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9.嫌いになれたら…
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穏やかな結婚生活と真逆な夜会での噂。
どちらが真実かなんて社交界では重要ではない。より興味を引くこと、信じたいことが真実になる。
だから子爵邸から一歩外に出れば『愛し合う二人を引き裂く悪女』『愛されない愚かな妻』が私の真実となっている。
カイルも家では理想的な良き夫だが、外では噂を否定もしないし私を表立って庇うことはない。
…それも仕方がないことなのだろう。
彼は正妻として私を大切にしてくれている、蔑ろにすることもない。ただ元恋人と一時の逢瀬を妻の許可のもと楽しんでいるだけ。
貴族男性として道を外れるようなことはしていない。
偽っているのではない、どちらも彼にとっては真実なのだろう。
父も婚約前に私に言っていた。
『彼だって貴族にとって結婚は義務だと承知しているから大丈夫だ。お前は妻として大事にされる、幸せになれる』
その通りに彼は愛がなくても大切にしてくれている。私が妻という立場だから。
ええ…本当に大事にはされているわ。
でも幸せにはなれなかった…。
彼を愛さなければ良かったわ、それならばこれを幸せと思えたはずなのに。
彼は婚姻を結ぶ前に私の置かれた立場を気遣い、愛せないけど妻として大切にすると告げてから真摯に謝ってくれていた。
『不愉快な噂を耳にしていると思うが大丈夫だろうか?君の父上から聞いていると思うが大丈夫だからな、君だけを大切にするからなんの心配もいらない。どうか私を信じて欲しい』
真っ直ぐに私の目を見てそう告げる彼は不安そうな表情をしていた。
ええ、分かっています。
貴方は政略結婚を受け入れている。
愛せなくても妻としては私を大切にしてくれるんですね。
…疑ってはいませんわ。
だって貴方は…彼女がいないときは私だけを見て大切にしてくれているから。
それが夫としての義務感からだとしても…大切にされています。
だから私は『婚約前に父から聞いているから大丈夫だ』と答えた。本当は心が引き裂かれるほどに辛かったけれど平気なふりをする。
『辛い思いをさせて本当にすまない。
でも君がそう言ってくれて安心したよ。ありがとう、サマンサ』
そう言った彼の表情からは不安は消えていた。
愛する人の存在を婚姻後も私が受け入れると分かって安心したのだろう。
正直な人、そしてどこまでも残酷な人。
でもそんな人を私は愛し続けている。
嫌いになれたらいいのに…。
そうしたらこの苦しみから開放されるのに。
なぜ私は嫌いになれないの…。
一層のこと正妻として大切にすることなく蔑ろにして欲しいと願ってしまう。
そうしたら私の報われない想いは消滅するはず。
『お前はお飾りだ、彼女が真実の愛だ』と罵ってくれたらどんなに楽になるだろうか。
でも優しい貴方は今日も妻となった私の隣にいてくれる。
『サマンサ、今日は一緒に出掛けないか?君が観たがっていた劇を観に行こう』
『嬉しいですわ。でもカイルは恋愛劇は苦手だったはず…付き合って貰っていいのですか?』
『ああ、君と一緒ならどんな時間だって楽しくなるさ』
『…そうですか。早速支度をしてきますね』
微笑んで、甘い声で語りかけて、一緒に笑ってくれる。夫婦として楽しい時間をともに過ごしていく。
…義務として。
貴方はどこまでも貴族男性として模範的な夫だった。それは貴族社会では評価されることだ。
でもその残酷な優しさが貴方を愛している私には辛いものでもあった。
手に入らない愛を求めてしまおうとする。
…無駄なのに、彼の心には愛する人がいるのに。
ギシッ…。
そして私の心はまた軋んでいく。
嫌いになれたらいいのに。
でもそれは叶わぬこと。
私の心は私の思い通りになってはくれない。
最近考えることはこの日常を終わらせることだけ。
偽りはもういらない、もう終わりにしてここからいなくなりたい。
またも叶わぬことを願ってしまう。
貴族の娘である私は背負っているものを捨てる勇気もないというのに。
私が離縁を望んだら侯爵家はどうなるの…。
両親や跡を継ぐ弟を辛い立場に追い込んでいいの?
それで平気なの…?
妻から離縁された夫に彼をするの?
彼の名誉が傷つくわ…。
それでいいの…?
自分だけが逃げ出せれば満足なの…?
そんな勝手は許されないし、私には出来ない。
ぼんやりとした頭でみなが幸せになれる方法を、誰も傷つかない方法を微笑みながら考え続けている。
答えはまだ見つからない。
どちらが真実かなんて社交界では重要ではない。より興味を引くこと、信じたいことが真実になる。
だから子爵邸から一歩外に出れば『愛し合う二人を引き裂く悪女』『愛されない愚かな妻』が私の真実となっている。
カイルも家では理想的な良き夫だが、外では噂を否定もしないし私を表立って庇うことはない。
…それも仕方がないことなのだろう。
彼は正妻として私を大切にしてくれている、蔑ろにすることもない。ただ元恋人と一時の逢瀬を妻の許可のもと楽しんでいるだけ。
貴族男性として道を外れるようなことはしていない。
偽っているのではない、どちらも彼にとっては真実なのだろう。
父も婚約前に私に言っていた。
『彼だって貴族にとって結婚は義務だと承知しているから大丈夫だ。お前は妻として大事にされる、幸せになれる』
その通りに彼は愛がなくても大切にしてくれている。私が妻という立場だから。
ええ…本当に大事にはされているわ。
でも幸せにはなれなかった…。
彼を愛さなければ良かったわ、それならばこれを幸せと思えたはずなのに。
彼は婚姻を結ぶ前に私の置かれた立場を気遣い、愛せないけど妻として大切にすると告げてから真摯に謝ってくれていた。
『不愉快な噂を耳にしていると思うが大丈夫だろうか?君の父上から聞いていると思うが大丈夫だからな、君だけを大切にするからなんの心配もいらない。どうか私を信じて欲しい』
真っ直ぐに私の目を見てそう告げる彼は不安そうな表情をしていた。
ええ、分かっています。
貴方は政略結婚を受け入れている。
愛せなくても妻としては私を大切にしてくれるんですね。
…疑ってはいませんわ。
だって貴方は…彼女がいないときは私だけを見て大切にしてくれているから。
それが夫としての義務感からだとしても…大切にされています。
だから私は『婚約前に父から聞いているから大丈夫だ』と答えた。本当は心が引き裂かれるほどに辛かったけれど平気なふりをする。
『辛い思いをさせて本当にすまない。
でも君がそう言ってくれて安心したよ。ありがとう、サマンサ』
そう言った彼の表情からは不安は消えていた。
愛する人の存在を婚姻後も私が受け入れると分かって安心したのだろう。
正直な人、そしてどこまでも残酷な人。
でもそんな人を私は愛し続けている。
嫌いになれたらいいのに…。
そうしたらこの苦しみから開放されるのに。
なぜ私は嫌いになれないの…。
一層のこと正妻として大切にすることなく蔑ろにして欲しいと願ってしまう。
そうしたら私の報われない想いは消滅するはず。
『お前はお飾りだ、彼女が真実の愛だ』と罵ってくれたらどんなに楽になるだろうか。
でも優しい貴方は今日も妻となった私の隣にいてくれる。
『サマンサ、今日は一緒に出掛けないか?君が観たがっていた劇を観に行こう』
『嬉しいですわ。でもカイルは恋愛劇は苦手だったはず…付き合って貰っていいのですか?』
『ああ、君と一緒ならどんな時間だって楽しくなるさ』
『…そうですか。早速支度をしてきますね』
微笑んで、甘い声で語りかけて、一緒に笑ってくれる。夫婦として楽しい時間をともに過ごしていく。
…義務として。
貴方はどこまでも貴族男性として模範的な夫だった。それは貴族社会では評価されることだ。
でもその残酷な優しさが貴方を愛している私には辛いものでもあった。
手に入らない愛を求めてしまおうとする。
…無駄なのに、彼の心には愛する人がいるのに。
ギシッ…。
そして私の心はまた軋んでいく。
嫌いになれたらいいのに。
でもそれは叶わぬこと。
私の心は私の思い通りになってはくれない。
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偽りはもういらない、もう終わりにしてここからいなくなりたい。
またも叶わぬことを願ってしまう。
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それで平気なの…?
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彼の名誉が傷つくわ…。
それでいいの…?
自分だけが逃げ出せれば満足なの…?
そんな勝手は許されないし、私には出来ない。
ぼんやりとした頭でみなが幸せになれる方法を、誰も傷つかない方法を微笑みながら考え続けている。
答えはまだ見つからない。
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