幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと

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10.狂気の正体

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腕に刺さった短剣のお陰で頭に掛かった靄がなくなったが、念のためにと更に奥へと差し込み痛みをわざと与える。
滴り落ちる血を見ながら自分が正気を取り戻したことに安堵する。

「竜王様、なんということを…。ご自分の腕を傷つけるなんて」
 
「早く手当てを、」


竜王の自傷行為を目の当りにして臣下達に慌てふためくが、私はそんな彼らに冷たく言い放つ。

「騒ぐな黙れ、番が起きてしまう」

腕の痛みに冷静さを取り戻した私は臣下達が愛おしい番の眠りを邪魔することを許せない。

そんな些細なことすら許せないのに…あの時の自分はいったいどうしたと言うんだ…。

 愛おしい番に何をしようとしていた?
 私はいったい…。


巡り会えたばかりの番から離れたくはなかったが、自分自身が信じられずに番から離れる決断を下す。

「番を離宮に連れていけ。優秀な侍女達を選び番につけろ。そして警備は厳重にするんだ、王宮の警備が手薄になっても構わん。兎に角『番』を最優先にするんだ、分かったな」

「「「はい、承知いたしました」」」


腕に深々と刺さった短剣を無造作に抜き取り、愛おしい番の傍から身を引き裂かれる思いで離れる。

かつて味わったことのない苦痛に心を引き裂かれ、苦悶の表情を浮かべてしまう。

あんなことがなければ決して離れやしなかったが、今は『番』の一番の脅威は私自身だ。どうしてこんな事になったのかを調べ、対処しなければならない。

早く問題を解決して番の傍に戻るべく臣下達に指示を出してから足早に執務室へと向かった。






そして何百年前の文献なども隈なく調べ、私の状態を観察し出した答えは残酷なものだった。

「竜王様、貴方様は番を求める本能が暴走し狂乱状態に陥っていたようです」

「…それはどういうことだ?本能が暴走だと、聞いたことがないぞ」

王宮の医師から告げられた言葉におもわず眉を顰めてしまう。

「我が国の獣人は混血が進み番を求める本能も現在はだいぶ薄らいでいます。だから番と会った時にこのような状態になることはあり得ません、聞いた事もありません。

ですが獣人のほとんどが純血だった遥か昔には極まれに竜王様と同じ状況になった獣人はいたようです。

純血で力の強い獣人が番の感覚がない人間を番と認識する。その相手から受け入れらたら問題は起こりません。しかし相手から拒絶された時に極稀にですが狂乱状態になる者が出ます。
唯一無二の存在である番からの拒絶に絶望し狂って番を殺めてしまうのです。

その獣人も番を殺して後を追うように自害するので、自分だけのものにする為なのか、それとも拒絶による憎悪からなのか理由は分かりませんが…。

竜王様は純潔な竜人で三百年間も番に会えていませんでした。その反動もあるのでしょう、人に近い番の反応に拒絶されたと本能が暴走してしまったと思われます」

医師は淡々と私の置かれた状況を説明する。私は自分自身の狂気の正体を知り震えが止まらなかった。
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