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5.呪いと三角関係
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早いものでひよこ殿下の通訳として離宮に通うようになってから三ヶ月が過ぎた。呪いの原因は残念ながらまだ判明していないようで、ここでの静養が終了する目処は立っていない。
あの姿のままでは王都に戻っても公務は出来ないし、なにより王都の令嬢達に受け入れられない現実と向き合うのは年頃の殿下にとって辛いものがあるのだろう。
「ひよこ殿下、おやつの時間ですよ」
「ぴるっぴぃ♪(わーい)」
心の声を誤って言葉にしてしまったあの日から、私は殿下のことを『ひよこ殿下』と呼んでいる。
本来なら不敬罪で捕まってもおかしくないが、寛大な殿下はその呼び名を『ぴっぴ!(それ最高!)』と殊のほか気に入ってくれた。
それから殿下のたっての希望で、私だけでなくエレンやイーライも今はひよこ殿下と呼んでいる。
『チュルチュルチュルルン~』
おやつのミミズを美味しそうに食べるひよこ殿下。
可愛らしいお尻が左右に振れているのは、ご機嫌な時の仕草だ。
なんだか見た目だけでなく、中身もひよこに近づいてきていると思う。
これでは呪いが解けても『見た目は人間、頭脳はひよこ!』になってしまいそうだ。
このままで大丈夫なのかしら…?
――絶対に大丈夫ではない。
しかしそんな心配をしているのは私だけのようで、エレンやイーライはこの現状に焦っている様子はない。
いや、内心は彼らだって焦っているとは思う。
だってミミズをあんなに喜んで食べているのだから…。
しかし彼らはまだ16歳になったばかりの殿下を精神的に追い詰めないように、あえて平静を装っているのだろう。
やはり王族の従者に選ばれる人達は器が違うなと感心する。
でも私はまだそこまで人間が出来ていない。気になるものはやはり気になってしまう。
だからひよこ殿下がミミズに夢中になっている隙にこっそりと尋ねる。
「イーライ。殿下の呪いについての調査はどうなっているの?まだ手掛かりも掴めないままなの?」
「…まだ進展はない。殿下の通訳が負担なら毎日来るのはやめるか、リラ」
「大丈夫よ、ここで過ごす時間は楽しいもの」
この三ヶ月の間にイーライと私はお互いに名を呼び合うほど親しくなっていた。
見た目は厳つくて中身は兄に似ている彼だけど、送迎してもらっている時に話してみれば、意外なほど話し易く会話は弾んだ。
彼は見た目だけでなく中身も素敵な人だった。
自然と私達の距離は近くなっていき、帰り道に少しだけ寄り道したり、休日にはおすすめの場所に彼を案内するようになっていった。
二人の関係は友達以上恋人未満な感じでとても楽しい。
そして最近は彼のそばにいると、胸がドキドキする。
この胸の高まりはあれよね…?
たぶん私は生まれて初めて恋をしているのだと思う。
――随分と遅い初恋。
彼は私のことをどう思っているのだろう。
聞きたいけれど、恥ずかしくてまだ聞けていない。
甘い言葉を囁かれたことはまだないけれど、彼も私のことを好いてくれていると思っている。
理由は?と尋ねられても上手く答えられない。
でもそういう気持ちは自然と滲み出てくるもので、彼も私と同じ気持ちだと感じる。
きっと彼は私の運命の人に違いない。
もしかしたら殿下の呪いも神様が私達を結びつけるためかしら?
恋愛小説ならありそうな設定だと不謹慎なことを考えていると、後ろからパタパタと羽ばたく音がしてくる。
これはひよこ殿下が不機嫌な時にする仕草だ。
「ぴぅ、ぴぴ!(神様はそんなことはしないぞ!)」
防衛本能からか私の心の声を敏感に察知する能力を存分に伸ばした殿下は、私の妄想をきっぱりと否定する。
確かに私とイーライを巡り合わせる為だけに殿下をひよこにしたならば、それはもはや神ではなく悪魔の所業だ。
「ふふ、そうですね、殿下」
「なにを話しているんだ、リラ?」
私が殿下に相槌を打つとイーライがすぐに私に話し掛けてくる。
彼は私と殿下が二人で話すと、こんな風に分かりやすく反応する。
以前『それってもしかしてやきもち?』と尋ねたら本人は『違う』と顔を真っ赤にして否定していたけれど、これは立派なやきもちだと思う。
年上の彼のそんな一面さえも可愛いと思えるのは私が恋をしている証拠。
どちらからともなく見つめ合っていると、ひよこ殿下が嘴を使って容赦なくイーライの髪の毛を毟り取り始める。
「ぴぃぴっぎー!(お前、邪魔だ!)」
実はやきもちを焼くのはイーライだけでなく、ひよこ殿下もだった。
私とイーライの距離が少しでも近いと、こんな風に彼だけを襲うのが最近では離宮の日常になっている。
「このひよこがっ、……いやひよこ殿下、おやめください!」
ひよこ殿下の猛攻撃にイーライの薄茶色の髪がパラパラと舞い落ちていく。
いつもならエレンが殿下が上手く宥めてくれるのだけれども、今日はそのエレンがいない。
従者であるイーライは殿下に反撃するわけにもいかず、ただ防御に徹して耐えている。
「ぴぅぴゅ!(天誅!)」
殿下は可愛らしい身体の利点を最大限に生かして攻撃を続けていく。
どんなふうにかと言うと、イーライが殿下の身体を捕まえると『ピヌゥ…(死んじゃう…)』とぐったりし、『まずい…』とイーライが慌てて力を抜くと、『ぴぃっぴ!(復活!)』と攻撃を再開するのだ。
――ひよこが危険生物に指定される日も近いかもしれない…。
ここは私が殿下を止めなければ…。
感情が高ぶっている人を止めるには、理路整然と話して落ち着かせるのが良いだろう。
だから私は冷静に事実のみを伝えていく。
「殿下、イーライの禿げが進んでしまいます。男性は歳を重ねるごとに自然と頭頂部の風通しが良くなるものです。ですからおやめください、これ以上進行が早まったら――」
「リラ、違う。…まだ禿げてない」
なぜか落ち込んでいるイーライ。
私はなにか間違えただろうか。
うーん、場所の問題…?
「ごめんなさい、側頭部だったかしら?」
「…違う」
「では後頭部から禿げて――」
「そもそも場所の問題じゃない」
私達が話していると、絶好調のひよこ殿下がイーライに向かって叫ぶ。
「ぴろ、ぴぁーろ!(ハゲ、ハーゲ!)」
「黙れ、ひよこ野郎」
イーライが冷たい口調で殿下を『ひよこ野郎』と呼び捨てる。
悪口はひよこ語だろうとも正確に通じるようだ。
一瞬で固まるひよこ殿下。
ふわふわの金色の羽毛で覆われているのに、顔面蒼白になっているのが不思議と伝わってくる。
これはひよこの七不思議のだろうか。
後で確認してみよう。
普段とは違うイーライの変化にひよこ殿下は焦り、慌てて落ちている薄茶色の髪の毛を拾って植毛しようとする。
「命が惜しければやめておけ」
「…ピィ(…はい)」
――温厚な人を怒らせてはいけない。
あの姿のままでは王都に戻っても公務は出来ないし、なにより王都の令嬢達に受け入れられない現実と向き合うのは年頃の殿下にとって辛いものがあるのだろう。
「ひよこ殿下、おやつの時間ですよ」
「ぴるっぴぃ♪(わーい)」
心の声を誤って言葉にしてしまったあの日から、私は殿下のことを『ひよこ殿下』と呼んでいる。
本来なら不敬罪で捕まってもおかしくないが、寛大な殿下はその呼び名を『ぴっぴ!(それ最高!)』と殊のほか気に入ってくれた。
それから殿下のたっての希望で、私だけでなくエレンやイーライも今はひよこ殿下と呼んでいる。
『チュルチュルチュルルン~』
おやつのミミズを美味しそうに食べるひよこ殿下。
可愛らしいお尻が左右に振れているのは、ご機嫌な時の仕草だ。
なんだか見た目だけでなく、中身もひよこに近づいてきていると思う。
これでは呪いが解けても『見た目は人間、頭脳はひよこ!』になってしまいそうだ。
このままで大丈夫なのかしら…?
――絶対に大丈夫ではない。
しかしそんな心配をしているのは私だけのようで、エレンやイーライはこの現状に焦っている様子はない。
いや、内心は彼らだって焦っているとは思う。
だってミミズをあんなに喜んで食べているのだから…。
しかし彼らはまだ16歳になったばかりの殿下を精神的に追い詰めないように、あえて平静を装っているのだろう。
やはり王族の従者に選ばれる人達は器が違うなと感心する。
でも私はまだそこまで人間が出来ていない。気になるものはやはり気になってしまう。
だからひよこ殿下がミミズに夢中になっている隙にこっそりと尋ねる。
「イーライ。殿下の呪いについての調査はどうなっているの?まだ手掛かりも掴めないままなの?」
「…まだ進展はない。殿下の通訳が負担なら毎日来るのはやめるか、リラ」
「大丈夫よ、ここで過ごす時間は楽しいもの」
この三ヶ月の間にイーライと私はお互いに名を呼び合うほど親しくなっていた。
見た目は厳つくて中身は兄に似ている彼だけど、送迎してもらっている時に話してみれば、意外なほど話し易く会話は弾んだ。
彼は見た目だけでなく中身も素敵な人だった。
自然と私達の距離は近くなっていき、帰り道に少しだけ寄り道したり、休日にはおすすめの場所に彼を案内するようになっていった。
二人の関係は友達以上恋人未満な感じでとても楽しい。
そして最近は彼のそばにいると、胸がドキドキする。
この胸の高まりはあれよね…?
たぶん私は生まれて初めて恋をしているのだと思う。
――随分と遅い初恋。
彼は私のことをどう思っているのだろう。
聞きたいけれど、恥ずかしくてまだ聞けていない。
甘い言葉を囁かれたことはまだないけれど、彼も私のことを好いてくれていると思っている。
理由は?と尋ねられても上手く答えられない。
でもそういう気持ちは自然と滲み出てくるもので、彼も私と同じ気持ちだと感じる。
きっと彼は私の運命の人に違いない。
もしかしたら殿下の呪いも神様が私達を結びつけるためかしら?
恋愛小説ならありそうな設定だと不謹慎なことを考えていると、後ろからパタパタと羽ばたく音がしてくる。
これはひよこ殿下が不機嫌な時にする仕草だ。
「ぴぅ、ぴぴ!(神様はそんなことはしないぞ!)」
防衛本能からか私の心の声を敏感に察知する能力を存分に伸ばした殿下は、私の妄想をきっぱりと否定する。
確かに私とイーライを巡り合わせる為だけに殿下をひよこにしたならば、それはもはや神ではなく悪魔の所業だ。
「ふふ、そうですね、殿下」
「なにを話しているんだ、リラ?」
私が殿下に相槌を打つとイーライがすぐに私に話し掛けてくる。
彼は私と殿下が二人で話すと、こんな風に分かりやすく反応する。
以前『それってもしかしてやきもち?』と尋ねたら本人は『違う』と顔を真っ赤にして否定していたけれど、これは立派なやきもちだと思う。
年上の彼のそんな一面さえも可愛いと思えるのは私が恋をしている証拠。
どちらからともなく見つめ合っていると、ひよこ殿下が嘴を使って容赦なくイーライの髪の毛を毟り取り始める。
「ぴぃぴっぎー!(お前、邪魔だ!)」
実はやきもちを焼くのはイーライだけでなく、ひよこ殿下もだった。
私とイーライの距離が少しでも近いと、こんな風に彼だけを襲うのが最近では離宮の日常になっている。
「このひよこがっ、……いやひよこ殿下、おやめください!」
ひよこ殿下の猛攻撃にイーライの薄茶色の髪がパラパラと舞い落ちていく。
いつもならエレンが殿下が上手く宥めてくれるのだけれども、今日はそのエレンがいない。
従者であるイーライは殿下に反撃するわけにもいかず、ただ防御に徹して耐えている。
「ぴぅぴゅ!(天誅!)」
殿下は可愛らしい身体の利点を最大限に生かして攻撃を続けていく。
どんなふうにかと言うと、イーライが殿下の身体を捕まえると『ピヌゥ…(死んじゃう…)』とぐったりし、『まずい…』とイーライが慌てて力を抜くと、『ぴぃっぴ!(復活!)』と攻撃を再開するのだ。
――ひよこが危険生物に指定される日も近いかもしれない…。
ここは私が殿下を止めなければ…。
感情が高ぶっている人を止めるには、理路整然と話して落ち着かせるのが良いだろう。
だから私は冷静に事実のみを伝えていく。
「殿下、イーライの禿げが進んでしまいます。男性は歳を重ねるごとに自然と頭頂部の風通しが良くなるものです。ですからおやめください、これ以上進行が早まったら――」
「リラ、違う。…まだ禿げてない」
なぜか落ち込んでいるイーライ。
私はなにか間違えただろうか。
うーん、場所の問題…?
「ごめんなさい、側頭部だったかしら?」
「…違う」
「では後頭部から禿げて――」
「そもそも場所の問題じゃない」
私達が話していると、絶好調のひよこ殿下がイーライに向かって叫ぶ。
「ぴろ、ぴぁーろ!(ハゲ、ハーゲ!)」
「黙れ、ひよこ野郎」
イーライが冷たい口調で殿下を『ひよこ野郎』と呼び捨てる。
悪口はひよこ語だろうとも正確に通じるようだ。
一瞬で固まるひよこ殿下。
ふわふわの金色の羽毛で覆われているのに、顔面蒼白になっているのが不思議と伝わってくる。
これはひよこの七不思議のだろうか。
後で確認してみよう。
普段とは違うイーライの変化にひよこ殿下は焦り、慌てて落ちている薄茶色の髪の毛を拾って植毛しようとする。
「命が惜しければやめておけ」
「…ピィ(…はい)」
――温厚な人を怒らせてはいけない。
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