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6.呪われた第二王子の婚約者①
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イーライがひよこ殿下を一刀両断したあの日以降も、毎日のように二人の攻防は続いている。
もはや離宮名物と言っても過言ではない。
けれども殿下は超えはいけない一線をちゃんと見極めるようになったので、仲裁が必要な事態にまで発展することはなくなった。
殿下の体はひよこのままだけれど、その中身が確実に成長していくのを見ると微笑ましい気持ちになる。
私にとって殿下は昔も今も可愛い妹のような存在なのだ。
――どんな姿になろうとも。
その一方で私とイーライの仲も順調に進んでいて、先日ついに告白をされた。
それは私を送ってくれていた時のことだった。他愛もないことを話して一緒に笑っていた彼が急に黙り込んだ。
『どうしたの?イーライ、具合でも悪い?』
『いや、そうじゃない』
彼は道端に咲いている花のそばでかがみ込む。そしてたくさん咲いている色鮮やかな花々の中から、小さな白い花を一輪摘んで私に差し出してくる。
どうしてこれを選んだの…?
その花は子供の頃から私が一番好きな花だったが、そのことを彼に話した記憶はない。
でも帰り道にその花を見つけて私は嬉しそうな顔をしたことは一度だけある。
イーライはその時に私の視線の先にこの花があったのを覚えていてくれたのだろう。
彼は大人の気配りが出来る人。
それなのに少年のような一面をたまに見せる時もある。
私はいつの間にか彼のすべてに惹かれていた。
『リラ、私と結婚を前提に付き合ってほしい』
そう告げる彼の声音も表情も硬く、とても緊張しているのが伝わってくる。
愛している人が私の好きな花を片手に告白をしてくれる。それは私が幼い頃から夢見ていたプロポーズそのもので、嬉し涙が溢れてくる。
そんな私を見て彼の表情は少しずつ柔らいでいく。
――もちろん私の答えは決まっている。
『はい、よろしくお願いします』
こうして私は彼と正式にお付き合いを始めた。
兄にはお付き合いをしている人がいると報告をしたが『それは良かったな…』と言われただけで、反対はされなかった。
行き遅れにならずに済みそうだと安堵していたのかもしれない。
イーライは付き合い始めると直ぐにエレンにこのことを伝えた。彼の親友でもあるエレンは『良かったな、イーライ』と笑顔で私達を祝福してくれた。
でもひよこ殿下にはまだ内緒にしている。
殿下が知ったらどんな行動をするかか予測がつかないからだ。
前科があるから…。
イーライの髪がすべて毟り取られる可能性だってゼロではない…。
エレンは『ひよこ殿下もリラ嬢をお好きですからね』と笑っているが、そもそも殿下の私への思いは恋愛感情ではないと思う。
幼かった殿下は離宮に滞在していた時は、いつも私の後ろを追いかけていた。
『待って!この前みたいに森に置いていかないで…』
必死な殿下はそれはもう可愛かった。
『あれは置いていったんじゃないわ。私はすごーく前を走っていただけで、殿下はものすごーく後ろを歩いていただけよ』
『で、でも姿が見えなかった…』
『星を見て視力を鍛えたら見えるようになるわ。殿下、頑張って!』
『う、うん。頑張るね…?』
首を傾げながら答える殿下も凄く可愛かった。
こんなふうにしっかり者の姉と健気な妹のような関係だったのだ。
つまり殿下は姉のように慕っている気持ちを『好き』と勘違いしているだけ。
思春期には男女ともにこんな錯覚を起こしがちだが、大体は時間が解決してくれるので特には心配はしていない。
――でもエロひよこは別だ…。
その件についてはしっかりと矯正させようと思っている。
とりあえずは殿下の前ではいつも通りに、ひよこ殿下専属通訳と第二王子の従者として振る舞っていた。
「ぴるぴー!(あっちいけ!)」
今日もまた殿下がイーライに無駄に喧嘩を売っている。どちらかの味方をしたらややこしいことになるので、とりあえず私は通訳に徹することにする。
「えっと……、殿下はソーシャルディスタンスを離宮でも採用したらどうかと提案していますわ」
直訳ではなく、意訳を心掛けるのも忘れない。
これは人間関係を円滑にするうえで重要なことだ。
イーライは分りやすい殿下の態度から察しているだろうが、そこは敢えて気づかないふりをしてくれる。
――まさに大人の対応。
「それは構いませんが、私がお側を離れたらその代わりにアイツが殿下のお側にやって来ると思いますがいいのですか?」
そう言ってイーライは塀の上を指差す。そこには『丸っとしたひよこ』に狙いを定めて舌舐めずりしている野良猫がいた。
猫の気持ちも分かる気がする。
最近の殿下は美味しいミミズの食べ過ぎで、かなり肥えてきているからだ。
イーライは『殿下のお側にやって来る』なんて優しい表現をしていたが、正しくは『殿下を食しにやって来る』だろう。
「にゃおーん(お前、美味そうだな)」
「ぴよぉぉぉぉぉーーーーーーー……」
この世の終わりかと思うような悲壮な鳴き声が離宮に響き渡る。
もちろん前者の猫ではなく、後者のひよこの鳴き声のほうだ。
その後のひよこ殿下の行動は素早かった。
もはや離宮名物と言っても過言ではない。
けれども殿下は超えはいけない一線をちゃんと見極めるようになったので、仲裁が必要な事態にまで発展することはなくなった。
殿下の体はひよこのままだけれど、その中身が確実に成長していくのを見ると微笑ましい気持ちになる。
私にとって殿下は昔も今も可愛い妹のような存在なのだ。
――どんな姿になろうとも。
その一方で私とイーライの仲も順調に進んでいて、先日ついに告白をされた。
それは私を送ってくれていた時のことだった。他愛もないことを話して一緒に笑っていた彼が急に黙り込んだ。
『どうしたの?イーライ、具合でも悪い?』
『いや、そうじゃない』
彼は道端に咲いている花のそばでかがみ込む。そしてたくさん咲いている色鮮やかな花々の中から、小さな白い花を一輪摘んで私に差し出してくる。
どうしてこれを選んだの…?
その花は子供の頃から私が一番好きな花だったが、そのことを彼に話した記憶はない。
でも帰り道にその花を見つけて私は嬉しそうな顔をしたことは一度だけある。
イーライはその時に私の視線の先にこの花があったのを覚えていてくれたのだろう。
彼は大人の気配りが出来る人。
それなのに少年のような一面をたまに見せる時もある。
私はいつの間にか彼のすべてに惹かれていた。
『リラ、私と結婚を前提に付き合ってほしい』
そう告げる彼の声音も表情も硬く、とても緊張しているのが伝わってくる。
愛している人が私の好きな花を片手に告白をしてくれる。それは私が幼い頃から夢見ていたプロポーズそのもので、嬉し涙が溢れてくる。
そんな私を見て彼の表情は少しずつ柔らいでいく。
――もちろん私の答えは決まっている。
『はい、よろしくお願いします』
こうして私は彼と正式にお付き合いを始めた。
兄にはお付き合いをしている人がいると報告をしたが『それは良かったな…』と言われただけで、反対はされなかった。
行き遅れにならずに済みそうだと安堵していたのかもしれない。
イーライは付き合い始めると直ぐにエレンにこのことを伝えた。彼の親友でもあるエレンは『良かったな、イーライ』と笑顔で私達を祝福してくれた。
でもひよこ殿下にはまだ内緒にしている。
殿下が知ったらどんな行動をするかか予測がつかないからだ。
前科があるから…。
イーライの髪がすべて毟り取られる可能性だってゼロではない…。
エレンは『ひよこ殿下もリラ嬢をお好きですからね』と笑っているが、そもそも殿下の私への思いは恋愛感情ではないと思う。
幼かった殿下は離宮に滞在していた時は、いつも私の後ろを追いかけていた。
『待って!この前みたいに森に置いていかないで…』
必死な殿下はそれはもう可愛かった。
『あれは置いていったんじゃないわ。私はすごーく前を走っていただけで、殿下はものすごーく後ろを歩いていただけよ』
『で、でも姿が見えなかった…』
『星を見て視力を鍛えたら見えるようになるわ。殿下、頑張って!』
『う、うん。頑張るね…?』
首を傾げながら答える殿下も凄く可愛かった。
こんなふうにしっかり者の姉と健気な妹のような関係だったのだ。
つまり殿下は姉のように慕っている気持ちを『好き』と勘違いしているだけ。
思春期には男女ともにこんな錯覚を起こしがちだが、大体は時間が解決してくれるので特には心配はしていない。
――でもエロひよこは別だ…。
その件についてはしっかりと矯正させようと思っている。
とりあえずは殿下の前ではいつも通りに、ひよこ殿下専属通訳と第二王子の従者として振る舞っていた。
「ぴるぴー!(あっちいけ!)」
今日もまた殿下がイーライに無駄に喧嘩を売っている。どちらかの味方をしたらややこしいことになるので、とりあえず私は通訳に徹することにする。
「えっと……、殿下はソーシャルディスタンスを離宮でも採用したらどうかと提案していますわ」
直訳ではなく、意訳を心掛けるのも忘れない。
これは人間関係を円滑にするうえで重要なことだ。
イーライは分りやすい殿下の態度から察しているだろうが、そこは敢えて気づかないふりをしてくれる。
――まさに大人の対応。
「それは構いませんが、私がお側を離れたらその代わりにアイツが殿下のお側にやって来ると思いますがいいのですか?」
そう言ってイーライは塀の上を指差す。そこには『丸っとしたひよこ』に狙いを定めて舌舐めずりしている野良猫がいた。
猫の気持ちも分かる気がする。
最近の殿下は美味しいミミズの食べ過ぎで、かなり肥えてきているからだ。
イーライは『殿下のお側にやって来る』なんて優しい表現をしていたが、正しくは『殿下を食しにやって来る』だろう。
「にゃおーん(お前、美味そうだな)」
「ぴよぉぉぉぉぉーーーーーーー……」
この世の終わりかと思うような悲壮な鳴き声が離宮に響き渡る。
もちろん前者の猫ではなく、後者のひよこの鳴き声のほうだ。
その後のひよこ殿下の行動は素早かった。
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