幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

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48.罪①

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腕の中でアンが静かに目を閉じていく。
さっきまでの苦悶に満ちた表情と心が引き裂かれるような叫びが嘘だったように穏やかな表情を浮かべて眠っている。
だがその首の包帯に滲みている血が彼女の壮絶な苦しみを表している。
 

彼女の口から出た知らなかった真実に心が搔き乱され、愚かな自分を殺したくなる。まさか、自分自身をこんなに憎む日が来るなんて考えたこともなかった。

 クソッたれがっ!
 何が番だ、何が愛しているだっ。
 こんなにもアンを苦しめていたくせに、何も気づかず…。
 自分だけが辛いのだと…、我慢していると…。
 馬鹿がっ、その何倍いや何十倍もアンは苦しんでいたのに。

 何をやっているんだっ、私は番のくせに。


私は取り返しのつかない過ちを犯していた。
そうだ…最初から、出会ったあの時からもう間違えていたんだ。
アンを見つけ惹きつけられ、そして勝手に絶望し狂気に囚われそうになり、最善策という名の地獄にアンを囲い込んだ。

…そうあれはアンにとって地獄だったに違いない。

アンは『番の感覚』がないのではなく、幼いうえに知らない大人に囲まれてそれをを知らなかっただけ。
家族とも離され会いに来ない番をただ待つ日々にどれほど絶望したか今なら想像できる。

‥‥にだ。

 
 こんな簡単なことが分からなかったなんて。
 いや違う、考えなかったんだ…。
 狂気から逃れるだけで手一杯だった。
 
 番の存在に浮かれ自分に絶望して‥‥。
 はっ、は‥は…、ただ己を見失っていただけか。

 

番に会わない選択を自らしたくせに耐えられず自傷で必死に自分を押さえていた不甲斐ない私だったから、こんなことになった。


番とは唯一無二であって、存在を認めたあと会えないのは耐えられないほど辛いのに、アンをその渦中に放り込んでいた。

本当に馬鹿だ…、今更彼女の気持ちが分かると言ってもなにも変わらないのに。



アンを追い詰めた事実はもう変えられない。
目の前で横たわる彼女がそれを教えてくれている。



そのうえ純血の竜人の番になった影響からなのか、一年前から私を求める気持ちは大きくなっていたのに気づかず放置し、あまつさえ後宮に通っていた現実を聞かせ続けていた。

……孤独なアンに一年近くもだ。

疚しいことなどは一切なかった。だが後宮と繋がっている国内の膿を出す為とはいえそれを知らないアンにとっては、裏切りとしか聞こえなかったのだろう。

 今更私にとっての真実を話しても手遅れなのか…。
 もうアンの心には届かないだろうか?
 私が彼女の心を閉ざさせてしまった…。
 どうすればいいっ!
 どうしたらアンの心が戻るんだーー。
 誰でもいい、教えてくれっ‥‥お願いだ。



守っているつもりになって、なにひとつ守れていなかった。


『幼いから分からない、大丈夫』と侮っていたわけではない。だが余計なことを何も伝えないほうが心穏やかに暮らせると一方的に決めつけていたのは私だ。


いや、それも言い訳でしかないな…。
結果的に『アンは大丈夫』と都合よく信じ込んで自分が安心したかったのかもしれない。
きっと自分の不安を打ち消すことで精一杯で、何も見えていなかっただけだ。

すべては言い訳で自己弁護でしかない。


考えられずにはいられない…。
最初から間違えていたが、どれか一つでもちゃんと伝えていたら‥‥きっとこんな結果になっていなかったのかと。
もう何もかも遅いのだが‥‥。

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