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44.親心

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 シャロンとの面会を果たした四日後。
 私は今、病院内にあるお医者様の執務室にいる。ある人と会うためにお借りしているのだ。

 ある人とは私の父――マーコック公爵。

 あの日シャロンと別れたあと私は『会いたい』と父に連絡を入れた。彼からはすぐに調整すると返信があり、今日、会えることになったのだ。

 最初は私の病室で会うつもりだったけど、お医者様が『積もる話もあるでしょうから、私の部屋を使ってください』と声を掛けてくれた。
 私はお言葉に甘えることにしたのだが、それは正解だった。執務室は応接室を兼ねている作りで、客人をもてなすソファがあったからだ。


 時計を見れば父との約束の時間までもう少し。私は焦った口調で三度目になる台詞を口にする。

「だ・か・ら、この部屋から出ていってください。タイアン魔法士長」

「だから、嫌だと言ってます。リディア、何度も同じことを言わせないでください」

「それは私の台詞です。素直に出ていってくだされば、この不毛な会話は終わります」

「不毛な会話という部分には私も同意します。ですから、私の立ち会いに同意してください」

 笑みを崩さないタイアンと頬が引き攣り始めている私。余裕があるのは前者だけど、私だって譲れない。
   
 どうしてこのような状況になっているかと言えば、……私のせいである。

 私は当初、タイアンには父が見舞いに来てくれると伝えていた。私の家族の問題で、多忙なタイアンを煩わせたくなかったからだ。

 そして今朝いつものように私はルークライの病室を訪れた。

『今日ね、父と会うの。もしかしたら、誘拐された真相が分かるかもしれないわ。頑張ってくるね。……でもね、少しだけ怖いの』

『ただのお見舞いでないようですね、リディア』

『……っ!』

 驚いて振り返ったら、しっかりと扉が閉まってなかったようで、そこには渋面を作るタイアンがいたのだった。


 というわけで、彼は今、私とともに執務室にいるのだ。午後の予定をすべてキャンセルしたらしく、申し訳ない気持ちでいっぱいである。……主に魔法士達に。


 父は王弟の同席を拒むことはないだろう。もし不都合なことがあれば話さないだけだ。でも、それだと二度手間になってしまう。
 私は必死に彼の説得を試みる。

「真相ならあとでお伝えします。ですから、仕事に戻ってください」

「真相を聞くため立ち会いを望んでいるのではありません」

 では何のために立ち会うのだろうか。首を傾げる私に、彼が柔らかい笑みを見せる。

「怖いと言ってましたよね?」
 
「確かに言いましたけど、父を恐れているわけではありません。だから、全然平気ですよ」

 私が抱えているのは、何が分かるか分からないという漠然とした不安だけ。本当に大丈夫だ。怖いという表現が誤解を招いてしまったのだと反省するも、時間が迫っているので私は右手を動かし「さあ、どうぞ」と退出を促す。

 彼は立ち上がる素振りを見せないまま軽く笑う。

「私がうざいですか?」

「そんなこと思ってません」

 おやっと思いながら否定する。うざいなんて、平民の――とくに反抗期の子供が使う俗語である。王族の彼がそんな言葉を使うなんて意外だったのだ。

「子供に平気と言われても、心配するのが親です。あの子から『……うざい』とよく呟かれてました。でも離れませんでしたよ。今みたいにね」

 タイアンは私にむかって片目をつぶって見せる。
 彼から見れば微笑ましい、ルークライからすれば腹立たしい場面が目に浮かぶようだった。思わずふふっと声が溢れる。

「親の心子知らずですね」

「同意します。では、義娘の心配をしても構いませんか?」

 義娘呼びは嬉しいけど照れくさくて、染まった頬を隠すように右手で押える。

「気が早いですよ」

「善は急げです。それに早いと言っても、少しだけです。そう思いませんか? リディア」

「はい、私もそう思います」

 彼が私を心から案じてくれているのも、ルークライがすぐに目覚めると信じているのも、どちらも嬉しくて涙腺が緩んでしまう。ぽろぽろと涙を零す私に、彼はハンカチを差し出してくる。
 そして、ここには私達しかいないのに、彼はなぜか声を潜めた。

「私が泣かせたことは、あの子には内緒にしてください。本当に殺されますから。ああ見えて嫉妬深いんですよ」

 芝居がかった口調が可笑しかった。楽しそうなので、私も彼のお芝居に付き合って深刻そうな声を出す。

「絶対に秘密にします」

「恩に着ます、リディア。その御礼に、孫が生まれたら面倒は任せてください」

「一度に何人まで大丈夫ですか?」

 彼は即答する。

「十人以内でお願いします」

 私とタイアンは顔を見合わせ、同時に笑い声を上げる。私達は良い嫁舅関係が築けそうだ。
 ひとしきり笑った後に、私は父とふたりだけにして欲しいともう一度願い出た。


「思えば、父とふたりだけで話したことはなかったんです。避けていた訳ではありませんが、そういう機会がなくて。折角の機会なので、今日はしっかりと向き合いたいと思ってます」

 兄とも私はふたりで話す時間がなかった。だから、私は兄からどう思われているのか自信がなかった。あの日、兄の気持ちを知ることがなかったら、今でもそうだっただろう。

 今日は父の気持ちを聞きたいと思っている。……母の時のように苦しい思いをするかもしれない。だとしても、知りたいと思う。

 ルークライだって頑張っているのだ。私をひとりぼっちにしないように、必死に生きてくれている。

 私も頑張らないと……。

 タイアンは微笑みながら腰を上げた。

「そういうことなら、私は退出します。ただ、無理はしないと約束してください」

「はい、お約束します」

 彼が執務室を退出したのは約束の時間ぎりぎりだった。
 ひとりになってからまだ数分しか経っていない。なのにとても長く感じるのは、緊張しているからだ。もしタイアンがいなかったら、数時間も待った気になっていただろう。

 その時、扉を叩く音がした。

「失礼します、リディアさん。マーコック公爵様をお連れしました」

 扉を開けたのは、私の車椅子をいつも押してくれる親切な看護士だった。彼女は私に小さく手を振ってから去っていく。

「お父様、お久しぶりです。今日は来ていただき有り難うございました」

「シャロン、久しぶりだな。医者はまだ腕の状態が良くないと言っていたが、顔色が悪くなくて安心したよ」

 父は私を抱きしめようと手を伸ばしてきたけど、腕をつっている三角巾を見て「いいか?」と確認してきた。私が頷くと、恐る恐る父は抱きしめてくれた。懐かしいとは感じなかったけど温かい。

 そう言えば、と思い出したように父は聞いてきた。

「先ほどの看護士はどこの家門の令嬢なんだ?」

「彼女は平民です。とても親切なかたで――」

父は最後まで言わせずに言葉を被せてくる。

「平民という立場で公爵令嬢をさん付けで呼ぶのは正しいとは言えないな」

「彼女は私の友人です」

「友人は選びなさい。身分が違えば分かり合えないことも多いからな」

 父は諭すように優しく告げると、ソファに腰を下ろした。父親として心から案じているという顔をしている。
 
 友人という仮面を付けて高位貴族に群がる人達がいるのは事実。父は良かれと思って忠告した――そこにあるのは親心。でも、平民として育った娘には言わないほうがいい言葉だ。

 先ほど感じた温かさが少しだけ冷めてしまう。

 この部屋を貸してもらって良かった。もし私の病室で簡易的な椅子を差し出したら、気まずい雰囲気になっていただろうから。

 
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