幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

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41.家族の後悔~兄視点~③

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皆に祝福されアンと竜王様の婚姻の儀が粛々と進んで行く。

それを俺は複雑な気持ちで見つめている。

……完全に手が届かない存在になった妹。

祝福はしていた、それは本当だ。
けれどもアンとの絆を取り戻せなかったことが心に暗い影を落とし、笑顔にはなれない。

父さんとミンは俺と同じ表情を浮かべている。
母さんだけは必死で笑おうとしているようだけど、ちゃんと笑えてはいなかった。


そんななか目の前で、幸せな花嫁であるアンが自ら喉を切り裂いた。大量な血が飛び散り一瞬で辺り一面が深紅で覆われていく。


 …えっ、おかしいだろうがっ!
 さっきまで幸せそうに微笑んでいたのに。
 ど…どうしてなんだ、アンーーー!
 


何が起こったの目の前で見ていたのに、心がそれを理解するのを拒否する。
頭の中が真っ白になり何も考えられない、考えたくない。

……これは、なんなんだ。


『アンーーーー!』

絶叫が耳に突き刺さり我に返る、…それは自分の口から出た叫びだった。



祝福の雰囲気に包まれていた大広間が一瞬で地獄へと変わる。

至る所から叫び声が上がり、混乱に拍車がかかる。
訳が分からずその場から逃げようとする人、押し寄せる人、惨劇に耐えられず倒れる人…冷静でいる人なんて誰もいない。

まさに無秩序がこの場を支配していた。


飛び散った大量の血に塗れたアンと竜王様が人々の隙間から見えた。


「アン、アンっー。どけ、お願いだ通してくれ!
私の娘が、アンが、そこで倒れているんだ!
頼む、通してくれ!アンの傍に行かせてくれっ!」

「あああーー、なんでなの…。
アン、アン、アン………。
いやーー。どうして…なのよ…」

両親は必死になって娘の名を呼びながら首から血を流し倒れているアンに近づこうとする。
しかし周囲の人が邪魔で近づくことが出来ない。

俺とミンも『アンーー!!』『アンお姉ちゃんっ』と必死で叫びながら両親に続こうとする。

すぐ傍にいるのに近づけない、もどかしくて仕方がない。

 早く、早く、アンのところに…。
 血を止めないと。
 早く、助けてやらないと!
 ちび、待ってろっ。
 絶対に兄ちゃんが助けてやるからーーー。


人を無理矢理押しのけなんとかアンに近づけそうになった。

まさにその時…、竜王様の怒声と共に俺の記憶が途切れた。

『……ア…ン………まって‥ろ…』






そして堅い床の上で目を覚ました時には…もうアンの姿は大広間になかった。

あれは夢だったのかと思いたかったが、血を拭った生々しい跡がそれ否定してくる。


どうやら俺は竜王様の覇気によって気を失っていたらしい。そんな人達が周りには大勢いた、まだ多くの人は気を失ったままだ。

俺はまだふらつく頭で両親とミンの姿を探した。

ミンはすぐ近くで倒れていたので、慌てて呼吸を確かめる。呼吸は安定していて、気を失っているだけなのが分かり安心していると、少し離れたところから両親が誰かと言い争っている声が聞こえた。

「アンはどこにいるんだっ。
なぜ会わせないんだ。娘は酷い怪我をしているんだ、傍についていてやらなくては…。
今すぐに娘のところに案内してくれ!」

若い文官を怒鳴りつけている父さんは周りの目なんかもう気にしていなかった。

「申し訳ございません。何も分からない今は誰も番様に会わせることは出来ないのです」

「私達はアンの家族なのよ。なのに会えないって…、どういうことなの?娘を心配する親も会えないの?
そんなのおかしいでしょう!」

文官の言葉に母さんが目を吊り上げて抗議している。

いつでも穏やかな両親のあんな姿は初めてだった。

それほど必死だったのだ。

大切な娘があんなことになって冷静でなんかいられない。当然だった、親として…アンが受け入れてくれなくてもアンに対する想いは変わる事なんてないのだから。

「番様がどうしてこんなことになったか判明するまでは、例え家族であろうと会うことは出来ません。
無関係だと判断されましたらこちらから連絡を致します。
どうかそれまでご自宅でお待ちください」

「それは親である私達が今回のことに関与していると言っているんですか!何を言ってるんだっ、そんなこ、」

「そう思って頂いても結構です」

無情な言葉が家族をさらに打ちのめしていく。


結局何を言ってもアンには会わせてもらえず、王宮から追い出されるようにして家に帰ることになった。

項垂れたまま家に帰りつく、身も心も疲れ切っていたが誰も休むことなんて考えなかった。
深夜遅くまで家族で話し合いを続ける。

『どうしたらアンに会えるのか』
『なぜアンはあんなことを…』

どんなに話し合っても答えは見つからない。
王宮という権力に立ち向かう術がない俺達家族は結局、王宮からの連絡をひたすら待つしかなかった。

悔しいが…それしかアンと会える方法はなかった。

一日千秋の思いで過ごす日々に、家族は憔悴していく。

そしてあの婚姻の儀から六日目についに王宮から連絡がやって来た。俺達は着の身着のままで王宮のアンのもとへと急いだ。
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