呪われた姿が可愛いので愛でてもよろしいでしょうか…?

矢野りと

文字の大きさ
上 下
8 / 28

8.従者エレン・ゼイロの胸の内

しおりを挟む
第二王子の従者に抜擢されたのは、イザク殿下が隣国に留学中の一年ほど前のことだった。

『イザクは来年留学を終えて戻ってくる予定だ。お前のような優秀な者が支えてくれたら心強い。どうだ、第二王子であるイザクの従者になるつもりはあるか?』
『はい!謹んでお受け致します、陛下』

国王陛下から直々のお言葉を頂いたのは初めてのこと。それに第二王子の従者に選ばれるのは信頼されている証であり、大変栄誉なことだった。
私は恭しく頭を下げお受けした。

そして帰国前から殿下と交流を取っておいたほうが良いだろうという上の判断で、私はその翌週には隣国へと旅立った。

イザク殿下は早い時期から隣国へ留学していた為、私はちゃんと話したことはない。
だから殿下の印象は『体が小さく、あどけなさが残る第二王子』でしかなかった。

だが実際に会って話すとその印象はすぐに消え去った。

殿下は体を鍛えられ逞しくなっていた。
それに五歳も年下なのにおり、年下だと感じさせない佇まい。それでいて気さくな方だった。

畏れ多いことだが、私と殿下は気が合って、二人だけの時になると友人のように接してくださるようになった。

いろいろなことを話していると、殿下には想う人がいることが分かった。
殿下の話には幼い頃に一緒に遊んだ令嬢の名が何度も出てきたから。

『リラは凄く優しくて、病弱な私をいつも気にかけてくれた。だがら離宮まで毎日のように遊びに来てくれたんだ』
『それは素敵なご令嬢ですね』

静養中の殿下を見舞う優しい令嬢の姿が頭の中に浮かぶ。
私は殿下の言葉に素直に頷く。

『何度も森に置き去りにされたおかげで、心が強くなった。大嫌いな虫取りに無理矢理付き合わされたから、虫嫌いを克服できた。こうして今の私があるのは彼女のおかげだ』


――今度は頷けなかった。 

殿下の言葉に顔が引き攣る、なんとか笑って誤魔化した。

『…それは良かったですね』

内心では『世間一般ではそれは振り回されていたと言うのですよ』と言いたかったが、愛しそうにその令嬢を語る殿下はとても幸せそうだった。


 …口が裂けても言えないな。

だから私は殿下にこの時は現実を教えることはしなかった。
帰国してその令嬢と再会したら、きっと思い出は美化されていたと現実を知って大人になると思ったからだ。





でも今はあのとき本当に余計なことを言わなくて良かったと思っている。

イザク殿下が一途に想い続けていた令嬢は、とても賢く素敵な女性だった。

ある意味、少しだけ残念な令嬢でもあるリラ・エール伯爵令嬢。…だが愚かではない。
それに前向きで明るく、どんなことも乗り越える強さもある。

第二王子の相手としてこれ以上なく相応しい。

なにより昔も今も、第二王子という肩書きではなくイザク殿下自身を見ているところが気に入った。


だから私は二人の仲が上手くいくように温かい目で見守っていた。


 

離宮に来てから数カ月後のある日のこと、イザク殿下は真剣な表情で私に告げてきた。

「王家から正式にエール伯爵家に婚約を申し込もうと思っている。父上達には手紙ではなく直接話したいから、しばらく離宮を留守にする。戻ってきたら私からリラに直接話すつもりだ。だから他言無用だ」
「承知いたしました、イザク殿下。イーライ・ゴサンが消える日も近いですね」
「ああ、そうだな」

殿下の顔がにやけている。これは仕方がない、殿下の一途な思いが叶う日がついそこまできているのだから。

調を見守ってきたので、殿下の決断は私にとって嬉しい限りだった。



そして殿下が王都に向かってから数日後、早馬で王都から使者がこの離宮にやって来た。
殿下の願いが認めらたことを知らせに来てくれたのだ。

「エレン殿、お久しぶりです。どうなるかと思っていましたが、本当に良かった」
「ええ、雨降って地固まるですね」

使者として離宮に来たのはゼイロ公爵家の縁戚の者だったので、お互いに畏まる必要もなかった。
だから一緒に廊下を歩きながら話し始める。

「エレン殿、ところで第二王子自ら、強く望んだ令嬢はどんな方ですか?私はまだ詳しいことは聞かされていなくて…」

正式な発表前だから、まだごく一部の者にしか詳細は知らされていないのだろう。
だがこの辺境まで休むことなく馬を飛ばしてきた使者に少しは報いてあげでもいいだろう。

使者が口が固い人物なのは分かっていた、だからこそ使者としてここ遣わされたのだ。

周りには誰もいない。

「エール伯爵家のリラ様です。でも発表されるまで他言無用でお願いしますよ」

私はこっそりとその名だけを教えてあげた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

捨てられた令嬢は無双する

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕「強運」と云う、転んでもただでは起きない一風変わった“加護”を持つ子爵令嬢フェリシティ。お人好しで人の悪意にも鈍く、常に前向きで、かなりド天然な令嬢フェリシティ。だが、父である子爵家当主セドリックが他界した途端、子爵家の女主人となった継母デラニーに邪魔者扱いされる子爵令嬢フェリシティは、ある日捨てられてしまう。行く宛もお金もない。ましてや子爵家には帰ることも出来ない。そこで訪れたのが困窮した淑女が行くとされる或る館。まさかの女性が春を売る場所〈娼館〉とは知らず、「ここで雇って頂けませんか?」と女主人アレクシスに願い出る。面倒見の良い女主人アレクシスは、庇護欲そそる可憐な子爵令嬢フェリシティを一晩泊めたあとは、“或る高貴な知り合い”ウィルフレッドへと託そうとするも……。 ※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日(2024.12.24)からHOTランキング入れて頂き、ありがとうございます🙂(最高で29位✨)

【完結】婚約破棄されたので田舎に引きこもったら、冷酷宰相に執着されました

21時完結
恋愛
王太子の婚約者だった侯爵令嬢エリシアは、突然婚約破棄を言い渡された。 理由は「平凡すぎて、未来の王妃には相応しくない」から。 (……ええ、そうでしょうね。私もそう思います) 王太子は社交的な女性が好みで、私はひたすら目立たないように生きてきた。 当然、愛されるはずもなく――むしろ、やっと自由になれたとホッとするくらい。 「王都なんてもう嫌。田舎に引きこもります!」 貴族社会とも縁を切り、静かに暮らそうと田舎の領地へ向かった。 だけど―― 「こんなところに隠れるとは、随分と手こずらせてくれたな」 突然、冷酷無慈悲と噂される宰相レオンハルト公爵が目の前に現れた!? 彼は王国の実質的な支配者とも言われる、権力者中の権力者。 そんな人が、なぜか私に執着し、どこまでも追いかけてくる。 「……あの、何かご用でしょうか?」 「決まっている。お前を迎えに来た」 ――え? どういうこと? 「王太子は無能だな。手放すべきではないものを、手放した」 「……?」 「だから、その代わりに 私がもらう ことにした」 (いや、意味がわかりません!!) 婚約破棄されて平穏に暮らすはずが、 なぜか 冷酷宰相に執着されて逃げられません!?

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

見た目が地味で聖女に相応しくないと言われ追放された私は、本来の見た目に戻り隣国の聖女となりました

黒木 楓
恋愛
 モルドーラ国には2人の聖女が居て、聖女の私シーファは先輩聖女サリナによって地味な見た目のままでいるよう命令されていた。  先輩に合わせるべきだと言われた私は力を抑えながら聖女活動をしていると、ある日国王に呼び出しを受けてしまう。  国王から「聖女は2人も必要ないようだ」と言われ、モルドーラ国は私を追い出すことに決めたらしい。   どうやらこれはサリナの計画通りのようで、私は国を出て住む場所を探そうとしていると、ゼスタと名乗る人に出会う。  ゼスタの提案を受けて聖女が居ない隣国の聖女になることを決めた私は、本来の見た目で本来の力を使うことを決意した。  その後、どうやら聖女を2人用意したのはモルドーラ国に危機が迫っていたからだと知るも、それに関しては残ったサリナがなんとかするでしょう。

処理中です...