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7.消せぬ噂①
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サマンサとの距離は確実に縮んでいる。愛を交わす言葉はないがそれでも見えぬ絆を感じられるようになり、婚姻を結ぶ日を今か今かと待っていた。
いつまでも彼女が心を開いてくれるのを待つつもりだったが、正式に婚姻を結んだ時に彼女も喜んでくれているようなら勇気を出して一歩踏み出そうかと考えていた。
そんなふうに思えるほど私と彼女は良好な関係を築けていた。
ある日、ミラー侯爵から『至急ご相談したいことがある』と内密に私だけが呼び出された。普通ならターナー子爵家当主である父も一緒に面会するのが常だったが、私だけということは婚約者であるサマンサに関係することだろうと急ぎ一人で侯爵邸へと向かった。
侯爵邸に到着すると家令の案内ですぐにミラー侯爵の執務室に通された。
そこで待っていたミラー侯爵は扉が閉められると同時に私に向かって頭を下げた。
「すまない!私は騙されてしまった。このままでは全財産を失ったうえ、爵位を返上しなければならない事態に陥るだろう…。
どうか、どうか助けてはくれないか!
君だけが頼りなんだ、もう君に頼むしか道は残されていないんだ!」
必死の形相で私に向かって助けを求めてきた。
確かに侯爵家は援助を必要として我が家との政略結婚を結ぶことになったが、援助によって困窮などしていないはずだ。
爵位返上なんて有り得ない話だった。
「どういうことでしょうか?我が家からの援助額は十分だと考えておりますが…」
今の話だけではなにも分からない、詳しい話を聞く為に興奮気味なミラー侯爵に落ち着くように言ってから話を促した。
「実は…新たな事業に手を出したのだが騙されてしまったのだ。その事業自体は健全なものだったが、必要不可欠な運搬行路の確保が組み込まれていない事を知らずに話を進めてしまった。
どんなに事業が順調に行っても肝心の品物を運べなければ話にならん。
うっう…このままでは我が家は全財産を失うしかない。
必要な行路を所有している伯爵家と直接交渉しているが…通行料の他に条件も付けられてしまった。
その条件付きでなければ許可を出せないと…言ってきている。それに君が絡んでいるんだ」
「私ですか…?おかしな話ですね。交渉で自分達に有利な条件を付けることはよくあることですがそれにどうして部外者の私が関係してくるのですか?」
どうしてそこで私が出てくるのか分からない。侯爵家に金銭的な援助は行っているが事業に子爵家が絡んだことはないはずだった。
ミラー侯爵は俯いて頭を抱えながら話を続ける。
「その伯爵家とはブラント伯爵家のことだ、君が学園に在学中に懇意にしていた女性の実家だ。どうやら君と別れた後に『いろんな男性と関係を持っている』という根も葉もない悪い噂に悩まされ良い縁談に恵まれないらしい。
そのことに伯爵夫妻と令嬢は心を痛めかなり追い詰められているようだ。
だから…元恋人の君の存在を利用して『愛を貫く健気な女性』という印象を広めて悪い噂を払拭することを望んでいる。君達はその…一時、政略結婚に負けない純愛を貫いていたから…それならばと」
呆れて物が言えないとはこのことだ。
何を言っているんだ、そんな馬鹿な話はない。
なんで今さら彼女と関わらなければいけないっ。
根も葉もない噂?だって。
違うだろう、どこからか裏での行いがバレているだけだろう。
噂じゃなくてただの真実ではないか。
『愛を貫く健気な女性』?
いったいなにをさせるつもりだ…。
どんな茶番を演じるつもりか知らないが、そんなことをすれば誰が傷つくかなんて分かり切っていることだ。
サマンサをなんだと思っているんだ。
娘が傷つくことをしろと私に望むのかっ?
貴方はそれでいいのかっ。
怒りに震えながら侯爵を罵倒しそうになる。だが目の前にいる彼も苦悩の表情を浮かべていた、それは安易にこの話を私にしているのではないことが窺える。
そうだ、ミラー侯爵は娘であるサマンサを愛している。その彼がこんな話を内密にしてきたということは…相当まずい状況なのか。
拒絶するのは簡単だがそれでは何も解決はしない。本当にこのままだと彼の言う通り爵位を返上することになるのか、他に道はないのかまずは調べなければ…。
「考えさせてください。また後日こちらに伺います」
怒りを抑えてそれだけ言うと、侯爵が用意していた事業の契約書などを手にし一旦子爵邸へと帰った。
あらゆる手を使って調査した結果、非常にまずい状況になっていることが判明した。
侯爵が言っていた通り事業自体は健全で問題ないが、契約書には行路の確保が含まれていない。それに気づかせないように文章を巧みに操っている。契約に絡んだ商人は少しでも金額を安く見せるためにわざと行路確保をせず、通行料などを抜いた金額を提示し侯爵と契約を締結させたのだろう。
これは巧みな手口ではあるが商人はよく使う手口でもあった。
侯爵は騙されたと言っていたが、契約書を見る限り相手側に落ち度はない。
取引を行う場合、契約書を確認するのはお互いに当然のことだ。
契約書をしっかりと確認しなかった侯爵に全面的に落ち度があり、訴えたところで門前払いされ笑い者になるだけだ。
それにこの契約に伯爵家が裏で手を回した形跡は一切ない、つまり伯爵夫妻とエミリーはこの偶然をチャンスと捉え利用することにしたのだろう。
一番良い解決方法はブラント伯爵爵家の領地を通らずに品物を運ぶ道を確保することだ。だが他の領地を通るとかなり遠回りすることになり運送費は十倍以上になってしまう。
そうなればいずれ事業は破綻する。
諦めてここまで投資した事業から手を引くとなると負債だけが残り爵位返上せざる得ない金銭的な状況に追い込まれる。
前にも進めず後ろに下がることも出来ない。それが今のミラー侯爵の置かれた状況だ。
このような侯爵家に父もこれ以上の援助はしないだろう。そうなれば爵位を失ったミラー侯爵家との政略結婚も流れてしまう。
ターナー子爵家にとってこれは高位貴族との繫がりを求めた婚姻であるから、高位貴族でなくなったミラー侯爵家を父は見捨てるだろう。
それが家のことを考えれば正しい判断だ。
ミラー侯爵もそれが分かっていたから私にだけ話をしたに違いない。
ターナー子爵家の跡取りとしてはなにが正しい選択か分かっている…。
だがサマンサを諦めることは絶対にできない、失うことなんて考えられない。
私は決断を下した、婚姻を結べる唯一の方法を選択することにしたのだ。
…迷いはなかった。
いつまでも彼女が心を開いてくれるのを待つつもりだったが、正式に婚姻を結んだ時に彼女も喜んでくれているようなら勇気を出して一歩踏み出そうかと考えていた。
そんなふうに思えるほど私と彼女は良好な関係を築けていた。
ある日、ミラー侯爵から『至急ご相談したいことがある』と内密に私だけが呼び出された。普通ならターナー子爵家当主である父も一緒に面会するのが常だったが、私だけということは婚約者であるサマンサに関係することだろうと急ぎ一人で侯爵邸へと向かった。
侯爵邸に到着すると家令の案内ですぐにミラー侯爵の執務室に通された。
そこで待っていたミラー侯爵は扉が閉められると同時に私に向かって頭を下げた。
「すまない!私は騙されてしまった。このままでは全財産を失ったうえ、爵位を返上しなければならない事態に陥るだろう…。
どうか、どうか助けてはくれないか!
君だけが頼りなんだ、もう君に頼むしか道は残されていないんだ!」
必死の形相で私に向かって助けを求めてきた。
確かに侯爵家は援助を必要として我が家との政略結婚を結ぶことになったが、援助によって困窮などしていないはずだ。
爵位返上なんて有り得ない話だった。
「どういうことでしょうか?我が家からの援助額は十分だと考えておりますが…」
今の話だけではなにも分からない、詳しい話を聞く為に興奮気味なミラー侯爵に落ち着くように言ってから話を促した。
「実は…新たな事業に手を出したのだが騙されてしまったのだ。その事業自体は健全なものだったが、必要不可欠な運搬行路の確保が組み込まれていない事を知らずに話を進めてしまった。
どんなに事業が順調に行っても肝心の品物を運べなければ話にならん。
うっう…このままでは我が家は全財産を失うしかない。
必要な行路を所有している伯爵家と直接交渉しているが…通行料の他に条件も付けられてしまった。
その条件付きでなければ許可を出せないと…言ってきている。それに君が絡んでいるんだ」
「私ですか…?おかしな話ですね。交渉で自分達に有利な条件を付けることはよくあることですがそれにどうして部外者の私が関係してくるのですか?」
どうしてそこで私が出てくるのか分からない。侯爵家に金銭的な援助は行っているが事業に子爵家が絡んだことはないはずだった。
ミラー侯爵は俯いて頭を抱えながら話を続ける。
「その伯爵家とはブラント伯爵家のことだ、君が学園に在学中に懇意にしていた女性の実家だ。どうやら君と別れた後に『いろんな男性と関係を持っている』という根も葉もない悪い噂に悩まされ良い縁談に恵まれないらしい。
そのことに伯爵夫妻と令嬢は心を痛めかなり追い詰められているようだ。
だから…元恋人の君の存在を利用して『愛を貫く健気な女性』という印象を広めて悪い噂を払拭することを望んでいる。君達はその…一時、政略結婚に負けない純愛を貫いていたから…それならばと」
呆れて物が言えないとはこのことだ。
何を言っているんだ、そんな馬鹿な話はない。
なんで今さら彼女と関わらなければいけないっ。
根も葉もない噂?だって。
違うだろう、どこからか裏での行いがバレているだけだろう。
噂じゃなくてただの真実ではないか。
『愛を貫く健気な女性』?
いったいなにをさせるつもりだ…。
どんな茶番を演じるつもりか知らないが、そんなことをすれば誰が傷つくかなんて分かり切っていることだ。
サマンサをなんだと思っているんだ。
娘が傷つくことをしろと私に望むのかっ?
貴方はそれでいいのかっ。
怒りに震えながら侯爵を罵倒しそうになる。だが目の前にいる彼も苦悩の表情を浮かべていた、それは安易にこの話を私にしているのではないことが窺える。
そうだ、ミラー侯爵は娘であるサマンサを愛している。その彼がこんな話を内密にしてきたということは…相当まずい状況なのか。
拒絶するのは簡単だがそれでは何も解決はしない。本当にこのままだと彼の言う通り爵位を返上することになるのか、他に道はないのかまずは調べなければ…。
「考えさせてください。また後日こちらに伺います」
怒りを抑えてそれだけ言うと、侯爵が用意していた事業の契約書などを手にし一旦子爵邸へと帰った。
あらゆる手を使って調査した結果、非常にまずい状況になっていることが判明した。
侯爵が言っていた通り事業自体は健全で問題ないが、契約書には行路の確保が含まれていない。それに気づかせないように文章を巧みに操っている。契約に絡んだ商人は少しでも金額を安く見せるためにわざと行路確保をせず、通行料などを抜いた金額を提示し侯爵と契約を締結させたのだろう。
これは巧みな手口ではあるが商人はよく使う手口でもあった。
侯爵は騙されたと言っていたが、契約書を見る限り相手側に落ち度はない。
取引を行う場合、契約書を確認するのはお互いに当然のことだ。
契約書をしっかりと確認しなかった侯爵に全面的に落ち度があり、訴えたところで門前払いされ笑い者になるだけだ。
それにこの契約に伯爵家が裏で手を回した形跡は一切ない、つまり伯爵夫妻とエミリーはこの偶然をチャンスと捉え利用することにしたのだろう。
一番良い解決方法はブラント伯爵爵家の領地を通らずに品物を運ぶ道を確保することだ。だが他の領地を通るとかなり遠回りすることになり運送費は十倍以上になってしまう。
そうなればいずれ事業は破綻する。
諦めてここまで投資した事業から手を引くとなると負債だけが残り爵位返上せざる得ない金銭的な状況に追い込まれる。
前にも進めず後ろに下がることも出来ない。それが今のミラー侯爵の置かれた状況だ。
このような侯爵家に父もこれ以上の援助はしないだろう。そうなれば爵位を失ったミラー侯爵家との政略結婚も流れてしまう。
ターナー子爵家にとってこれは高位貴族との繫がりを求めた婚姻であるから、高位貴族でなくなったミラー侯爵家を父は見捨てるだろう。
それが家のことを考えれば正しい判断だ。
ミラー侯爵もそれが分かっていたから私にだけ話をしたに違いない。
ターナー子爵家の跡取りとしてはなにが正しい選択か分かっている…。
だがサマンサを諦めることは絶対にできない、失うことなんて考えられない。
私は決断を下した、婚姻を結べる唯一の方法を選択することにしたのだ。
…迷いはなかった。
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