上 下
51 / 85

51.決断①

しおりを挟む
宰相に連れられアンの家族が執務室へと入ってくる。

アンの父親に殴られた傷はもうすでにない、いやそもそも私の強靭な肉体はほとんど傷つかなかったのだ。だが父親の方はまだ両手に包帯が巻かれていて痛々しい姿をしている。

けれども私を睨みつける目は殺意が宿っていると言っていいほど鋭いものだった。それは当然のことで、他の家族も同じような目を向けてくる。

10年前に会った時に『娘をよろしくお願いします』と言っていた彼らは温和で娘を心から愛し心配しているそんな良い親だったはずだ。
そんな彼らをこんな風にしたのは他でもない私だ。アンだけでなく家族さえも追い込んでいる、この事実から目を背けることは許されない。



アンの父親が家族を守るように一歩前に出てくる。

「今日はなんで呼びつけた。はっ、娘を手離す決心がついたとでも言うのか?」


竜王に対して敬語すら使わず挑発するような物言いだが、誰も咎める者はいない。私を含め王宮側の者は誰もその権利を持ってやしないから。

‥‥みな加害者なのだ。

なんで呼ばれたのか聞かされていない家族が苛立っているのが伝わってくる。

呼びに行った宰相にも私が彼らを呼んだ理由は話していない。それなので彼らも勿論なぜ呼ばれたか説明は受けていない。

今日この場を設けたのは、彼らに謝罪し私がこれから行うことの了承を得る為にだ。アンを救うにはこれしかないと確信しているが、今度は独断で行うつもりはない。

間違えることはもう二度と許されないから。

アンのことを無条件で愛する家族の意見もちゃんと聞いてから最終的に決断するつもりだ。

…もうすでに私の決心は固まっている。これが最善だと信じているが…、すべて間違えていた私の考えだけでは動けない、不安が拭えないのだ。
今度間違ったらアンはこの世からいなくなり、手が届かない場所に行ってしまうかもしれない。

 はっは‥は、‥何を言っているのか…。
 一度もアンに手など届いてなかったくせに。

 
どんな選択をしても私がアンと本当の意味でになれる日はもう来ないだろう。
 

私は深く息を吸い込んでから静かに話し始める。

「今日は急な呼び出しにも関わらず来てくれ感謝している。まずは謝罪をさせてくれ。10年前から今に至るまでアンと君達家族を苦しめ続け本当に申し訳なかった。
番なのにアンを幸せにしてやるどころか心さえも壊してしまった。謝っても許される事ではないと分かっている」

私の口先だけの謝罪を父親は受け入れてはくれない。

「今更だ…許しはしない、絶対にだ。番のくせにアンがあんなになるまで放って置いて何を言っている!謝って何になるんだっ、アンが元に戻るのか?あの10年間がなかったことになるのか?
ならんだろうが、もう遅いんだ!
それよりアンを私達家族の元に返せ!もうこんなところに置いておけん。目覚めて動かすことが可能になり次第連れて帰らせてもらうからなっ!」

完全な拒絶だった。だがそれは受け入れるべきもの、反論は出来ないしするつもりもない。


「‥‥アンは一度目を覚ましたが今はまた眠っている」

そう言ってからアンが目覚めた時の様子を偽ることなくすべて話して聞かせる。誤魔化したり曖昧な言葉を使ったりはしなかった、そんなことをしても意味はない。

残酷な事実を告げられ彼らの表情は怒りから絶望へと変わっていく。

「なんでだっ、なんでアンだけがこんなことに…。あの子は本当に甘えん坊で泣き虫だけどお転婆で良く笑う子だったんだ。
お前なんかが番でなければ、良かったのに。そうしたら今でも元気に笑っていたはずなのに…。
なんで俺はお前なんかを番というだけ信用してしまったんだ、あの時になんで…。は、は…は…父親失格だな」

父親は私を睨みつけながら頭を掻きむしり、母親はその場で泣き崩れている。兄と妹はお互いに抱き合いながら唇を噛みしめ涙を零している。

彼らが落ち着くのを待つべきだが、アンがいつ目覚めるか分からない今、その余裕はない。
だから非情にも話しを続けた。

「アンの心は何年も掛けて蝕まれていった。つまり私と会ってから10年掛けて壊れていったのだろう。もう元に戻るのは難しいようだ…。このままではアンは目覚めたらまた命を絶とうとするだろう。
‥‥だがそんなことにはさせない、絶対に。
私はアンを治すことが出来ないが、アンの心を壊した10年間を取り除くことは出来る。
もしアンが10年間の記憶を失っても貴方達家族はアンを受け入れてくれるだろうか?
偽りのない考えを聞かせてくれ」

家族が記憶を失い6歳に戻ったアンを心から愛し受け入れてくれるかどうかそれを私は確かめたかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています

柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。 領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。 しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。 幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。 「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」 「お、畏れ多いので結構です!」 「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」 「もっと重い提案がきた?!」 果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。 さくっとお読みいただけますと嬉しいです。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

くたばれ番

あいうえお
恋愛
17歳の少女「あかり」は突然異世界に召喚された上に、竜帝陛下の番認定されてしまう。 「元の世界に返して……!」あかりの悲痛な叫びは周りには届かない。 これはあかりが元の世界に帰ろうと精一杯頑張るお話。 ──────────────────────── 主人公は精神的に少し幼いところがございますが成長を楽しんでいただきたいです 不定期更新

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

竜帝陛下と私の攻防戦

えっちゃん
恋愛
彼氏だと思っていた相手にフラれた最悪な日、傷心の佳穂は考古学者の叔父の部屋で不思議な本を見付けた。 開いた本のページに浮き出てきた文字を口にした瞬間、突然背後に現れた男によって襲われてしまう。 恐怖で震える佳穂へ男は告げる。 「どうやら、お前と俺の心臓が繋がってしまったようだ」とー。 不思議な本の力により、異世界から召喚された冷酷無比な竜帝陛下と心臓が繋がってしまい、不本意ながら共に暮らすことになった佳穂。 運命共同体となった、物騒な思考をする見目麗しい竜帝陛下といたって平凡な女子学生。 相反する二人は、徐々に心を通わせていく。 ✱話によって視点が変わります。 ✱以前、掲載していた作品を改稿加筆しました。違う展開になっています。 ✱表紙絵は洋菓子様作です。

今度は絶対死なないように

溯蓮
恋愛
「ごめんなぁ、お嬢。でもよ、やっぱ一国の王子の方が金払いが良いんだよ。わかってくれよな。」  嫉妬に狂ったせいで誰からも見放された末、昔自分が拾った従者によって殺されたアリアは気が付くと、件の発端である、平民の少女リリー・マグガーデンとで婚約者であるヴィルヘルム・オズワルドが出会う15歳の秋に時を遡っていた。  しかし、一回目の人生ですでに絶望しきっていたアリアは今度こそは死なない事だけを理念に自分の人生を改める。すると、一回目では利害関係でしかなかった従者の様子が変わってきて…?

7歳の侯爵夫人

凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。 自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。 どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。 目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。 王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー? 見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。 23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。

処理中です...