幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

文字の大きさ
上 下
25 / 85

25.婚姻の儀~竜王視点~④

しおりを挟む
「…‥……」

いくら待っても愛おしい番からの返事はない。
にこにこと嬉しそうに微笑んでいるが決して私が名を呼ぶのは許してくれない。

この表情がなかったら拒絶だと思ってしまうところだが、番の表情は決して私を拒んではいなかった。湧き出るような好意が私には伝わってくる。

その事実に安堵しつつも焦りがそれを上回る。

 何か言い方を間違えてしまったのだろうか?
 いきなり過ぎたのだろうか…。
 くっ、…何がいけなかったのか分からない。
 

「すまない、10年ぶりに会っていきなり過ぎたな…。そなたと婚姻を結べるのが嬉しくてつい浮かれてしまった。

そなたが良いと思うまでいつまでも待とう。
それまではそうだな…、と呼ぼう。
…それは…いいかな?」

これが正解なのか分からない、自分で言った言葉に不安が募る。

 それだけはどうか許して欲しい…。
 アン、お願いだ。


…心の中でだけそっとと愛おしい番を名で呼ぶ。

縋るようにアンをじっと見つめていると、彼女は少し間をおいてから口を開く。

「……はい…竜王様」

少し首を傾げながら可愛い声音で答えてくれる。

初めて成立したアンとの会話。

アンの甘い声がいつまでも耳に残り、心の中は喜びで荒れ狂う。

名はまだ呼べないが、唯一無二の存在である『番』と呼ぶことが許され、それだけで有頂天になってしまった。

舞い上がっていたのだ…。

だからアンがその後も話さず微笑んで頷いてくれているだけという事実を違和感とは思わず緊張からだと勝手に思い込んでしまった。


緊張を和らげようと優しく笑い掛け、一方的に話し過ぎないようにした。
彼女のぺースに合わせたつもりだった。

話したいことはたくさんあったが、いきなり距離を縮めようとして彼女を困惑させたくないという思いからだ。

 時間はこの後たっぷりある。
 まずは婚姻の儀を終わらせよう。


重要なことを見逃しているとは思いもせず、すべてを良い方に解釈していく。幸せの絶頂にいればそれも当然だろう。


どんな時もこれから起こることを完璧に予想など誰も出来ない。



みなから祝福され問題なく式は進んだ。


そう何の問題も無いはずだった……。



目の前でアンが喉を自ら切り裂くその時まで。


純白が一瞬で深紅に変わる。

幸せの絶頂から一瞬で地獄へと転がり落ちる。

騒然とする参列者達や必死の形相な臣下達がその場を更に混乱へと誘う。


自分の絶叫がどこか遠くから聞こえてくるような感覚、現実にちゃんと感情が追いついているのかすら分からない。

困惑、絶望、焦燥…。
ありとあらゆる負の感情が心を埋め尽くしていく。

 ああぁ…アン、アン…。
 どう…してなんだ…。

 アン…ア…ン、アン、アン、ア……。


血に塗れたアンが微かな声で言葉を紡ぐ。

そんなアンを腕に抱き締め絶叫している私は頭部への鈍痛と共に意識を失った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。

ふまさ
恋愛
 伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。  けれど。 「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」  他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。

水無月あん
恋愛
本編完結済み。 6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。 王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。 私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。 ※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!

【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」  信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。  私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。 「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」 「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」 「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」  妹と両親が、好き勝手に私を責める。  昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。  まるで、妹の召使のような半生だった。  ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。  彼を愛して、支え続けてきたのに…… 「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」  夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。  もう、いいです。 「それなら、私が出て行きます」  …… 「「「……え?」」」  予想をしていなかったのか、皆が固まっている。  でも、もう私の考えは変わらない。  撤回はしない、決意は固めた。  私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。  だから皆さん、もう関わらないでくださいね。    ◇◇◇◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです。

もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました

柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》  最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。  そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。

幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す

MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。 卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。 二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。 私は何もしていないのに。 そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。 ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。 お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。 ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。

処理中です...