上 下
50 / 62

49.鴉の祝福

しおりを挟む
 お医者様から面会謝絶が解かれた翌日。
 私達のもとにさっそく顔を出してくれたのは、ふたりの魔法士とタイアンだった。

「一番最初にお見舞いに行く権利を勝ち取ったんじゃ」

「他の魔法士達をこの自慢の美脚で蹴落としてやったわ」

 『うっほほ』、『おーっほっほっ』と高笑いしているのは老魔法士と美魔女魔法士キューリだ。

 順調に回復していると言っても、面会は一日一回ふたりまでと決まっていた。タイアンだけは王弟という立場で、相変わらず面会は自由だけど。

 ふたりは持参した大きな袋から見舞いの品をテーブルの上に並べ――いや、積み上げていく。そんな彼らをタイアンは横目で見ながら苦笑する。

「あれは他の魔法士達から託されたものです。あのふたりが勝ち上がって雄叫びを上げている時、他の者達は抜け殻状態でしたよ」

後者は兎も角として、前者は容易に想像できた。勝ち上がってと言うならくじではないのだろう。

「どうやって決めたのですか?」

「神聖なじゃんけんじゃ」

 得意げに答えたのは老魔法師だった。すかさずルークライが拳を口元にあて、くっくくと笑い声を零す。

「神聖ってなんですか?」

「そもそも神聖じゃないわよ。モロックは後出しじゃんけんをしていたんだから」

 ……それは、神聖どころか詐欺である。

 老魔法士は「歳のせいか聞こえん」とキューリの言葉だけ拒絶して、ルークライに向かって答える。

可愛い孫娘リディアの恋人は細かいのう。そこは聞き流していいところじゃ」

 …………。えぇー!

 数秒の間をしっかり取ってから、私は心の中で叫んだ。隣にいるルークライの腕を引っ張って、彼が顔を寄せると耳元で囁く。

「ルーク、誰かに話した?」

「俺は言ってないぞ」

 思っていた通りの返事だった。かと言って、あのお医者様が言い触らすとは思えない。私は視線をまた老魔法士に移す。

「あの……、どうして知っているのですか?」

「昨日、魔法士長がみんなに発表したんじゃ」

「だから、お見舞いの品があれなのよ」

 キューリが指さしたテーブルの上をちゃんと見れば、そこには色違いのカップに、色違いのタオルに、サイズ違いのお揃いの部屋着に……兎に角いろいろあった。 見舞いの品というよりも祝いの品が。
 
 どんな発表をしたのか予想がつくというものだ。気恥ずかしくて頬が染まっていく。

 情報漏洩の張本人――タイアンは悪びれる様子もなく微笑んでいる。

「このお目出度い話題を誰かが先に知ったら、確実に不満が出ると判断しました。仕事に差し障りがあったら困るので、魔法士長として告知を行いました」

 確かに一理あるかもしれない。
 私とルークライは順次会えた人に伝えるつもりだった。でも、今日来てくれたふたりに最初に伝えたら、なんか揉めそうな気がする。……だって、スキップしながら老魔法士は『儂だけが知っているんじゃ~』とか言いそうだから。


 タイアンの告知は英断なのか、それとも余計なお世話なのか微妙なところだ。でも、彼の顔を立てる意味でお礼は言っておこう。

「タイアン魔法士長、ありがとうございます?」

 私の理性が語尾に疑問符を付けた。

「はっはは、首を傾げながらお礼を言われるのは初めてです」

 私とタイアンの会話を聞きながら、ルークライは頬を引き攣らせている。

 彼は目覚めたあと、タイアンが自分の父親だと私に教えてくれた。
 私はタイアンから聞いた話は伝えていないけど、彼とタイアンの距離は少しづつ縮まっている気がする。その立役者は私ではなく白だった。

 目覚めたルークライはある日、白がタイアンの肩にとまって髪を毟る瞬間を目撃した。

『リディ、白はあの命令を実行しているんだよな?』

『……忠実にね』

 それから、ルークライは気に食わないこと――タイアンからちょっかいを出されると、秘かに白に命じるようになった。ただ、白はターゲットの呼称についてはこだわりがあるようで”父親呼び”しないと従わない。


 ルークライは肩にとまっている白に「いけ、のところ」へと小声で命じた。白はパタパタと飛んでいき、タイアンの髪を楽しそうに毟り始める。

「カァー、カァー」

「こら、やめなさい。なんでいつも私ばっかり狙うんですか!」

 タイアンにルークライの声は聞こえていない。 

 最初はくそ親父だった。
 そこから余計な言葉が消えた。
 最近は憎々しげにと呼んでいる。

 いつか、タイアンにも聞かせてあげたい。その日まで髪が残っているといいけど……。


 毟るのに飽きた白が窓から飛んでいくと、髪を乱したタイアンがそう言えばと切り出す。

「叙爵を行うのは二ヶ月後に決定しました。盛大な式典も開くそうです」

 タイアンの口調が皮肉っぽかったのは気のせいではない。
 
 ルークライが目覚めるとすぐに『伯爵位を授けたい』と連絡があった。
 それは異例なものだった。平民の魔法士に与えられるのは、男爵位、よくて子爵位が通例だったからだ。
 この異例の提案したのは国王自らだという。あの事件を収めた英雄を作り上げるのが目的らしい。これもまた、王家の汚点となる王女の醜聞を消し去りたいがため。
 
 叙爵の件がすでに大々的に広められているのもそれが理由だろう。
 

 国王の思惑はどうあれ、ルークライは私のために伯爵位を受けると決めた。父の気が変わった時、持っている切り札は強いほどいいからと。


「それで、伯爵らしく盛大な結婚式をあげるの? リディア」

 話題がいきなり結婚式に移る。キューリは興味津々のようだ。早めに伝えるつもりだったので隠すことなく答える。

「こじんまりしているけど温かい式にしたいと考えてます。落ち着いたら鴉のみなさんに招待状を送ろうと思ってますのでよろしくお願いします」

 ルークライとふたりで私達らしい式にすると決めていた。爵位はあくまでも切り札、それに合わせるつもりはない。
 すると、彼女はドレス選びを手伝うと申し出てくれる。普通はその役目は母親が担うものだけど、察してくれたのだ。彼女の私服はいつもお洒落なので心強い。

「キューリさん、よろしくお願いします」

「三度も着た経験があるから任せてちょうだい」

「なんか縁起が悪いのう……」

 確かに、という言葉は胸の奥深くに仕舞っておこう。キューリと老魔法士が口喧嘩を始めると、タイアンはすっとルークライの隣に立つ。

「着た経験はありませんが、花婿の衣装の知識はあります。手伝いましょうか?」

 花婿の衣装選びは父親の役目だった。

「要りません」

「そう言うと思ってました。ですが、あなたにどんな衣装が似合うか考えておきます。もし気が変わったらいつでも声を掛けてください」

「気が変わることはありませんので」

「はい、知ってます。ルークライ、あなたのことは誰よりもね」

「……」

 返事は期待していないのだろう、タイアンは続ける。

「私がしつこいのも知ってますよね? 気が変わるのを待ってます。……永遠に」

 永遠に待っているのは、父と直接呼ばれることだろう。
 ふたりの間に漂うのは、冷たくも温かくもない不思議な空気感。なのに、そばにいても居心地は悪くない。きっと彼らも同じように感じていると思う。
 けんもほろろな返事を返すルークライと、そんな彼を目に映し穏やかに笑っているタイアン。そんな親子を見て私は笑みを零していた。
 
 

 その後も私達のところには、毎日誰かしらがお見舞いという名の祝福にやって来てくれた。魔法士達の歓喜と感涙は、私達の回復を更に助けてくれた。

 そして、一ヶ月後。私とルークライはふたり揃ってお世話になった病院をあとにすることが出来た。少し蒸し暑く感じることもあった風は涼やかなものとなり、季節は夏から秋に移ろうとしていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

魅了魔法にかかって婚約者を死なせた俺の後悔と聖夜の夢

恋愛
  『スカーレット、貴様のような悪女を王太子妃にするわけにはいかん!今日をもって、婚約を破棄するっ!!』  王太子スティーヴンは宮中舞踏会で婚約者であるスカーレット・ランドルーフに婚約の破棄を宣言した。    この、お話は魅了魔法に掛かって大好きな婚約者との婚約を破棄した王太子のその後のお話。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※魔法のある異世界ですが、クリスマスはあります。 ※ご都合主義でゆるい設定です。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

処理中です...