呪われた姿が可愛いので愛でてもよろしいでしょうか…?

矢野りと

文字の大きさ
上 下
3 / 28

3.ひよこ殿下の通訳係

しおりを挟む
 とにかく可愛い殿下を愛でたい!

もう私の頭の中では殿下の名は『ひよこ殿下』と改名されてしまっている。

大丈夫…、言葉にしなければ私だけの妄想だから不敬にはならない。


まだイーライは殿下の前から退いてはくれない。なんか無表情というよりも遠いところを見ているといった感じだ。

 どうしてこの状況でそんな表情になっているの?

もしかして個人的に悩みを抱えているのかもしれない。王族の従者という立場は色々と大変なのだろう。

私は心のなかで早く悩みが解決しますようにと、そっとエールを送ってあげた。

私の前に立ち塞がっているとはいえ、彼は敵ではないと分かったからだ。
 

エレンはそんなイーライの様子に気づいているようだが、気にする素振りも見せずに話しを続ける。

「実は私達は呪われた殿下の言葉が分からずに困っています。ですからお慰めするのを許可する代わりに、殿下の言葉を通訳をしていただけないでしょうか?これはお互いにとって良い提案だと思い――」
「おい、そんな勝手な真似は――」

エレンの言葉をイーライが慌てた様子で遮る、けれども私はひよこ殿下の親戚であるイーライの言葉を果敢にも遮って話し出す。

この機会を逃しては、ひよこ殿下を愛でられなくなる。


「はい、そのご提案謹んでお受けいたしますわ!」
「なっ、それは――」
「ではエール伯爵令嬢、離宮に滞在中はどうぞよろしくお願いします。これからは同じく殿下にお仕えする身ですので、私のことはエレンと、そして彼のこともイーライと呼んでください」
「おい、勝手に――」
「はい、これからよろしくお願いします。そして私のことはどうぞリラとお呼びくださませ。エレン様、イーライ様」

またしてもエレンと私によってイーライの言葉は遮られ、勝手に話は進んでいく。


ここにいるひよこ殿下を除いた人間の中でたぶん一番身分が高い人を蔑ろにしているかもしれない状況に、一瞬だけ顔面蒼白の兄の顔が頭に浮かんだ。

でも今はそれよりも優先するべきことがある。

 うん、とりあえず兄のことは忘れよう。



イーライは怒っているのではなく、なんだか焦っているように見える。
彼は優秀だが、真面目で融通が利かないタイプの人なのだろう。
なんかお兄様と同じ匂いを感じてしまう。

――私の天敵になるかもしれない。

でも性格の面では合わないかもしれないが、実は可愛いと真逆の彼の厳つい見た目はかなり気になっている。
誰にも言ったことはないけれども、私にとって可愛いは観賞用で、実際の好みのタイプは男らしい人だったからだ。

だからいろいろな意味で、イーライ・ゴサンという人物からこれから目を離せない。




「おい、いくらなんでも強引すぎるだろう。で、殿下の気持ちだってあるんだぞ!」
「殿下の気持ちって言ってもな、俺達はひよこ語が理解できない。そうだろ?」

二人だけで、なにやら言い争いを始めている。


そんななかひよこ殿下が音も立てずにクッションから華麗に飛び降り、ヨチヨチとお尻を左右に振りながら私のところに真っ直ぐやって来る。

「殿下、お久しぶりでございます。幼い頃一緒に遊んだリラでございます。呪いで姿は変われど、面影がしっかりと残っているおりますね。それに愛くるしさは昔と同じでございますわ」
「ぴっぴろぴぃー♪」
「まあ、十年ぶりに再会できて嬉しい、これから通訳を頼んだ。えっと、それから好きなだけ愛でても構わない、私は愛でるに値する立派なひよこだからな。イザク殿下、ありがとうございます。精一杯通訳に励み、目一杯愛でさせて頂きますわ!」

私の慎ましやかな胸にひよこ殿下が『ぴよ~(遠慮はいらない、可愛いを堪能して構わん)』と飛び込んできて、お互いにひしっと抱きしめ合う。

そして私は思う存分、可愛いひよこ殿下を愛でまくる。


――まさに絵に描いたような感動の再会。



「いやいや、あの短い鳴き声がどうしてそんなに長い会話文になるんだ…」
「リラ嬢の通訳能力は素晴らしいですね」

前者はイーライの呟きで、後者はエレンの賛辞の言葉である。

そして私と殿下は二人の方を向き、胸を張って答える。

「それがひよこ語の奥深さです!」
「ぴぃっ!(その通り!)」

私と殿下の息の合った返事に、イーライは『なぜだ、こんなはずでは…』と目を見開き固まっている。

一方エレンは『うんうん、その通りですね』とにこやかに頷いてくれる。
どんなことにも動じずに臨機応変に大人な対応できる彼からは、私と同じ匂いが感じ取れた。

類は友を呼ぶというが、まさに私と彼がそうだろう。

――とても気が合いそうだ。



昔はぷるぷるしながら答えることが多かったイザク殿下だけれども、今はひよこの姿で堂々とした態度を見せてくれた。
十年間で立派に成長したようで、大変喜ばしいことである。


けれども甘えん坊なところは変わっていないみたいで、胸に顔を埋めて抱きついたまま離れない。

「殿下、苦しくはありませんか?」
「ぃぴん……」
「えっと、大丈夫…ここは天国だから??殿下、それはどういう意味でしょうか…」
「ぅぴんが、ぴいぴい…」

ひよこ殿下は顔を私の胸に埋めたまま、器用に『これくらいの小ささが丁度いい』とさえずっている。

なぜかこの部分のひよこ語だけ、女の勘によって一字一句正しく訳せたと自信を持って言える。

 殿下、な・に・が・これくらいでしょうか…。


「ぴぉ!(ここ!)」

私の心の声を察したのか、ひよこもとい殿下はパタパタと羽で私の胸を叩きながらと可愛くさえずった。

いろいろな成長が感じられる殿下の素直な返事に、思わず抱きしめている手にむぎゅっと力がこもってしまう。

これは心と体が連動している証であって、不可抗力であり、私のせいではない。

その後『ポキ…』となにやら道端の小枝を踏んでしまったような音が私の胸元から聞こえてきた。

 ふっ、きっと幻聴だわ……。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

処理中です...