呪われた姿が可愛いので愛でてもよろしいでしょうか…?

矢野りと

文字の大きさ
上 下
5 / 28

5.呪いと三角関係

しおりを挟む
早いものでひよこ殿下の通訳として離宮に通うようになってから三ヶ月が過ぎた。呪いの原因は残念ながらまだ判明していないようで、ここでの静養が終了する目処は立っていない。

あの姿のままでは王都に戻っても公務は出来ないし、なにより王都の令嬢達に受け入れられない現実と向き合うのは年頃の殿下にとって辛いものがあるのだろう。



殿下、おやつの時間ですよ」
「ぴるっぴぃ♪(わーい)」

心の声を誤って言葉にしてしまったあの日から、私は殿下のことを『ひよこ殿下』と呼んでいる。
本来なら不敬罪で捕まってもおかしくないが、寛大な殿下はその呼び名を『ぴっぴ!(それ最高!)』と殊のほか気に入ってくれた。

それから殿下のたっての希望で、私だけでなくエレンやイーライも今はひよこ殿下と呼んでいる。


『チュルチュルチュルルン~』

おやつのミミズを美味しそうに食べるひよこ殿下。
可愛らしいお尻が左右に振れているのは、ご機嫌な時の仕草だ。

なんだか見た目だけでなく、中身もひよこに近づいてきていると思う。

これでは呪いが解けても『見た目は人間、頭脳はひよこ!』になってしまいそうだ。

 このままで大丈夫なのかしら…?


――絶対に大丈夫ではない。


しかしそんな心配をしているのは私だけのようで、エレンやイーライはこの現状に焦っている様子はない。
いや、内心は彼らだって焦っているとは思う。

 だってミミズをあんなに喜んで食べているのだから…。

しかし彼らはまだ16歳になったばかりの殿下を精神的に追い詰めないように、あえて平静を装っているのだろう。
やはり王族の従者に選ばれる人達は器が違うなと感心する。

でも私はまだそこまで人間が出来ていない。気になるものはやはり気になってしまう。

だからひよこ殿下がミミズに夢中になっている隙にこっそりと尋ねる。

「イーライ。殿下の呪いについての調査はどうなっているの?まだ手掛かりも掴めないままなの?」
「…まだ進展はない。殿下の通訳が負担なら毎日来るのはやめるか、リラ」
「大丈夫よ、ここで過ごす時間は楽しいもの」

この三ヶ月の間にイーライと私はお互いに名を呼び合うほど親しくなっていた。

見た目は厳つくて中身は兄に似ている彼だけど、送迎してもらっている時に話してみれば、意外なほど話し易く会話は弾んだ。

彼は見た目だけでなく中身も素敵な人だった。

自然と私達の距離は近くなっていき、帰り道に少しだけ寄り道したり、休日にはおすすめの場所に彼を案内するようになっていった。
二人の関係は友達以上恋人未満な感じでとても楽しい。

そして最近は彼のそばにいると、胸がドキドキする。

 この胸の高まりはあれよね…?

たぶん私は生まれて初めて恋をしているのだと思う。

――随分と遅い初恋。


彼は私のことをどう思っているのだろう。
聞きたいけれど、恥ずかしくてまだ聞けていない。
甘い言葉を囁かれたことはまだないけれど、彼も私のことを好いてくれていると思っている。

理由は?と尋ねられても上手く答えられない。
でもそういう気持ちは自然と滲み出てくるもので、彼も私と同じ気持ちだと感じる。

きっと彼は私の運命の人に違いない。

 
 もしかしたら殿下の呪いも神様が私達を結びつけるためかしら?

恋愛小説ならありそうな設定だと不謹慎なことを考えていると、後ろからパタパタと羽ばたく音がしてくる。
これはひよこ殿下が不機嫌な時にする仕草だ。

「ぴぅ、ぴぴ!(神様はそんなことはしないぞ!)」

防衛本能からか私の心の声を敏感に察知する能力を存分に伸ばした殿下は、私の妄想をきっぱりと否定する。

確かに私とイーライを巡り合わせる為だけに殿下をひよこにしたならば、それはもはや神ではなく悪魔の所業だ。


「ふふ、そうですね、殿下」

「なにを話しているんだ、リラ?」

私が殿下に相槌を打つとイーライがすぐに私に話し掛けてくる。

彼は私と殿下が二人で話すと、こんな風に分かりやすく反応する。
以前『それってもしかしてやきもち?』と尋ねたら本人は『違う』と顔を真っ赤にして否定していたけれど、これは立派なやきもちだと思う。

年上の彼のそんな一面さえも可愛いと思えるのは私が恋をしている証拠。


どちらからともなく見つめ合っていると、ひよこ殿下が嘴を使って容赦なくイーライの髪の毛を毟り取り始める。

「ぴぃぴっぎー!(お前、邪魔だ!)」

実はやきもちを焼くのはイーライだけでなく、ひよこ殿下もだった。
私とイーライの距離が少しでも近いと、こんな風に彼だけを襲うのが最近では離宮の日常になっている。

「このひよこがっ、……いやひよこ殿下、おやめください!」

ひよこ殿下の猛攻撃にイーライの薄茶色の髪がパラパラと舞い落ちていく。
いつもならエレンが殿下が上手く宥めてくれるのだけれども、今日はそのエレンがいない。

従者であるイーライは殿下に反撃するわけにもいかず、ただ防御に徹して耐えている。

「ぴぅぴゅ!(天誅!)」

殿下は可愛らしい身体の利点を最大限に生かして攻撃を続けていく。

どんなふうにかと言うと、イーライが殿下の身体を捕まえると『ピヌゥ…(死んじゃう…)』とぐったりし、『まずい…』とイーライが慌てて力を抜くと、『ぴぃっぴ!(復活!)』と攻撃を再開するのだ。

――ひよこが危険生物に指定される日も近いかもしれない…。


ここは私が殿下を止めなければ…。
感情が高ぶっている人を止めるには、理路整然と話して落ち着かせるのが良いだろう。

だから私は冷静に事実のみを伝えていく。

「殿下、イーライの禿げが進んでしまいます。男性は歳を重ねるごとに自然と頭頂部の風通しが良くなるものです。ですからおやめください、これ以上進行が早まったら――」
「リラ、違う。…まだ禿げてない」

なぜか落ち込んでいるイーライ。
私はなにか間違えただろうか。

 うーん、場所の問題…?
 
「ごめんなさい、側頭部だったかしら?」
「…違う」
「では後頭部から禿げて――」
「そもそも場所の問題じゃない」

私達が話していると、絶好調のひよこ殿下がイーライに向かって叫ぶ。

「ぴろ、ぴぁーろ!(ハゲ、ハーゲ!)」
「黙れ、ひよこ野郎」

イーライが冷たい口調で殿下を『ひよこ野郎』と呼び捨てる。
悪口はひよこ語だろうとも正確に通じるようだ。

一瞬で固まるひよこ殿下。
ふわふわの金色の羽毛で覆われているのに、顔面蒼白になっているのが不思議と伝わってくる。

これはひよこの七不思議のだろうか。
後で確認してみよう。


普段とは違うイーライの変化にひよこ殿下は焦り、慌てて落ちている薄茶色の髪の毛を拾ってしようとする。

「命が惜しければやめておけ」
「…ピィ(…はい)」

――温厚な人を怒らせてはいけない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

契約結婚の終わりの花が咲きます、旦那様

日室千種・ちぐ
恋愛
エブリスタ新星ファンタジーコンテストで佳作をいただいた作品を、講評を参考に全体的に手直ししました。 春を告げるラクサの花が咲いたら、この契約結婚は終わり。 夫は他の女性を追いかけて家に帰らない。私はそれに傷つきながらも、夫の弱みにつけ込んで結婚した罪悪感から、なかば諦めていた。体を弱らせながらも、寄り添ってくれる老医師に夫への想いを語り聞かせて、前を向こうとしていたのに。繰り返す女の悪夢に少しずつ壊れた私は、ついにある時、ラクサの花を咲かせてしまう――。 真実とは。老医師の決断とは。 愛する人に別れを告げられることを恐れる妻と、妻を愛していたのに契約結婚を申し出てしまった夫。悪しき魔女に掻き回された夫婦が絆を見つめ直すお話。 全十二話。完結しています。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください

今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。 しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。 ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。 しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。 最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。 一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...