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41.処罰
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聴取を受けた日から二週間後。
今日はあの事件の責任の所在、及び関わった者達の処罰が公表される日だった。
私はルークライの部屋で彼と一緒にタイアンが来るのを待っている。彼はまだ目覚めていないけど、自分をこんな目に合わせた人達のことを知りたがると思ったからだ。
「お待たせしました、リディア、ルークライ」
病室に入って来たタイアンの息は少し乱れている。きっと急いでここに来てくれたのだ。
あの話をした日から、彼とはたくさん話をした。私が知らないルークライのこと教えてくれているのだ。
どんなに彼が頑張って短期間で魔法士になったか、どんなに父である彼を毛嫌いしているか、なのに家の棚にはいつからかタイアンが好きな酒が欠かすことなく置いてあるとか。
私よりも四つ年上の彼は、子供っぽい顔を私には見せなかった。いいえ、私が知る限り誰にも見せてない。なのに、タイアンはそんな彼も知っていた。ルークライが彼に少しだけ心を許していたからだと思う。……惜しみない愛情が注がれた結果だ。
私の大切な人が、誰かに大切にされているのは嬉しい。
ベッド脇に近づけておいた椅子にタイアンが座ると、私はさっそく話を切り出した。
「おはようございます、それでどうなりましたか?」
「ザラ・タイアン、シャロン・マーコックともに、別々の修道院に行くことが決定しました。また、王女の命令を実行した者達は本日付で解雇されます」
「……解雇ですか、ずいぶんと軽い処分ですね」
私が顔を顰めると、彼は否定するように首を横に振った。
「誰も王女の企みに手を貸したわけではなかったんです。ただ、狩猟大会の主催者という立場の王女の命に従っただけでした」
私は間髪入れずに反論する。
「でも、王女は池の近くにあの狼竜を放ったようなことを言ってました。企みを知らなくとも、運んだ者達はその危険性を分かっていたはずです」
「放った時点で危険性はなかったんですよ」
「どういうことですか?」
最初から説明します、とタイアンは詳細を話してくれた。
王女の目的は私に一泡吹かせることだった。シャロンから服のことを聞いた時点で計画を練ったらしい。主催者という立場で狼竜の畜舎に出入りし、興奮させる薬草の情報を盗み聞いた。そして、シャロンを通じて大量に手に入れた。
王女は三頭の立派な狼竜を指して『この子達を狩りたいから、隔離して特別に手入れしてちょうだい』と命じたという。
もともと王族がいるエリアに多くの狼竜を意図的に放ったり、自慢できるよう体格の良い狼竜を投入することはあったので、世話係は疑問に思わず従った。
王女は目を盗んで三頭の餌箱に薬草を混ぜていつもより興奮させようとした。そして、希望通りに他の狼竜よりも少しだけ元気な三頭が出来たらしい。
当日、王女は満足げに命じたそうだ。『この子達は北東エリアの池に放って。私がそこで華麗に狩るから』と。
確かに、王女という立場なら人払いするのも容易だし、良い評判しかない王女を疑ったりしないだろう。
私は身を乗り出して質問する。
「今のお話だと、あの錯乱の説明がつきませんよね?」
「王女は情報を盗み聞きしましたが、それはほんの一部で正しい配合でもなかった。これで合っているかなんて聞けませんしね。結果、時間とともに錯乱するものを三頭に与えてしまった」
「では、他の狼竜の異変はどうしてですか?」
「狼竜は口先をあわせて挨拶します。外で運動させる時に他の狼竜と三頭は接触したと考えています。ほんの僅かな量を摂取し、時間を同じくして発情のような状態になったのでしょう」
王女にとっても予想外だったということか。それなら辻褄が合う。
不運な偶然……ではなく、愚か者の愚行が最悪の偶然を生み出したのだ。
「狼竜の世話係は巻き込まれただけだったのですね」
「はい。ですが、管理が甘かったのも事実です。もし死人が出ていたら重い刑罰に処せられる事案です」
同情を含んだ私の声に対し、タイアンの返事は厳しいものだった。私よりも客観的に見れているのだろう。
王宮の職を解雇されれば安定した生活を失う。これだけで済んだと思えるか、人生を狂わされたと思うか。それはこの後、どんな人生を送ったかで決まるだろう。……これだけで済んだと思える人生であって欲しい。
彼らにも落ち度はあれど、諸悪の根源は浅はかな王女とシャロンだ。
「王女様とシャロンはどこの修道院へ送られるのですか?」
「ザラは北の辺境にあるニーデル修道院、シャロンは南の辺境にあるアガソン修道院です」
国内には多くの修道院があるが、その二つは修道院という名の監獄と呼ばれている場所だった。罪人という肩書はないが、重い罪を犯した令嬢がその生涯を終えるところ。
今回の件は浅はかな王女が招いた。
でも、重傷者三名のみという結果を前面に出して、王家はもっと快適な修道院を選ぶと思っていた。過去を遡っても、王族でそこに入った者はいないはずだ。
「国王様は英断されましたね」
「私としても意外でした。……ただ、今回の首謀者はシャロン・マーコックとなっていますが」
えっ、と驚きの声が出る。
「シャロンは薬草を渡しただけですよね?」
「その通りです。ですが、彼女が巧みに王女を誘導したと公表されています」
今日はあの事件の責任の所在、及び関わった者達の処罰が公表される日だった。
私はルークライの部屋で彼と一緒にタイアンが来るのを待っている。彼はまだ目覚めていないけど、自分をこんな目に合わせた人達のことを知りたがると思ったからだ。
「お待たせしました、リディア、ルークライ」
病室に入って来たタイアンの息は少し乱れている。きっと急いでここに来てくれたのだ。
あの話をした日から、彼とはたくさん話をした。私が知らないルークライのこと教えてくれているのだ。
どんなに彼が頑張って短期間で魔法士になったか、どんなに父である彼を毛嫌いしているか、なのに家の棚にはいつからかタイアンが好きな酒が欠かすことなく置いてあるとか。
私よりも四つ年上の彼は、子供っぽい顔を私には見せなかった。いいえ、私が知る限り誰にも見せてない。なのに、タイアンはそんな彼も知っていた。ルークライが彼に少しだけ心を許していたからだと思う。……惜しみない愛情が注がれた結果だ。
私の大切な人が、誰かに大切にされているのは嬉しい。
ベッド脇に近づけておいた椅子にタイアンが座ると、私はさっそく話を切り出した。
「おはようございます、それでどうなりましたか?」
「ザラ・タイアン、シャロン・マーコックともに、別々の修道院に行くことが決定しました。また、王女の命令を実行した者達は本日付で解雇されます」
「……解雇ですか、ずいぶんと軽い処分ですね」
私が顔を顰めると、彼は否定するように首を横に振った。
「誰も王女の企みに手を貸したわけではなかったんです。ただ、狩猟大会の主催者という立場の王女の命に従っただけでした」
私は間髪入れずに反論する。
「でも、王女は池の近くにあの狼竜を放ったようなことを言ってました。企みを知らなくとも、運んだ者達はその危険性を分かっていたはずです」
「放った時点で危険性はなかったんですよ」
「どういうことですか?」
最初から説明します、とタイアンは詳細を話してくれた。
王女の目的は私に一泡吹かせることだった。シャロンから服のことを聞いた時点で計画を練ったらしい。主催者という立場で狼竜の畜舎に出入りし、興奮させる薬草の情報を盗み聞いた。そして、シャロンを通じて大量に手に入れた。
王女は三頭の立派な狼竜を指して『この子達を狩りたいから、隔離して特別に手入れしてちょうだい』と命じたという。
もともと王族がいるエリアに多くの狼竜を意図的に放ったり、自慢できるよう体格の良い狼竜を投入することはあったので、世話係は疑問に思わず従った。
王女は目を盗んで三頭の餌箱に薬草を混ぜていつもより興奮させようとした。そして、希望通りに他の狼竜よりも少しだけ元気な三頭が出来たらしい。
当日、王女は満足げに命じたそうだ。『この子達は北東エリアの池に放って。私がそこで華麗に狩るから』と。
確かに、王女という立場なら人払いするのも容易だし、良い評判しかない王女を疑ったりしないだろう。
私は身を乗り出して質問する。
「今のお話だと、あの錯乱の説明がつきませんよね?」
「王女は情報を盗み聞きしましたが、それはほんの一部で正しい配合でもなかった。これで合っているかなんて聞けませんしね。結果、時間とともに錯乱するものを三頭に与えてしまった」
「では、他の狼竜の異変はどうしてですか?」
「狼竜は口先をあわせて挨拶します。外で運動させる時に他の狼竜と三頭は接触したと考えています。ほんの僅かな量を摂取し、時間を同じくして発情のような状態になったのでしょう」
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「狼竜の世話係は巻き込まれただけだったのですね」
「はい。ですが、管理が甘かったのも事実です。もし死人が出ていたら重い刑罰に処せられる事案です」
同情を含んだ私の声に対し、タイアンの返事は厳しいものだった。私よりも客観的に見れているのだろう。
王宮の職を解雇されれば安定した生活を失う。これだけで済んだと思えるか、人生を狂わされたと思うか。それはこの後、どんな人生を送ったかで決まるだろう。……これだけで済んだと思える人生であって欲しい。
彼らにも落ち度はあれど、諸悪の根源は浅はかな王女とシャロンだ。
「王女様とシャロンはどこの修道院へ送られるのですか?」
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