上 下
13 / 28

13.打診される前に断る②

しおりを挟む
兄は嘘をつくと右耳を左手で触る癖があるが本人は気づいていない。これで私は何度となくピンチを切り抜けてきたから、……これからも教えるつもりはない。

でも今は全く触っていないから、挙動不審だけれども『……打診は来ていない』というのは本当の事のようだ。

とりあえずは良かった、これでどうするかが決まった。


「お兄様、エール伯爵家から王家に手紙を送って頂きたいのです」
「ちょっと待て!伯爵家から王家へ手紙なんて重要な内容でなければ出せないぞ!」

真面目な兄らしい至極真っ当な言葉が返ってくる。
それはそうだ、『今なにしてる?あっ、この手紙読んでるか(笑)』と軽い感じで手紙を書いたら領地を没収されそうだ。


「もちろん重要かつ大切なことです。実は先ほど殿から告白をされました。どうやら私との婚約の話が水面下で進んでいるようです。でも私は殿下とは結婚したくありません。ですから王家から婚約の打診をされる前にお断りしておこうと思います」
「ちょ、ちょっと待ったー」

兄は机に身を乗り出し叫んでくるから、私に唾が掛かりそうになる。

 お兄様、汚い……。

唾を飛ばすのだけは本当にやめて欲しい。
そんな興奮している兄に構うことなく私は話しを続ける。

「待ちません、時は金なりです。もし王家から正式に打診が来たら我が家は断ることが出来なくなり――」
「そ、そうだ!それに常識的に考えて、申し込まれてもいないのにこちらから前もって断ることだって出来ない。そんなのどう考えてもおかしい!」

私の言葉は兄によって遮られる。
確かに兄は間違ったことは言っていない。
でも今回だけは例外が認められている。常識を逸脱した行為を先にしている者達が多く存在しているからだ。

「お兄様はお忘れですか?今回イザク殿下の婚約者の座を巡って多くの令嬢達が自主的勝手に立候補し、そして『相応しくないから…』とこれまた自主的勝手に辞退しております。これらは王家から正式に申し込まれる前の行動です。そして誰一人不敬罪を適用されてはおりません。
つまりイザク殿下の婚約絡みでは例外が認められているから、私も先手必勝作戦を決行します!」


私はひよこ殿下からの求愛を何らかの処罰がされる覚悟のうえで断った。
でもよくよく考えたら前例もある。

だから正式に打診される前に断れば大丈夫だと気がついた。


「いやいや、待って!早まるな!とりあえずは様子を見よう。なんか誤解があるような…」
「ゴカイ?今日は貝を持っていませんよ」
「いや、誤解だからな…」

兄がガックリと肩を落とし私の間違いを指摘する。

誤解なんてない、告白されたのは事実であってその先に待っているのは婚約の打診だ。

「それでは手遅れになります。それともお兄様は王家に媚びを売るつもりですか…。それとも賄賂でも貰っているのですか?」
「そうじゃない、そうじゃなくて……」
「では妹の気持ちなど蔑ろにして構わないと思っているのですか?」
「そんなことはない!私はリラに幸せになって欲しいと心から思っている!」

 …もちろん知っていますわ、お兄様。

兄は私のことを心から愛してくれていて、結局のところ甘い。

――弱点を攻めて落とすのは基本中の基本。

幼い頃に兄からチェスを教わっていた時にそう教えてくれた。今こそ兄の熱心な教育の成果を見せる時だ。

 お兄様の期待に応えますわ!

親代わりの兄にとって妹である私は可愛い娘のような存在でもある。つまり父は娘に縋られたら突き放すことは出来ない。


「では断ってもいいですね?」
「いや、でも、それは……」
「私のことを本当は愛していないのですか、お兄様」
「リラ……」

じりじりと攻めていくと、兄の声音に迷いが生じてくる。

 うん、もうひと押しね。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

この恋、諦めます

ラプラス
恋愛
片想いの相手、イザラが学園一の美少女に告白されているところを目撃してしまったセレン。 もうおしまいだ…。と絶望するかたわら、色々と腹を括ってしまう気の早い猪突猛進ヒロインのおはなし。

どうせ愛されない子なので、呪われた婚約者のために命を使ってみようと思います

下菊みこと
恋愛
愛されずに育った少女が、唯一優しくしてくれた婚約者のために自分の命をかけて呪いを解こうとするお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

執着のなさそうだった男と別れて、よりを戻すだけの話。

椎茸
恋愛
伯爵ユリアナは、学園イチ人気の侯爵令息レオポルドとお付き合いをしていた。しかし、次第に、レオポルドが周囲に平等に優しいところに思うことができて、別れを決断する。 ユリアナはあっさりと別れが成立するものと思っていたが、どうやらレオポルドの様子が変で…?

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

私と彼の恋愛攻防戦

真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。 「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。 でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。 だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。 彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。

処理中です...