呪われた姿が可愛いので愛でてもよろしいでしょうか…?

矢野りと

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20.真実が明らかに…①

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あれから一時間が経過した。

「大変申し訳ございません、イザク殿下!!私は何ということを…。責任は全てこの私にあります、どうか家族はお見逃しください!」

我に返ったエール伯爵は真っ青になりながら謝罪の言葉を口にする。あれだけのことを言ったのだから、王族への不敬罪を覚悟しているのだろう。
確かにそれだけの発言はした。
…いいや、それ以上の発言までしていた。

しかし不敬罪に問うつもりはない。私は記憶からその事を抹消すると決めているからだ。
玉無し発言やひよこ野郎と呼ばれたことを覚えていても、この先何かの役に立つことは絶対にないだろう。

 …あの記憶は一片たりともいらない……。

それに将来の義兄になる人とはリラの為にも良好な関係を築いておきたい。

「いや、謝る必要はない。私も興奮していたから何も覚えていない。だから責任を取る必要はない」
「…っ…殿下、有り難うございます。このご恩は一生忘れません、今日の過ちは戒めとして心に刻み込みます!」
「いや、刻まなくていいから……」

とにかくこの話はもう終わらせたかった。
それよりも手紙のことを確認し、早くリラに会って誤解を解くほうが重要だ。

「いいえ、絶対に忘れは致しません!」
「………」

こんな時に限ってエール伯爵の真面目さが遺憾なく発揮される。

 …頼む、恩は覚えていてもいい。
 だがあの発言だけは忘れてくれ。

将来酒を酌み交わした時に『あの時は玉の話題で盛り上がりましたね…』なんて懐かしむのは御免だ。
もっと平凡でまともな話題で私は十分だ。

とりあえずはもうこの話題に触れるのは止めにしよう。これ以上やり取りを重ねたら、より深く刻み込まれてしまうだろう。

――それだけは阻止したい。




落ち着きを取り戻したエール伯爵に手紙を出すに至った経緯を確認すると、私がひよこから話を聞いた後たぶんこうだろうと考えていた通りの答えが返ってきた。

やはりリラはひよこの行動を勘違いして、第二王子から求婚されたと思いこんでいたようだ。そしてイザク殿下とは結婚したくないと兄であるエール伯爵に訴えた。

このタイミングで私が用意していた備え、つまりエール伯爵が私の身分を明かしリラを止めてくれれば良かったのだが、そうならなかった。

彼は涙を浮かべて懇願する妹を目の前にして、私が約束を破り強引に話を進めようしていると思い込んでしまった。

確かにリラは『イザク殿下から告白された』と言っていたので、彼がそう思ったのも仕方がない。

エール伯爵にとってはイザク殿下=本物の私。まさかリラが言ったイザク殿下=ひよこ殿下とは思わなかっただろう。

妹思いのエール伯爵がリラに望まない結婚を強いるはずがなく、結果として王家にあの手紙を出すに至ったというのが真相だった。


誰が悪いかと問われれば、すべて私が悪い。

ひよこのことも、エール伯爵のことも、リラのことも、分かったつもりでいて全然分かっていなかった。
彼らは三人とも、私の考えの上の更に上をいく思考と行動力の持ち主達だった。

そしてその三人が絡み合った時にもたらされる相乗効果を私が見誤った結果、こういう状況を招いたのだ。

 私はまだまだ未熟だな……。

自分の過ちを今後の糧にしていくと心に誓う。


全てが明らかになったので、次にやるべきことは決まっている。

「エール伯爵、リラは今どこにいますか?」
「リラなら、近くにある農場に行っているはずです。すぐに戻ってくると思いますが…」

伯爵令嬢がなぜ農場なのだと素朴な疑問を持ったが、聞きはしなかった。エール伯爵も首を傾げながら言っていたから、たぶん理由は知らないのだろう。

リラの行動は昔からよく分からないところがある。だがそれも彼女の魅力の一つだ。

エール伯爵は屋敷でリラの帰宅を待つように勧めてくれたが、丁重に断った。
一刻も早く偽っていたことを謝罪し、誤解を解いてから正式に求婚をしたいからだ。

私はリラが訪ねているという農場の場所を教えてもらい、屋敷をあとにする。


その農場までは一本道なので、行き違いになる心配はない。ただ馬が走るには適さない獣道だったので、馬を置いて歩いていく。

一本道とはいえども森の中を曲がりくねっており、先は木々に隠されているため見通しは良くない。

リラに早く会いたくて自然と歩く速度は速くなる。


彼女は私に会ったらどんな表情をするだろうか。
 
離れている数日でいろいろなことが起きた。私が真実を告げずにいたばかりに、リラには辛い思いをさせてしまった。
今はきっと一人で背負い込んでぎりぎりの精神状態だろう。

 たぶん泣いてしまうだろうな…。
 ごめんよ、リラ。


――抱きしめて安心させてあげたい。


しばらく歩くと『コケコッコー』という鶏のような声が微かに聞こえてくる。

 なんだ?森に野生の鶏がいるのか…。


まさかなと思いながら歩き進めていくと人の声も聞こえてきた。

「あと少しで着くから、いい子にしていてね」
「コケッケケー」

その声はリラのものに間違いない。
そして鶏の声は…知らない。
ただひよこ殿下の声ではないのが救いだった。

一人と一羽の会話の声がどんどんと近づいてきて、木々の間からリラが歩く姿が見えてきた。

「リラ!!」
「イーライ、どうしてここにいるの?確かに戻ってくるのは二日後だったはずよね?」
「コケッ?」

首を傾げながらそう言うリラの腕の中には元気に鳴いている鶏がいる。

 なんで鶏なんか抱いているんだ……?

リラの行動は今日も私の想像の遥か上をいっていた。

彼女は満面の笑みを浮かべてながら『イーライ~!』と私に手を振ってくる。
そこには悲壮感などいくら探しても見つからない。

そうだ、六歳の私が好きになった三歳年上の女の子はこういう子だった。
どんな時でも前だけを見て笑っている。病弱な私が離宮でいじけていても『大丈夫、なんとかなるよ』と優しく背中を押して、新しい世界を教えてくれた。

――リラは変わってない。

いや違うな、ますます輝いている。

やはりリラには敵わない。
どんな時でも清々しいほどリラは良い意味でリラのままだ。


「おかえりなさい、イーライ」
「リラ、ただいま」


私が一途に想い続けている人、そして一生守っていきたい人にやっと会えた。




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