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42.家族の後悔~兄視点~④

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目の前には青白い顔でベットに横たわっているアンがいる。首には真っ白な包帯が巻かれていて、あの日のことが現実だったと思い知らされる。

医師からは『容体は安定しています。あとは目覚めるのを待つばかりです』と告げられたが、もう六日が経過しているのに一度も目を覚まさないなんて明らかにおかしいだろう。

理由を聞いても『…申し訳ありませんが、分かりません』と暗い表情で言うだけだった。


「早く目を覚まして。みんな待っているわ、アンのことを。ごめんね、母親なのになんにも分かっていなくって…。
起きたらいっぱい話しをしましょう。アンの本当の気持ちを聞かせて。
一体何から逃げたかったの…?
うっ、ううう…。
本当にごめんなさい、あなたに聞かなければ何も分からない母親で…」

母さんはそっとアンの額に10年振りに口づけを落とした。10年前までは毎晩アンが寝る前に『良い夢を見るおまじないよ、アン』と言いながら母さんは優しくアンに口づけをしていた。
幼い頃のアンは『くすぐったーい』と笑っていたが、今は静かに眠ったままだ。

「なあアン、父さんは間違っていたな。
お前が甘えん坊で泣き虫だって分かっていたのに手離してしまった。自分達では守れないと思ったけど……それは勝手な言い訳だった。
アンの気持ちを聞かずに勝手に決めて、ごめんな…。
不甲斐ない親でごめんな、アン。父さんが無力なばかりに…こんなことになったんだよな。
アン、早く目を覚ませ。そして家に帰ろう。
今度は間違えない、絶対に守って見せるから」

アンの髪をそっと撫でながら涙を流している父さんの横顔からは、固い決意を読み取ることが出来た。

「おい、ちび。本当にお前って奴は仕方がないな…。泣き虫のくせに無理して笑っていたのか?
兄ちゃんの前では、昔みたいにびーびー泣いて怒って良かったんだぞ。
だって妹なんだからさ、お前に番が見つかっても俺は生涯お前の兄なんだから…。
これ大事なことだぞ…、ずっと言い続けるからな、『もう聞き飽きたよ』って言われ…も、い、うか…らな」

「ヒック、ヒック……。アンお姉ちゃん、家に帰ったら一緒に…寝てね。私、すっごく寝相が悪いけど…がんばってまっすぐ寝るから…」

眠ったままのアンを囲み代わる代わる話し続けた。周りの目も気にせず、思ったままを言葉にして伝える。そうしたらアンが早く目覚めるような気がしたから。


最初は『面会は短時間でお願い致します』と言われていたが、俺達家族に『そろそろお時間が…』と声が掛かることはなかった。

数時間が経過した頃、年配の侍女から声が掛かった。

「ご面会の後、竜王様が皆様にお会いしたいと待っております。もしご都合が宜しいようなら帰られる前にお会い頂けないでしょうか」

正直驚いた。竜王様は俺達に合わせてずっと待っていたとは…。いつも王宮の都合ばかり押し付けられて俺達の存在なんて軽く見られていたのに。
…きっとアンがこんなことになったことが関係しているのだろう。


父さんが『分かりました』と言葉少なに答えると、家族はアンに『また来るから』と告げてから案内する侍女について行った。



竜王様がいる執務室に通される。
そこで待っていた竜王様は全くの別人と言っていいほど変わっていた。頬はこけ、目の下は隈で覆われ、苦悶の表情を浮かべている。
番であるアンが目の前で死を選ぼうとしたのだから、この姿にも納得できた。

きっと竜王様もどうしてこうなったか訳が分からずに悩んでいるのだろうなと思っていた。

今この時までは……。


だが竜王様が口を開き、今回の調査で知り得た情報とアンが今まで置かれていた状況を告げられ、そんな考えは吹き飛んだ。

 この野郎っ!どうしてだ!
 番が見つかったらお互いに幸せになるんじゃないのか?
 ぐっぐぅ、、、なんでアンをそんな目に合わせてたんだっ!

込み上げる怒りに我を忘れて殴りかかろうとするが、俺が殴る前に誰かが竜王を殴りつけた。

それは温厚な父さんだった。

「お前ーーー!大事な娘をよくもっ。
なんでだ、大切な番じゃなかったのか!」


バッキ、ボキッ、ガッツン………………。

何度も何度も竜王を拳で殴りつける。

父さんはただの薬師で力は弱いし、人を殴るなんてしたことはない。
当然堅強な竜王を殴りつけてもダメージを負わせることは叶わず、代わりに父さんの拳が裂け、父さんの血で竜王が染まっていく。

母さんは『あなた…もうやめて』と父の身を案じ止めようと声を掛ける。

けれども父さんは止めずに殴り続ける。『お前なんかにアンを任せるんじゃなかった…』と叫びながら泣いていた。

竜王側の人も止めようとしたが殴られ続ける竜王に『手を出すな』と命じられ動けない。


両の拳が血で染まり、両腕が上げられなくなって父さんはやっと止まった。


「お前だけは…許さない。絶対に…だ」


そう吐き捨てると父さんはふらつきながら俺達を連れて部屋を出ていく。
周りの人達にも一切咎められることはなく、みな俺達に向かって頭を下げてくる。
竜王は項垂れたまま『…すまない』と呟いていた。
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