呪われた姿が可愛いので愛でてもよろしいでしょうか…?

矢野りと

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19.第二王子とエール伯爵

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子供だったリラが一人で歩いて来れるくらいなのだから、エール伯爵家の屋敷と王家が所有する離宮はそう離れてはいない。

――早くリラに会いたい。

少しでも時間が惜しくて『伴はいらない』と一人で馬を走らせると、あっという間に目的の屋敷に到着した。

私はリラの送迎をしていたので、エール伯爵家の使用人達とも面識がある。
だから突然の訪問でも不審がられることはなく、屋敷の中へと通された。

けれども約束なしで訪ねてくる時は誰かが亡くなったとか緊急の知らせを持って来ることが多い。
だからだろう、私を出迎えてくれたエール家の家令はいつもと違って表情が固い。

「イーライ様、なにかありましたか?」

緊張が感じられる声音だった。
私に対して警戒心を抱いているのではなく、純粋に悪い知らせではと案じている。

「突然の訪問ですまない。リラ嬢に今後の予定を確認するために来たんだ。通訳がいなくてイザク殿下が少し荒れていてね、今殿下のお言葉が分かるのは彼女だけだから……」
「そうでしたか。イーライ様もいろいろと大変でございますね」

エール伯爵家では当主であるエール伯爵しか私の正体を知らない。
だから呪われた第二王子の従者イーライとして、家令の緊張が解けるような話を告げた。

彼も第二王子が呪われていると信じているので疑うことはない。それに訪問の理由が悪いものではないと分かり、表情が和らぐ。


「イーライ様、ただ今リラ様は出掛けております。何時に戻られるかは伺っておりません」
「では当主であるエール伯爵と会って、リラ嬢の予定を確認出来ないだろうか」

リラにすぐ会えないと分かって落ち込んだが、これは好都合かもしれないと思い直す。

彼女に会う前にすべてを把握していたほうがいい。
ひよこは私に自分が知っている情報を全て明かした。
しかし第二の備えが効かずに王家まで手紙が来た理由は分からないままだ。

――その答えはエール伯爵が持っている。

 先に確認しておいたほうがいいな…。


家令は少しお待ち下さいと言ってから確認しに行き、主人であるエール伯爵の了承を得て戻って来る。
ご案内しますと言う家令について行き、二階にある執務室へと向かう。

執務室の扉を開けた家令から『イーライ様、どうぞ』と促されままに中へ入ると、静かに扉は閉められた。

執務室の中には当主であるエール伯爵と私の二人だけだった。

彼は椅子から立ち上がると挨拶もなく叫ぶ。

「殿下!酷いではありませんか、妹の意思を無視して事を進めようとするなんて。リラの気持ちを大切にすると約束しながら、自分の欲を優先しようとするなんて」
「いや、ちょっと待て――」

興奮しているエール伯爵は私の言葉に耳を貸さないで一方的に話し続ける。

「いいえ待ちません!なら約束は守るべきです」
「約束はちゃんと――」
「それとも殿下は大切な二つの玉をなくされましたか!」
「…………」

 いや、無くしていない。
 ……とても大切にしている。
 
だがそれを言葉にする必要があるのだろうか。

ということは、図星ですね」

エール伯爵は腕を組んだまま睨みつけてくる。
冗談を言っているわけではなく、その表情は真剣そのもの。

 …待て、とにかく冷静になれ。
 言っていることがおかしいぞ!
 そして私が王族なのを思い出いだせ、……頼む。


こういう場合は『ということは~』と言うのが正しいだろう。見せたりしたら変態だ。

いや、そもそもこの会話自体がおかしいのだから、なにも正しくなかった。 

もう何を言われても最後まで聞こうと腹を括った。


第二の備えが効かなかった理由がなんとなく分かった気がした。

――私は選ぶ相手を間違えたのだ…。

真面目な性格で周囲から評判も良いエール伯爵。
会って話した時もその通りの人物だと好印象を持ったからこそ、私は彼にリラへの想いや私の考えを打ち明けたのだ。

そして真面目な彼なら秘密は守るだろうし、万が一リラが暴走した時には『実はな…』と真実を話して止めてくれると思っていた。

真面目なところなど私と似ている部分も多いし、彼なら伝えるべき時には自らの判断で動いてくれると。

確かにその判断は半分だけ正しかった、秘密を守るという前半部分は期待通りだったから。

でも私は肝心な部分を見落としていた。
タイラ・エールは正真正銘リラの兄であるという事実をもっと真剣に考慮するべきだった。

 くそっ、なんでこんなにそっくりなんだ…。

見た目だけでなく、中身までエール兄妹は似ていた。


以前リラと交わした会話を信じた自分が悔やまれる。
『本当にお兄様って頭が硬いのよ。私と血が繋がっているのが不思議だわ』
『でも見た目は似ているのだろう?』
『ええ、似ているって言われるわ。でも本当に性格は違うのよ』
『はっはは、そんなに違うのかい?』
『ええ、真逆だわ』
リラは真顔でそう教えてくれた。

実際にエール伯爵と会った時は私もリラの言葉が正しいと思ったのだが…。


しかし彼ら兄妹は表面的な性格は違く見えるが、根の部分は同じだった。

真っ直ぐで、大切なものを守る為にはどんなことも厭わない。
それが自分にとって不利になろうとも関係ない。

タイラも妹を守ろうと必死だ。
私が王族と知っているのに、不敬罪に問われる事を恐れず向かってくる。

勘違いも甚だしいが、それでも彼に対して負の感情は湧いてこない。

 リラは大切にされているんだな。

それが感じられてなんだか嬉しくなり、自然と頬が緩んでしまう。

「イザク殿下、私の話を聞いているんですか!」
「聞いている、義兄上。あっ…」

ついそう呼んでしまった。
もうすぐリラと婚約出来ると思っていたから、心のなかでは秘かに練習していたのだ。
まさかその成果がこんな時に発揮されるとは不覚だった。

「このひよこ野郎、ふざけるなーーー」

怒り心頭のエール伯爵に『ひよこ人間』扱いされる。
どうやら感情が高ぶりすぎて、呪いのひよこ化と私が話した事実が入り混じってしまっているようだ。

それは違うと心のなかでは全力で否定する。
本物のひよこ野郎は離宮にいる。
もしかしたら姿形を変え皿に載っているかもしれないが…。

 
自分の失言から招いたことだがひよこ野郎と呼ばれ、頭に浮かんだのはあの腹黒ひよこの姿だ。

私はあれと同類なのだろうか…。

――…かなり傷ついた。


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