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3.望まぬ政略結婚
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貴族に生まれたのだから政略結婚も仕方がないと思っていた。父も祖父も政略結婚だがそれなりに仲睦まじく暮らしている。だから進んで政略結婚をしたいと考えていなかったが別に抵抗もないという感じだった。
だがその考えは学園に入学して同級生のエミリーに会うことで変化した。
伯爵令嬢のエミリー・ブラントは金髪碧眼で儚げな容姿を持つ女子生徒だった。
だがその見た目に反して、会話をすればとても気さくで屈託なく笑う子だった。貴族の令嬢なのに堅苦しさを感じさせず自由奔放で輝いていた。儚げな容姿なのに大胆な一面もあり、その意外性にいつの間にか惹かれていった。
そして幸運なことに彼女も私に好意を持ってくれ、お互いに恋仲になるのに時間は掛からなかった。
学園内でもその仲を公認とされ、爵位の釣り合いも取れているエミリーといずれ結婚をするのだろうと漠然とだが思い始めていた。
そんな時に両親から思いがけずに政略結婚の話をされた。
相手は学園に在学している二つ年下のミラー侯爵家の令嬢だった。
我が家は財があったが爵位は子爵だったの高位貴族との繋がりを喉から手が出るほど欲していた。そしてミラー侯爵家は由緒ある家柄だったが数代前の当主が事業を失敗した為に金銭的援助が必要だった。
完璧な利害の一致だった。
両家にとって損はないし互いに求めている物が手に入るのだ、トントン拍子で政略結婚の話が進んでいった。もちろん結婚する本人達の意思など事前に確認などしない、すべて整ってからの事後報告だった。
仕方がないとエミリーと出会う前なら思っただろう。だが彼女と恋仲になっている今はそう思えなかった。
だから両家に全てを正直に伝えた。恋人の存在もこの政略結婚を可能ならば断りたいことも。だが結果は予想した通りだった、私の個人的な事情など認められなかった。
『貴族にとって結婚は義務だ。家のためになる相手と婚姻を結ぶのを私情で断るなど許されん。だからこそ正妻を蔑ろにしなければ愛人の存在も容認されているんだ。カイル、お前はこの子爵家を継がなければならないんだ。その恋人の存在はミラー侯爵家もサマンサ様を妻として大切にするなら認めると言ってくれている』
父から出た言葉は貴族の常識だった、無茶なことを求められているのではない。
それに結婚前から愛人候補の存在を黙認するという私にとって有利な条件を我が家よりも高位の侯爵家が認めると言ってくれている。
『…はい、分りました』
私は首を縦に振るしかなかった。
エミリーのことは愛しているがターナー子爵家の跡取りとしての義務を放棄する勇気も、代々受け継ぎ築き上げてきたものを捨てる勇気はなかった。
所詮は身に染み付いた貴族の考えを捨てることなど出来なかったのだ。
こうしてミラー侯爵家とターナー子爵家は政略結婚を結ぶこととなりサマンサ・ミラーは正式に私の婚約者となった。
私は両家から恋人の存在を黙認される事となったがエミリーとは別れるつもりだった。愛している彼女を日陰の身にしたくなかったからだ。
だから私から彼女に別れを告げた。
『すまない、私は政略結婚を受け入れた。
このまま付き合っていても君を幸せにすることは出来ない、別れよう』
彼女とて貴族だ、このままでは自分は愛人にしかなれないことは分かっているだろう。当然別れを受け入れると思っていたが彼女が出した答えは違った。
『私は貴方を愛しているわ、だから別れたくない。結婚できなくてもいい、何も求めないから貴方のそばにいさせて。それだけで私は幸せなの、お願いよカイル…』
その綺麗な瞳から涙を零し私に縋ってくるエミリーを突き放すことなど出来なかった。
結局私は両家からの黙認とエミリーからの了承を手に入れて、彼女との関係を続けることを選んだ。
自分でも酷い男だと思った、婚約者にも恋人にも誠実でない勝手な男だ。だが貴族社会はそんな男の勝手を許している。
そうだ、これは仕方がないことなんだ。
政略結婚を受け入れるのだから許される権利なんだ。
くだらない言い訳を心のなかで繰り返し納得していく。そんなことはただの自己満足だと分かっているが気づかないふりをする。
婚約者となったサマンサ嬢も私の事情は承知していると聞いている。だから自分から恋人の存在についてわざわざ話はしなかった。表向きは友人としておいた方が後ろめたさが和らぐ気がしたからだ。
はぁ…どこまでも私は勝手だな…。
婚約者として丁寧に接していたし将来は夫婦として良好な関係を築くつもりだからそれまではお互いに自由にしようと軽く考えていたのだ。
なんの問題もないはずだった。
ただ学園内の噂は予想外だった。
私とサマンサ嬢との婚約は貴族にありがちな政略で珍しい状況ではない。関心を集めるような出来事でもないはずなのに噂が広がっていった。
それもサマンサ嬢に悪意がある内容ばかりだった。
別に婚約者に特別な感情など持っていなかったが、それでも聞こえてくる噂に腹が立った。
『家の力で無理矢理婚約者になった女狐』
『恋人達を引き裂く酷い女』
事実とは異なる悪意ある噂。
婚約者がそんな女性でないことは知っている。婚約者としての数少ないやり取りで素敵な女性だと分かっている。
全く関係ない奴らが勝手なことを!
私だってサマンサ嬢だって家の為に婚約を受け入れたにすぎない。
そんなこと貴族なら分かることだろうがっ!
抗議の声を挙げようとしたらエミリーに止められた。
「待って、カイル!サマンサ様が何も言わないのはきっとこれ以上騒がれたくないからよ。噂されている本人が静観することを望んでいるのに貴方が騒ぎ立てるのは良くないわ」
「だがこれでは彼女があまりにも可哀想だ」
確かにエミリーの言う通りかもしれないが、それでも何かをしたほうが良いはずだ。
「…分かったわ。サマンサ様も男性の貴方には言いづらいかもしれないから私がそれとなく聞いてみるわ。直接には無理だから親しい後輩に頼んでみるわ。だからカイルは勝手なことをしては駄目よ。貴族の女性は噂も上手く利用したり聞き流したりいろいろとするものなの。
きっとサマンサ様にも深い考えがあるのよ」
エミリーは親切にもそう言ってくれた。
彼女はそういう女性なんだ。誰にでも優しくて困っている人にすぐに手を差し出す、純粋な心の持ち主。
それが私が好きになったエミリーだった。
だから私は疑問も持たずに彼女の言葉に甘えることにした。
「ありがとう、エミリー」と。
数日後にエミリーはサマンサ嬢の考えを教えてくれた。どうやら彼女は噂を承知しているけど今は静観することにしているらしい。
つまらない噂に騒ぎ立てるのは侯爵令嬢として相応しい態度ではないからと。
『もし私が辛い状況を両家などに伝える場面があっても、それは立場上行う形だけの報告に過ぎないから気にしないで欲しい。ただ適当に流してくれればいいから』と言っていたらしい。
『彼女の真意を知れて良かった、有り難う』とエミリーに感謝した。もし彼女がツテを使って調べてくれなかったら余計な事をしていたところだった。
そうか…サマンサ嬢がそう望むのならそうしよう。
苦しい立場にいる彼女の願いは叶えたい。
サマンサ嬢は酷い噂に思ったより傷ついていないようだと判断でき、私は心の底からホッとしていた。
意外にも自分で考えている以上に彼女のことが気にかかっていたらしい。
エミリーとの付き合いを続けてる罪悪感から必要最低限しか接していない婚約者を思い浮かべる。
そういえばサマンサ嬢はいつも前を向いて凛としている。年下なのに落ち着いていて、澄んだ湖のように美しいけれども笑うと少女のような笑みを浮かべる、そんな不思議な人だった。
思い浮かぶのは好意的な姿ばかりだった。
望まぬ政略で婚約者となったサマンサ・ミラーだったが、私の中で彼女の存在はどんどん大きくなるのを感じていた。
自分には愛するエミリーがいるのになぜか望まぬ婚約者のことをもっと知りたいと思うようになっていた。
だがその考えは学園に入学して同級生のエミリーに会うことで変化した。
伯爵令嬢のエミリー・ブラントは金髪碧眼で儚げな容姿を持つ女子生徒だった。
だがその見た目に反して、会話をすればとても気さくで屈託なく笑う子だった。貴族の令嬢なのに堅苦しさを感じさせず自由奔放で輝いていた。儚げな容姿なのに大胆な一面もあり、その意外性にいつの間にか惹かれていった。
そして幸運なことに彼女も私に好意を持ってくれ、お互いに恋仲になるのに時間は掛からなかった。
学園内でもその仲を公認とされ、爵位の釣り合いも取れているエミリーといずれ結婚をするのだろうと漠然とだが思い始めていた。
そんな時に両親から思いがけずに政略結婚の話をされた。
相手は学園に在学している二つ年下のミラー侯爵家の令嬢だった。
我が家は財があったが爵位は子爵だったの高位貴族との繋がりを喉から手が出るほど欲していた。そしてミラー侯爵家は由緒ある家柄だったが数代前の当主が事業を失敗した為に金銭的援助が必要だった。
完璧な利害の一致だった。
両家にとって損はないし互いに求めている物が手に入るのだ、トントン拍子で政略結婚の話が進んでいった。もちろん結婚する本人達の意思など事前に確認などしない、すべて整ってからの事後報告だった。
仕方がないとエミリーと出会う前なら思っただろう。だが彼女と恋仲になっている今はそう思えなかった。
だから両家に全てを正直に伝えた。恋人の存在もこの政略結婚を可能ならば断りたいことも。だが結果は予想した通りだった、私の個人的な事情など認められなかった。
『貴族にとって結婚は義務だ。家のためになる相手と婚姻を結ぶのを私情で断るなど許されん。だからこそ正妻を蔑ろにしなければ愛人の存在も容認されているんだ。カイル、お前はこの子爵家を継がなければならないんだ。その恋人の存在はミラー侯爵家もサマンサ様を妻として大切にするなら認めると言ってくれている』
父から出た言葉は貴族の常識だった、無茶なことを求められているのではない。
それに結婚前から愛人候補の存在を黙認するという私にとって有利な条件を我が家よりも高位の侯爵家が認めると言ってくれている。
『…はい、分りました』
私は首を縦に振るしかなかった。
エミリーのことは愛しているがターナー子爵家の跡取りとしての義務を放棄する勇気も、代々受け継ぎ築き上げてきたものを捨てる勇気はなかった。
所詮は身に染み付いた貴族の考えを捨てることなど出来なかったのだ。
こうしてミラー侯爵家とターナー子爵家は政略結婚を結ぶこととなりサマンサ・ミラーは正式に私の婚約者となった。
私は両家から恋人の存在を黙認される事となったがエミリーとは別れるつもりだった。愛している彼女を日陰の身にしたくなかったからだ。
だから私から彼女に別れを告げた。
『すまない、私は政略結婚を受け入れた。
このまま付き合っていても君を幸せにすることは出来ない、別れよう』
彼女とて貴族だ、このままでは自分は愛人にしかなれないことは分かっているだろう。当然別れを受け入れると思っていたが彼女が出した答えは違った。
『私は貴方を愛しているわ、だから別れたくない。結婚できなくてもいい、何も求めないから貴方のそばにいさせて。それだけで私は幸せなの、お願いよカイル…』
その綺麗な瞳から涙を零し私に縋ってくるエミリーを突き放すことなど出来なかった。
結局私は両家からの黙認とエミリーからの了承を手に入れて、彼女との関係を続けることを選んだ。
自分でも酷い男だと思った、婚約者にも恋人にも誠実でない勝手な男だ。だが貴族社会はそんな男の勝手を許している。
そうだ、これは仕方がないことなんだ。
政略結婚を受け入れるのだから許される権利なんだ。
くだらない言い訳を心のなかで繰り返し納得していく。そんなことはただの自己満足だと分かっているが気づかないふりをする。
婚約者となったサマンサ嬢も私の事情は承知していると聞いている。だから自分から恋人の存在についてわざわざ話はしなかった。表向きは友人としておいた方が後ろめたさが和らぐ気がしたからだ。
はぁ…どこまでも私は勝手だな…。
婚約者として丁寧に接していたし将来は夫婦として良好な関係を築くつもりだからそれまではお互いに自由にしようと軽く考えていたのだ。
なんの問題もないはずだった。
ただ学園内の噂は予想外だった。
私とサマンサ嬢との婚約は貴族にありがちな政略で珍しい状況ではない。関心を集めるような出来事でもないはずなのに噂が広がっていった。
それもサマンサ嬢に悪意がある内容ばかりだった。
別に婚約者に特別な感情など持っていなかったが、それでも聞こえてくる噂に腹が立った。
『家の力で無理矢理婚約者になった女狐』
『恋人達を引き裂く酷い女』
事実とは異なる悪意ある噂。
婚約者がそんな女性でないことは知っている。婚約者としての数少ないやり取りで素敵な女性だと分かっている。
全く関係ない奴らが勝手なことを!
私だってサマンサ嬢だって家の為に婚約を受け入れたにすぎない。
そんなこと貴族なら分かることだろうがっ!
抗議の声を挙げようとしたらエミリーに止められた。
「待って、カイル!サマンサ様が何も言わないのはきっとこれ以上騒がれたくないからよ。噂されている本人が静観することを望んでいるのに貴方が騒ぎ立てるのは良くないわ」
「だがこれでは彼女があまりにも可哀想だ」
確かにエミリーの言う通りかもしれないが、それでも何かをしたほうが良いはずだ。
「…分かったわ。サマンサ様も男性の貴方には言いづらいかもしれないから私がそれとなく聞いてみるわ。直接には無理だから親しい後輩に頼んでみるわ。だからカイルは勝手なことをしては駄目よ。貴族の女性は噂も上手く利用したり聞き流したりいろいろとするものなの。
きっとサマンサ様にも深い考えがあるのよ」
エミリーは親切にもそう言ってくれた。
彼女はそういう女性なんだ。誰にでも優しくて困っている人にすぐに手を差し出す、純粋な心の持ち主。
それが私が好きになったエミリーだった。
だから私は疑問も持たずに彼女の言葉に甘えることにした。
「ありがとう、エミリー」と。
数日後にエミリーはサマンサ嬢の考えを教えてくれた。どうやら彼女は噂を承知しているけど今は静観することにしているらしい。
つまらない噂に騒ぎ立てるのは侯爵令嬢として相応しい態度ではないからと。
『もし私が辛い状況を両家などに伝える場面があっても、それは立場上行う形だけの報告に過ぎないから気にしないで欲しい。ただ適当に流してくれればいいから』と言っていたらしい。
『彼女の真意を知れて良かった、有り難う』とエミリーに感謝した。もし彼女がツテを使って調べてくれなかったら余計な事をしていたところだった。
そうか…サマンサ嬢がそう望むのならそうしよう。
苦しい立場にいる彼女の願いは叶えたい。
サマンサ嬢は酷い噂に思ったより傷ついていないようだと判断でき、私は心の底からホッとしていた。
意外にも自分で考えている以上に彼女のことが気にかかっていたらしい。
エミリーとの付き合いを続けてる罪悪感から必要最低限しか接していない婚約者を思い浮かべる。
そういえばサマンサ嬢はいつも前を向いて凛としている。年下なのに落ち着いていて、澄んだ湖のように美しいけれども笑うと少女のような笑みを浮かべる、そんな不思議な人だった。
思い浮かぶのは好意的な姿ばかりだった。
望まぬ政略で婚約者となったサマンサ・ミラーだったが、私の中で彼女の存在はどんどん大きくなるのを感じていた。
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