え込んでいる。
宰相は私の決意が固いと分かったのだろう、もう止めはせず静かに事の成り行きを見守っている。
父親が家族と暫くの間話し合い、それから私のほうに向きなおった。
「アンのことは分かった、記憶が消えた後は私達家族が一緒に暮らしていく。頼まれたからじゃない、あの子は大切な家族だからだ。
だが問題は竜王、あんただ。番の喪失に耐えられずアンの前に姿を現すんじゃないか…。耐えてみせると言ったが、口約束ではなんの保証にもなりやしないだろう。アンの為に確実な保証が欲しい」
父親の表情はまだ厳しいままだ。
確かに口約束だけでは不安に思うだろう。獣人の番を求める本能は恋情というより執着と言えるほど強いものだ。私が耐えられなくなり番の前に姿を現さないかと考えないわけがない。
「ではこの竜殺剣を渡しておこう。これは竜の牙で作られたもので頑強な竜の肉体も簡単に貫けるものだ。竜人とはいえこれで刺されたら致命傷を負うだろう。もし私が自らアンの前に現れたのならこの剣で迷うことなく殺してくれ」
迷いなどなかった、命が惜しいとも思わない。
確かな保証があれば示したいがあいにく形として出せるものはない。だから竜殺しの剣と恐れられているこれを渡すことで私の決意を示すことにする。
「………いいのか、本当に。俺は娘を守る為なら躊躇しないぞ」
彼は本気だった、きっとアンを守る為なら手を汚すことも厭わないだろう。
………それでいい。
アンの為ならどうなっても構わない。
たとえ命を失ったとしても本望だ…。
きっとその時は…あの時のアンのように私も笑っているはずだ。
父親の問いに私は静かに頷くと、腰に差している竜殺剣を差し出した。彼はそれを受け取ると『アンの記憶が消えたら連れて帰る』とだけ言うと家族と共に部屋から出て行った。
静まり返った部屋で宰相が口を開く。
「………竜王様。番様とご家族が新しい生活を問題なく送れるように王都から離れた土地に新しい身分と家と仕事を用意致しましょう。それと…番様は婚姻の儀の時の怪我が元で亡くなったということで宜しいでしょうか……」
宰相は拳を震わせながら私の意に沿った言葉を紡いでくる。きっと宰相としては納得はしていないのだろうが、彼もまたこれ以外アンを救う方法はないことが分かったのだろう。
今は宰相としてではなく人としてアンを優先することを選んでくれたのだ。
「ああ、そうしてくれ。アンと家族が穏やかに暮らせるように手配を頼む」
「…はい、お任せください」
そう言いながらも宰相は『本当にそれでよいのか』と再度問う様な視線を向けてくる。
これでいい、これで。
アンの壊れた心を取り戻せるなら。
私は真っ直ぐに宰相の目を見て答える、自分自身に言い聞かせるように…。
「………私の番は今日消える」
「………はい分かっております竜王様」
重苦しい雰囲気が部屋を支配している。このまま時間が止まれ思う気持ちとアンをすぐに助けたいと言う気持ちが心を二つに引き裂いていく。
迷いを振り払うように深く息を吐いてから重い腰を上げる。
「アンの元へ行く。ついてこなくていい、暫く二人だけにしてくれ。
すべてが終わったら声を掛ける、それまでは誰も離宮に近づくことはならん」
「承知いたしました」
宰相達に見送られて私は離宮にいるアンの元へ一人で歩いて行く。だがその足取りはいつもより遥かに重い。まるで足に鉛をぶら下げているようだ。
アンの解放を口では言いながら、少しでも長くアンの番でいたいと望んでいる心に身体は素直に反応している。
ここまで来てこのざまなのか私は…。
くっくっく、…どこまでも惨めだな。
手離す決心をしたとあんなに言っておきながら。
はっは、は…もうなにもかも手遅れだと分かっているのに、なんで縋りつく。
ぐぅっ…、はっはは…はっは………。
『‥‥ははっは、はっは‥‥なんて馬鹿なんだ、はっはは…』
どこまで身勝手な男なんだと自分自身に呆れてしまう。静寂のなか私の渇いた笑い声だけが虚しく響いていた。
番の幸せが何よりも大切だから…。
私にとって一番大切なことはアンが笑っている未来だ。私だけが満足する未来じゃない。
番の幸せが私の幸せなんだ。
…っふ、未練がましい言い方だな、もうすぐ番でなくなるのに。
だから耐えられる、どんなことをしても耐えて見せる…必ず。
それに一回目で成功しなければ更に竜眼を贄にしてやるだけだ、目は二つあるのだからな」
私の返事を聞いたあと、父親は腕を組んだまま考え込んでいる。
宰相は私の決意が固いと分かったのだろう、もう止めはせず静かに事の成り行きを見守っている。
父親が家族と暫くの間話し合い、それから私のほうに向きなおった。
「アンのことは分かった、記憶が消えた後は私達家族が一緒に暮らしていく。頼まれたからじゃない、あの子は大切な家族だからだ。
だが問題は竜王、あんただ。番の喪失に耐えられずアンの前に姿を現すんじゃないか…。耐えてみせると言ったが、口約束ではなんの保証にもなりやしないだろう。アンの為に確実な保証が欲しい」
父親の表情はまだ厳しいままだ。
確かに口約束だけでは不安に思うだろう。獣人の番を求める本能は恋情というより執着と言えるほど強いものだ。私が耐えられなくなり番の前に姿を現さないかと考えないわけがない。
「ではこの竜殺剣を渡しておこう。これは竜の牙で作られたもので頑強な竜の肉体も簡単に貫けるものだ。竜人とはいえこれで刺されたら致命傷を負うだろう。もし私が自らアンの前に現れたのならこの剣で迷うことなく殺してくれ」
迷いなどなかった、命が惜しいとも思わない。
確かな保証があれば示したいがあいにく形として出せるものはない。だから竜殺しの剣と恐れられているこれを渡すことで私の決意を示すことにする。
「………いいのか、本当に。俺は娘を守る為なら躊躇しないぞ」
彼は本気だった、きっとアンを守る為なら手を汚すことも厭わないだろう。
………それでいい。
アンの為ならどうなっても構わない。
たとえ命を失ったとしても本望だ…。
きっとその時は…あの時のアンのように私も笑っているはずだ。
父親の問いに私は静かに頷くと、腰に差している竜殺剣を差し出した。彼はそれを受け取ると『アンの記憶が消えたら連れて帰る』とだけ言うと家族と共に部屋から出て行った。
静まり返った部屋で宰相が口を開く。
「………竜王様。番様とご家族が新しい生活を問題なく送れるように王都から離れた土地に新しい身分と家と仕事を用意致しましょう。それと…番様は婚姻の儀の時の怪我が元で亡くなったということで宜しいでしょうか……」
宰相は拳を震わせながら私の意に沿った言葉を紡いでくる。きっと宰相としては納得はしていないのだろうが、彼もまたこれ以外アンを救う方法はないことが分かったのだろう。
今は宰相としてではなく人としてアンを優先することを選んでくれたのだ。
「ああ、そうしてくれ。アンと家族が穏やかに暮らせるように手配を頼む」
「…はい、お任せください」
そう言いながらも宰相は『本当にそれでよいのか』と再度問う様な視線を向けてくる。
これでいい、これで。
アンの壊れた心を取り戻せるなら。
私は真っ直ぐに宰相の目を見て答える、自分自身に言い聞かせるように…。
「………私の番は今日消える」
「………はい分かっております竜王様」
重苦しい雰囲気が部屋を支配している。このまま時間が止まれ思う気持ちとアンをすぐに助けたいと言う気持ちが心を二つに引き裂いていく。
迷いを振り払うように深く息を吐いてから重い腰を上げる。
「アンの元へ行く。ついてこなくていい、暫く二人だけにしてくれ。
すべてが終わったら声を掛ける、それまでは誰も離宮に近づくことはならん」
「承知いたしました」
宰相達に見送られて私は離宮にいるアンの元へ一人で歩いて行く。だがその足取りはいつもより遥かに重い。まるで足に鉛をぶら下げているようだ。
アンの解放を口では言いながら、少しでも長くアンの番でいたいと望んでいる心に身体は素直に反応している。
ここまで来てこのざまなのか私は…。
くっくっく、…どこまでも惨めだな。
手離す決心をしたとあんなに言っておきながら。
はっは、は…もうなにもかも手遅れだと分かっているのに、なんで縋りつく。
ぐぅっ…、はっはは…はっは………。
『‥‥ははっは、はっは‥‥なんて馬鹿なんだ、はっはは…』
どこまで身勝手な男なんだと自分自身に呆れてしまう。静寂のなか私の渇いた笑い声だけが虚しく響いていた。
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