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12.打診される前に断る①
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ひよこ殿下の気持ちは十分過ぎるほど分かったので、エレンに婚約の真偽を確認する必要はなくなった。
――殿下の行動がすべてを表している。
殿下からの求愛をはっきりと断った後すぐに、私はエール伯爵家の屋敷へと急いで戻る。
私の知る限り、王家から婚約の打診はまだ正式には来ていない。
でもいつ来るかは分からないし、今まさにこの瞬間にも王家からの使者が屋敷に到着しているかもしれない。
まずは早く帰って兄に確かめなければ…。
これからどう行動するかはそれ次第で変わってくる。
もしもだけれどエール伯爵である兄のもとに随分前から打診が来ていて、それを私に黙っていたのならば決して許さない。
私にはお付き合いしている人がいると兄には報告していたのだから。
屋敷に着くなり『お兄様、どこですかー』と声を上げながら廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられる。
「お帰りなさい、リラ。今日は帰りが早かったのね」
「お義姉様、ただいま戻りました。ところでお兄様がどこにいるか知っていますか?」
令嬢らしからぬ早口で尋ねる私。
義姉シャロンはそんな私を見ても嫌な顔をしたりせず微笑んでくれる。
「タイラなら執務室にいると思うわ。ふふ、今日もリラは元気ね。屋敷が明るくなっていいわ」
「ありがとうございます、お義姉様」
「どういたしまして、リラ」
いつも通りのおっとりとしたシャロンの口調のお陰で、私も少しだけ落ち着きを取り戻せた。
義姉は不思議な人だ。ふわっと包み込むように周りの雰囲気を和らげる。
口やかましい兄の言葉には私も無駄に反発してしまう事もあるけれど、シャロンがいてくれると兄と私の話は拗れずに済むことが多い。
以前『こんな兄に嫁いでくれて本当にありがとう』と涙ながらにお礼を言ったら、『うふふ、本当にそっくりな兄妹ね。タイラも同じことを言っていたわ』とシャロンから言われた。
どうやら兄は『こんな妹がいる私と結婚してくれてありがとう』と男泣きしていたらしい。
――絶対に似ていない。
気を取り直して兄がいる執務室へと急いで向う。
トントンッ、トントントンッ!
扉を叩くのと同時に返事を待たずに扉を開け中へと入る。
「おい、リラ!私はまだどうぞと言っていないぞ。それにそんなに扉を叩かなくても聞こえている」
「ごめんなさい、お兄様。でも急いで確認したいことがあって!」
兄は顔を上げて書類に署名していた手をとめる。
慌てた様子の私を心配そうに見てくる。
なんだかんだと言っても親代わりの兄は私のことを気に掛けてくれているのだ。
「リラ、確認したいことってなんだ?」
「お兄様、王家から我が家に結婚の打診など来ていませんよね?!」
時間がもったいないので、前置きもなく私はズバッと尋ねた。
「…………」
なぜか兄は答えず、私から不自然に目を逸らす。
これは兄が何かを隠していたり、気まずい時にする仕草だ。
なんて分かりやすいの、お兄様…。
伯爵家当主としてどうなんだと不安になるが、それには今は触れないでおこう。
今、優先すべきはひよこ殿下と私の婚約のことだ。
「お・兄・様…」
「………私には来ていない」
――当たり前だ。
「知っています、お兄様は既婚者ですから」
「……シャロンにも来ていない」
「それも承知しています。お義姉様も既婚者です」
この無意味な会話はなんだろうか…。
「……お腹の子にも来てい――」
「知っています!性別もまだ分かっていませんから」
意味のない会話をまだ続けようとする兄の言葉をピシャリと遮ると、ようやく兄は観念する。
「………打診は来てない」
「へっ…?」
てっきり来ているから誤魔化しているのだと思っていた。
――殿下の行動がすべてを表している。
殿下からの求愛をはっきりと断った後すぐに、私はエール伯爵家の屋敷へと急いで戻る。
私の知る限り、王家から婚約の打診はまだ正式には来ていない。
でもいつ来るかは分からないし、今まさにこの瞬間にも王家からの使者が屋敷に到着しているかもしれない。
まずは早く帰って兄に確かめなければ…。
これからどう行動するかはそれ次第で変わってくる。
もしもだけれどエール伯爵である兄のもとに随分前から打診が来ていて、それを私に黙っていたのならば決して許さない。
私にはお付き合いしている人がいると兄には報告していたのだから。
屋敷に着くなり『お兄様、どこですかー』と声を上げながら廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられる。
「お帰りなさい、リラ。今日は帰りが早かったのね」
「お義姉様、ただいま戻りました。ところでお兄様がどこにいるか知っていますか?」
令嬢らしからぬ早口で尋ねる私。
義姉シャロンはそんな私を見ても嫌な顔をしたりせず微笑んでくれる。
「タイラなら執務室にいると思うわ。ふふ、今日もリラは元気ね。屋敷が明るくなっていいわ」
「ありがとうございます、お義姉様」
「どういたしまして、リラ」
いつも通りのおっとりとしたシャロンの口調のお陰で、私も少しだけ落ち着きを取り戻せた。
義姉は不思議な人だ。ふわっと包み込むように周りの雰囲気を和らげる。
口やかましい兄の言葉には私も無駄に反発してしまう事もあるけれど、シャロンがいてくれると兄と私の話は拗れずに済むことが多い。
以前『こんな兄に嫁いでくれて本当にありがとう』と涙ながらにお礼を言ったら、『うふふ、本当にそっくりな兄妹ね。タイラも同じことを言っていたわ』とシャロンから言われた。
どうやら兄は『こんな妹がいる私と結婚してくれてありがとう』と男泣きしていたらしい。
――絶対に似ていない。
気を取り直して兄がいる執務室へと急いで向う。
トントンッ、トントントンッ!
扉を叩くのと同時に返事を待たずに扉を開け中へと入る。
「おい、リラ!私はまだどうぞと言っていないぞ。それにそんなに扉を叩かなくても聞こえている」
「ごめんなさい、お兄様。でも急いで確認したいことがあって!」
兄は顔を上げて書類に署名していた手をとめる。
慌てた様子の私を心配そうに見てくる。
なんだかんだと言っても親代わりの兄は私のことを気に掛けてくれているのだ。
「リラ、確認したいことってなんだ?」
「お兄様、王家から我が家に結婚の打診など来ていませんよね?!」
時間がもったいないので、前置きもなく私はズバッと尋ねた。
「…………」
なぜか兄は答えず、私から不自然に目を逸らす。
これは兄が何かを隠していたり、気まずい時にする仕草だ。
なんて分かりやすいの、お兄様…。
伯爵家当主としてどうなんだと不安になるが、それには今は触れないでおこう。
今、優先すべきはひよこ殿下と私の婚約のことだ。
「お・兄・様…」
「………私には来ていない」
――当たり前だ。
「知っています、お兄様は既婚者ですから」
「……シャロンにも来ていない」
「それも承知しています。お義姉様も既婚者です」
この無意味な会話はなんだろうか…。
「……お腹の子にも来てい――」
「知っています!性別もまだ分かっていませんから」
意味のない会話をまだ続けようとする兄の言葉をピシャリと遮ると、ようやく兄は観念する。
「………打診は来てない」
「へっ…?」
てっきり来ているから誤魔化しているのだと思っていた。
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