9 / 28
9.ひよこ殿下の暗躍①
しおりを挟む
私に祝福の言葉を告げてきた侍女達の笑顔は若干引き攣っているように見える。
――たぶん気のせいではない。
そんな微妙な表情になる気持ちも痛いほど分かる。
なにせ相手は可愛いとはいえ、……ひよこだ。
とにかくちゃんと確認しないと!
この話は今の私のように一人の侍女が立ち聞きして得た情報のようだ。
つまり聞き間違いの可能性だって十分にあり得る。
どうかリラ様違いであって欲しいと心の底から願ってしまう。
ひよこ殿下のことは可愛いと思っているのは嘘ではない。呪われて姿が変われど、殿下へ向ける気持ちが変わることはなかった。
つまり今も昔も大切な存在だけれども、恋愛感情はない。
ひよこだとか、鶏だとか、ミミズが好物だとかなんて些細なこと。
私が愛している人が殿下ではないのが大問題なのだ。
たとえ王命でも絶対に無理だわ!
私には結婚を前提にしてお付き合いしている愛しい人がいるのだ。
今となっては、私とイーライの仲を殿下に内緒にしていたことが悔やまれる。
黙ったままの私を見て、侍女が心配そうな顔をする。
「リラ様、どうなさいましたか…?」
「だ、大丈夫…。ちょっと急用を思い出してしまって。ごめんなさい、失礼するわね」
そう言うと同時に私は廊下を急ぎ足で歩いていく。それは令嬢らしからぬ速さだったが、足を緩めることはしなかった。
早く、エレンに会って確認しないと…。
侍女はエレンと誰かの会話を立ち聞きしたと言っていた。
聞き間違いにしろ、…もし本当だったにしても、答えはエレンが持っているはず。
間が悪いことにイーライは今、離宮にいない。
正式に我が家に結婚の申込みをする為に家族に会いに行ってくると、一週間ほど休みを取っているからだ。
本当ならイーライに相談をしたかったけれども、その時間はない。
もし…あの話が本当なら、王家が正式に動く前にどうにかしないと手遅れになってしまう。
今の時間帯はひよこ殿下のお昼寝の時間帯だ。
その時は従者であるエレンは殿下の側から離れて書類仕事を行うのが日課になっている。
だから今なら執務室にいるだろうと、訪ねてみたがそこに彼の姿はなかった。
どこへ行ったのかしら…?
いくら探してもエレンの姿が見えない。
「ねえ、エレン様を見なかった?」
「いいえ、見ておりません」
「外出する予定は伺っておりませんので離宮内にいるはずですが…」
侍女や護衛騎士に尋ねてみたが、エレンがどこにいるのか誰も知らなかった。
もしかしたら殿下の部屋だろうか。
一応確認しておこうと、音を立てないように殿下の寝室を覗いてみた。
部屋の中にはクッションの上でへそ天して寝ているひよこ殿下の姿だけ。エレンはやはりここにはいなかった。
……あっ、間違えたわ!
そしてすぐに自分の思い違いに気づく。
鳥は卵でこの世に誕生するからおへそというものはない。
ひよこの場合はへそ天ではなく何というのだろうと考えながら、殿下を起こさないようにそっと扉を閉めた。
◇ ◇ ◇
【ひよこ殿下視点】
扉が完全に閉まったのを確認すると、ふわふわのクッションから飛び降りる。
スタタタターと足音を立てないように走って行き、思いっきりジャンプしテーブルに飛び乗る。
――見事成功。
『ぴるっぴぃ、ぴーぴ(僕って天才、すごーい)』と自画自賛の舞を踊りながら自己肯定感を高めていると、うっかり花瓶がぶつかってくる。
ガッチャンーーー!
ピ、ピヨヨヨ…(ぼ、ぼくは悪くない…)
せっかく物音を立てずに動いていたのに台無しだった。
ひよこ殿下はちょっとだけ悩む。
ぴよっぴよ……っぴぴよっぴよ!
(音なしと音ありだから……つまり相殺!)
見事に都合よく状況を解釈して、失敗をなかったことにした。
反省は猿だって出来るから、ひよこはしなくていいだろう。
次にテーブルの上に置いてあるミミズの干物が入った皿を可愛いお尻を使って動かそうと試みる。
『ぴうちょ、ぴうちょ…(うんしょ、うんしょ…)』
掛け声を掛けながら頑張っているのに、ピクリとも動かない。
お昼寝する少し前にその下に重要なものを隠したのだが、その後に誰かがこの皿を重くしてしまったのだ。
『ぷるぷるーー!(まったく!)』
怒りながらパタパタと羽を動かし、この責任は誰にあるか真剣に考える。
もちろん後でリラに教えて、その人物を叱ってもらう為だ。
まずはお昼寝する前のことから思い出してみる。
えーと、おやつの皿のミミズが少なかったから、お皿をペシペシと叩いて抗議をしたな。
『いかがしましたか?殿下。申し訳ありません、お言葉が分からなくて…。もしやおやつの催促でしょうか?』
優秀な侍女は僕の真意を察して、ミミズを追加してくれた。
――皿が重くなった原因は簡単に判明した…。
『ぴっぽん、ぴよぴよっぴ(おっほん、…よく考えたら誰も悪くない)』
仕方がないので、計画を変更しておやつの時間にする。食べて減らせばいいだけのこと。
僕は目的のためなら手段を選ばない非情なひよこだった。
――たぶん気のせいではない。
そんな微妙な表情になる気持ちも痛いほど分かる。
なにせ相手は可愛いとはいえ、……ひよこだ。
とにかくちゃんと確認しないと!
この話は今の私のように一人の侍女が立ち聞きして得た情報のようだ。
つまり聞き間違いの可能性だって十分にあり得る。
どうかリラ様違いであって欲しいと心の底から願ってしまう。
ひよこ殿下のことは可愛いと思っているのは嘘ではない。呪われて姿が変われど、殿下へ向ける気持ちが変わることはなかった。
つまり今も昔も大切な存在だけれども、恋愛感情はない。
ひよこだとか、鶏だとか、ミミズが好物だとかなんて些細なこと。
私が愛している人が殿下ではないのが大問題なのだ。
たとえ王命でも絶対に無理だわ!
私には結婚を前提にしてお付き合いしている愛しい人がいるのだ。
今となっては、私とイーライの仲を殿下に内緒にしていたことが悔やまれる。
黙ったままの私を見て、侍女が心配そうな顔をする。
「リラ様、どうなさいましたか…?」
「だ、大丈夫…。ちょっと急用を思い出してしまって。ごめんなさい、失礼するわね」
そう言うと同時に私は廊下を急ぎ足で歩いていく。それは令嬢らしからぬ速さだったが、足を緩めることはしなかった。
早く、エレンに会って確認しないと…。
侍女はエレンと誰かの会話を立ち聞きしたと言っていた。
聞き間違いにしろ、…もし本当だったにしても、答えはエレンが持っているはず。
間が悪いことにイーライは今、離宮にいない。
正式に我が家に結婚の申込みをする為に家族に会いに行ってくると、一週間ほど休みを取っているからだ。
本当ならイーライに相談をしたかったけれども、その時間はない。
もし…あの話が本当なら、王家が正式に動く前にどうにかしないと手遅れになってしまう。
今の時間帯はひよこ殿下のお昼寝の時間帯だ。
その時は従者であるエレンは殿下の側から離れて書類仕事を行うのが日課になっている。
だから今なら執務室にいるだろうと、訪ねてみたがそこに彼の姿はなかった。
どこへ行ったのかしら…?
いくら探してもエレンの姿が見えない。
「ねえ、エレン様を見なかった?」
「いいえ、見ておりません」
「外出する予定は伺っておりませんので離宮内にいるはずですが…」
侍女や護衛騎士に尋ねてみたが、エレンがどこにいるのか誰も知らなかった。
もしかしたら殿下の部屋だろうか。
一応確認しておこうと、音を立てないように殿下の寝室を覗いてみた。
部屋の中にはクッションの上でへそ天して寝ているひよこ殿下の姿だけ。エレンはやはりここにはいなかった。
……あっ、間違えたわ!
そしてすぐに自分の思い違いに気づく。
鳥は卵でこの世に誕生するからおへそというものはない。
ひよこの場合はへそ天ではなく何というのだろうと考えながら、殿下を起こさないようにそっと扉を閉めた。
◇ ◇ ◇
【ひよこ殿下視点】
扉が完全に閉まったのを確認すると、ふわふわのクッションから飛び降りる。
スタタタターと足音を立てないように走って行き、思いっきりジャンプしテーブルに飛び乗る。
――見事成功。
『ぴるっぴぃ、ぴーぴ(僕って天才、すごーい)』と自画自賛の舞を踊りながら自己肯定感を高めていると、うっかり花瓶がぶつかってくる。
ガッチャンーーー!
ピ、ピヨヨヨ…(ぼ、ぼくは悪くない…)
せっかく物音を立てずに動いていたのに台無しだった。
ひよこ殿下はちょっとだけ悩む。
ぴよっぴよ……っぴぴよっぴよ!
(音なしと音ありだから……つまり相殺!)
見事に都合よく状況を解釈して、失敗をなかったことにした。
反省は猿だって出来るから、ひよこはしなくていいだろう。
次にテーブルの上に置いてあるミミズの干物が入った皿を可愛いお尻を使って動かそうと試みる。
『ぴうちょ、ぴうちょ…(うんしょ、うんしょ…)』
掛け声を掛けながら頑張っているのに、ピクリとも動かない。
お昼寝する少し前にその下に重要なものを隠したのだが、その後に誰かがこの皿を重くしてしまったのだ。
『ぷるぷるーー!(まったく!)』
怒りながらパタパタと羽を動かし、この責任は誰にあるか真剣に考える。
もちろん後でリラに教えて、その人物を叱ってもらう為だ。
まずはお昼寝する前のことから思い出してみる。
えーと、おやつの皿のミミズが少なかったから、お皿をペシペシと叩いて抗議をしたな。
『いかがしましたか?殿下。申し訳ありません、お言葉が分からなくて…。もしやおやつの催促でしょうか?』
優秀な侍女は僕の真意を察して、ミミズを追加してくれた。
――皿が重くなった原因は簡単に判明した…。
『ぴっぽん、ぴよぴよっぴ(おっほん、…よく考えたら誰も悪くない)』
仕方がないので、計画を変更しておやつの時間にする。食べて減らせばいいだけのこと。
僕は目的のためなら手段を選ばない非情なひよこだった。
53
お気に入りに追加
3,063
あなたにおすすめの小説

婚約破棄ですか、すでに解消されたはずですが
ふじよし
恋愛
パトリツィアはティリシス王国ラインマイヤー公爵の令嬢だ。
隣国ルセアノ皇国との国交回復を祝う夜会の直前、パトリツィアは第一王子ヘルムート・ビシュケンスに婚約破棄を宣言される。そのかたわらに立つ見知らぬ少女を自らの結婚相手に選んだらしい。
けれど、破棄もなにもパトリツィアとヘルムートの婚約はすでに解消されていた。
※現在、小説家になろうにも掲載中です

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました
相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。
――男らしい? ゴリラ?
クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。
デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様
日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。
春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。
夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。
真実とは。老医師の決断とは。
愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。
全十二話。完結しています。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
婚約破棄された《人形姫》は自由に生きると決めました
星名柚花
恋愛
孤児のルーシェは《国守りの魔女》に選ばれ、公爵家の養女となった。
第二王子と婚約させられたものの、《人形姫》と揶揄されるほど大人しいルーシェを放って王子は男爵令嬢に夢中。
虐げられ続けたルーシェは濡れ衣を着せられ、婚約破棄されてしまう。
失意のどん底にいたルーシェは同じ孤児院で育ったジオから国を出ることを提案される。
ルーシェはその提案に乗り、隣国ロドリーへ向かう。
そこで出会ったのは個性強めの魔女ばかりで…?
《人形姫》の仮面は捨てて、新しい人生始めます!
※「妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/271485076/35882148
のスピンオフ作品になります。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる