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3.ひよこ殿下の通訳係
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とにかく可愛いひよこ殿下を愛でたい!
もう私の頭の中では殿下の名は『ひよこ殿下』と改名されてしまっている。
大丈夫…、言葉にしなければ私だけの妄想だから不敬にはならない。
まだイーライは殿下の前から退いてはくれない。なんか無表情というよりも遠いところを見ているといった感じだ。
どうしてこの状況でそんな表情になっているの?
もしかして個人的に悩みを抱えているのかもしれない。王族の従者という立場は色々と大変なのだろう。
私は心のなかで早く悩みが解決しますようにと、そっとエールを送ってあげた。
私の前に立ち塞がっているとはいえ、彼は敵ではないと分かったからだ。
エレンはそんなイーライの様子に気づいているようだが、気にする素振りも見せずに話しを続ける。
「実は私達は呪われた殿下の言葉が分からずに困っています。ですからお慰めするのを許可する代わりに、殿下の言葉を通訳をしていただけないでしょうか?これはお互いにとって良い提案だと思い――」
「おい、そんな勝手な真似は――」
エレンの言葉をイーライが慌てた様子で遮る、けれども私はひよこ殿下の親戚であるイーライの言葉を果敢にも遮って話し出す。
この機会を逃しては、ひよこ殿下を愛でられなくなる。
「はい、そのご提案謹んでお受けいたしますわ!」
「なっ、それは――」
「ではエール伯爵令嬢、離宮に滞在中はどうぞよろしくお願いします。これからは同じく殿下にお仕えする身ですので、私のことはエレンと、そして彼のこともイーライと呼んでください」
「おい、勝手に――」
「はい、これからよろしくお願いします。そして私のことはどうぞリラとお呼びくださませ。エレン様、イーライ様」
またしてもエレンと私によってイーライの言葉は遮られ、勝手に話は進んでいく。
ここにいるひよこ殿下を除いた人間の中でたぶん一番身分が高い人を蔑ろにしているかもしれない状況に、一瞬だけ顔面蒼白の兄の顔が頭に浮かんだ。
でも今はそれよりも優先するべきことがある。
うん、とりあえず兄のことは忘れよう。
イーライは怒っているのではなく、なんだか焦っているように見える。
彼は優秀だが、真面目で融通が利かないタイプの人なのだろう。
なんかお兄様と同じ匂いを感じてしまう。
――私の天敵になるかもしれない。
でも性格の面では合わないかもしれないが、実は可愛いと真逆の彼の厳つい見た目はかなり気になっている。
誰にも言ったことはないけれども、私にとって可愛いは観賞用で、実際の好みのタイプは男らしい人だったからだ。
だからいろいろな意味で、イーライ・ゴサンという人物からこれから目を離せない。
「おい、いくらなんでも強引すぎるだろう。で、殿下の気持ちだってあるんだぞ!」
「殿下の気持ちって言ってもな、俺達はひよこ語が理解できない。そうだろ?」
二人だけで、なにやら言い争いを始めている。
そんななかひよこ殿下が音も立てずにクッションから華麗に飛び降り、ヨチヨチとお尻を左右に振りながら私のところに真っ直ぐやって来る。
「殿下、お久しぶりでございます。幼い頃一緒に遊んだリラでございます。呪いで姿は変われど、面影がしっかりと残っているおりますね。それに愛くるしさは昔と同じでございますわ」
「ぴっぴろぴぃー♪」
「まあ、十年ぶりに再会できて嬉しい、これから通訳を頼んだ。えっと、それから好きなだけ愛でても構わない、私は愛でるに値する立派なひよこだからな。イザク殿下、ありがとうございます。精一杯通訳に励み、目一杯愛でさせて頂きますわ!」
私の慎ましやかな胸にひよこ殿下が『ぴよ~(遠慮はいらない、可愛いを堪能して構わん)』と飛び込んできて、お互いにひしっと抱きしめ合う。
そして私は思う存分、可愛いひよこ殿下を愛でまくる。
――まさに絵に描いたような感動の再会。
「いやいや、あの短い鳴き声がどうしてそんなに長い会話文になるんだ…」
「リラ嬢の通訳能力は素晴らしいですね」
前者はイーライの呟きで、後者はエレンの賛辞の言葉である。
そして私と殿下は二人の方を向き、胸を張って答える。
「それがひよこ語の奥深さです!」
「ぴぃっ!(その通り!)」
私と殿下の息の合った返事に、イーライは『なぜだ、こんなはずでは…』と目を見開き固まっている。
一方エレンは『うんうん、その通りですね』とにこやかに頷いてくれる。
どんなことにも動じずに臨機応変に大人な対応できる彼からは、私と同じ匂いが感じ取れた。
類は友を呼ぶというが、まさに私と彼がそうだろう。
――とても気が合いそうだ。
昔はぷるぷるしながら答えることが多かったイザク殿下だけれども、今はひよこの姿で堂々とした態度を見せてくれた。
十年間で立派に成長したようで、大変喜ばしいことである。
けれども甘えん坊なところは変わっていないみたいで、胸に顔を埋めて抱きついたまま離れない。
「殿下、苦しくはありませんか?」
「ぃぴん……」
「えっと、大丈夫…ここは天国だから??殿下、それはどういう意味でしょうか…」
「ぅぴんが、ぴいぴい…」
ひよこ殿下は顔を私の胸に埋めたまま、器用に『これくらいの小ささが丁度いい』とさえずっている。
なぜかこの部分のひよこ語だけ、女の勘によって一字一句正しく訳せたと自信を持って言える。
殿下、な・に・が・これくらいでしょうか…。
「ぴぉ!(ここ!)」
私の心の声を察したのか、ひよこ野郎もとい殿下はパタパタと羽で私の胸を叩きながらと可愛くさえずった。
いろいろな成長が感じられる殿下の素直な返事に、思わず抱きしめている手にむぎゅっと力がこもってしまう。
これは心と体が連動している証であって、不可抗力であり、私のせいではない。
その後『ポキ…』となにやら道端の小枝を踏んでしまったような音が私の胸元から聞こえてきた。
ふっ、きっと幻聴だわ……。
もう私の頭の中では殿下の名は『ひよこ殿下』と改名されてしまっている。
大丈夫…、言葉にしなければ私だけの妄想だから不敬にはならない。
まだイーライは殿下の前から退いてはくれない。なんか無表情というよりも遠いところを見ているといった感じだ。
どうしてこの状況でそんな表情になっているの?
もしかして個人的に悩みを抱えているのかもしれない。王族の従者という立場は色々と大変なのだろう。
私は心のなかで早く悩みが解決しますようにと、そっとエールを送ってあげた。
私の前に立ち塞がっているとはいえ、彼は敵ではないと分かったからだ。
エレンはそんなイーライの様子に気づいているようだが、気にする素振りも見せずに話しを続ける。
「実は私達は呪われた殿下の言葉が分からずに困っています。ですからお慰めするのを許可する代わりに、殿下の言葉を通訳をしていただけないでしょうか?これはお互いにとって良い提案だと思い――」
「おい、そんな勝手な真似は――」
エレンの言葉をイーライが慌てた様子で遮る、けれども私はひよこ殿下の親戚であるイーライの言葉を果敢にも遮って話し出す。
この機会を逃しては、ひよこ殿下を愛でられなくなる。
「はい、そのご提案謹んでお受けいたしますわ!」
「なっ、それは――」
「ではエール伯爵令嬢、離宮に滞在中はどうぞよろしくお願いします。これからは同じく殿下にお仕えする身ですので、私のことはエレンと、そして彼のこともイーライと呼んでください」
「おい、勝手に――」
「はい、これからよろしくお願いします。そして私のことはどうぞリラとお呼びくださませ。エレン様、イーライ様」
またしてもエレンと私によってイーライの言葉は遮られ、勝手に話は進んでいく。
ここにいるひよこ殿下を除いた人間の中でたぶん一番身分が高い人を蔑ろにしているかもしれない状況に、一瞬だけ顔面蒼白の兄の顔が頭に浮かんだ。
でも今はそれよりも優先するべきことがある。
うん、とりあえず兄のことは忘れよう。
イーライは怒っているのではなく、なんだか焦っているように見える。
彼は優秀だが、真面目で融通が利かないタイプの人なのだろう。
なんかお兄様と同じ匂いを感じてしまう。
――私の天敵になるかもしれない。
でも性格の面では合わないかもしれないが、実は可愛いと真逆の彼の厳つい見た目はかなり気になっている。
誰にも言ったことはないけれども、私にとって可愛いは観賞用で、実際の好みのタイプは男らしい人だったからだ。
だからいろいろな意味で、イーライ・ゴサンという人物からこれから目を離せない。
「おい、いくらなんでも強引すぎるだろう。で、殿下の気持ちだってあるんだぞ!」
「殿下の気持ちって言ってもな、俺達はひよこ語が理解できない。そうだろ?」
二人だけで、なにやら言い争いを始めている。
そんななかひよこ殿下が音も立てずにクッションから華麗に飛び降り、ヨチヨチとお尻を左右に振りながら私のところに真っ直ぐやって来る。
「殿下、お久しぶりでございます。幼い頃一緒に遊んだリラでございます。呪いで姿は変われど、面影がしっかりと残っているおりますね。それに愛くるしさは昔と同じでございますわ」
「ぴっぴろぴぃー♪」
「まあ、十年ぶりに再会できて嬉しい、これから通訳を頼んだ。えっと、それから好きなだけ愛でても構わない、私は愛でるに値する立派なひよこだからな。イザク殿下、ありがとうございます。精一杯通訳に励み、目一杯愛でさせて頂きますわ!」
私の慎ましやかな胸にひよこ殿下が『ぴよ~(遠慮はいらない、可愛いを堪能して構わん)』と飛び込んできて、お互いにひしっと抱きしめ合う。
そして私は思う存分、可愛いひよこ殿下を愛でまくる。
――まさに絵に描いたような感動の再会。
「いやいや、あの短い鳴き声がどうしてそんなに長い会話文になるんだ…」
「リラ嬢の通訳能力は素晴らしいですね」
前者はイーライの呟きで、後者はエレンの賛辞の言葉である。
そして私と殿下は二人の方を向き、胸を張って答える。
「それがひよこ語の奥深さです!」
「ぴぃっ!(その通り!)」
私と殿下の息の合った返事に、イーライは『なぜだ、こんなはずでは…』と目を見開き固まっている。
一方エレンは『うんうん、その通りですね』とにこやかに頷いてくれる。
どんなことにも動じずに臨機応変に大人な対応できる彼からは、私と同じ匂いが感じ取れた。
類は友を呼ぶというが、まさに私と彼がそうだろう。
――とても気が合いそうだ。
昔はぷるぷるしながら答えることが多かったイザク殿下だけれども、今はひよこの姿で堂々とした態度を見せてくれた。
十年間で立派に成長したようで、大変喜ばしいことである。
けれども甘えん坊なところは変わっていないみたいで、胸に顔を埋めて抱きついたまま離れない。
「殿下、苦しくはありませんか?」
「ぃぴん……」
「えっと、大丈夫…ここは天国だから??殿下、それはどういう意味でしょうか…」
「ぅぴんが、ぴいぴい…」
ひよこ殿下は顔を私の胸に埋めたまま、器用に『これくらいの小ささが丁度いい』とさえずっている。
なぜかこの部分のひよこ語だけ、女の勘によって一字一句正しく訳せたと自信を持って言える。
殿下、な・に・が・これくらいでしょうか…。
「ぴぉ!(ここ!)」
私の心の声を察したのか、ひよこ野郎もとい殿下はパタパタと羽で私の胸を叩きながらと可愛くさえずった。
いろいろな成長が感じられる殿下の素直な返事に、思わず抱きしめている手にむぎゅっと力がこもってしまう。
これは心と体が連動している証であって、不可抗力であり、私のせいではない。
その後『ポキ…』となにやら道端の小枝を踏んでしまったような音が私の胸元から聞こえてきた。
ふっ、きっと幻聴だわ……。
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