1 / 85
1.番は願いを叶える
しおりを挟む
王宮の大広間は華やかな衣装に身を包んだ多くの人達で埋め尽くされている。その表情には笑みが浮かびこれから起こることを待ちわびている。
これからこの場所で、竜王とその花嫁の婚姻の儀が行われるのだ。
凛々しく美丈夫な竜王が真っ白な婚礼衣装を纏った16歳の初々しい花嫁の手と取りゆっくりと祭壇に向かって進んで行く。
誰が見てもお似合いな二人の姿は絵物語のようだ。周りの人々はこの瞬間に立ち会うことが出来る喜びに興奮を隠せないでいる。
『まあ、なんて可愛らしい花嫁様でしょうか』
『花嫁様のお幸せそうな表情がなんとも言えませんな~』
『竜王様のあの表情を見てみろよ。初めて見るぞあんな嬉しそうなお顔をしているのを』
『番同士で結ばれる幸せは何にも勝るものだからな。本当に目出たいことだ、竜王様が番と結ばれるなんて』
口々から出る言葉は心から婚姻を祝うものだけ。なぜならこの婚姻はただの婚姻ではない、竜王とその番の婚姻だ。
番同士で結ばれることは獣人の血を持つ者にとって至上の喜びであって、その婚姻に疑問を挟む余地などないからだ。
『番』とは運命の相手、一目見たその瞬間から惹かれ合うのは当然でお互いを嫌いになることは決してない。
身も心もお互いに捧げ、死が二人を別つまで生涯を共にする。
そんな相手に巡り合える者はほんの一握りでしかないのが現実、だからこそ竜王とその番の婚姻は祝福されているのだ。
皆が見守る中、儀式は粛々と進んで行く。
番同士の婚姻の儀の場合、最後に自分の意志で己の指先を傷つけ、流した血をお互いに舐めあう。
これにより寿命が長命の方に合わせられ末永くともに歩んでいけるようにするのだ。
目の前の神官から竜王と花嫁はそれぞれ鋭いナイフを手渡される。
「ではお互いに指先を切って、相手の血をその身に取り入れてください。
これにより儀式はすべて終了となり、生涯伴侶としてともに歩むことが出来ます。
異論はございませんか?」
神官は最後の確認の言葉を述べる。
これは形だけのこと、番同士がこれに反対するはずなどない。
竜王は静かに頷いてから迷うことなく自分の指先を切り裂く。血が滴り落ちるままにして、隣にいる愛おしい番に目をやる。
まだ彼女はナイフを握り締めたままで指先から血は出ていない。
『痛みを想像し怯んでいるのだろうか』と心配になった竜王は優しい言葉を掛けようとしたその時、ふいに番はその手にしたナイフから視線を外し、竜王の方を見て微笑んでくる。
それは今まで見たどの表情よりも幸せそうなものだった。
まさに花嫁として相応しい極上の笑顔。
それにつられて竜王も笑みを返す。
幸せな番そのものの二人に周りからは自然と拍手が巻き起こる。
それは永遠の愛を祝福し称えるもののはずだった…。
だが次の瞬間にはその拍手は一斉に途絶える。
ズザッ、バッシャー!!!
番は躊躇することなく勢いよく人々の目の前でナイフを引いた。
指先ではなくか細い己の首もと目掛けて……。
番の首は切り裂かれ、みるみる間に辺り一面が赤色に染まっていく。それと同時に人々の口から言葉にならない叫び声が上がる。
婚姻の儀は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と変わる。
温かい赤い液体が竜王と番の身に降り注ぎ、白い婚礼衣装を鮮やかな赤色へと染めていく。
身体の力が抜けてその場に崩れ落ちていく番。
慌ててその身を受け止めた竜王は血が流れ出る番の首元を片手で必死に押さえる。
「嘘だ、嘘…だ、これは何かの間違…だ。
ああ、血が…血が止まらない。
なんでこんな…と、に。
大丈夫だ…絶対に、助けるから!
心配はいらない、大丈夫だ。
ああ、愛おしい私…の番。
ああ、クソッ、どうしてこんなことにっ!」
竜王から出る声は普段とは全く異なるものだった。微かに震え不安が滲み出ている。
番の口元が微かに動いているようにも見えるが、竜王にも傍に控えている臣下達にも周りの喧騒に掻き消されてしまってよく聞こえない。
「煩いっ、黙れ、黙れ、黙るんだ!
番の声が聞こえないだろうがっ」
竜王の怒声と共に普段は押さえている覇気が周囲を威圧する。一瞬でその場は静まり、覇気によって多くの人は気を失い、気丈にも意識を保っている者達も地面に這いつくばるように倒れ込んでいる。
「なんだ、なにを言いたいんだ、…うん?」
竜王は優しく腕の中にいる番に話し掛ける。まるで目の前の現実を感じさせないように…。
すると首からおびただしい血を流しながらも番は微笑みながら言葉を紡ぐ。
「ごっほ…ごぼ…、これであなた…はしあわせ、よ…ね。
…よか…た…、わた、し…あいし、いる…」
苦し気なのにその笑みは心からのものにしか見えない。
番の行動と言葉の矛盾。
竜王は番の気持ちが分からずに混乱するがそれ以上に目の前で起こっている現実に理解が追いつかない。
だがそんな竜王に微笑んだまま番の目はゆっくりと閉じられていく。
「あぁぁ、しっかりしろ!
目を閉じるな…、私を見ろ。
お願いだ、見てくれ…」
竜王が必死に声を掛けるがその反応は薄らいでいき、止めることは出来ない。
…幸せ…なにを言って…いる…んだ?
ああああ、目を閉じないないでくれーーー。
目は閉じられたが、なぜか幸せそうな表情を浮かべたままの番。
「うああああぁぁぁぁーーー!
番、私の愛おしい番が、あぁぁ…。
ど…うしてなん…だ…。
うおぉっーーー、死な…ない…くれっ…」
命の灯が消えかけている番の身を必死に抱き締めながら慟哭する竜王に臣下達が這いつくばりながら必死の形相で近づいて来ていた。
これからこの場所で、竜王とその花嫁の婚姻の儀が行われるのだ。
凛々しく美丈夫な竜王が真っ白な婚礼衣装を纏った16歳の初々しい花嫁の手と取りゆっくりと祭壇に向かって進んで行く。
誰が見てもお似合いな二人の姿は絵物語のようだ。周りの人々はこの瞬間に立ち会うことが出来る喜びに興奮を隠せないでいる。
『まあ、なんて可愛らしい花嫁様でしょうか』
『花嫁様のお幸せそうな表情がなんとも言えませんな~』
『竜王様のあの表情を見てみろよ。初めて見るぞあんな嬉しそうなお顔をしているのを』
『番同士で結ばれる幸せは何にも勝るものだからな。本当に目出たいことだ、竜王様が番と結ばれるなんて』
口々から出る言葉は心から婚姻を祝うものだけ。なぜならこの婚姻はただの婚姻ではない、竜王とその番の婚姻だ。
番同士で結ばれることは獣人の血を持つ者にとって至上の喜びであって、その婚姻に疑問を挟む余地などないからだ。
『番』とは運命の相手、一目見たその瞬間から惹かれ合うのは当然でお互いを嫌いになることは決してない。
身も心もお互いに捧げ、死が二人を別つまで生涯を共にする。
そんな相手に巡り合える者はほんの一握りでしかないのが現実、だからこそ竜王とその番の婚姻は祝福されているのだ。
皆が見守る中、儀式は粛々と進んで行く。
番同士の婚姻の儀の場合、最後に自分の意志で己の指先を傷つけ、流した血をお互いに舐めあう。
これにより寿命が長命の方に合わせられ末永くともに歩んでいけるようにするのだ。
目の前の神官から竜王と花嫁はそれぞれ鋭いナイフを手渡される。
「ではお互いに指先を切って、相手の血をその身に取り入れてください。
これにより儀式はすべて終了となり、生涯伴侶としてともに歩むことが出来ます。
異論はございませんか?」
神官は最後の確認の言葉を述べる。
これは形だけのこと、番同士がこれに反対するはずなどない。
竜王は静かに頷いてから迷うことなく自分の指先を切り裂く。血が滴り落ちるままにして、隣にいる愛おしい番に目をやる。
まだ彼女はナイフを握り締めたままで指先から血は出ていない。
『痛みを想像し怯んでいるのだろうか』と心配になった竜王は優しい言葉を掛けようとしたその時、ふいに番はその手にしたナイフから視線を外し、竜王の方を見て微笑んでくる。
それは今まで見たどの表情よりも幸せそうなものだった。
まさに花嫁として相応しい極上の笑顔。
それにつられて竜王も笑みを返す。
幸せな番そのものの二人に周りからは自然と拍手が巻き起こる。
それは永遠の愛を祝福し称えるもののはずだった…。
だが次の瞬間にはその拍手は一斉に途絶える。
ズザッ、バッシャー!!!
番は躊躇することなく勢いよく人々の目の前でナイフを引いた。
指先ではなくか細い己の首もと目掛けて……。
番の首は切り裂かれ、みるみる間に辺り一面が赤色に染まっていく。それと同時に人々の口から言葉にならない叫び声が上がる。
婚姻の儀は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と変わる。
温かい赤い液体が竜王と番の身に降り注ぎ、白い婚礼衣装を鮮やかな赤色へと染めていく。
身体の力が抜けてその場に崩れ落ちていく番。
慌ててその身を受け止めた竜王は血が流れ出る番の首元を片手で必死に押さえる。
「嘘だ、嘘…だ、これは何かの間違…だ。
ああ、血が…血が止まらない。
なんでこんな…と、に。
大丈夫だ…絶対に、助けるから!
心配はいらない、大丈夫だ。
ああ、愛おしい私…の番。
ああ、クソッ、どうしてこんなことにっ!」
竜王から出る声は普段とは全く異なるものだった。微かに震え不安が滲み出ている。
番の口元が微かに動いているようにも見えるが、竜王にも傍に控えている臣下達にも周りの喧騒に掻き消されてしまってよく聞こえない。
「煩いっ、黙れ、黙れ、黙るんだ!
番の声が聞こえないだろうがっ」
竜王の怒声と共に普段は押さえている覇気が周囲を威圧する。一瞬でその場は静まり、覇気によって多くの人は気を失い、気丈にも意識を保っている者達も地面に這いつくばるように倒れ込んでいる。
「なんだ、なにを言いたいんだ、…うん?」
竜王は優しく腕の中にいる番に話し掛ける。まるで目の前の現実を感じさせないように…。
すると首からおびただしい血を流しながらも番は微笑みながら言葉を紡ぐ。
「ごっほ…ごぼ…、これであなた…はしあわせ、よ…ね。
…よか…た…、わた、し…あいし、いる…」
苦し気なのにその笑みは心からのものにしか見えない。
番の行動と言葉の矛盾。
竜王は番の気持ちが分からずに混乱するがそれ以上に目の前で起こっている現実に理解が追いつかない。
だがそんな竜王に微笑んだまま番の目はゆっくりと閉じられていく。
「あぁぁ、しっかりしろ!
目を閉じるな…、私を見ろ。
お願いだ、見てくれ…」
竜王が必死に声を掛けるがその反応は薄らいでいき、止めることは出来ない。
…幸せ…なにを言って…いる…んだ?
ああああ、目を閉じないないでくれーーー。
目は閉じられたが、なぜか幸せそうな表情を浮かべたままの番。
「うああああぁぁぁぁーーー!
番、私の愛おしい番が、あぁぁ…。
ど…うしてなん…だ…。
うおぉっーーー、死な…ない…くれっ…」
命の灯が消えかけている番の身を必死に抱き締めながら慟哭する竜王に臣下達が這いつくばりながら必死の形相で近づいて来ていた。
204
お気に入りに追加
5,229
あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング

【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら

わたしにはもうこの子がいるので、いまさら愛してもらわなくても結構です。
ふまさ
恋愛
伯爵令嬢のリネットは、婚約者のハワードを、盲目的に愛していた。友人に、他の令嬢と親しげに歩いていたと言われても信じず、暴言を吐かれても、彼は子どものように純粋無垢だから仕方ないと自分を納得させていた。
けれど。
「──なんか、こうして改めて見ると猿みたいだし、不細工だなあ。本当に、ぼくときみの子?」
他でもない。二人の子ども──ルシアンへの暴言をきっかけに、ハワードへの絶対的な愛が、リネットの中で確かに崩れていく音がした。

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
婚約者を想うのをやめました
かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。
「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」
最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。
*書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

(本編完結・番外編更新中)あの時、私は死にました。だからもう私のことは忘れてください。
水無月あん
恋愛
本編完結済み。
6/5 他の登場人物視点での番外編を始めました。よろしくお願いします。
王太子の婚約者である、公爵令嬢のクリスティーヌ・アンガス。両親は私には厳しく、妹を溺愛している。王宮では厳しい王太子妃教育。そんな暮らしに耐えられたのは、愛する婚約者、ムルダー王太子様のため。なのに、異世界の聖女が来たら婚約解消だなんて…。
私のお話の中では、少しシリアスモードです。いつもながら、ゆるゆるっとした設定なので、お気軽に楽しんでいただければ幸いです。本編は3話で完結。よろしくお願いいたします。
※お気に入り登録、エール、感想もありがとうございます! 大変励みになります!

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結

【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!
なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」
信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。
私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。
「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」
「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」
「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」
妹と両親が、好き勝手に私を責める。
昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。
まるで、妹の召使のような半生だった。
ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。
彼を愛して、支え続けてきたのに……
「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」
夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。
もう、いいです。
「それなら、私が出て行きます」
……
「「「……え?」」」
予想をしていなかったのか、皆が固まっている。
でも、もう私の考えは変わらない。
撤回はしない、決意は固めた。
私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。
だから皆さん、もう関わらないでくださいね。
◇◇◇◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる